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2019年06月12日の記事は以下のとおりです。

逃避行のはじまり ⑨

  • 2019/06/12 21:05

 監視されている可能性を考慮するならば、僕はそれに肯定せねばならないだろう。
 何せ池下さんに言われたのだ。――逃げるなら今のうちだ、と。そして僕はそれに従って、逃げている。それが意味するのは、彼の意見に同意したということ。彼の意見に反対しなかったということ。彼の意見に賛同したということ。それが何を意味しているのかは――分からない程、僕も馬鹿じゃなかった。
「……見た感じ、監視されている様子はないけれど」
「いっくん? どうかした?」
「いいや、何でもないよ。……ところで、さっきからごそごそしているのは何かな?」
「いっくんのおばあちゃんに挨拶するんだったら何か食べ物でも用意しておけば良かったな、って思っているんだよ。生憎チュッパチャプスしかないんだよね。新しもの好きだったりしない?」
「……うちのおばあちゃんはそんなこと気にしないから安心して良いよ」
「ええっ? ほんとうに?」
「ほんとうだよ。嘘は吐かない」
 ……まあ、それ以上に吐いている嘘がいくつかあるのだけれど、それは言わないでおこう。
「だったら問題ないかな。アリスも何か捜し物をしているようだけれど、アリスも同じ理由?」
「……食べ物を渡すのは常識、と習ったから」
「いやいや! うちのおばあちゃん、そんなに世間体気にしていないから安心して良いよ? 最悪小山駅のコンビニで買うキャラメルみたいなものだって充分だし」
「そうなの? ……だったら良いけれど」
 何とか二人とも納得してくれたらしい。
『次は横浜で御座います。お出口は――』
「いや! でもやっぱり買っておいた方が良いよ!」
 座っていたあずさがいきなり立ち上がると、そう高々に宣言した。
 周りの目があるんだから、あんまり目立った行動をされると困るんだけれどな……。
「ええっ? 良いよ、別に。気にしないで」
「私が気にするの! という訳で、次の横浜で降りるよ! 良いもの思いついたから! 大丈夫、駅から離れるつもりはないし!」
「え、ええっ!?」
 そういう訳で。
 僕達三人は横浜駅で途中下車をすることに相成ったのであった。

 

逃避行のはじまり ⑧

  • 2019/06/12 20:52

 江ノ電に乗って、藤沢駅へ。
 そこから湘南新宿ライン、小金井行きに乗り込む。
「こが……ねい?」
「栃木県にある駅のことだよ。ここから百キロぐらい離れているんじゃないかな。時間的には三時間ぐらいかかると見積もっているよ」
「……いっくん、まるでそこまで行くような物言いだね?」
「え? いや……その……何でもないよ」
 出来る限り、悟られたくなかった。
 僕が『いっくん』である限り、彼女達には幸せで居て欲しかった。
 だからこそ。だからこそ。だからこそ。
 僕は僕であり続ける。そのために。
「……いっくんは、どうして今日出かけようと思ったの?」
「え?」
「いや、だから、どうしていっくんは出かけようと思ったのか、って言っているんだけれど」
「……いや、ただ、たまに何処か出かけたくなるんだよね」
「ほんとうに?」
「……ほんとうに」
 嘘を吐くつもりはなかった。
 嘘を吐きたい訳ではなかった。
 ただ、真実を伝えられなかった。
 ただ、それだけのことだったのだ。
 僕がどう生きていこうと、それは決められるものではない。
 同時に、彼女達が生きていこうと思うこともまた、誰かに決められるものではない、と思っている。
 だから、だからこそ。
 僕は生きていこうと思った。
 僕は彼女達を救いたいと思った。
 僕は生きている価値を見出そうと思った。
『ドア閉まります、ご注意ください』
 電車のドアは閉まり、電車は発車する。
 ゆっくりと景色がスライドしていき、徐々に加速していくのが分かる。
「ねえ? 何処へ行くのかだけでも教えて欲しいんだけれど」
「……僕のおばあちゃんに会いに行くんだ。でも家族はなかなか会える機会がないものでね、だから君達と一緒に会いに行こうと思ったんだ。悪い話でもないだろう?」
「どうして私達と会いに行くことになったのかは分からないけれど……、でもまあ、良いか。いっくんのおばあちゃんってどんな人だろう……。会ったことがないから分からないけれど」
 僕も会いに行くのは、久しぶりだ。
 それも、急に電話もせずに会いに行くのは。
 もしかしたら用事があって外に出ているかもしれない。
 高齢者ゆえ、病院に行くのが日課みたいなことになってしまっているから、居ないことも数多いのだ。連絡をしないと、もしかしたら居ないタイミングに家に到着するかもしれない――という予想も立てていたのだけれど、電話をする余裕すらなかった。
 理由は、もしかしたら僕の周りにどれだけの自衛隊関係者が居るか分からなかったから。
 もし電話をしている最中にその人間に出会したら、僕の計画がパーになってしまう。そう思ったのだ。だから、僕は言わなかった。ギリギリまで言うのを避けていた。もしかしたら、今も誰かが監視しているかもしれない。そんな恐怖に怯えながら、僕は電車に乗っていた。
 

