エントリー

2019年06月07日の記事は以下のとおりです。

クスノキ祭 ⑤

  • 2019/06/07 20:37

 そして、次の週末。
 僕はクラス委員の藤岡と一緒に街を歩いていた。
 何でこんなことになっているのかというと――話は少し前に遡る。
 放課後。僕はいつも通り部室に向かおうとしたところで、クラス委員の藤岡に足止めを喰らった。いったい全体何があったのだろうかなんてことを考えていたのだけれど――。
「いっくん、ちょっと良いかしら?」
 クラス委員にもいっくん呼ばわりかよ。
 僕はそんなことを思いながら、シニカルな笑みを浮かべる。
「君は確か、クラス委員の藤岡さんだったよね……」
「そう! 覚えていてくれて何よりです。……それで、あなたに頼みたいことがあるんですけれど」
「頼みたいこと?」
 何か頼めるようなことが出来るスキルでも持ち合わせていたっけな。
「と言っても難しい話じゃないのよ。洋服店にメイド服を取りに行く用事があるんだけれど、私一人じゃとてもじゃないけれど持って行くことが出来ないから」
 メイド服?
 はて、何かそんなことを使う用事ってあったかな?
「もう、とぼけないでよ! クスノキ祭の出店でメイド喫茶にするって決めたじゃない!」
 そういえばそうだった。
 あまり興味がなかったのですっかり忘れてしまっていたのです。申し訳ない。
「興味がなかったから忘れていた……みたいな表情を浮かべているけれど、残念。あなたたち男子にも手伝って貰うんだからね!」
「ええっ? 男子に手伝えることなんて何も見当たらないような気がするんだけれど……」
「何を言っているの! メイド喫茶で出す食べ物を作って貰うんだからね!」
 ……何てこった。
 まさかそんなことをやる羽目になるとは思いもしなかったのである。
 別段、気にしなくて良いだろうと思っていたから猶更だ。
「……料理って何をすれば良いの? 具体的には? もう紙パックのジュースを手渡しでも充分なんじゃない?」
「何を言っているの! それじゃ、『喫茶店』にならないじゃない」
「意地でも喫茶店にしたいんだね……」
 どうやら、藤岡さんは意地でも喫茶店にしたいらしい。
 そこまでやるこだわりって何処から生み出されるんだろうか……。
 というか、メイド服着るのは女子なんだよな。僕達男子は着なくて良いだろうし。というかそんな需要は何処にもない訳だけれど。
「いっくん、細身だし、メイド服着ても似合うんじゃないの?」
 嘘だろ?
「嘘、嘘! 流石に男子にメイド服を着させる程、馬鹿じゃないって!」
 馬鹿じゃないのか。
 いや、馬鹿なのか?
「……で? メイド服を取りに行くって言ったけれど、その場所は遠いのか?」
「全然! 学校から歩いて五分ぐらいの距離だよ」
 だったらお前一人でやれば良いじゃないか。
 言ったところで薄情者呼ばわりされてしまうのだろうけれど。
 ……まあ、仕方ない。少しはクラスの活動を手伝わないといけないのだ。そしてそれがそのときなのだろう。そう思って僕はその言葉を了承するのだった。

クスノキ祭 ④

  • 2019/06/07 07:50

「母さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけれど」
「何だい、いっちゃん。珍しいこともあるもんだね」
「……父さんの仕事って、いったい何?」
 ぴくり、と。
 母の眉が少しだけ動いたような気がした。
 母は話を続ける。
「……父さんは、瑞浪基地に勤務しているんだよ。そういえば、言っていなかったっけ?」
「聞いていないよ。瑞浪基地って、UFOが飛来するって言われている場所だろ。どうして教えてくれなかったのさ」
「……教えたら面倒なことになるって分かっていたんだろうねえ」
「面倒なこと?」
「ほら。例えば、UFOが見えるなんて言ったら、普通の人はどうすると思う?」
「……見に行きたい、って思うだろうね」
「でしょう?」
 でしょう、って。
 だから僕に何も言わなかった、っていうのか。
 それって何処かおかしすぎる。
「……ま、詳しい話は父さんに聞いてみなさい。父さんが何処まで話をしてくれるかどうかは分からないけれどね」
「……確かに」
 今は困っている問題ではない。
 だったら別段今気にしている問題ではない、ということだ。
 ならば、気にする必要もないし、気にされる心配もない、ということだ。それが『分からない』ことであったとしても、それが『分かりづらい』ことであったとしても、答えが見えてこないことであったとしても。
「……取り敢えず、父さんのことを知っているのは母さんだけ?」
「そうだよ。母さんは昔同じ職場に勤めていたからね」
「ああ」
 そういえば、そうだった。
 今はパートをしているけれど、昔は同じ職場に勤めていた、って話を聞いたことがある。
 要するに職場結婚である。
 職場結婚をして、早々に会社を辞めて、僕を産んだ。それが母の経歴。けれど、ずっと専業主婦を続けられる程、うちも豊かじゃない。だから母はパートで生計を立てることにしたのだ。それがどれ程大変なことかは分からない。けれど、共働きしているということは家計に余裕がないのだ、ということだけは伝わってくる。だからかもしれない。昔から、欲がない人間だった。それが良いのか悪いのか分からないけれど、両親にとっては随分有難い存在として育っていったのかもしれない。
「……父さんが帰ってくるのって、いつだっけ?」
「次の土曜日だから、十一日じゃない?」
 だったら、そのときに聞いてみよう。
 UFOのことについて? いいや、違う。あのメールのことについて? いいや、それでもない。
 なら、何について聞くのか?
 その質問の内容は――少し先に取っておくことにしよう。そう思って僕は父の部屋に残していた本を取りにまた部屋へ戻っていくのだった。

