エントリー

2019年06月の記事は以下のとおりです。

逃避行のはじまり ④

  • 2019/06/12 13:24

 僕が――優しい、って?
 それは全然理解できないことだった。今まで僕は自分が優しいなんて思ったこともないし。
 しかしながら、殺人鬼の発言を鵜呑みにする僕も僕だけれど。
「僕が、優しいって? それは何処をどう見て言っているんだよ」
「他人のことをそこまで思える人間なんて、優しい以外の何者でもないだろ? 俺はそう思うぜ」
「そういうものなのか?」
「そういうもんだぜ。少しは他人の意見を受け入れろよ。それも大事なことだぜ?」
 そんなことを言われても、だな。
 僕にとってみては、殺人鬼の発言を鵜呑みにする訳にもいかないんだよな。
「……やっぱり殺人鬼の発言は鵜呑みに出来ないっていうのか?」
 僕の心を読んだような発言に、一瞬ドキッとした。
 しかしながら、僕は何とか必死に首を横に振った。
「……そうかい。なら良いんだけれどよ。……あんまり気張るんじゃねーぜ? 考え方は人によるだろうけれどよ、少しは楽に考えた方が身のためだよ」
「それは分かっているんだけれど」
 それは分かっている。
 分かっていても、理解しきれないところがあるというのも、ご理解願いたい。
「……でもまあ、いっくんが気にする気持ちも分からんでもないがな。俺にもさ、昔はちゃんとした生活があったんだよ。人を殺したのは、九つのときだ。師匠を殺したんだ。俺にとってかけがえのない人間だった。けれど、殺したかった。殺したい衝動が、勝っちまったんだ。分かるか? その気持ちが」
「師匠を……殺した? でも、証拠は残さなかったんだろう?」
「証拠? そんなものは残さないようにしているさ。殺人鬼としての常識だよ」
 殺人鬼の常識がどうだかは分からないけれど。
 僕の常識が充分通用しないというのは分かる。
「……それから十五人ばかし殺したかな。証拠は全て残さないことも出来たけれど、私は敢えて同一犯であるという証拠だけ残しておいた。なんだろうな、殺人鬼としての性が働いたとでも言えば良いのかな。或いは承認欲求と言えば良いのかもしれないな」
 さっきの発言と矛盾しているような気がするけれど、それは無視して良いのだろう。僕はそんなことを考えながら――、僕はブランコを漕ぎ続ける。
「いっくんの考え方に立ち返ろうぜ、少しは」
「……立ち返る? どうして?」
「だって、悩んでいるのはいっくんだ。いっくんの考えに立ち返らなければ、話にならない。そうとは思わないか?」
「そりゃそうかもしれないけれど……。でも、僕の悩みなんて君にとってはどうでも良いんじゃないか?」
 どうでも良い。
 僕ははっきりとそう言い放った。
「……どうでも良いって思えているなら、それはただの失敗だよ。俺にとっての悩みと、いっくんにとっての悩みは全然違う。だからって、それを共有出来ない訳がない。共有出来るからこそ、悩みは悩みと言えるんじゃないか?」
「……まさか、殺人鬼に正論を言われるとは思いもしなかったな」
 僕は溜息を吐きながら、ブランコを止めた。
 

