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2019年06月15日の記事は以下のとおりです。

夢と現実の狭間で ⑦

  • 2019/06/15 13:53

 六日目。
 朝、起きるとあずさが僕の目の前に立っていた。
「あずさ……? いったいどうしたんだ」
「行かなくちゃ……あの場所に、」
 あずさは動き出そうとする。
 しかし、僕はそれを食い止める。
「何をしているんだ、あずさ! 僕達はずっとここに居て良い。ずっとここに居て問題ないんだ!」
「違う。違う。違う……、私は、行かないといけない場所がある……」
「そんな場所何処にもない!」
「ある……私には、その場所がある……」
「ない! ないってば、絶対に、そんな場所はない!」
 あずさの力は思ったより強く、引き留められそうにない。
 アリスに助けを求めようとしたが――アリスもただその光景をじっと眺めているだけだった。
 畜生! やっぱりアリスはこちらの味方ではないのか……?
 だけれど。
 だけれど。
 だけれど、だ。
 僕はそれを止めなくてはならない。
 僕はその行動を――止めなくてはいけないのだ。
「あずさ。あずさ。あずさ。僕の話を聞いてよ。頼むから……」
「駄目。たとえいっくんの言葉であっても、私は行かなくちゃいけないの……」
「行くって何処に!?」
「『ブラックボックス』……」
「ブラックボックス……?」
 そこまで聞いたところで――僕は意識を失った。
 後ろから殴られたのだ、ということに気づいたのは、それからしばらくしてのことだった。

   ※

「いっちゃんをどうするつもりですか」
 家の前には、黒いリムジンが待機していた。
 そしてリムジンの前に立っていたのは――桜山だった。
「ご安心ください。彼には、『最後の別れ』を行わせてあげるつもりです。そのために、私達に同行して貰います。……終わったら、七里ヶ浜の家に帰してあげますので、ご安心を」
 そう言って。
 桜山は、『彼』を担いだ男、そしてあずさとアリスを乗せたのを確認して、リムジンに乗った。
 彼の祖父と祖母はそれを見送ることしか出来なかった。
 彼の祖父と祖母は――ただ彼の安全を願うことばかりしか出来ないのだった。

   ※

 リムジンの中で、桜山は電話を取った。
「もしもし……。私だ」
『その様子だと、無事「回収」出来たようだね? 桜山くん』
「ええ、兵長、ご安心ください。彼らは無事に『回収』することが出来ました。また、彼女の記憶が元に戻っていることも確認済です」
『そうか……。ならば問題はない。急いで瑞浪基地へ運んできたまえ。話はそれからだ。……「彼」は眠っているのかね?』
「ええ、問題なく。起こしますか?」
『いや、良い。今は起こす必要もあるまい。とにかく、彼らを無事に基地まで運ぶこと。それがお前達の役目なのだ。しっかりと役目を果たしたまえ。では、以上だ』
「かしこまりました。……ちっ、ほんとうに人使いの荒い兵長だこと。あ、これオフレコね。オフレコ」
「……相変わらずあんたは口が悪いなあ。桜山『兵長代理』」
「お互い様でしょう、池下『副兵長』」
 二人は、普段使わない敬称をつけて呼び合った。
 それが珍しいことでもあるかのように、二人は笑い合う。
「いや、しかし、何だ。この敬称で呼び合うのも久しぶりのような感じがしてならないな」
「そうね。……それにしても、何とか間に合ったわね。彼女が『記憶』を失って早三ヶ月……。まさかこんなにも早く記憶が元に戻るなんて」
「それぐらい、彼が冷酷で残酷な人間だった、ってことだろ。逃がしたつもりだと思っていたのだろうけれど、結局は孤独を生み出しただけに過ぎない。そして、その孤独を癒やしてやることも出来なかった訳だ」
「可哀想な子」
「可哀想、ね……。確かにそうかもしれないけれど、結局悪いのはいっくんだ。いっくんが悪いことをしなければ、何も進まなかった。我々が『救出』することもなかった」
「結局はそう……。彼のせいということになるわね」
 車は高速道路に乗っていく。
 そのまま高速道路に乗って、南へと向かっていく。
 目的地は、江ノ島に程近い場所に存在する自衛隊基地――瑞浪基地。

