逃避行のはじまり ⑬
- 2019/06/13 16:36
寝ていた。
最初の一時間はあずさもアリスも景色を楽しんでいたのだけれど、新宿駅を過ぎた辺りでそれにも飽きてしまったらしく、ぐっすりと就寝してしまっていた。僕はというと、この電車が小山止まりではないため、起きておくのが必要十分条件だったという訳だ。というか、誰かが起きていないと、寝過ごしてしまう可能性が非常に高い。だったら、僕が起きていないと困る――という訳だ。普通に考えてみれば分かる話。あずさもアリスも小山駅のことを知らないのだから、自ずと起きるのは僕だけになってしまうのだ。
という訳で。
僕は景色を楽しむことに専念しつつ、時折スマートフォンでアプリをプレイしていた。大宮駅辺りまでは都会の風景が漂っているのだが、大宮駅を過ぎるとそれも一変。徐々に住宅街だったのが、畑ばかりの風景へと変化していく。神奈川県、東京都、埼玉県、栃木県と三県一都を経由している電車のため、乗客の変化も激しい。一番混んでいたのはやはり東京都を移動している間で、大宮駅を過ぎた辺りになるとそれも少なくなりつつあってきていた。
四人がけの席を三人で占拠していることに罪悪感を抱きながら、僕はずっと電車に乗っていた訳なのだけれど、しかして、それが出来るのも遠距離電車である宇都宮線の特徴といえるだろう。湘南新宿ラインか上野東京ラインかの違いがある訳だけれど、どちらを通るのかは、本人の意思による。ちなみに空いている方が上野東京ラインだと思う。上野駅では意外と乗る人が少ない印象が強い。
「……暇だな」
呟いたところで問題が解決する訳もない。とはいえずっとスマートフォンのアプリを遊んでいては、電池が切れてしまう。だから僕はずっと景色を眺めていたのだが、これ自体も初めてのことではないので、やはり飽きが来てしまう。
『間もなく小山、小山です。新幹線、水戸線、両毛線はお乗り換えです』
「おっと、もうそんな時間か」
僕は二人を起こして、降りる準備をする。未だ眠たいのか、目を擦りながら、あずさは言った。
「もう降りるのー?」
「もう、って言っても三時間ぐらいは乗っているんだぞ。とは言っても、あとこれからもう少し乗るんだけれどな」
「乗るって何処まで?」
「下館、って場所まで」
「しもだて?」
「うん。そこに行けば実家までもう少しだ。……問題は水戸線の電車がいつ発車するかなんだけれど」
「どういうこと?」
「水戸線は本数が少ないんだよ。年々減って、とうとう二時間に一本まで減少してしまった。江ノ電とは大違いだ」
「二時間に一本……」
あずさはそれを聞いて目を覚ましたのか、目を丸くしている。
もっとも、アリスは未だその意味に気づいていないようだったが。
小山駅に降りると、既に十五番ホームには電車がやって来ていた。
「もう来ているな! 急がないと乗り遅れるかもしれない。急ぐぞ!」
僕は走り出す。
「ま、待ってよー!」
あずさとアリスは僕を追随するように走って行く。
そして電車に乗り込むと、僕達は漸く安堵の溜息を吐くことが出来た。
「ふう……。何とかなった……」
「下館までどれくらいかかるの?」
「十五分ぐらいかな。それ程時間はかからないはずだよ」
「だったら、立ちっぱなしでも問題ないね」
電車は混んでいて、座れるスペースもないようだった。二時間に一本ともなれば、乗客も増えていくのは当然といえばそれまでだろう。
僕はそんなことを思いながら、電車に揺られるのだった。
※
下館駅。
そこから歩いて徒歩五分に、実家はあった。実家は二階建てで、一階は貸している。今は美容室になっているんだったかな。僕も詳しい話は聞いたことがない。何せここを購入したのは叔父さんで、叔父さんが所有権を持っているからだ。かつてはここに暮らしていた時期もあったのだけれど、僕の部屋は未だ残っているのだろうか?
「あらあら、急にどうしたの。いらっしゃい」
急にやって来たにもかかわらず、祖母は僕達を受け入れてくれた。
時刻は午後三時を回った辺り。ちょうどこれから親戚の家に向かうのだという。ついていくか、と言われて、僕達もそれに了承する。
一先ず、安息の地へと辿り着いた。
……いつまで続くかは分からない、逃避行のはじまりだ。