逃避行のはじまり ③

  • 2019/06/12 00:17

「言っただろう。僕はただ彼女達を救いたい。ただそれだけなんだ。そのためなら……どんな罪を背負っても構わない」
「へえ? それぐらいに、良い人間に出会ったんだな。良かったじゃないか、いっくん」
「良かったと言われても……。どうなんだろう、僕はただ逃げたい理由を見つけたいだけなのかもしれない」
「逃げたい理由?」
「うん。……考えを改めたくはないんだ。だが、僕としては、彼女達を助けたいと思っているだけなんだ。それだけ……なんだよ」
「だったらさ、いっくん」
 芽衣子はブランコから降りて、話を続ける。
「いっくんがやりたいことをやれば良いと思うぜ? 俺は」
「僕が……やりたいこと?」
「そうだぜ。だって一度きりの人生だろう? 人生は楽しくなくっちゃいけねーんだよ。。俺みたいに殺人鬼の人生を歩んでも良いかもしれねーけれどな!」
 それはどうかと思うけれど。
 あっはっは、と笑う芽衣子を見て僕は深々と溜息を吐く。
「……分かったよ、芽衣子。僕、やってみるよ」
「おう、やってみろよ、いっくん。そして俺に見せてくれよ、可能性を」
「うん。そうしてみるよ。ありがとう、芽衣子」
 そう言って。
 僕はブランコを降りた。
「もう話し合いはお終いにするつもりかい?」
「未だ話す内容でもある?」
「……最近何していたか、教えてやろうか? 私が」
 それは。
 ちょっと気になる話題だった。
 僕はブランコに再び腰掛け、話を聞く態勢を取る。
「実は、依頼されてさ。茨城まで遠征に行っていたんだよ」
「依頼? 殺人鬼にも依頼って来るのか?」
「来るぜ。来る来る。フリーランスみたいなもんだからよ。俺は人を殺すことしか取り柄がないからな。だったら人を殺すことで生計を立てていくしかない。それぐらい分かりきった話だろう?」
「そりゃそうかもしれないけれど……そうか、茨城か……」
「茨城に住む、豪商を殺してこいと言われてさ。どうやって殺すか悩んだけれど、毒殺してやったんだ。罪は奥さんに全て擦り付けて、な」
「それってずるいなあ……」
「そうか? ずるいかなあ。俺にとってみれば至極真面目なやり方だと思うんだけれど」
「それにしても、茨城、か……」
「何かあった? 茨城に知り合いでも居るのか? それとも殺して欲しい相手とか?」
 いや、殺して欲しい相手は居ないけれど。
 茨城には祖母が住んでいる。祖母を頼れば或いは……。
「……いっくん、黙りこくってないで少しは俺にも情報共有してくれないかな。少しは話してくれないとこっちだって困るんだけれどさ」
「……ああ、ごめん。ちょっと考え事をしていただけだよ。芽衣子には関係ない」
「俺には関係ない、ねえ……」
 芽衣子が少しそっぽを向いたような気がした。
 そして、僕は話を始める。
「少し、頼れそうな人を見つけたんだ。だから、彼女達の居場所はそこに決めた。そこにしばらく身を潜めようと思う」
「出来るのか? それが。相手は国家権力なんだろ?」
「それでも……彼女達を助けられるなら、少しでも助けることが出来るなら、僕はやってのけるさ」
「へえ、いっくん、男前になったね」
 芽衣子は歩き出す。
 僕はただ――それを見つめることだけしか出来なかった。
「いっくんは、優しいよな」
 そうして、しばらく考えた芽衣子が発言したことは――僕にとって想像が出来なかった。
 

逃避行のはじまり ②

  • 2019/06/12 00:03

「実はさ……、友達が自衛隊に連れ去られそうになっているんだよ」
「へえ? 自衛隊ねえ。そいつは難儀な話だ」
「それで、彼女達は戦争の道具にされてしまいそうなんだ」
「戦争の道具に? たかだか十二、三歳の人間が?」
 それは、まるっとそのまま君に返してやりたい気分だ。
「そうなんだよ。たかだか十二、三歳の少女が、だ。そんなこと信じられると思うか? 僕は未だに信じられない」
「でも、それが真実だということは理解している、ってことだろ?」
「それは……」
 頷くことしか出来ない。
 答えることしか出来ない。
 否定することは出来ない。
「……それで? いっくんはどうしたいつもりな訳?」
「僕は……彼女達を助けたいと思っている。戦争の道具になんかさせたくない。だから、僕は彼女達を逃がすつもりで考えている」
「逃がす? いったい何処に? 相手は国家権力だぜ?」
「それは……」
 そうなのだ。
 相手はただの一組織じゃない。自衛隊――ひいては国家権力を相手にするということ。その意味が理解できていない訳ではない。僕にとって、それがどういう方向に近づいていくかなんてことぐらい分かっている。
 国が国なら、国家反逆罪で逮捕されているレベルだ。
 つくづく、ここが日本で良かった、と思える。
「まあ、いっくん。少し視点を変えて考えてみようぜ」
「視点を変える?」
「とどのつまりが、相手は国家権力。そして助けたいのは少女『達』」
「そうだ」
「だったら答えは簡単だ。好きなことをやっちまえば良い」
「好きなことを……やる?」
「簡単なことだぜ。難しい話なんて一言も話しちゃいねえ。要するに、俺みたいな人間が言える立場じゃないのかもしれないけれど、逃げちまえば良いんだよ。楽になっちまえよ、いっくん」
「御園芽衣子……」
「いつまでフルネームで呼ぶつもりだい? いっくん。たまには俺のことを『芽衣子』とでも呼んでみたらどうだ? それとも『御園さん』か? それとも『みーちゃん』とでも呼びたいか?」
「それ以上は止せ、芽衣子」
「……やーっと、私のことを芽衣子と呼んでくれたな、いっくん。嬉しいぜ。私はそういう柔軟な考えの持ち主が大好きだぜ」
 そんなことを言われてもな。
 僕は複数人の女性と付き合うつもりなんて毛頭ない訳なんだけれど。
「……いっくん、まさか今の言葉、本気で捉えているかい? だとしたら、少しは考え直した方が良い、その愚直な性格をだね」
 愚直?
 そうだろうか。
 僕がそんな性格に見えるだろうか。
 僕は――分からない。分からなかった。
「とにかく、いっくんの考えが俺には未だ分からないね。どういう風にするつもりだい? いっくんとしての考えを教えて欲しいんだけれど」
 