   ※

 夢を見ていた。
 二人がUFOに乗り込んで、敵を倒す夢。
 シンプルだったけれど、現実的だった。
 どうして現実的だと思ったのか? それは僕にも分からない。
 けれど――僕はそれをして欲しくなかった。
「やめろ、やめてくれ!」
 僕は叫んだ。
 叫んでも、その言葉が二人に届くことはなかった。
 そして僕の意識は――ゆっくりと遠のいていった。

 

夢と現実の狭間で ⑥

  • 2019/06/15 13:23

 五日目。
 とうとう記憶は僕と出会う前まで遡ってしまった。しかしながら、僕と居た記憶は残っているようで(何と都合の良いことか……)、僕のことを忘れ去ってしまっている、ということはないらしい。良かった、そこは一安心である。
「……ねえ、いっくん。私、怖いの。どうしてここに居るのか分からなくて……」
「大丈夫、大丈夫だよ、あずさ。僕はずっとここに居る」
 それは嘘ではない。
 それは感情的ではない。
 論理的に、論じて、確実に、話をする。
 それが僕にとっての一番のポイントであり、それが僕にとって最大のポイントだった。
 僕にとって――なのか、彼女にとって――なのか。
 それは分からない。
 それは分かりようもない。
 分かるはずもない。
 分かり合えるはずがない。
「ねえ、いっくん」
 あずさは言った。
 僕はあずさの言葉に頷いて。
「どうしたの、あずさ」
 そう、呟いた。
 あずさは僕の表情をじっと見つめたまま何も言わずに俯くと――ただ一言そっと呟いた。
「ううん、何でもない」
 それはどういう意味だったのか、僕には分からない。
 分からないからこそ、分かり合えないからこそ、分かり合おうとしたのかもしれない。
 だとしても。
 僕がここで過ごしていく意味は、あるのだと思っている。
 ない訳ではないのだ。
 絶対に、そう、絶対に。

   ※

 その日の夜、僕は夢を見た。その夢は長い川を下っていく夢だった。川の途中には、あずさやアリスが居る。あずさやアリスはその川を守るべく何かに乗り込もうとしている。……あれは、UFO? UFOに乗り込もうとしているのだ、あずさとアリスが。そんなこと、させるものか――僕はそう思って彼女達の居る場所に手を伸ばそうとする。しかし、川の流れは激し過ぎる。どうしても、手を伸ばしても、届きようがない。届きそうにない。届くはずがない。分かっている。分かっている。分かっているのだが――でも手を伸ばしたくなる。そうしたくなる。そうでありたくなる。そうなりたくなる。そうしようと思いたくなる。だが、手は掠め取られてしまう。何に? 分かりきっていることだ。それは、川の流れだった。川の流れは思ったより激し過ぎて、僕が手を伸ばしてもとても届きそうにないのだ。届かなくたって良い。僕はただ、その手を伸ばしたいだけなんだ――! そう思っても、意味がないのかもしれない。分かっている。分かっているんだ。でも、それが答えではないとしても、僕は生きていく意味がないのかもしれない。それが、意味があることだとしても? そうだ、そうであるべきなのだ。僕は、生きていかねばならない。この激流に、置いて行かれないようにしなければならないのだ。僕は、そういう人間だ。そして、みんなとともに生きていく。あずさとアリスの居る平穏な日常を守っていく。たとえ、それが、世界を滅ぼすことになろうったって。僕は変わらない。生きていく意味には、変わらない。僕はそう思って、手を伸ばそうとして――しかし、それを止めた。僕は何も出来ない。僕はその激流に飲み込まれることしか出来ない。僕はあずさとアリスを守り抜くことは出来ない――。
 そして、目が覚めた。