逃避行のはじまり ⑦

  • 2019/06/12 20:27

 時は戻る。
 文化祭――クスノキ祭は土日を使う行事だったため、一日の休息日が与えられている。
 休息日といっても、要するにただの振替休日だ。
 その休日をどう使うかは自由だ。だけれど、僕にとっては重要な日に位置づけられていた。
「……遅かったね」
「ごめんごめん、いっくん。叔父さんがなかなか外に出してくれなくって。でも、問題なしっ! いつでも何処でも行くことが出来るよっ」
 先に到着したのはあずさだった。
 あずさはいつも通り元気だった。それだけが取り柄――というのも言い方が悪いけれど、しかしながら、僕にとってはあずさが元気で居ること自体が有難かった。僕を頼ってくれること自体有難かった。
「……どったの、いっくん? 何か悪いものでもあった?」
「……いや、何でもない。それより、アリス、遅いな」
「なかなか出してくれないんじゃない? だって、休みは今日だけだし。だったら家に居る方が得策でしょう? まあ、アリスの両親に会ったことないから分からないけれどさ」
「……遅くなったの」
 うわっ。
 背後から突然アリスの声が聞こえて、僕は驚いてしまった。
 アリスは何があったのかさっぱり分からない様子だったが、それよりも、僕の驚いている様子が気になるようだった。
「何をそんなに驚いているの。私は、ただここにやって来ただけなの」
「そういう問題じゃないだろっ。突然後ろから声をかけられたら驚くに決まっているっ。……まあ、アリスで良かったけれど」
 正直、アリスは来ないと思っていた。
 アリスの両親が分からない――それにUFOを見つけた日の次の日に学校にやって来たことから、自衛隊の関係者じゃないかと思っていた。だからアリスは連れて行けないんじゃないか、なんて思っていたのだ。
 だが、だからこそ。
「……アリス、来てくれて良かった」
「どうしたの。そんな顔して」
「……いいや、何でもない。僕は君達が来てくれて、ほんとうに良かった」
「いっくんらしくないよ。その感じ」
 あずさは僕に語りかける。
「あずさ」
「いっくんはもっと元気もりもりだったよ。百パーセントの全力だったよ。でも今は、二十パーセントぐらいの力しか出し切れていないような感じがするよっ。分かる? 分かる? 分かるかなあ?」
 いや、分からない。
「いっくんはとにかく元気で居て欲しいんだよ。分かる? 分かって欲しいな。いっくん」
 ああ、分かっているよ。分かっているとも。
 僕はそう思いながら、話を続ける。
「それじゃ、向かおうか。……今日は、良いところまで連れて行くつもりだよ」
「良いところって何処? この前の映画館があった場所より良いところかな?」
「そうだ。それよりも良いところだよ。絶対に、絶対に良いところだから」
 そう言うことしか出来なかった。
 それ以上言うことは出来なかった。
 けれど――行き先は既に決まっていた。
 目的地は、決まっていた。