逃避行のはじまり ①

  • 2019/06/11 23:44

 ここで一つ忠告をしておきたい。
 何故なら、ここから先は日常なんてものは存在しないと言うこと。
 僕達が戦い抜いた『記録』であるということ。
 そして、それを、全てを、知って貰いたい。

   ※

 日付は遡り――クスノキ祭前日。
 正確に言えば、零時を回っていたので当日であるとも言える。
 僕はある人物に再会していた。
 相浜公園のブランコで、またあいつに出会ったのだ。
「いっくん、やっほ。出会ったのは、久しぶりだね?」
 殺人鬼、御園芽衣子。
 かつて僕と出会い、話し合い、命のやりとりをした人物。
 そんな人間のことを――僕はすっかり忘れてしまっていたのだけれど、どうして、こんなところに居たのだろうか?
「何だよ、いっくん。生きているとは思わなかったか?」
 ぎこぎこ、と金属が擦れ合う音が響き渡る。
 夜中。誰も居ない公園にて、一組の男女が出会う。
 それだけ切り取れば、何だかロマンティックな風景にも見えてしまうけれど。
 生憎僕と彼女にはそんな関係性は存在しない。
 殺すか、殺されるか。
 ただその関係性でしかないのだった。
 もっとも、僕に殺人鬼を殺すことが出来るかどうかは――分からないけれど。
「何だよ、いっくん。もっと近づいて話しよーぜ。でないと流石に大声を出し続けていくのは近所迷惑になるだろ?」
 あ、殺人鬼にもそんな感覚ってあるんだ。
 僕はそんなことを思いながら、相浜公園に入っていく。
 隣のブランコに座ったところで、御園芽衣子はにひひ、と笑いながら話を始めた。
「実はちょっと前まで居なかったんだけれどさ、またここに帰ってきたんだよ。やっぱり、実家に近いところだとやりやすさが違うよな? そうは思わないか、いっくんは」
「僕は……ここに引っ越してきたばかりだから分からないな」
「そうだったっけ?」
 そうなんだよ。
 お前みたいに、常に逃げ回っている人間じゃないからな。
 僕はそう思いながら、ブランコを漕ぎ出した。
 ぎこぎこ、とブランコが揺れる音が聞こえる。
「でもまあ、しばらく見ないうちにいっくん、変わっちまった気がするな」
「どういうこと?」
「何だか知らねーけれど、ちょっとやる気が出てきたってゆーの? そういう感じというよりかは、少し覚悟を感じるようになったといえば良いのかな? いずれにせよ、何かあったんだな、って感じはするよ、あのときよっかは」
「……そうかな?」
「そうだぜ。周りが見えていないだけの馬鹿に見えたか、俺が?」
「いや、そうとは思わないけれど……。でも、それは正しいことだと思う」
「正しい? やっぱり、俺の言っていることは正しかったんだな。んで? いったい全体、何があったっていうのさ? 少しはこのおねいさんに話してみたらどうだい?」
 おねいさん、って。
 年齢もそんなに変わらないだろうに。
 僕はそんなことを思いながら――けれど、彼女になら話せるような気がした。
 彼女となら、腹の探り合いをせずに、話せるような気がしたのだ。
 