 

夢と現実の狭間で ⑤

  • 2019/06/15 07:46

 その日の放課後。
 空き教室に呼び出された池下は、その人物の顔を見て溜息を吐いた。
「……何よ、私に呼び出されるのがそんなに嫌だった訳?」
「嫌ではない。だが、お前に呼び出されるということは、明らかに何か嫌な予感がする、と思っただけのことだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「……やっぱり嫌なんじゃない……。まあ、良いわ。さっき、『彼女』から電話があった。誰か、ということについては言わずとも分かるわよね?」
「高畑アリス、か」
「そう。彼女からの連絡だった。彼女は、伏見あずさの記憶が戻りつつある、と連絡してきたわ。……まったく、立派なことね。まさか彼女側からコンタクトを取ってくるとは思いもしなかったけれど」
「彼女はいったい何だと?」
「だから言ったじゃない。伏見あずさの記憶が戻りつつある、と……」
「違う。彼女自身について、だ。それについては何も言っていなかったのか?」
「……ああ、それについてなら、簡単なことよ。伏見あずさの記憶が元に戻ったら、自動的に元に戻るだろう、と。だから、そのときになったら私達を迎えに来てくれ、と言っていたわ」
「……くくく、ふはは! そうか。そんなことを言っていたのか。だったら、その通りにしてあげれば良いじゃないか。悩む必要性はない。ただそれに従えば良いだけのこと。……それにしても彼女も大変だね。自らスパイ役に打って出ようだなんて! いっくんも流石にそこまでは予想出来ていなかっただろうに」
「いっくん……ええ、そうね。彼も、とても悲しむでしょうね。高畑アリスが元から我々と繋がっていると気づけば」
「そうさ。そもそも、高畑アリスは俺達に仕えている存在。それをいっくんは理解しているはずなのに、彼女も助けようとした。それが彼の大きな失敗だった」
「……悲しむでしょうね」
「だろうね。けれど、俺達には関係ない」
「そうね。関係のないことね」
「そうとも。俺達には、関係のないことだ。……この国が救われるというのならば」
 そうして。
 笑いながら、池下は部屋を出て行った。
 残された『彼女』もまた、不敵な笑みを浮かべながら、その場に佇んでいた。
 

夢と現実の狭間で ④

  • 2019/06/15 07:36

 四日目。
 彼女の記憶退行は止まらない。
 とうとう僕と出会った日のことまで記憶が退行してしまっていた。
「……いっくん、はどういう人間なの? 私、初めてあなたに出会ったから分からないの。それに、ここは何処なの? 全然分からない。早く場所を教えてよ……」
「僕の名前はいっくん。そしてここは僕の実家。君は心配しなくて良い。だから、僕の言うことを聞いて……」
「嫌だ! 家に帰してよ。どうして、私はここに閉じ込められなくてはならないの? まったく理解できない。教えてよ。どうしてここに居なくちゃいけないのか、誰か教えてよ……」
「それは……、」
 言えなかった。
 言えるはずがなかった。
 教えられるはずがなかった。
 普通に考えてみろ? 僕が君達を助けるのは、自衛隊から君達を守るためだと、誰が言える?
 言える訳がない。言えるはずがない。
「いっくん、だったよね」
 そして、彼女は記憶の中から僕という記憶を抽出して、そうして、あるものを差し出してきた。
「それは……、昔君が着けていたペンダント……」
「今は、あなたが持っていた方が良いような気がして」
「良いの?」
「うん」
 アリスはその光景をじっと眺めている。
 アリスは、そういえば僕の行動に否定的ではなかった。彼女はずっと記憶があると思い込んでいたのだけれど、彼女もやはり逃げたかったのだろうか。
 そんなことを思っていたら、すっくと彼女は立ち上がった。
 何処へ向かうのだろうか? そんなことも僕は聞けずにいた。
 それぐらい、僕の精神は疲弊していたのかもしれない。

