エントリー

2019年06月04日の記事は以下のとおりです。

観測活動の再開 ⑫

  • 2019/06/04 22:14

「母さん、誕生日おめでとう」
 僕は鳩サブレーの袋を母さんに手渡した。
「あらあら、鎌倉に行ってくるとは言っていたけれど、こんな良いものを買ってきちゃって」
「……でもね、母さん。今日は夕食一緒に食べられないんだ」
「あら、どうして?」
「宇宙研究部の活動が急遽入っちゃって。ごめんね、母さん」
「今日は母さんの誕生日だろう。何とかならんのか」
 言ってきたのは父さんだった。
 大柄な肉体は、まるで何かスポーツをやってきたのかと疑ってしまう程だった。しかしながら本人の意見曰くスポーツをやって来たことはなく、寧ろそういうものから勧誘を受けてしまうレベルだったという。若い頃は、相撲取りが来ると厨房の奥に隠れるように偉い人から言われたぐらいがたいが良い。
「何とかしたいけれど……、でも」
「でも、何だ」
「いいじゃない、あなた。私の誕生日よりも大切なものがあるのよ。青春ってそういうものじゃない」
「そういうものなのか」
「そういうものです」
 母さんの言葉に、少しだけ救われた。
「ありがとう、母さん。ごめんね」
「良いのよ。子供は遊んでナンボのもんだから! さあさ、急がないと置いて行かれるんじゃないの? 急いで急いで」
「わわっ、分かったよ」
 押されてしまって、僕はそのまま外に出て行くのだった。

   ※

「いっくん、遅い遅ーい!」
 江ノ島の灯台付近にて。
 いつも通り、宇宙研究部は集まっていた。
 集まっていたところで、UFOの観測自体は未だ始まっていないようだったけれど。
「UFOの観測は夜になってからだな。……ところで、問題なかったのか?」
「何が、ですか?」
「ほら。お前のお母さん、今日誕生日だったんだろ」
「青春は大事にしろ、って言われました」
「ははは、何だそれ。でも良い母親だな」
 部長はそう言って、僕の頭を撫でた。
「それじゃ、観測を開始しようか。目的は、UFOの観測だ!」
「おー!」
 そう言って、僕達はUFOの観測を開始する。
 見つかるかどうか分からないけれど。
 僕達はUFOの観測を――開始する。

   ※

「……うーん、やっぱり見つからないなあ」
「見つからない?」
「というか、映像が映らない。あのじじい、修理してねえんじゃねえか?」
「修理というか、壊れていないって言っていなかったか?」
「言っていたよ。けれど、あれも嘘なんじゃねえか、って思えてしまうよ。ほら、見てみろよ」
 部長が見る。うわ、と声を上げる。
「何というか、これはひどいな」
「どうなっているんですか?」
「砂嵐だよ。砂嵐状態になっているんだ。ひどいったらありゃしない。これで壊れていないと言っている方がおかしな問題だよ。……何で壊れていないなんて言ったんだろうね?」
「知るかよ、俺が知りたいぐらいだ」
「そうだよな。……うーん、これはやっぱりあれじゃないか?」
「あれ、って?」
「もう確実だろ! UFOの電波が、デジタルカメラを破壊しているんだ!」
「…………え?」
 何を言っているのかさっぱり分からなかった。
 正確には、理解するのに時間がかかった、と言えば良いだろうか。
 いずれにせよ、部長が言っている言葉は、とてつもなく変な言葉だった。
「……部長、いったい何を言っているんですか?」
「瑞浪基地から出ている電波が、デジタルカメラを破壊している。或いは妨害している、と考えれば良いのではないか? そうであれば、鎌倉カメラ店で故障が見つからない理由も見えてくるはずだろう」
「いやいや、そんなことって……」
「有り得る! 絶対に、だ! 現に、例えばスマートフォンのカメラを当ててみろ!」
「どれどれ……。おっ、これは……」
 池下さんは持っていたスマートフォンでカメラを起動して瑞浪基地にカメラを向けてみた。
 まさか、部長の言った通り妨害電波が流れているのか……?
「何言っているんだ、野並。やっぱり妨害電波なんて出ちゃいねえよ。ほら、見てみろ」
 スマートフォンの画面を僕達に見せてくれた。
 すると確かにその通り、画面ははっきりと瑞浪基地の上空を捉えていた。
「……あれ? 何で?」
「だから、それはお前の妄想だろ」
 そう言って。
 結局、UFOは観測出来ないまま、今日の集会も終わってしまうのだった。