 

逃避行のはじまり ⑥

  • 2019/06/12 17:06

「……ちょうど良いのか。分からないな、お前の生き方って奴が」
「そういうもんだぜ。人間の生き方は他の人間には分からない。それが人間の良いところだと思うぜ、俺は」
「そういうもんかなあ……」
 僕は再びブランコを漕ぎ出していく。
 そこに答えはないのかもしれない。
 そこに道標はないのかもしれない。
 そこには何もないのかもしれない。
 けれど、僕は前に突き進むことしか出来ない。
 退路は既に断たれている。だったら、前に進むしかないのだ。
「話を戻すけれどさ」
 芽衣子がブランコに座りだして、話を続ける。
「いっくんはやっぱり、『助けたい』という思いが強い訳?」
「……そりゃそうだろ。やっぱり助けたいという思いが強いに決まっているだろ。だけれど、それはやっぱり難しいところがある……というのも確かに間違っているのかもしれない」
「間違っている、と?」
「ああ、そうだろうね」
「いっくんは、どう考えている訳? ……この先、どうすれば良いと思っているんだ?」
「僕はやっぱり、一緒に居ることが出来ればそれで良いと思っているんだ」
「そこに覚悟はあるのか?」
「覚悟?」
「そう、覚悟だよ。俺は殺人鬼になるときは殺人鬼になるべく、覚悟を抱いた。だが、いっくん、お前はどうだ? お前は、一緒に居ることが出来れば良い……でもその覚悟を抱いているのか、と言っているんだ」
「覚悟……」
 ある、と言えば嘘になるのかもしれない。
 でも、ない、という訳でもない。

 ――僕はどう答えれば良い?

「覚悟……。僕は、それを持っていないのかもしれない」
「うん」
「けれど、」
「けれど?」
「一緒に居たいという気持ちは……誰よりも強いと思う」
「思いは、誰よりも強い……ねえ。いっくんらしいといえば、いっくんらしいのかな?」
 芽衣子は話を続ける。
「俺はそんな思いを抱いた人間に出会ったことがないから分からないけれど、一度だけ、家族に会いたいと死に目に言った人間は居るよ」
「その人は……結局殺したのか?」
「ああ、結局殺したよ。だってそうじゃないと、殺人鬼としてのメンツが保てないだろ?」
「…………そうか、殺したのか」
「どうした? 情でも湧いたか?」
「別にそんなつもりはないけれどさ……。その人は可哀想だな、と思ったんだよ」
「どうして、だ? 殺人鬼に殺されるぐらい運が悪くて、どうしようもない奴だったんだぜ?」
「そうかもしれない。そうだったかもしれない。けれど、やっぱり、可哀想だな、って思うんだよ。死に目に家族に会えなかったのは、可哀想だな、って」
「じゃあさ、一言だけ言っておくよ」
 芽衣子はブランコから降りて、公園の外に出ようとする。
 芽衣子はそのまま話を続けた。
「……家族と『守りたい人』。どちらが大事か少しは考えてみた方が良いよ? どちらも居るというのなら、猶更、ね」
 そう言って。
 芽衣子は公園を出て行った。
 誰も居ない相浜公園は――一気に沈黙と化していくのだった。

 

