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2019年06月10日の記事は以下のとおりです。

クスノキ祭 ㉘

  • 2019/06/10 22:34

 後夜祭はカラオケ大会だった。それも、誰もが参加可能な、ごった煮といったところの。
「これが面白いってことだったのか……?」
 でもまあ、池下さんは恐らくこの学校に来て時期が浅いだろうから知識も浅いのだろう。
 それを考慮したら、池下さんの知識を信用すること自体が間違っていたのかもしれない。
 しかしながら、だとしたら。
「一番、『とおせんぼ』歌いまーす!」
 明らかに酔っ払っている先生が、ボカロ曲を歌ったり。
「続いて『氷に閉じ込めて』歌います!」
 同じ一年生の誰かがしんみりとした曲を歌ったり。
 何だろ、悪くないな。こういうのも。
「いっくん、こういうのも悪くないね?」
「……ああ、そうだな」
 そんなこんなで。
 一日目は幕を下ろしていく。
 二日目のために、英気を養うために、僕達は早く帰るのだった。

   ※

「お帰りなさい」
「……ただいま」
 家に帰ると、父は居なかった。
「父さんは?」
「ごめんねえ、父さん。ご飯を食べる時間までは居ると思ったんだけれど、急に仕事が入っちゃったらしくて」
 住み込みの料理人に『急な仕事』?
 何だかきな臭くなってきたような気がするけれど――今は何も言えなかった。
「そうなんだ。じゃあ、僕と母さんだけで夕食にしようか」
「うん。いっちゃん、お腹空いているでしょう? 今日はカレーにしたからね」
 カレー!
 カレーは良いよ、カレーは。最高に素晴らしい食べ物だと思う。祖父だけカレーが嫌いだったのだけれど、それが全然理解できないレベルには僕はカレーが大好きだ。というかカレーが嫌いな人間の思考が理解できない!
「カレー! カレー!」
「はいはい、先ずは手を洗ってからね」
 そうだった。
 慌てちゃいけない。カレーは逃げないんだ。
 そう思って、僕は洗面所へと足を運ぶのだった。
 手を洗って、鞄を部屋に置いて、序でに着替えてきて、椅子に腰掛ける。
 カレーがやって来る。カレーの良い香りが漂ってくる。母の作るカレーは絶品だ。父はいつも『お前の料理は味が濃い』などと言っているのだけれど、僕はそれがお袋の味って感じがして嫌いじゃない。次に好きな料理は肉じゃがだ。味が濃すぎて一個のおかずになってしまうレベルの肉じゃがが、僕は好きだ。
「文化祭、どうだった?」
 母が言ってきたので、僕は笑顔で答える。
「楽しかったよ。あんなの初めてだったからちょっと興奮しちゃったかな」
 けれど、表情には出さない。
 僕はいつもクールだと言われるのだ。或いはポーカーフェイス?
「そう。それは良かったわね」
 食事は進んでいく。
 食事を終えて、皿をキッチンに運んで、風呂に入る。
 風呂に入って、今日のことを思い返しながら、明日のことを期待していた。
 明日はどんな出来事が待っているんだろう。
 明日はどんなことが待ち受けているのだろう。
 そんなことを思うと、僕は眠れなくて仕方ないのだった。

 