 

観測活動の再開 ⑪

  • 2019/06/04 20:46

 鎌倉カメラ店に戻ると、店主のおじいさんがうんうん唸っていた。
「どうしたんだ、じいさん? まさかカメラ、直らなかったんじゃ……」
「おおっ、来たか、小僧。言ってやろう言ってやろうと思っていたんじゃ。……お前、わしを馬鹿にしに来たのか?」
「何のことだよ」
 池下さんの言葉に、さらに声を荒げるおじいさん。
「分かっておっただろうが! これは、『壊れておらん』! 綺麗に整備されている代物じゃよ!」
「え?」
 それを聞いた池下さんは目を丸くしてしまう。
 いや、それどころじゃない。
 僕達だって、目を丸くしてしまった。
 どういうことだ? 壊れていると言ったのは池下さんだから、池下さんに聞かないと全てがはっきりと見えてこないのだけれど、それでも理解できない。池下さんが嘘を吐いたっていうのだろうか?
「先輩、嘘を吐いたんですか?」
「そんな訳あるかよ。……おい、じいさん。嘘は良くねえや、それは壊れているって言っただろ? だから修理してくれってわざわざ持ってきたんだからさ」
「いやいや、だから言ったじゃろうが。これは壊れていない。完璧に手入れが為されているよ。経年劣化による故障でもしたかと思えば、そのような様子も見られないしのう……」
「どういうことだ、じいさん」
「言った通りのことだ。このカメラは壊れていない。……金も要らんよ。わしゃあ何もやっていないからな」
 そう言われて。
 カメラを受け取った池下さん。
 何かを言いたそうな表情を浮かべていたが、そのまま踵を返し、外へ出て行った。
「お、おい、池下!」
 部長に呼ばれて、そこで漸く立ち止まる。
「……じいさんの言った通りだ。さっさと帰るぞ。後は何をするか分かっているな?」
「何をする、って……」
「分かりきった話だろうが。今日は晴天の予報だ。夜になっても、それは変わらないはずだ。そうだろう?」
「あ、ああ。そうだったはずだ。だが、それがどうした?」
「もう一度、観測をしようぜ」
 池下さんは振り返る。
 僕達の方を向いて。
 彼はそう言い放った。
「もう一度、観測をするんだ。それで壊れているか壊れていないか、全員で見直そうじゃねえか」

   ※

 江ノ電に乗って、僕達は今日のことについて話し合った。
「取り敢えず、いっくんは一度家に帰るんだね?」
「……ええ。一応親には話しておいた方が良いと思うので」
 流石に何も言わずに『今日は夜にUFOの観測をするから』などと言える訳がない。母さんには悪いが、誕生日プレゼントを手渡しておくことにしておこう。それで全て解決するとは思えないけれど。
「それじゃ、それ以外の人間は江ノ島に向かおう。問題ないね?」
「はい!」
「……分かった」
「了解っと」
 全員が、それぞれ言葉を上げる。
 アリスは何だか面倒臭そうな表情を浮かべているけれど、大丈夫だろうか?
「アリスもそれで問題ないの?」
「……どうしてあなたがそれを決めるの?」
 そりゃ、そうかもしれないけれど。
 アリスだって、やりたくないときはやりたくないって言って良いんだぞ。
「アリスは、やりたいからここに居るんでしょう? ねえ」
 あずさの言葉に、アリスはこくりと頷いた。
 良いのか、アリス、それで。
 僕はそれ以上言葉を言うのは辞めた。アリスに悪いと思ったし、そもそもメンバーに悪いと思ったからだ。メンバーが『今日はUFOの観測をやるぞ』と言っている中、僕だけ『やりたくありません』だの『やりたくないんじゃないか』だの言うのは間違っていると思ったからだ。だから、それ以上のことは言いたくなかった。それ以上のことは、否定したくなかった。それ以上のことは……ああ、もうどうだって良かった。
「それじゃ、いっくんだけ七里ヶ浜駅で下車、だね!」
「そういうことになるね」
 僕だけ、一度降りる形になる。
 カメラは持ち合わせているので、既にUFOの観測は出来るといった形か。
 時間も夕方とちょうど良い。いつUFOが飛来するか分からないけれど、僕達にとっては完璧な時間帯だ。そう思いながら、僕は七里ヶ浜駅に到着するのを、ただひたすら待つのだった。