逃避行のはじまり ⑤

  • 2019/06/12 16:42

「どうして君は帰ってきたんだっけ?」
 話題を変えよう。明るくない話題であったとしても、今の話題を長く続けていることが問題なのだ。だったら、別の話題に切り替えた方が良い。一度話した話題であったとしても、だ。
「だから言っただろ。俺が帰ってきたのは実家に近かったからだ、って」
「ということは、昔は君も普通の人間だったのか?」
「普通の人間という定義がどうかは分からないけれど、殺人鬼ではなかったのは事実だな」
「普通の人間という定義、ね」
 確かに僕にも分からなかった。
 普通の人間、というのはどういう立ち位置で言えば良いのかさっぱり分からない。僕は純然たる普通の人間として生きてきたつもりだったけれど、しかしながら、それが普通の人間じゃないと言われてしまえばそれまでである。僕にとって、その価値観は変えたくないし、変える必要がないと思っている。それがどうであれ、僕の価値観を変える可能性のある出来事になってしまうかどうかは、それはまた別の話だったりする訳であるのだ。
 では、それはそれとして。
 芽衣子が小さい頃はどういう生活を送っていたのだろうか?
 そして、どうして殺人鬼という人生を歩むようになってしまったのだろうか?
 答えは見えてこない。そして、答えが見えてくるはずもない。
 僕はただ、出口の見えない迷路に迷い込んでいるだけなのかもしれない。
「……芽衣子は、どうして殺人鬼になろうとしたんだ?」
「なりたくてなったんじゃない。……師匠がそういう人間だった、ってだけだ」
「師匠が、ねえ? でも、殺したんだろ」
「ああ、殺したよ」
「どうして殺したんだ?」
「殺したくなったから殺したんだ。……師匠曰く、『それが修行の最終段階』だったらしいけれどよ。俺にとってはちょっと辛かったかな。まあ、一応育ての親みたいなところもあった訳だし」
「だよな……。育ての親を殺すってことは、そう簡単なことじゃないよな」
 人を殺すってこと自体が難しいことなのだろうけれどさ。
 分かっている。というのは、ちょっと僕の考え過ぎなのだろうか。
「でも、今は後悔していないよ。別に育ての親を殺したからといって、縁が切れた訳じゃない。俺にとっては、ただの価値観の違いがあったから、というだけに過ぎないのさ。だから、俺にとっては全然問題なかった。だから、俺は俺を褒め称えてやりたいと思っているぐらいだ」
「褒め称えてやりたい、か……」
 分からなかった。
 僕にはその意味が理解できなかった。
 人を殺した自分を、褒め称えてやりたいという思いが理解できなかった。
「……でもまあ、悪くないのかな。その考えも」
「そりゃそうさ。だから俺は俺として生きている。依頼を受けりゃ何でも引き受ける、殺し屋みたいな人間として生きていくのが俺にとってはちょうど良いのさ」
 

逃避行のはじまり ④

  • 2019/06/12 13:24

 僕が――優しい、って?
 それは全然理解できないことだった。今まで僕は自分が優しいなんて思ったこともないし。
 しかしながら、殺人鬼の発言を鵜呑みにする僕も僕だけれど。
「僕が、優しいって? それは何処をどう見て言っているんだよ」
「他人のことをそこまで思える人間なんて、優しい以外の何者でもないだろ? 俺はそう思うぜ」
「そういうものなのか?」
「そういうもんだぜ。少しは他人の意見を受け入れろよ。それも大事なことだぜ?」
 そんなことを言われても、だな。
 僕にとってみては、殺人鬼の発言を鵜呑みにする訳にもいかないんだよな。
「……やっぱり殺人鬼の発言は鵜呑みに出来ないっていうのか?」
 僕の心を読んだような発言に、一瞬ドキッとした。
 しかしながら、僕は何とか必死に首を横に振った。
「……そうかい。なら良いんだけれどよ。……あんまり気張るんじゃねーぜ? 考え方は人によるだろうけれどよ、少しは楽に考えた方が身のためだよ」
「それは分かっているんだけれど」
 それは分かっている。
 分かっていても、理解しきれないところがあるというのも、ご理解願いたい。
「……でもまあ、いっくんが気にする気持ちも分からんでもないがな。俺にもさ、昔はちゃんとした生活があったんだよ。人を殺したのは、九つのときだ。師匠を殺したんだ。俺にとってかけがえのない人間だった。けれど、殺したかった。殺したい衝動が、勝っちまったんだ。分かるか? その気持ちが」
「師匠を……殺した? でも、証拠は残さなかったんだろう?」
「証拠? そんなものは残さないようにしているさ。殺人鬼としての常識だよ」
 殺人鬼の常識がどうだかは分からないけれど。
 僕の常識が充分通用しないというのは分かる。
「……それから十五人ばかし殺したかな。証拠は全て残さないことも出来たけれど、私は敢えて同一犯であるという証拠だけ残しておいた。なんだろうな、殺人鬼としての性が働いたとでも言えば良いのかな。或いは承認欲求と言えば良いのかもしれないな」
 さっきの発言と矛盾しているような気がするけれど、それは無視して良いのだろう。僕はそんなことを考えながら――、僕はブランコを漕ぎ続ける。
「いっくんの考え方に立ち返ろうぜ、少しは」
「……立ち返る? どうして?」
「だって、悩んでいるのはいっくんだ。いっくんの考えに立ち返らなければ、話にならない。そうとは思わないか?」
「そりゃそうかもしれないけれど……。でも、僕の悩みなんて君にとってはどうでも良いんじゃないか?」
 どうでも良い。
 僕ははっきりとそう言い放った。
「……どうでも良いって思えているなら、それはただの失敗だよ。俺にとっての悩みと、いっくんにとっての悩みは全然違う。だからって、それを共有出来ない訳がない。共有出来るからこそ、悩みは悩みと言えるんじゃないか?」
「……まさか、殺人鬼に正論を言われるとは思いもしなかったな」
 僕は溜息を吐きながら、ブランコを止めた。
 

