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2019年06月09日の記事は以下のとおりです。

クスノキ祭 ⑲

  • 2019/06/09 20:05

 準備が終わったのは、開催十五分前だった。
 ちょうど良い時間だろう、と思ったのかもしれない。クラス委員の藤岡さんはすっかりメイド服に着替え終わり(ちなみに何処で着替える羽目になったのだろう? と思って、後々あずさに聞いてみたら女子トイレの個室が満杯だった、とのこと。……納得)、ぱんぱんと両手を叩いて、
「はいはーい、皆さん、お疲れ様でした! といってもこれから始まるんだけれどね! 午前一発目のシフトの人は、急いで準備してね。それ以外の女子はビラを配ってくること! それ以外は自由行動だから好き勝手に楽しんで来ちゃっていいからね!」
 そんな感覚で良いのか。
 僕は思ったけれど――まあ、僕はメイド服を着る必要もなければ、ビラを配る必要もない。そう思えば、少し楽な気分になるのだった。だって午後まで暇な訳だし。何処かで時間潰し出来れば良いのだけれど……。
「ねえ、いっくん」
「うん?」
 そんなタイミングでのことだった。
 あずさとアリスが僕に声をかけてきたのだ。
「何かあった? あずさにアリス。二人で声をかけてくるなんて珍し……くはないか」
「こらー! ちょっとは珍しがりなさいよ!」
「だって部活動でいつも会っているし……」
「そりゃそうなんだけれどさ!! ……ああ、もう。とにかく話を進めるね。私達も暇なのよ。何せ午後一番でシフトが入っているけれど、それ以外は特段暇な訳であって」
「何だ、それって僕と一緒じゃないか」
 というか、それさっき聞いた気がするけれど。
「それで? どうするつもり?」
 僕は質問する。
 あずさは語りかけた。
「それで……その、いっくんさえ良ければ一緒に歩きたいなあ、と思ったのだけれど」
「一緒に?」
「そう。一緒に」
「……別に良いけれど」
 というか。
 彼女達との平和を過ごすのは、最早今しか残されていない。
 だったら、さっさとOKを出すのが普通なのだ。
 そう思って僕は――ゆっくりと頷いて、彼女の手を取る。
「行こうぜ、そんでもって、今持っているビラをさっさと空っぽにしちまおう」
「うん」
 そういうことで。
 僕達三人は、一緒に行動することになるのだった。

 

クスノキ祭 ⑱

  • 2019/06/09 19:10

 準備はそんな時間がかからない、って?
 そんなこと言った奴はぶん殴ってやりたいレベルだよ。
 そう僕は思って、段ボールで組み立てたものを設置していく。何を設置していくのかと言えば、簡易的な壁だ。一応調理エリアと休憩エリアは分けなくてはならない、という生徒会の考えの下動いているので、実際問題、それが分かるようになっていればどうだって良い、という話なのだが――それを良く理解してくれないのが生徒会だ。重箱の隅をつつくような指摘をしてくるのだ。あいつら、同じ生徒とは思えない。
「……おい、いっくん。休んでいる暇はあるのかよ? さっさとやって部活動の分手伝うぞ……。あ、いっくんは関係ないっけ?」
 栄、てめえ、何を言おうとした?
「悪い悪い。別に宇宙研究部が変な部活動だとは思っちゃいないよ。それに、宇宙研究部は新聞を配布するってだけだから特に準備することはないんだろうな、と思っちゃってさ。ただそれだけだよ」
「確かに準備することは少ないよ。けれど、その言い方はどうかと思うんだよ」
「ははは。悪かったね。……でも、準備を手伝ってくれないと全員が準備終了と出来ないよ。だから手伝うことはちゃんとやって貰わないと。後で配分金貰うときに嫌な気分になるし」
 配分金とかあったっけ?
「あれ? いっくん、休んでいるときとかあったっけ? ないよね? だったら聞いているはずだけれど。今回、メイド喫茶で得た配分金はみんなで分配するって」
 そういえばそんなことを聞いた気がする。
 ってか、それ以前に幾らか支払ったような気がするけれど……。
「まあ、要するに事前に支払っているんだけれどね。だったらトントンにする程度じゃないかな。それぐらいでしか、多分出来ないと思うよ。所詮中学校の文化祭だ。あんまり期待するのも間違いなんだからさ」
 そんなもんだろうか。
「そんなもんだよ。……だから理解したら、さっさと手伝ってくれよ。そして急いで他のクラスほくそ笑みに行こうぜ」
「最低な性格だな、お前」
 あ、ついに口に出てしまった。
「ははは。そんなもんだよ。……ところで原稿は仕上がったかい?」
「仕上がってなかったら、僕はここには居ないよ。今頃必死になって原稿を書いていることだろうさ。……前日には終わらせたよ」
「そりゃ何より。こちらも印刷機を貸したかいがあったってもんだね」
 それはさておき。
 準備を進めなくてはならない。
 僕達はそう思って、話すのを止めて、作業に集中し出すのだった。
 