クスノキ祭 ㉝

  • 2019/06/11 18:21

 クイズ大会の決勝はあっという間に幕を下ろした。
 残念ながら栄・八事ペアは敗れてしまったけれど――それでも楽しいクイズ大会だったのは変わりない。
 クイズ大会が終わった後は、部長達のクラスの出し物であるお化け屋敷に向かった。かなりクオリティが高く、正直驚いた。まさかこんにゃくを釣り竿で釣って、それを人に触れさせるとは……。
「どうだった? 我がクラスのお化け屋敷は」
 部長がわざわざ出てきてくれて、僕達に声をかけてきてくれた。
 部長の言葉に、僕は頷く。
「……かなり怖いお化け屋敷でしたよ」
「そうか! 実は去年もお化け屋敷だったのだがな。色々と進化させているのだよ。来年もお化け屋敷にするつもりだ。ふふふ、お化け屋敷からもう逃れることは出来ないぞ、諸君……」
 何だか、部長の面倒になるクラスも可哀想だな、と思いながら僕達は立ち去るのだった。
 そうして、気がつけば十七時を過ぎていたので、後片付けに追われることになる。
 一日の休息が与えられるとはいえ、片付けが今日中に終わらなければそれが充填されてしまう。だったらさっさと今日中に片付けを終わらせて、明日を八角にしてしまった方が良い。僕はそう思って何とか馬車馬のように働いた。
 その結果、後片付けは女子の着替えを含めて二時間余りという短時間で終了するのだった。
「……あずさ、アリス」
「どうしたの?」
「……何?」
 僕は意を決して、話を始める。
「明日、会わないか?」
「明日? 別に構わないけれど……アリスは?」
「私も良いけれど……どうして?」
「ちょ、ちょっと買い物でもしようじゃないか。文化祭も終わったし、暇だろ? 暇しているぐらいなら、外に出て買い物でもしようぜ、って話なんだけれど」
「それぐらいだったら問題ないよ。何処で集まる? 学校の校門が一番かな?」
「そうだね。そうしようか。アリスもそれで良い?」
 こくり、とアリスは頷いた。
 言質は取った。後は行動をするのみだ。
 そう思って――僕は明日に備えるのだった。

   ※

「……遂に作戦の時がやって来たわね」
「ああ。俺達は『ある瞬間』まで手出ししない。そうだったな?」
「ええ。そうしないと彼女の記憶が元に戻らない。だから、それを利用させて貰う」
「……純情な子供の感情を利用するというのも、何だか悲しいものだよな。この国も何処まで落ちたんだろうな」
「あら? そんな国を守る仕事に就いているのが、あなたと私ではなくて?」
「……そりゃそうなんだけれどよ。でもやっぱりやっていることは残虐非道この上ないぜ。やっぱり今からでも作戦を変更するべきじゃ……」
「じゃあ、どうやって『記憶』を取り戻すつもり? 正直、今残されている方法で一番可能性が高いのはこのやり方しかないのよ」
「……分かっているよ。元はといえば、俺達のミスでやってしまったことだ。だから、あんたのやり方に従う。それで良いだろ?」
「最初からそう言っていればいい話なのよ。分かった?」
「分かったよ。それじゃ、これからは『監視』に移る。それで相違ないな?」
「問題ありません。私も仕事が残っているから、これからの連絡は出来ないのでそのつもりで」
「了解」
 そうして、二人の通信は終了した。

   ※

 夏が終わる、その前に。
 出来ることなら、彼女達を助けることが出来るというのなら。
 僕はその望みにかけてみたいと思っていた。
 だから、僕は――『逃げる』ことを選んだんだ。