   ※

 コラムの内容はそう大変なものではない。
 UFOの事件について纏めれば良い、と。そう考えていたからだ。
 先ず有名なものと言えば、ロズウェル事件だろうか。アメリカのロズウェル付近で墜落したとされるUFOが米軍に回収された、として有名になった事件だ。数多くの目撃談がある中、未だにその事件は謎が多いままで解決してはいない。その事件を取り上げようと思うのだ。別段珍しいことでもない。UFOを知っている人間ならば、ロズウェル事件に触れることは早々珍しい話でもないからだ。それぐらいに、ロズウェル事件が有名だということだろう。僕はそう思いながら、プロット――文章を書く上で重要な導き手のようなもの――を書き始める。
 書くこと自体は苦痛ではない。原稿用紙数枚でエコについて執筆しろと言われたとき、連綿とした内容のエコに関する論文めいた何かを書いたことがあるぐらいだ。寧ろ得意と言ってもいいかもしれない。
 ならば、そのプロットを使えば簡単に文章が書けるのかと言われると――案外そうでもない。「まあ、そんな簡単に書けたら苦労しないわなあ……」
 僕はそんなことを思いながらボールペンをくるくると回していく。
 回したところで何か生み出されるものがあるのか、と言われるとそれはまた話が別。
 人間って時折意味のない行動を取りたがる生き物なのだ。だからそれぐらいは仕方ない、と思って受け入れて貰うしかない訳だ。
 そんなこんなで――書かないことには何も始まらない。
 そう思った僕は、うんうん唸りながら文章を書き始めるのだった。

 

クスノキ祭 ③

  • 2019/06/07 06:21

「……しかしながら、これでは足りないのもまた事実」
 ならばどうすれば良いのか。
 答えは単純明快。
「失礼しますよっと」
 父の部屋。一週間に一度しか帰ってこないから最早書庫と化しているその部屋に、僕は立ち入る。許可? そんなもの、必要ない。家族なんだから。
 中に入ると、大量の本が入っている本棚が目に入ってくる。……何というか、相変わらずこの部屋は入るのが億劫になる。何でだろう? 良く理由は分からないけれど、しかしながら、実際入ってみれば分かるものだ。この部屋の雰囲気は、何かやばいってことに。何がやばいって? さあ、何がやばいんだろうか? そんな具体的なことにまで言及するのもどうかと思うので言わないでおくけれど。
「……やっぱり、相変わらず良質な文献が揃っていること」
 父はUFO、ひいては宇宙が好きだ。だから宇宙に関する文献は数多く残してある。それこそ、お金に糸目をかけずに手に入れたものばかりだ。そんな父の残した(残した、って言うと死んでしまったように聞こえてしまうけれど、知っている方には知っている当然のこととして、未だ健在である)文献を利用させて貰おうという魂胆だ。別に悪いことでも何でもない。一応母には許可は貰っている。「使って良い?」って。母は二つ返事で良いよ、と言ってくれたから、感謝の気持ちで一杯だ。
「……こんなもんで、良いかな」
 何冊か見繕ったところで、僕はふうと溜息を吐く。文献だけでも探すのに時間がかかるっていうのに、実際に書くとなったらどれぐらい時間がかかるのだろう。考えただけで眩暈を起こしそうだ。こんなところで眩暈を起こしたらそれはそれで問題なので、起こさないけれど。
「ん? 何だろう、これ……」
 父のパソコンの、電源が点けっぱなしであることに気づいた。
 パソコンは常にコンセントに繋がっているから、勝手に電源が落ちることはない。とはいえ、電源を入れっぱなしというのは少々プライバシーの問題に関わることだと思う。別に家族の間だからプライバシーなんて関係ない、とでも思っているのかもしれないけれど。
 そんなことを思っていたのだが――宛先を見ると、僕は身震いしてしまった。
「……瑞浪、基地?」
 瑞浪基地第三部隊。
 どうして父のパソコンから、瑞浪基地から送られたメールが出てくるんだ?
 答えは見えてこない。けれど、確実な点は一つ。父が瑞浪基地と関わっている――ということ。しかし、どうして? 父の仕事は住み込みの調理人ということで、それ以上のことは知らない。だから、瑞浪基地に勤めていることも、充分に可能性としては考えられることなのだけれど――。
「メール……未読が一件……」
 気がつけば。
 僕は父のパソコンからそのメールを見てしまっていた。
「九月一日……、対象は問題なく帰宅。このままでも問題ないため、文化祭まで様子を見ることにする……だって? いったい、どういうことなんだ? 対象ってもしかして……」
 僕は、そこでこの前聞いてしまった桜山先生と今池先生の話を思い出していた。
 あずさとアリスのことを……意味しているのだろうか?
 いやいや、一端の料理人がどうしてあずさとアリスの監視のことを知っているんだ? 全然納得いかない。もしかしたら、父はとんでもない任務に巻き込まれてしまっているのではないのか――?
 僕は、恐ろしくなった。
 僕は、怖くなった。
 僕は――怯えてしまった。
 父が何をしているのか知らないまま、ずっとここまでやって来てしまっていたからだ。
 父の仕事を一切知らないまま、ここまでやって来てしまっていることだ。
 僕は、真実を知りたくなった。
 僕は、全てを知りたくなった。
 だから――僕は母の居る部屋へと大急ぎで向かうことにするのだった。

 

ページ移動

  • 前のページ
  • 次のページ
  • ページ
  • 1

ユーティリティ

2019年06月

- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

カテゴリー

  • カテゴリーが登録されていません。

検索

エントリー検索フォーム
キーワード

ページ

  • ページが登録されていません。

ユーザー

新着エントリー

過去ログ

Feed