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2019年06月02日の記事は以下のとおりです。

観測活動の再開 ⑥

  • 2019/06/02 20:48


『この電車は鎌倉行きです――』
「ふう。何とか乗ることが出来たね」
 あずさの言葉を聞いて、僕はこくりと頷いた。
 問題は一つ解決、といったところだろうか。全員が集合出来た、という点については、先ずは有難いと思った方が良いのかもしれない。
 しかしながら、未だ問題は残っている。
 そもそもの主問題。
「池下さん、ちゃんとカメラは持ってきましたか?」
「カメラ? ……ああ、当たり前だろ。そもそも持ってこなかったら何だと思っているんだ。冷静に考えて有り得ない話だろ、カメラ直しに行くって言っているのに、カメラ持ち歩かないなんて」
 そりゃそうですけれど。
 でも、もしかしたら、って可能性もある訳だしなあ。
 そんなことを思いながら、僕は話を続けた。
「そういえば、どうして鎌倉に行く必要が有るんですか? カメラ店なら、七里ヶ浜にもあるでしょう?」
「まあ確かにそうだろうね。けれど、購入したカメラは購入した店で、という話でね。……偶然手に入ったのが、そのお店だったんだ。だからそこでずっと使い続けている。ただそれだけの話さ。別に何の問題でもないよ」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ」
 特段、珍しい話でもない。
 そういうことか。
「……カメラ店の名前は『鎌倉カメラ店』。ただのカメラ屋さ。昔からずっと続けているカメラ屋でね。観光出来る場所からは若干離れているのだけれど……、まあ、時間潰しに観光しても良いよね。例えば鶴岡八幡宮だとか」
「鶴岡八幡宮?」
「鎌倉にある立派な八幡宮の名前だよ。良い場所だよ。写真を撮るにはうってつけのポイントさ」
「そんな場所があるんですか」
 鎌倉という場所は聞いたことがあるけれど、行ったことはなかった。
 だからそれを聞いて、ちょっとだけ嬉しかった。
 地元の人から聞ける情報って、やっぱり重要なところがある訳だし。
 そもそも『地元』って言える程住んでいないけれど。
『間もなく、終点、鎌倉です。どなた様もお忘れ物のないようにご注意ください――』
「おっ、そろそろ着くようだね」
 部長が立ち上がり、僕達も立ち上がる。
 出口に向かうと、ちょうど扉が開いた。
 鎌倉は、どこか懐かしい匂いがした。
 それが何でそんな匂いがするのかさっぱり分からなかったけれど。

 

観測活動の再開 ⑤

  • 2019/06/02 16:38

「今日は、遅くなるの?」
 母さんから、出発するときにそんなことを言われた。
 今日は父さんも帰ってくる。説明はしていなかったけれど、父さんは週に一度しか帰ってこない。だから今日は家族団らんで過ごせるはず――だったのだが。
「ごめんね、母さん。遅くなることはないと思うけれど、もし遅くなりそうだったら、電話するよ」
 スマートフォンを手に、振る仕草をして僕は言った。
「そう。……なら、良いのだけれど」
 ちなみに父さんは未だ帰ってきていない。向こうでの引き継ぎがうまくいっていないんだとか。いったいどういう仕事をしているのやら。聞いてみても良いけれど、あんまり仲が良いって訳でもないしなあ、我が家。
 そんな我が家の事情はどうだって良いのだ。
 今は、待ち合わせの時間に遅刻しないことだけ考えておかないと。
 そう思いながら、僕は家を出た。
 母さんが手を振る。
 僕も手を振る。
 ただ、それだけのことだった。

   ※

 六月にこの町に引っ越してきてから、そういえば江ノ電に乗ったことって、学校の友達としか乗ってないんじゃないか、って思えてしまう。
 普通はもっと遊んで遊んで遊び倒すべきなんだろうけれど、何故だか我が家はそれが出来ておらず、その大きな理由は、我が家の父に関する事情だった。
 父は神奈川の職場に勤務しているが、帰ってくるのは週に一度きり。つまり、住み込みの料理人という形なのだ。それがどれ程大変なのか分からないけれど、話を聞いている限りだと、やっぱり色々と大変らしい。どういうところに務めているのかは知らないんだけれど。
「やっほ。いっくん、遅かったね」
「そうだったかな?」
 スマートフォンで時計を見ながら、
「時間には遅れていないと思うんだけれど」
「定時前に着くのが常識ってもんじゃないの?」
「そういうもんか?」
「だってほら、アリスももう着いているし」
 けろっとした表情を浮かべてアリスはこちらを向いている。
「いやいや、アリスを基本にして貰っちゃたまったもんじゃないよ。現に、未だ部長達男子勢は一人も来ていないだろ?」
「定時に着いていない時点でどうかと思いますけれど。私は部長や池下先輩でも文句を言いますからね」
「ほんとうに?」
「ほんとうよ」
「いやー、遅れて済まない。ちょっと家の用事があってね……」
「部長! 池下先輩! 何で遅れたんですか」
「いや、だから、家の用事が……」
「俺はちょっと体調が悪くなっちゃって……」
「二人とも! 特に池下先輩! 池下先輩がやろうと言って決めたことなんですから、勝手に遅刻しないでください! せめてグループLINEにメッセージを入れておくとか!」
「……悪かったね。それはやっておくべきだったと思ったよ。けれどね、火急の事態というのもある訳でねえ。そこはどうにもご理解いただきたいものだと思うよ」
「……火急の事態がある、ということも分かります。ですが、連絡して貰わないと、こちらも心配します」
「そりゃあ、悪かった」
 池下さんは素直に頭を下げた。
「……いや、そこまで素直に謝られるとそれはそれで困るんですけれど」
 さっきからお前は、何が言いたいんだ。
 ただ先輩を困らせるだけなのは辞めろって。
「……よし、じゃあ、さっさと鎌倉に行くぞ! 目的はカメラ店だ!」
「おー!」
 そうして。
 僕達は一路、鎌倉へと向かうことになるのだった。

 

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