クスノキ祭 ㉜

  • 2019/06/11 17:57

「クイズ研究部を創立する?」
「うん。八事さんも同じことを思っていてさ。……どうせなら、全国のクイズ大会に参加出来るような器を用意してみるのはどうだろうか、って話になったんだよ。昨日のことがよっぽど手応えになったんだね」
「それは、栄くんだって同じことを言っていたじゃない」
 栄くんと八事さん、それに僕とあずさとアリス。
 そんな五人が、テーブルを共有して、テニス部の特製焼きそばを食べているのだった。
「良いんじゃない? 面白そうだし。私も応援するよ」
 あずさの言葉に栄くんは少しデレデレしながら答えた。
「あ、ありがとう……。そう言われると少し照れちゃうな」
「照れるぐらいだったら、部活動作るの辞める?」
「そ、そんなあ……」
 栄くんはすっかり八事さんの尻に敷かれているような気がする。
 まあ、普段からそんな性格のような気もするししょうがないか……。
 栄くんは焼きそばを啜った後、僕に語りかける。
「いっくんはずっと宇宙研究部に在籍するつもりかい?」
 僕はそれを聞かれ、ドキッとした。
 何かを知っているんじゃないか、と勘繰ってしまうレベルだった。
「どうして急にそんなことを口にするんだ?」
「いや、だって、宇宙研究部もずっとは続けていられないでしょう。やっぱり大会とかそういうものがない部活動は長続きしないよ」
「それって、クイズ研究部も似たようなものなんじゃないの?」
「クイズ研究部は意外と大会があるもんだよ。気になったら、後で調べてごらん」
「……うぐぐ」
 そう言われると、何も言い返せない。
 確かに宇宙研究部の表だった実績なんて何も出てこない。せいぜい怪しい雑誌にUFOの写真を掲載して貰うぐらいとか? でもそれが実績になるのかどうかは全然分からないけれど。
 そもそも。
 部長がどういう道を歩もうとしているのかが、さっぱりと見えてこない。この部活動は出来たばかりだというけれど、もしかしたら部長の一存で部活動が潰れる可能性だって、充分に有り得るのだ。もしそうなれば、僕はどうすれば良いのだろうか?
 彼女達と出会えた、唯一の繋がり。
 それを失うことになってしまうのだろうか?
 それは悲しい。出来ることならそのまま残して欲しい、と思ってしまう。
「……いっくん? 箸が止まっているけれど、どうかした?」
 僕はその言葉を聞いて、我に返る。あずさの言葉だった。
 あずさはいつも元気だ。あずさも――アリスも――クスノキ祭が終わったら、戦争の道具として連れ去られてしまうのに、僕はいったい何をしているというのだ。
 僕は何故ここで立ち止まってしまっているのか。
 言われただろうが! あの殺人鬼、御園芽衣子に。

 ――いっくんがやりたいことを、やれば良いと思うぜ? 俺は。

 僕はその言葉を胸に生きていくと決めただろうが! 池下さんにも言われた。逃げる機会が与えられているのは、僕だけだと。彼女達自身には逃げる機会など与えられてはいないのだと。だったら、逃げる手助けをしてやるのが僕の役目――じゃないのか?
「いっくん? おーい、いっくん。どったのさ。少しは反応して貰わないと困るんですけれどー!」
「……うん? い、いや、何でもないよ。少し考え事をしていただけ」
 いつかは、話さなくてはならない。
 そう思いながら、僕は焼きそばを啜った。
 焼きそばの味など――とうに感じなくなっていた。

 

クスノキ祭 ㉛

  • 2019/06/11 17:03

 シフトの時間がやって来た。その時間というのは虚無そのものである。そんなことを呟いていたら栄くんが「お客さんに迷惑だよ、その言葉」って言われてしまった。ごもっともである。しかしながら、休憩所として用意したこのスペースも人が捌けることがない。なんというか、常に人が居るんじゃないか、って思えてしまう。もしかしたら常にこの場所に居る奇特な人も居るのかもしれない。実際に調べてないから何とも言えないけれど。
「……とにかく、シフトの時間だけは真面目に働いた方が良いよ? じゃないと分配金がきちんと支払われない可能性が出てくる。ペイ出来ないのは問題だろ?」
 それもそうだった。
 元々支払ったお金は僕のお小遣いから支払われたお金であったため、それがペイされないのはそれはそれで問題なのである。幾らか戻ってくれないと、来月のお小遣いが……。
 いや、そういう問題ではない。
 今、話しているべき問題はそんな問題ではないのだ。

 ――逃げるなら今のうちだぜ。

 昨日、池下さんに言われたその言葉。
 その言葉を僕は忘れることが出来なかった。出来るはずがなかった。
「……どうすれば、逃げられるのかな」
「え?」
「ああ、いや、こっちの話。最近はまっている戦略シミュレーションゲームがあってね……」
「ああ、ああいう系は一度はまると面白いよね。で、何で急にそんな話題に?」
「えーと……、話す内容がなくなったから?」
「それ、本気で言っている?」
 栄くんに本気で怒られてしまった。
 まさか怒られるとは思っていなかったので、僕はひたすら謝ることしか出来ないのだった。