クスノキ祭 ㉗

  • 2019/06/10 22:08

「遅かったね、いっくん達! 片付けはもう殆ど終わっちゃったんだよね! だからさっさと後夜祭に行っても良いよ? 後夜祭は例年通りだったら、噂によると面白いこと間違いなしらしいからね……ふふふ」
 藤岡さんがそう言うなら。
 そういう訳で、メイド服から制服に着替え終わるのを待っていた。
「よう。いっくん」
「……池下さん」
 池下さんと会った瞬間、クラスでの喧噪が遠くに消えていったような、そんな感覚に陥った。
「何、抗戦態度取っているんだよ。俺は未だ何もしねーっての」
「でも、クスノキ祭が終わったら彼女達を連れ去るんですよね」
「……まあ、それが俺の役目だからな。勿論、他にも人間は居る。だから、俺以外の人間が連れ去る可能性だって充分にあるだろうよ」
「でも、僕は……」
「彼女達を逃がしたい、だろ?」
「……え?」
 池下さんの言った言葉は、僕の想像を超えるものだった。
 いったい、彼は今何と言った?
 彼は、『彼女達を逃がしたいだろ?』と言ったか?
「どうしたどうした、いっくん。もう少しシンプルな話をしよーぜ。俺はあいつらを戦争の道具にすることは悪いことだってことは自覚しているつもりだ」
「は?」
「考えてもみろよ、普通に考えてこの国の未来を、十二、三そこそこの娘二人に任せるか? そんな国ならさっさと滅んじまった方が良いと思う。そうだ。そうだとは思わねえか?」
「それは言い過ぎなような気もしますけれど……」
 でも、納得。
 大人が前に出ないで、子供を使うんなら、そんな国はなくなってしまえばいい。
 池下さんの話は続く。
「そうだよ、そうだよ、いっくん。もっと物事をシンプルに、かつ気分良く考えようぜ。物事はシンプルイズベスト、ってね。悪くない考えだろ?」
「でも、逃がしたら、責任を問われるのは、池下さんですよね?」
「それがどうした? 俺が責任を問われたところで、結局は子供のお世話だけじゃねえか。それで逃げられたのなんだの言うんだったら、最初から自衛隊がお付きを用意しておけば良かっただけの話なんだ。だのに、俺達みたいに偽装した人間を用意しておくこと自体が間違っているって話だよ。そうだろう?」
 そうだろうか。
 いや、そうなのかもしれない。
 そんな風に思えてきた。
「だったら、いっくん。一歩前に出ようじゃねえか。話はそれからだ。どうなるかは分からねえ。けれどよ、逃げる権利を持っているのはいっくん、お前だけなんだぜ?」
 逃げる権利。
 それは正当な権利だと言えるのだろうか。
 いや、正当な権利だ。そうとしか言い様がない。
「だったら、もっと彼女達を楽しませてやれ」
 ぽん、と肩を叩かれる。
「あれ? 池下さん、来ていたんですか?」
 ちょうどそのタイミングであずさとアリスが空き教室から出てきた。
「おう、ちょっとこっちに用事があってな。俺は後から行くから、お前達も後夜祭見に行けよ。後夜祭は例年面白いぞ?」
「はい!」
 そう言って、あずさとアリスは走って行った。
 僕は少し後ろめたさを感じながら――池下さんの下を離れるのだった。

   ※

「……可哀想な子供達だとは思わないの?」
 池下の背後には、誰かが立っていた。
 池下は頭を掻いてから、話を続ける。
「そんなこと言っても、彼女の『記憶』を解放するにゃあ、これしか方法がねえ、ってのは分かりきっている話だろ? たとえ彼女達の『監視』を一瞬解除しても、な」
「彼が無事動いてくれるかしら?」
「それはあいつの心持ち次第じゃねーの。俺は知らねえよ。これ以上は出る幕なしって訳」
「ちょっとあなたね……」
「さてと、あんたも後夜祭、出るのか?」
「先生としては出ないといけないでしょう。それぐらい分かっていての、発言ではなくて?」
「……それもそうだな。俺も行かないとな」
 そうして、二人の会話は終了した。
 その会話は、何処にも記録されることもなく、闇に葬られるのだった。

 