クスノキ祭 ⑰

  • 2019/06/09 17:47

 結局、眠ることは出来た。
 けれど、いつもより一時間早く起きることもあってか、家に帰っての自由時間はほぼ存在しなかった。仕方ないと言えばそれまでなのだけれど、しかしながら、どうしてここまで全力を突き通さねばならないのだろうか、という疑問も浮かんでしまうのもまた事実。実際問題、僕達宇宙研究部は一年目の新参者だ。新参者が活躍する場も与えられているのが、この文化祭――だと思えば良いのかもしれない。こんな部活動で活躍できる場所なんて、ほぼないに等しい訳だし。
 午前八時。校門を見る。すっかり赤やピンクの色紙で色とりどりに装飾された校門になってしまっている。これを見る機会も二日しかないんだな、と思うと少しだけ寂しい気分になる。
「あ、いっくん。おはよう」
 声がしたので、そちらを振り向く。
 そこにはあずさとアリスが立っていた。
「あずさ、それに、アリス……」
「どーしたの、いっくん? こんなところでぼーっとして、どうかしたの? 眠れなかった?」
「いや、何でもないけれど……。あずさ達は眠れたのかよ? 寝不足だったりしない?」
「私はばっちり六時間睡眠だから大丈夫だよ! いつもより二時間は眠っていないけれど、そこは昼寝でばっちりカバーするつもり!」
「……私も、大丈夫」
 何が大丈夫なんだ、おい。うとうとしているじゃねえか、早速陥落しそうなんですけれど!?
 とまあ、そんなことはおいといて。
 校門を潜って、話を続けていく僕達。
「ところで、今日のシフトはどうなっているの?」
「僕は午後から二時間入っているよ。後は暇だから色々巡ろうかなあとは思っているけれど」
「やりいっ。私達もその時間なんだよ。だから後は空き時間! とは言っても、メイド喫茶のビラ配りとかあるけれどね」
「ビラ? そんなもの作っていたのか?」
 いったいいつの間に。
「私も詳しいことは知らないんだけれどね。何でも、メイドにビラを配って貰った方が、受け取る方も受け取りやすいだろうって話らしいんだよっ。私は詳しい話は分からないけれど」
「……いったい、誰の入れ知恵だ?」
 大方、担任の徳重先生の入れ知恵なんだろうけれど。あの人、体格に比べて趣味が可愛らしいものばかりって最近知ったしなあ……。
「徳重先生だよ。確か、めーちゃんがそんなことを言っていた気がするから」
「めーちゃん?」
「……藤岡さんのこと」
 補足説明してくれたのはアリスだった。
 ああ、そういえば彼女の名前って、藤岡めぐみだったっけ。だからめーちゃんか。成程成程。
「あっ、でもこの渾名使っちゃ駄目だからね。女子には呼ばれても良いって言ってたけれど、男子にはお断りだって言っていたから。きっといっくんも同じ目に遭うと思うんだ」
 ……あの女、どんだけ男女差別意識が高いんだ?
 いいや、そんなことはどうだって良い。
 取り敢えず、クラスに向かって最後の準備に取りかからねば。そのためにわざわざクラス全員が一時間前に集合――という悪魔のスケジュール構成になっているのだから。
 そう思って、僕達はクラスへと急ぐのだった。