   ※

 そんなこんなでシフトの時間も終わり、
「これから三人は暇?」
「暇というか、まあ、それを言うと微妙なところだけれど……」
「暇じゃないの?」
「要するに暇ってことだよ。いっくんの言葉遣いって回りくどいからねー」
 あずさに補足されてしまい、僕はげんなりする。
 というか、そんなに理解されにくい言葉遣いだったのかな……。
「だったら、僕達のクイズ大会の決勝に見に来ないか?」
「クイズ大会?」
 ああ、そういえば、昨日栄くんと八事さんが決勝に進出していたっけ。
「決勝は二つのペアで対戦するんだ! きっと盛り上がること間違いなしだよ!」
「ねえねえ、どうせ見るものもないんだし、見に行ってみない?」
「うーん、そうだなあ」
 出来ることならもっと見て回りたかったけれど……。
 ぐう。
 そんなことを考えていたら、腹が減った。
 そういえば昼休みもぶっ通しでシフトに入っていたので、お昼を食べていないのだ。
「あはは。取り敢えず、昼ご飯にしようか。テニス部の特製焼きそばでも食べながら、歓談と行こうじゃないか」
 僕はその意見に同意して、栄くんについていくことにするのだった。

 

クスノキ祭 ㉚

  • 2019/06/11 12:21

 ゴスロリである。
 選んだのはあずさだと言っていたから、あずさの趣味なのだろう。
 見事にゴスロリである。
 黒を基調としたレース、フリル、リボンに飾られた華美な洋服を身に纏い、スカートはパニエで膨らませ、靴は厚底のワンストラップシューズを着用し、髪は縦ロールになっており、白のリボンで飾られている。アリスは歩きにくそうに、シューズを眺めていた。
「歩きにくい」
「ちょっとは我慢しなさい。ディズニーランドに行きたいでしょう?」
「……うん」
 ちょっとだけアリスの目が輝いているような気がした。
 アリスもそういう趣味があるのだな、と思いながら僕は控え室にたむろしていた。
 そもそも、関係者ではない僕がどうして控え室に居るのか? という問題なのだけれど、あずさが「いっくんは別に居て良いの!」と言われたためである。僕は別に居なくても良い気がするんだけれど。
「なあ、あずさ。拘るのは良いけれど、あんまり時間をかけていると、あっという間に時間になっちまうぞ。拘りは少しで良いんじゃないか?」
「何言っているの、いっくん! いっくんはディズニーランドペアチケットを欲しくないの?」
「……それを聞かされたのは、ついさっきのことなんだけれどな」
「それでも良いの! いっくんは、当事者に立ったときに、ディズニーランドペアチケットを欲しくないのか、と言いたいのよ!」
「……そりゃ要らないとは言えないけれど」
「だったら良いじゃない! 私の指示に従えば完璧に出来るはずよ! さあ、やりましょう。行きましょう!」
「……僕は向こうでステージを見ることにするよ」
 そう言って、僕は控え室から出て行くのだった。