   ※

 トイレ。
 誰にも聞こえないようにこっそりとスマートフォンを取り出し、高畑は誰かに電話をかけた。
「もしもし。私です。高畑です。高畑アリス。……コード、0439。……うん、そう。そうです。定期報告の連絡をしに来ました」
 一息。
「連絡の内容は、伏見あずさの記憶について、です。はい、六月まで戻ってきました。あと少しで記憶が元に戻ると思います。そうすれば、彼女は自動的に元に戻るだろうと、そう推測出来ます。はい。はい。だから、そのときになれば、私達を迎えに来てください。そうすれば、問題なく、進行出来ると思います。彼? 彼については、そちらにお任せします。消す以外の手段を執って貰えれば、それで充分かと。はい。はい。分かりました。お願いします」
 そう言って。
 彼女は電話を切った。

夢と現実の狭間で ③

  • 2019/06/15 07:02

 三日目。
 さらに彼女の記憶退行は進んでいた。
 クスノキ祭についてしつこく言わなくなったのは有難かったのだが……。
「ねえねえ、いっくん。どうして私達、学校に行かなくて良いの? 学校に行かないと、部活動が大変なことになるんじゃないかな?」
「……良いんだよ、別に」
 僕はぶっきらぼうに彼女にそう語りかけた。
「良くないよ! 学校に行かないとね、えーとね、誰かがね、悲しむんだよ」
「誰が悲しむんだよ」
「えーと、誰だろう……。うーん、ここまで出かかっているんだけれど……」
 もしかして、記憶を取り戻そうとしている?
 記憶を取り戻したら――あずさはどうなってしまうのだろうか。
 答えは見えてこない。ただの希望的観測に過ぎないのだけれど、僕は記憶を取り戻すことで、彼女の闇が見えてくるのではないか――そう思えてしまうのだった。

   ※

「……今日は三人とも登校していないようだ」
 部室。
 部長である野並がそう二人に語りかける。
「あの三人、休むような人間には見えなかったけれど……」
 言ったのは金山だった。
「……そうだな」
 それに続いたのは、池下だ。
「ちょっとトイレに行ってくる」
 池下は席を外し、図書室を後にした。
「……計画は順調のようね」
 通り過ぎようとしたところで、桜山が声をかけてきた。
 桜山の話は続く。
「今、彼らは茨城にある実家に潜伏している。そして調査員の報告によれば、予定通り、彼女の記憶が退行を始めているとも言われている」
「……そうか。ならば、やはり実験は成功だと言うことだな?」
 こくり、と桜山は頷く。
「難しいことかもしれない。けれど、今からでも計画を変更することは出来ないかしら」
 そう言ったのは桜山だった。
「変更とは? 元々、この計画には賛同的だったじゃないか。それを今更……」
「難しいことは分かっている。けれど、これは彼らにとって、やり過ぎじゃないか、と言いたいのよ! 上も何を考えているのかさっぱり分からないし……」
「桜山。俺達の目的は何だ? 一般市民を戦争に巻き込まないためだ。そのためなら、どんな非人道的行為だってやってのける。それが俺達の目的ではなかったのか?」
「彼は一般市民ではないというの!?」
「……彼はこの計画に『不幸にも』巻き込まれた人間ということにしておけば良い。それ以上のことは求めない。だから、俺達は存在している」
「だからって……」
「嫌なら、辞めれば良い」
 はっきりと。
 池下はそう言い放った。
「辞めれば良い、ってそんなこと簡単に……」
「出来ないのか? だったら口出しするな。これは『上』が決められたことだ。俺達はただそれに従っていくしかない。ただそれだけのことだ」
 そして、二人の会話は、半ば強引に終了するのだった。

 

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