 

クスノキ祭 ⑯

  • 2019/06/09 16:38

 九月二十三日。
「今日は新聞が終わるまで帰さないからな!」
「それってどうなんですか、何かやばい法律に引っかかったりしませんか……?」
「まあまあ……。遅くなったら私が家まで送ってあげるから」
 という訳で。
 未だ完成していない『宇宙研究部新聞』の最後の追い込みに取りかかっていた。
 黒板には、最早普通の精神ではないメンバーの寄せ書きが書かれている。
 誰かが書いた『Tme waits for no one.』の文字列――それがかなり秀逸になっている現状。
「時は誰も待ってくれない、か……。言い得て妙だな」
「何か言ったか、いっくん?」
「何も言っていません! 急いで原稿を終わらせます!」
「よしよし。とはいえ僕も未だ全然原稿が終わっていないのだがね……。やれやれ、これだったら金山の仕事を手伝うんじゃなかった」
「元はといえば、あなたの仕事なのだから手伝う以前の問題ではなくて? それと、私はもう書き上げているのだからさっさと帰らせてくれても良い気がするんだけれど!」
 金山さんはあれから一週間でコラムを一本書き上げてきた。
 聞けば文章の類いは書くのは難しくないと思っているらしい。何だよ、それ。チートかよ。
「……書き上げても帰ることが出来ると思っていたのか、金山。お前には校正という仕事とレイアウト担当という仕事が残っている訳だが?」
「そんなの、後でやって来た人間がやれば済む話でしょうが! 私はさっさと終わらせているの! だったら早く帰しなさいよーっ!!」
「帰してやるからちょっとは待っていろ。こっちだって今忙しいんだから……さっ!」
 原稿を書きながら話が出来るなんて何と羨ましい。
 こちとら言語能力をフルにそちらに回さないと全然文章が出来上がらないというのに。
「いっくーん? 未だ出来上がらないのー?」
「何を見て言っているんだい? これを見てもなお、出来上がっていると言えるのかな?」
「それってただの言い訳じゃないのー。それより、早く書き上げちゃってよ。私、もう出来上がったんだけれど」
「馬鹿な……! 進捗は僕と同じだったはず……! タイムマシーンでも使ったのか?」
「そんな馬鹿なこと考えている暇があったら、ほら、手を動かす!」
 お前が話を振ってきたんじゃないか。
 そんなことを言いたかったけれど、流石にこれ以上言語能力を使っていると、文章に支障が出る――そう思って僕は必死に原稿を書き進めるのだった。

   ※

 実際に新聞が完成したのは、それから数時間後。
 正確には、九月二十四日に少し入ってしまったぐらいだろうか。
 僕は――まさかここまで時間がかかるとは思わなかった、と思いながら新聞部にある印刷機の横でうつらうつらと眠りそうになっているのだった。

   ※

 そして、九月二十四日。
 この中学校の文化祭であり、地元からも数多くの人々がやってくる一大エンターテイメント。
 クスノキ祭が、幕を開ける。

 