   ※

 ステージを見ていると、司会が出てきた。
「これから、コスプレ大会を始めます! 皆さん各々コスプレを楽しんできていますので、是非ともお楽しみに! 優勝者には特典として、ディズニーランドペアチケットが与えられますので、厳正な審査が求められます! 審査員は、こちらのお二人! 今池先生と桜山先生です。桜山先生は、メイド服がお好きと聞きましたがほんとうでしょうか?」
「えっ? それ何処から流れた情報? それを知っているのは、宇宙研究部のみんなだけのはずなのに……。誰が言ったのよーっ!」
 桜山先生も何だかひどい目に遭っているなあ、と思いながら僕はステージを見やっていた。
「いっくん、ステージの様子はどう?」
「うわっ、いきなり話しかけるなよ、あずさ。……って、あれ? アリスの様子はどうなんだ?」
「完璧も完璧。後は私が指示したとおりに行動してくれれば一位間違いなしよ!」
「……そうなのか?」
「そうなのよ!」
 そう言いながら、ビラを配っていくあずさ。
 何だかビラ配りの名人なんじゃないか、と思えてしまう。
 それはそれとして。
 アリスの出番がやって来たようだった。
「エントリーナンバー七番! 転校生にして魅惑の美少女、高畑アリスさん! 何でも今回は秘蔵のコレクションから持ってきてくれたとのことです! さあ、どんな衣装が飛び出してくるのでしょうか、楽しみで仕方がありませんね!」
「秘蔵のコレクションって?」
「私の考えた嘘に決まっているでしょう? あの子があんなファッションする訳ないじゃない」
「確かにそりゃそうだが……。バレたら後で困るんじゃないか?」
「秘蔵のコレクションって言ったから完璧よ。いつもはそんな格好をしない、ってのが一番なんだから」
「そんなもん……なのか?」
「まあ、とにかく私に任せておけば完璧な訳! さあさあ、後はアリスの演技を見ていけばいいだけの話よ!」
 そう言われたので。
 アリスの演技を一先ず見ておくことにするのだった。
 ステージ脇からアリスが出てくる。すると直ぐに可愛い、という観衆の声が飛び出してくる。
 アリスはぎこちない動作で歩いている。それだけで『秘蔵のコレクション』というのはバレてしまいそうだったが、意外にも観衆はそんなこと気にしていない様子だった。
 そして中心に立つと、そのまま停止してしまった。
 いったい何があったというのだろうか?
 僕は気になってしまって、彼女を視線から外せなくなってしまった。
 アリスはしばらくして、思い出したかのように、スカートの裾を捲り上げる。
 それは何処かのお嬢様のように。
 清楚で、お淑やかだった。
「可愛い……! 美しい……! そんな二つを兼ね備えた人がここに居るんですね!!」
 桜山先生のテンションもヒートアップしている様子だった。
 今池先生は比較的冷静に判断している様子で、
「ゴスロリというファッションセンスも光っていますけれど、今の動作も悪くないですね。ほんとうに、何処かのお嬢様みたいな感じに見えてしまいますね。彼女、確か一年生よね? 今回のコスプレ大会のコンセプトを理解しているような感じがしますね。まあ、そうじゃないと参加はしないと思うけれど」
 べた褒めだった。
 だったら特に問題ないんじゃないか、と思えてしまうぐらいだった。
 僕が見ても可愛いと思えてしまうぐらいなのだ。当然と言えば当然なのかもしれない。
 隣でビラを配りながらあずさが胸を張っている。そりゃそうか、今回のコスプレ大会で頑張ったのはほかならないあずさなのだから。
「ね? 私の言った通りになったでしょう?」
「そりゃそうだな……」
「さて! 全員が出揃いました! 後は審査を終えて、優勝者の決定となります!!」
 そう言って、ハーフタイムショーの如く、何処かから芸人が出てきた。何でも地元の芸人らしいのだけれど、無名過ぎて聞いたことがなかった。
 芸人の漫才はさておき、あっという間に審査が終わり、結果発表の時間。
「さあ、結果発表です! ……今回の優勝者は、」
 ドラムロールが鳴り響く。
 そして、ドラムロールが止まったタイミングで、司会は息を吸った。
「高畑アリスさん、高畑アリスさんです!」
 それを聞いたアリスは、全然理解できていない様子だった。
「やたっ! やったよ、やったよ、いっくん!」
 本人以上に喜んでいるのは、あずさだった。そりゃそうだよな、それぐらい頑張ったってことなんだから。
 僕はそんなことを思いながら、一言おめでとうとだけ呟くのだった。

 

クスノキ祭 ㉙

  • 2019/06/11 11:42

 二日目も午前八時から始まった。
 もっとも片付けは最低限のことしかやっていないので、準備は直ぐに終わる。あずさもアリスもメイド服に着替え終えて、外に出てきた。
「やっとメイド服に慣れてきたけれど、今日で最後なのよね……」
「いっそメイド喫茶に勤務してみたら?」
「この年齢で勤められる訳がないでしょう。それに、メイド喫茶なんてこの辺りにないし」
「それもそうか。だったら仕方ないけれど……」
「だったら高校生になってから働けば良い。東京に出ればメイド喫茶なんていくらでもあるだろうし」
 でも、良く考えれば、どうして豊橋制服店の店長はメイド服を大量に持ち合わせていたのだろう?
「ビラもたくさん貰ったし。今日も大量に配りましょう!」
 配る前提で話を進められても困る。
「今日は何処で配るつもりだい?」
 午前九時になるまでは、作戦会議の時間。
 昨日はステージ付近と体育館の二回に分けて配布した記憶がある。今日は、午前中だけビラ配りをして、午後はビラ配りをしない――だって、人が集まらないだろうから――ということになっているため、一回のビラ配りで充分なのだ。そして、ビラ配りについては僕が助言しても良いのだけれど、実際にビラを配るあずさとアリスに任せている。僕はただの保護者役だ。保護者と言える程、保護しているかどうかは別だけれど。
「今日はステージを中心に配ろうかな、と思っているのよ」
「へえ? そいつはまたどうして?」
「ステージでは今日大会が盛り上がるからね! それに、アリスが参加するものもあるし……」
「アリスが参加? いったい何に?」
「これよ!」
 そう言って、あずさはあるものを出してきた。それはチラシだった。チラシを良く見てみると、『コスプレ大会参加者募集中! 優勝賞品はディズニーランドペアチケットをプレゼント!』と書かれていた。
 こ、コスプレ大会?
「コスプレって……誰がするんだ? まさかアリスが?」
「そうに決まっているじゃない!」
 あずさは開口一番そう言い放った。
「……まさか賞品目当てに、参加するんじゃないだろうな?」
 優勝賞品はディズニーランドペアチケット。
 ディズニーランドといえば、二人で行くには一万円はしてしまう。交通費を考えれば、その負担はさらに重なっていくだろう。
 それを考慮すれば、ディズニーランドペアチケットはかなり嬉しい賞品だといえるだろう。
「……アリス。ほんとうに参加するのか? 嫌なら今でも断っても良いんだぞ?」
「……良い、大丈夫」
 ほんとうに?
 僕はそんなことを思ったけれど、本人が決めたことなら仕方ないことだろう。僕が口を出す必要もない、って訳だ。
 そう思って、僕達はイベントステージへと向かうのだった。
 開始時刻は午前十時から。その三十分前には集合するように、と言われていたらしい。
 だったら早く言えよ、って話なのだが。