逃避行のはじまり ③

  • 2019/06/12 00:17

「言っただろう。僕はただ彼女達を救いたい。ただそれだけなんだ。そのためなら……どんな罪を背負っても構わない」
「へえ? それぐらいに、良い人間に出会ったんだな。良かったじゃないか、いっくん」
「良かったと言われても……。どうなんだろう、僕はただ逃げたい理由を見つけたいだけなのかもしれない」
「逃げたい理由?」
「うん。……考えを改めたくはないんだ。だが、僕としては、彼女達を助けたいと思っているだけなんだ。それだけ……なんだよ」
「だったらさ、いっくん」
 芽衣子はブランコから降りて、話を続ける。
「いっくんがやりたいことをやれば良いと思うぜ? 俺は」
「僕が……やりたいこと?」
「そうだぜ。だって一度きりの人生だろう? 人生は楽しくなくっちゃいけねーんだよ。。俺みたいに殺人鬼の人生を歩んでも良いかもしれねーけれどな!」
 それはどうかと思うけれど。
 あっはっは、と笑う芽衣子を見て僕は深々と溜息を吐く。
「……分かったよ、芽衣子。僕、やってみるよ」
「おう、やってみろよ、いっくん。そして俺に見せてくれよ、可能性を」
「うん。そうしてみるよ。ありがとう、芽衣子」
 そう言って。
 僕はブランコを降りた。
「もう話し合いはお終いにするつもりかい?」
「未だ話す内容でもある?」
「……最近何していたか、教えてやろうか? 私が」
 それは。
 ちょっと気になる話題だった。
 僕はブランコに再び腰掛け、話を聞く態勢を取る。
「実は、依頼されてさ。茨城まで遠征に行っていたんだよ」
「依頼? 殺人鬼にも依頼って来るのか?」
「来るぜ。来る来る。フリーランスみたいなもんだからよ。俺は人を殺すことしか取り柄がないからな。だったら人を殺すことで生計を立てていくしかない。それぐらい分かりきった話だろう?」
「そりゃそうかもしれないけれど……そうか、茨城か……」
「茨城に住む、豪商を殺してこいと言われてさ。どうやって殺すか悩んだけれど、毒殺してやったんだ。罪は奥さんに全て擦り付けて、な」
「それってずるいなあ……」
「そうか? ずるいかなあ。俺にとってみれば至極真面目なやり方だと思うんだけれど」
「それにしても、茨城、か……」
「何かあった? 茨城に知り合いでも居るのか? それとも殺して欲しい相手とか?」
 いや、殺して欲しい相手は居ないけれど。
 茨城には祖母が住んでいる。祖母を頼れば或いは……。
「……いっくん、黙りこくってないで少しは俺にも情報共有してくれないかな。少しは話してくれないとこっちだって困るんだけれどさ」
「……ああ、ごめん。ちょっと考え事をしていただけだよ。芽衣子には関係ない」
「俺には関係ない、ねえ……」
 芽衣子が少しそっぽを向いたような気がした。
 そして、僕は話を始める。
「少し、頼れそうな人を見つけたんだ。だから、彼女達の居場所はそこに決めた。そこにしばらく身を潜めようと思う」
「出来るのか? それが。相手は国家権力なんだろ?」
「それでも……彼女達を助けられるなら、少しでも助けることが出来るなら、僕はやってのけるさ」
「へえ、いっくん、男前になったね」
 芽衣子は歩き出す。
 僕はただ――それを見つめることだけしか出来なかった。
「いっくんは、優しいよな」
 そうして、しばらく考えた芽衣子が発言したことは――僕にとって想像が出来なかった。
 