 

観測活動の再開 ⑩

  • 2019/06/04 16:48

「結局、」
 僕が話を切り出した。
「――『北』がどうしてこようと、アメリカが介入しないと戦争なんて出来やしないんじゃないの?」
「そうなのかもしれないけれど、でも、難しいところはあると思うよ。やっぱり、戦争なんて誰もしたがらない。けれど、ロボットや人工知能が発達しきっていない現状からして、結局誰かが死んでしまうことになる。それは当然であり当たり前であり、仕方のないことだと思う。……結局、人は死ぬんだよ」
 列が一歩前に進む。
 あずさの考えは、何処か戦争に進みがちな考えのような気がした。
 戦争に進まなくても生きていけるんじゃないか、って半分平和ぼけな考えをしている僕とは、対照的な考えの持ち主だった。
「でもさあ、やっぱり戦争なんて起きて欲しくないと思うよ。起きて欲しいと思うのは、それこそ戦争産業と呼べるような存在だらけだと思うし。例えば、兵器開発だとか」
「兵器開発をしている企業が、この国にどれだけ存在していると思っているの?」
 戦争をしていない――だから兵器開発はしない、なんて話は嘘になる。
 結局、自衛のために、自らを守るために、兵器開発は進められており、今もなお供給が続けられている。だから結局のところ、平和を守っている国だからといって、戦争の道具になる兵器を開発していない訳がないのだ。
 治安だってどんどん悪くなっていく訳だし。
「……確かに、兵器開発をしていないことはないと思う。現に、この国の自衛隊への予算はどんどん拡張している訳だしね。宇宙部隊なんて結成されるぐらいだ。人工衛星やロケットを討ち滅ぼすための兵器開発なんて進められているぐらいなんだし、それぐらい当然といえば当然なのかもしれないけれど」
「まあ、難しい話になるけれど、私の議題はそういう方向に持って行くことになるのかなあ、って思うよ」
「どういう方向?」
「この国が、平和を目指しているのか否か」
 僕達の番がやって来た。
「いらっしゃいませー」
 すっかり疲れ切った表情を浮かべている店員さんに、鳩サブレーを注文する。
 分けてお願いするようにしたら、少し面倒臭そうな表情を浮かべていたけれど、しかしながら、ちゃんと対応してくれたのはやっぱりプロだというところだろう。
「やっと買い物が出来たね。長々とありがとう、いっくん。いっくんじゃないと、こんな話出来ないからさ」
「……僕以外にも適任者は居るんじゃないのか? 例えば部長とか」
「……あの人、時折怖いと思う時があるんだよ」
「怖い?」
「UFOに関する興味を――失ってしまうんじゃないか、って時が」
「……そりゃ、人間は生きているからね。いつかは興味を失う時だってやって来るんじゃないかな」
「そうかな? 私はそれが……とても怖いのよ」
「どうして?」
「だってこの部活動って実質部長のワンマン経営でやって来ているようなものでしょう? そこで、部長がやる気を無くしてしまったら……」
「しまったら……?」
「この部活動は、終わりを迎えてしまう」
 ミーン、ミーンと。
 蝉は未だ鳴いていた。
 少し待っていると、部長達がやって来た。
「やあやあ、遅くなってしまったようで、済まなかったね。僕達に気にせず、涼しいところで休憩していてくれれば良かったのに。LINEで連絡貰えれば、そっちに向かっていたよ?」
 そういえば。
 そんなことをすっかりと忘れてしまっていた。
 だったら炎天下の中、待つこともなかったな――なんてことを思いながら、僕は笑みを浮かべる。
「そうですね。すっかり忘れていましたよ。……ところで、時間的にそろそろどうですか?」
「時間? ……ああ、カメラの修理のことね」
 まるで忘れていたかのような物言いだ。
 僕が言わなかったらそのまま江ノ電に乗って帰って行ったんじゃないだろうか、と思ってしまうレベルだ。
「冗談冗談、忘れる訳がないだろう? 何せあのカメラがなければUFOを観測することも出来やしないんだ。僕達にとってみれば、あれは救世主だよ」
「救世主?」
「部費で賄えるレベルで、最高峰のカメラだということだ」
 池下さんが補足する。
 成程。先程ブルジョワだと思っていたあの二万円は部費から出ていたのか。それなら一気にあのお金を出したのも納得。
 そう思って。
 僕達は一路、鎌倉カメラ店へと戻ることになるのだった。