 

クスノキ祭 ㉘

  • 2019/06/10 22:34

 後夜祭はカラオケ大会だった。それも、誰もが参加可能な、ごった煮といったところの。
「これが面白いってことだったのか……?」
 でもまあ、池下さんは恐らくこの学校に来て時期が浅いだろうから知識も浅いのだろう。
 それを考慮したら、池下さんの知識を信用すること自体が間違っていたのかもしれない。
 しかしながら、だとしたら。
「一番、『とおせんぼ』歌いまーす!」
 明らかに酔っ払っている先生が、ボカロ曲を歌ったり。
「続いて『氷に閉じ込めて』歌います!」
 同じ一年生の誰かがしんみりとした曲を歌ったり。
 何だろ、悪くないな。こういうのも。
「いっくん、こういうのも悪くないね?」
「……ああ、そうだな」
 そんなこんなで。
 一日目は幕を下ろしていく。
 二日目のために、英気を養うために、僕達は早く帰るのだった。

   ※

「お帰りなさい」
「……ただいま」
 家に帰ると、父は居なかった。
「父さんは?」
「ごめんねえ、父さん。ご飯を食べる時間までは居ると思ったんだけれど、急に仕事が入っちゃったらしくて」
 住み込みの料理人に『急な仕事』?
 何だかきな臭くなってきたような気がするけれど――今は何も言えなかった。
「そうなんだ。じゃあ、僕と母さんだけで夕食にしようか」
「うん。いっちゃん、お腹空いているでしょう? 今日はカレーにしたからね」
 カレー!
 カレーは良いよ、カレーは。最高に素晴らしい食べ物だと思う。祖父だけカレーが嫌いだったのだけれど、それが全然理解できないレベルには僕はカレーが大好きだ。というかカレーが嫌いな人間の思考が理解できない!
「カレー! カレー!」
「はいはい、先ずは手を洗ってからね」
 そうだった。
 慌てちゃいけない。カレーは逃げないんだ。
 そう思って、僕は洗面所へと足を運ぶのだった。
 手を洗って、鞄を部屋に置いて、序でに着替えてきて、椅子に腰掛ける。
 カレーがやって来る。カレーの良い香りが漂ってくる。母の作るカレーは絶品だ。父はいつも『お前の料理は味が濃い』などと言っているのだけれど、僕はそれがお袋の味って感じがして嫌いじゃない。次に好きな料理は肉じゃがだ。味が濃すぎて一個のおかずになってしまうレベルの肉じゃがが、僕は好きだ。
「文化祭、どうだった?」
 母が言ってきたので、僕は笑顔で答える。
「楽しかったよ。あんなの初めてだったからちょっと興奮しちゃったかな」
 けれど、表情には出さない。
 僕はいつもクールだと言われるのだ。或いはポーカーフェイス?
「そう。それは良かったわね」
 食事は進んでいく。
 食事を終えて、皿をキッチンに運んで、風呂に入る。
 風呂に入って、今日のことを思い返しながら、明日のことを期待していた。
 明日はどんな出来事が待っているんだろう。
 明日はどんなことが待ち受けているのだろう。
 そんなことを思うと、僕は眠れなくて仕方ないのだった。

 

ページ移動

ユーティリティ

2019年06月

- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

カテゴリー

  • カテゴリーが登録されていません。

検索

エントリー検索フォーム
キーワード

ページ

  • ページが登録されていません。

ユーザー

新着エントリー

過去ログ

Feed