クスノキ祭 ⑮

  • 2019/06/09 16:07

「池下さんは部長と合同でコラムを書いているんでしたよね」
 この間あったことは、お互いノータッチで進んでいく。
 池下さんは読んでいた本に栞を挟んで閉じると、
「そうだね」
 とだけ短く告げた。
「どんな内容になっているのか、見せて貰うことって出来ますか?」
「何故だい? 何故俺がそんなことをしなくちゃいけない」
「原稿が進まないんですよ。お願いします」
「そう言われてもなあ……。うん、分かった。見せてやろう。但し、内容のコピペは厳禁だぞ」
 それぐらい承知していますよ。
 僕はそんなことを言って、池下さんから原稿を受け取って、椅子に腰掛けた。
 池下さんが書いた内容はかなりしっかりとした内容のコラムだった。コラムの内容を総評すると、瑞浪基地に飛来するUFOについて――ということだった。僕のコラムの内容と被る心配もあったけれど、僕はUFOの事件そのものを書いたものになっているので、そこは問題なし。もしそこで被っていたらどちらかが手を引くか、そのまま原稿を提出するかのいずれかになってしまうところだった。
 池下さんの書いた文は、かなり明瞭ではっきりとした文章だった。物言いがしっかりしている、と言えば良いんだろうか。いずれにせよ、その考えが正しいのかどうかは分からない。僕はあまり小説を読まない人間だからな。読むと言っても、せいぜい流し読みが精一杯なところがある。あと時間つぶしに読んでいる節が多いし。
「……どうだったかな、俺の文章は」
 気づけば、池下さんは立ち上がってこちらに向かってきていた。
 これは何か感想を言わなくちゃいけない状況だろうか――なんてことを思いながら、
「良い文章だったと思いますよ。非の打ち所のない、と言えば良いんでしょうか」
 僕は精一杯のお世辞を言ったつもりでいた。
 池下さんはそれを聞くと、原稿を奪い取るように手に取って、
「そりゃ、どうも」
 とだけ言って、また元の席に戻っていった。
「……いっくん、池下さんに何か悪いことでもしたの?」
 あずさがそう言ってくるが、そんな問題ではない。
 そんな問題では、ないんだ。

   ※

 九月も二十日を過ぎると、各々クラスも準備を整えてきている。段ボールで作ったお手製のメニュー表や、検便の準備など手間がかかっているのだ。
 ちなみに僕も検便を出す羽目になってしまった。理由は単純明快。メイド喫茶でジュースを出すことが決まったためである。パックのジュースではなく、パックから紙コップに出していくスタイルに決まったそうなのだ。だから、紙コップに注ぐ役目を担う男子には検便をして貰う必要がある――ということらしい。
 何というか、してやられた、気分である。
「……いっくんも、勿論、検便して貰うからね?」
 藤岡さんにそう言われたときは、逃げ場がないと思ってしまった。
 いや、会議に参加しなかった僕が悪かったのだけれど。
 それ以上は何も言えなかったし、何も言わなかった。それが一番だと思ったからである。

 

クスノキ祭 ⑭

  • 2019/06/09 15:13

 そういえば他のメンバーは何を書いているんだろうか。
 少し興味が湧いたので、休憩がてら全員の原稿を見てみることにした。
 あずさの原稿は……エッセイ? UFOというよりは宇宙研究部で起きたことを書き連ねているように見えるけれど――。
「ちょっと、いっくん! 人の原稿勝手に見ないでよ」
 止められてしまった。
 そうなってはもう何も出来ることがない。
 僕は次の原稿に移動した。
 次の原稿は――アリスか。アリスは、漫画を描いているようだった。
 UFOとやって来た宇宙人についての漫画のようだった。読み進めてみることにする。一コマ目、UFOが空がやって来た。総理大臣を模した人間が「UFOだ!」とそれを指さして言っている。まあ、それだけを見ればただの冒頭の一コマだ。寧ろ模範的な一コマと言っても良いだろう。二コマ目、UFOは着陸し、そこから宇宙人が降りてくる。宇宙人は「この星は我々が頂いた」と言い出す。これもまたありがちな展開だ。そこからどう落ちに持って行くつもりなのだろうか? 三コマ目、様々な兵器を総動員して戦っている絵。正直、ここに一番力が入っているような気がする。他のコマが手抜きであるとは言わない。けれど、このコマに関する力が何処か強いような気がするのだ。さて、残り一コマ、この物語はどう終結するのだろうか――? 四コマ目、そこにあったのは白だった。何もない白だった。その白には堂々とした何かがあるように見えて、何もない世界を表現しているように見えて、何もいない空間を表現しているように見えて、結局は何が何だか分からない世界観だった。その一コマで全てをぶち壊されたかのような、そんな感覚だった。いったい全体、アリスは何を書きたかったのだろうか? 僕はそう思って、その原稿を指さして、呟いた。
「アリス。この原稿、どう落ちをつけるつもりなんだ?」
「……さあ?」
「さあ、ってお前……」
 それ、全世界の漫画家を敵に回した発言だぞ。それでも良いのか?
 でもまあ、アリスはそこまで深く考えていないのかもしれない。それがアリスなりの考えなのかも。
 ……思えば、アリスは戦争について詳しいんだったな。詳しいというよりかは、事実を知っていると言えば良いだろうか。
 となると、やっぱりこれは今後の戦争を思わせた何かなのだろうか。
 今後の戦争において――未来を予見した何かなのだろうか。
 分からない。その答えを、今は導くことが出来ない。
 けれど、僕は。
 二人を――どうしても守りたかった。
 どうして二人をこんな平和な空間から抜け出させる必要があるんだ、と思った。
 彼女達にも平穏を共有する権利はあるはずだ、と思った。
 だから、だから、だから――。
「……いっくん、どうしたの?」
 あずさの言葉を聞いて、我に返る。
「ん、い、いや、何でもないよ」
 その表情を――池下さんがじっと眺めていることに、僕は直ぐに気づくのだった。