 

観測活動の再開 ⑨

  • 2019/06/04 16:25

「ところで、いっくんは文化祭に出す『新聞』のネタって決めた?」
 新聞?
 ……ああ、そういえば、部長がそんなことを話していたような気がする。
 宇宙研究部は(今年創立されたばかりの部活動だけれど)、例年新聞を発行しているのだ、と。そしてその新聞のネタは各自部員に任せる、のだと。
「うーん、そうだなあ。未だネタは決まっていないよ。けれど、UFOに関するネタにするのは自明じゃないかな」
「どうして?」
「どうして、って……。この部活動、『宇宙研究部』と名乗っている割りにはUFOに関するパーセンテージが多いだろ。だったら、UFOに関するネタに決め込んでおいた方が良いじゃないか」
「そういうものなの?」
「そういうもんさ」
 僕は軽口を叩くように、彼女にそう言い放った。
 そういえば、アリスやあずさはどういうものを書くのだろう。全然想像がつかない。
 僕はそんなことを思いながら、さらに話を続ける。
「そういうあずさはいったい何を書くつもりなのさ? あずさだって、書かない訳にはいかないだろ?」
「瑞浪基地に関する噂でも書こうかな、って思っているけれど」
「瑞浪基地に?」
「うん。あの基地って、結構謎深き場所なのよね。実はおじさんがそこに務めているけれど、全然情報は教えてくれないし。だったら私達の手で勝手に分析しちゃおう! って算段。どう? 悪くないでしょう?」
 確かに、悪くないかも。
 教えてくれないなら、勝手に言ってしまえば良い。
 それは面白い方法なのかもしれない。
「あの基地って、やっぱり何か変な噂ってあったりするの?」
「UFOが飛び立つ噂ぐらいは知っているでしょう?」
 知っているどころか、目撃しちゃった訳だけれど。
「そのUFOは、元々宇宙部隊である自衛隊が所持しているものだって噂もあるぐらいだよ。何せ自衛隊は裏でアメリカ軍と繋がっている。それぐらいは持っていてもおかしくないだろうけれど」
 ミーン、ミーン、と。
 蝉が鳴き出した。
 それを聞きながら、さらに話を続ける。
 列は未だ半分も捌き切れておらず、良く見たら人数がさっきから増員されていた。
「アメリカ軍と繋がっているって、そんなの噂程度の話だろ?」
「『北』が戦争を仕掛けている、ってのも噂程度の話だと思わない?」
「……『北』ねえ」
 北。
 文字通り、北にある半島国家。全世界的に我儘を言い通した挙げ句、国連に参加したいだの、領土を広げたいだの、そのくせ求めているのが世界平和と言われているだの、訳の分からない国家である。
 その、訳の分からない国家が、戦争を仕掛けようとしている。
 それも、全世界を敵に回して。
 それは随分と有名な噂話の一つだったし、僕も聞いたことがある話の一つであった。
「北の話は誰も開けっぴろげにしないけれど、それがどれぐらい大変な話だってことは誰だって分かっている。けれど、この国が戦争を出来ない理由がある。それは、いっくんだって知っているんじゃない?」
「……日本国憲法」
 小学生でも分かっている、憲法九条。
 日本国は、戦争をしない――そんなこの国独自の憲法が、それを邪魔していたのである。
「防衛ならば何の問題もないけれど、自分で攻撃をするのは問題である――厄介な法律の一つよね。最終的に自国の人間を守るためには重要なことなのかもしれないけれど」
 列は、未だ三分の一程度残っていた。
 

ページ移動

  • 前のページ
  • 次のページ
  • ページ
  • 1

ユーティリティ

2019年06月

- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

カテゴリー

  • カテゴリーが登録されていません。

検索

エントリー検索フォーム
キーワード

ページ

  • ページが登録されていません。

ユーザー

新着エントリー

過去ログ

Feed