クスノキ祭 ㉖

  • 2019/06/10 21:38

『十七時になりました。間もなく閉門の時間になります。お忘れ物のないようにしてください。……また、生徒の皆さんにご連絡します。後夜祭は、十八時より行います。片付けを済ませてから、是非ご参加ください。よろしくお願いします』
 長い一日目が幕を下ろした。
 どっ、と疲れが出た感覚に陥った。
 不味いぞ、自分。未だ一日目なんだからな。未だあと一日残っているんだからな……?
「いっくん、どうしたの。そんな疲れたような顔して。未だ一日目が終わったばかりじゃない」
「あ、あはは……。それぐらい分かっているよ。大丈夫、大丈夫。問題なし」
「ほんとうに? ……何だか凄い心配になってくるけれど。いっくんが大丈夫と言っているなら良いか!」
 本当に良いと思っているのだろうか?
 答えは見えてこない。もしかしたら、あまり気にしていないだけなのかもしれない。
 そうそう、気にしたら負け。答えはそういう風に決着が着いている。
「いっくんも片付け手伝いに行くでしょう?」
 ずい、と手を引っ張られた。
「おい、手を引っ張るなよ。歩けるから……歩くから……」
「あら、そう。なら良いんだけれど」
 おい、いきなり手を離すな! 危うく転びそうになったぞ。そんなことあずさは気にしていない様子で、ただ僕の顔をニコニコと見つめていた。何だ? 僕の顔に何かついているか? 顔はきちんと洗ってきたからそんなことはないはずなんだけれど。強いて言うなら、昼ご飯のガパオライスの肉片が口の周りについているとか? それはそれで汚い食べ方をしていると認めることになるのだけれど。
「……何か変なものでもついている?」
「いや、そんな訳はないけれど。ただちょっと気になっただけ」
 気になっただけ?
 それだけでじっと顔を見つめていたのかよ。
 何というか、あずさらしいけれど。
「とにかく、片付けに行こうぜ。そうしないと先ずは話が始まらないんだろ。……さ、」
 今度は、僕が手を取る。
 あずさはそれを受け取って、僕と手を結んだ。
 思えば、三ヶ月ずっと活動してきて、彼女と手を繋いだこともなかった。
「あずさばっかりずるい。私も繋ぐ」
 もう片方の手を、アリスが強引に奪い取っていく。
 何だかこれじゃ、カップルというよりは親子みたいな関係性みたいだ。
 ……でも、こんな日常も長く続かないことは知っている。
 知っているんだ。クスノキ祭が終われば、大人達は全力で彼女達を戦争の道具に使う。
 僕はそれから逃げなくてはならない。僕はそれから逃げ出さなくてはならない。
 どうやって?
 どうやって、逃げれば良い?
 答えは見えてこない。
 答えは――暗中模索といったところだった。

 

クスノキ祭 ㉕

  • 2019/06/10 19:46

 体育館では、『涼宮ハルヒ』の歌が演奏されていた。あれってもう十五年以上昔じゃなかったっけ? リアルじゃ僕達には関わりのない歌だったと記憶しているけれど……、でも意外と盛り上がるんだな。やっぱりバイブスが上がる? って奴? 良く分からないけれど、なんとなく言ってみました、はい。
「一年三組でメイド喫茶やっていまーす。いかがですかー」
「……いかがですかー」
 バンドサウンドの鳴り響く中、メイド服でビラ配りをする二人。残念ながらその声はかき消されてしまっており、アリスに至っては近距離で居るのに何を言っているのかさっぱり分からない状態だ。
「なあ、あずさ。これってやっぱり失敗だったんじゃないか?」
「何言っているのよ。失敗な訳ないでしょう? ちゃんと受け取っている人も居るし。成功も成功、大成功よ」
 ほんとうか?
 でも、確かにビラの枚数はさっきより減っているような気がする。
「ね? 悪くないでしょう?」
 確かに。
 あずさの考えも悪くないのかもしれない。
 正しいかどうかは別として。
「さあさあ、まだまだ配り続けるわよ! 一年三組でメイド喫茶をやっていまーす、いかがですかー!」
 バンドはというと、歌が切り替わり、四、五年前に出たボカロ曲が演奏されていた。僕も知っている歌だ。若くして亡くなってしまったんだよな。あのときはちょっと何言っているか分からなかったぐらいだったし、その当時中学生や高校生、或いは大学生だった人たちはもっと感傷に浸っていたのかもしれない。
 しかし、高速なメロディと歌詞、良く歌いきれるな。僕なら途中で舌が回らなくなりそうになるけれど。
「……よしっ、終わったよ、いっくん」
「嘘だろ、もう終わったのかよ?」
 確かにあずさの両手はもう何もなかった。
 アリスは未だ終わっていないようだったが、それでも数は残り僅か、といったところだろうか。それにしてもどれくらいの人間がビラを受け取ったのだろう? もう多くの人間が受け取ったものだと思っていたけれど、この様子だと未だ受け取り切れていない人間が居るのかもしれない。
「アリスもちゃっちゃと配っちゃって。そしたらあとは自由行動だから」
「……うん、分かった」
 ほんとうに分かっているのだろうか。
 アリスは案外その辺り無頓着だからな。
 もしかしたら何も分かっていないのかもしれない。あくまでも僕の勝手な妄想だけれど。
「……終わった」
「はやっ!」
 アリスも配り終えたようだし、後は自由行動。
 それじゃ、しばらくバンドサウンドでも聞いていこうぜ。僕の進言に二人は従順に頷いてくれた。