 

クスノキ祭 ⑬

  • 2019/06/09 13:35

「諸君、原稿の進捗はどうかね!?」
 久しぶりの部活動。部長は開口一番、僕達に向かってそう言い放った。
「そんなこと言われても、というのが正直なところですけれど」
 僕は言い放った。実際の所、未だ原稿は半分も書き上がっていない。納期まではあと一週間近く――いや、正確には二週間あまり――残されているのにもかかわらず、だ。五月蠅い、僕は後からブーストがかかるタイプの人間なんだ。別に締め切りまでに書き上げれば何の問題もない訳であって、それ以上の意味はないはずだ。それ以上の意味など、関係ないはずだ。
「とは言ってもだねえ。新聞部との兼ね合いもあるし、出来る限り誤字脱字はなくしておきたいところだし、印刷のかすれとかあったら困るし……。だから出来ることならもちっと早くして貰いたいものなんだよねえ」
「そんなこと言って、部長は出来ているんですか、原稿」
「全然!」
 いや、そんな笑顔で言われても……。
「実際問題、どれくらいの人間が書き上げているのか、というのが気になってな! いや、悪い話でもないだろう。それが難しい話になっている訳でもあるまいて。……だがな、しかしながら、実際難しい話になっているなら早めに相談して欲しい。何せ紙幅は有り余っているのだ。本来ならば、金山、お前にも参加して欲しいところだが……」
「言ったでしょう!? 私は、部活動よりも生徒会の仕事が忙しいって! 何処かの誰かさんが仕事をすっぽかさない限り、私は仕事が二倍になって降り積もってきているんだって! だから誰かが仕事をやってくれれば良いんだけれどねえ……?」
「……分かった。僕が仕事をやろう」
「お?」
 金山さんはまさかそんな展開に発展するとは思っていなかったのか、首を傾げてしまっていた。
「どうした、金山? 僕がわざわざ仕事をやってやろうと言うのだ。だったらお前も余裕が生まれるだろう? そしたら、こちらの原稿も手伝うことが出来る。違うか?」
「それは、違わないけれど……」
「決まりだ。諸君、僕は今日から生徒会の仕事も手伝う。だから、金山に原稿を書かせる。これで紙幅はちょうど良い塩梅になるだろう。もし何かあったら生徒会室へ足を運ぶように。それじゃ、行くぞ、金山」
「あ、あ、ちょっと。手を引っ張るなーっ!」
 そう言って。
 半ば強引な形で、部長と金山さんは部室を出て行ってしまった。
「良いんですか?」
 深々と溜息を吐く池下さんを見て、僕は言った。
「良い訳ないだろ。それってつまり俺に全ての原稿を任せるって言っているようなもんだぞ。……まあ、そうなるんじゃないかな、って思ってはいたけれどな。実際問題、スペースが有り余っていたのは事実だ。誰かの原稿を増分して何とかしようか、なんてことも考えていたぐらいだ。或いは文字の大きさをでかくして、そうすればスペースが埋まるだろうなんてことも考えていた。だが、それじゃ、内容のスカスカぶりが目立っちまう。だったら誰か、最悪ゲストライターでも呼んで紙面を埋めるしかない、という結論に至っていたところだった訳だが……。まあ、あれで良いなら良いんじゃないか?」
 良いのか。
 それで良いのか。
 僕はそんなことを思いながら――原稿を書き進めていく。
 残りのページ数を確認しながら、僕もまた深々と溜息を吐くのだった。