逃避行のはじまり ②

  • 2019/06/12 00:03

「実はさ……、友達が自衛隊に連れ去られそうになっているんだよ」
「へえ? 自衛隊ねえ。そいつは難儀な話だ」
「それで、彼女達は戦争の道具にされてしまいそうなんだ」
「戦争の道具に? たかだか十二、三歳の人間が?」
 それは、まるっとそのまま君に返してやりたい気分だ。
「そうなんだよ。たかだか十二、三歳の少女が、だ。そんなこと信じられると思うか? 僕は未だに信じられない」
「でも、それが真実だということは理解している、ってことだろ?」
「それは……」
 頷くことしか出来ない。
 答えることしか出来ない。
 否定することは出来ない。
「……それで? いっくんはどうしたいつもりな訳?」
「僕は……彼女達を助けたいと思っている。戦争の道具になんかさせたくない。だから、僕は彼女達を逃がすつもりで考えている」
「逃がす? いったい何処に? 相手は国家権力だぜ?」
「それは……」
 そうなのだ。
 相手はただの一組織じゃない。自衛隊――ひいては国家権力を相手にするということ。その意味が理解できていない訳ではない。僕にとって、それがどういう方向に近づいていくかなんてことぐらい分かっている。
 国が国なら、国家反逆罪で逮捕されているレベルだ。
 つくづく、ここが日本で良かった、と思える。
「まあ、いっくん。少し視点を変えて考えてみようぜ」
「視点を変える?」
「とどのつまりが、相手は国家権力。そして助けたいのは少女『達』」
「そうだ」
「だったら答えは簡単だ。好きなことをやっちまえば良い」
「好きなことを……やる?」
「簡単なことだぜ。難しい話なんて一言も話しちゃいねえ。要するに、俺みたいな人間が言える立場じゃないのかもしれないけれど、逃げちまえば良いんだよ。楽になっちまえよ、いっくん」
「御園芽衣子……」
「いつまでフルネームで呼ぶつもりだい? いっくん。たまには俺のことを『芽衣子』とでも呼んでみたらどうだ? それとも『御園さん』か? それとも『みーちゃん』とでも呼びたいか?」
「それ以上は止せ、芽衣子」
「……やーっと、私のことを芽衣子と呼んでくれたな、いっくん。嬉しいぜ。私はそういう柔軟な考えの持ち主が大好きだぜ」
 そんなことを言われてもな。
 僕は複数人の女性と付き合うつもりなんて毛頭ない訳なんだけれど。
「……いっくん、まさか今の言葉、本気で捉えているかい? だとしたら、少しは考え直した方が良い、その愚直な性格をだね」
 愚直?
 そうだろうか。
 僕がそんな性格に見えるだろうか。
 僕は――分からない。分からなかった。
「とにかく、いっくんの考えが俺には未だ分からないね。どういう風にするつもりだい? いっくんとしての考えを教えて欲しいんだけれど」
 

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