 

クスノキ祭 ⑫

  • 2019/06/09 13:13

 何も出来なかった。
 ずるい存在と言われても仕方なかった。
 ひどい存在と言われても仕方なかった。
 だから、僕は――せめて。

   ※

「高畑さん可愛いー!」
 そう言って頬ずりをするのは、藤岡さんだった。
 藤岡さんは可愛いものが好きな性格だったようで、どうやらそれがアリスになってしまったようだった。アリスはメイド服を着ているがそれが随分とお気に召しているようで、すっかりメイド服の虜になっているようだった。しかし、実際メイド服を着たことのない女子は多かったはずだし、どういう価値観でメイド服を着こなすのかということについて、やっぱり考えたいという思いも出てくるのかもしれない。もしかしたら、出てこないのかもしれないけれど。
「……藤岡さん、それぐらいにしてあげたら? アリスが嫌がっているように見えるけれど」
「何処が?」
 アリスはずっと無表情を貫き通している。
 いや、少しは表情に出せよ……。
「ほら! あんまり気にしていないようだし、別に問題ないんじゃない? 可愛い、可愛いよ、高畑さんー!」
 頬ずりをずっと続けている藤岡さん。
 アリスはずっとぼうっとした表情でこちらを見つめている。何だ、止めて貰いたいのか。止めて貰いたくないのか。はっきりしろ。
「……ちょっと、藤岡さん。メニューの考案はどうなったの?」
 そこで手助けが入った。
 正体はあずさだった。
 あずさが声をかけてくれたことで、藤岡さんは頬ずりをするのを止めて、こちらを向いてくれた。
「……あら? メニューなら男子が考えていると思っていたけれど」
「そう思っていたんでしょう? けれど、男子は料理の経験なんて皆無だからみんなちんぷんかんぷんになっているわよ。……やっぱりまとめ役には女子が居ないと」
「それで、私が?」
「だって、藤岡さん料理得意でしょう?」
「……そう言われると照れちゃうなあ」
 おい、否定しろよ。
 藤岡さんは漸くアリスから手を離すと、黒板の前でああだこうだ言っている男子達の方へと向かっていった。
「ほら、いっくんもやらないと」
「やらないと……って何が?」
「決まっているでしょう。料理のチョイスだよ。それぐらい決めておかないと後で変なこと言われても知らないんだからね。例えばフォアグラのソテーを作りますとか言い出したら料理にかかる費用をどう捻出するつもりなの?」
「学校でフォアグラのソテーなんて出せると思っているのか、お前は……!」
「冗談、冗談! でも、話に参加しないと後々ちょっかいを出す権利は失うよ? だったら、今のうちに存分にちょっかいを出しておいた方が良いんじゃない? って話だよ」
「ちょっかいを出す必要があるかどうか、って話だろ、実際には……」
「え? そういうもの?」
「そういうものだよ」
 僕とあずさは会話をしている。
 黒板の前では、藤岡さんがリーダーとなって料理を決めている。
 少しずつ、クスノキ祭が近づいてくるのを――実感せざるを得ないのだった。

 

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