クスノキ祭 ㉔

  • 2019/06/10 18:36

 特段、それから話すようなことはなかった。
 ……といえば、嘘になるか。
「いっくん、いっくん」
「うん? どうしたんだよ、あずさ。ジュースはもう運び終わったのか?」
「運び終わったよ、完璧にね。たまにはやるでしょう、私も」
「はいはい、そうだな。次は三番テーブルに三つ持っていくことになっているからそこんところよろしく」
「何か言葉をかけるとかそういうのはないんですかね!?」
「……何が?」
「いや、例えば、お疲れ様だとか!」
「うんうん、お疲れ様。それで良い?」
「何だろう、その言わされている感マシマシな発言!」
「……二人とも、いちゃつきたい気持ちは分かるけれど、ちゃんと仕事はこなしてよ? ほら、ジュース」
「いやいや、いちゃつくつもりとかないから。何を言っているんだ君は」
「ジュース零れているけれど! 全然動揺隠し切れてないけれど!」
 ……僕がそんなことを言うと思っているのかな? まったく理解できないよ。
 それはさておき。
「あずさ、ジュース出来たからさっさと持って行ってよ。それが君達の仕事なんだから」
「えー、いっくんの言葉には愛がないから嫌だー」
 ……巫山戯てんのか、てめえ。
 言ってやりたかったけれど、自重しておく。それ以上言っておく意味はないからね。
「いっくん、いっくん」
「はいはい、いってらっしゃい」
「分かったよー。いっくんのケチ」
 やっとあずさが出て行ってくれた。
 まったく、あずさは色々と誤解されるような言動を取ってくれるな……。
 あれ?
 そう思ったけれど、僕はそこで立ち止まる。
 もしかしてあずさは誤解されて欲しくて、その行動をしているんじゃないか?
 否定しているのは、僕の感情だけの話なのではないか?
 いやいや。
 有り得ないって。
 そんなこと考えたって、何が解決するんだって。
 僕には分からない。
 分かるはずがない。
 分かり合える訳がない。
「……いっくん、ジュースの列止まっているからさっさとジュース注いでくれよ!」
 栄くんの言葉を聞いて、僕は我に返った。
 ああ、僕は何を考えているんだろう。
 そう思いながら――僕はシフトをこなしていくのだった。

   ※

 あっという間にシフトの時間は終わりを迎えて。
 気づけば時刻は十五時を回っていた。
「いっくん、休憩の時間だよ。お疲れ様。明日もこの時間だったっけ? よろしくね!」
 明日は十一時から昼を挟む時間帯だったと記憶しているはずだけれど。
 ……まあ、良いか。
 何か否定する気分にもなれなかった。
 そんなことを思いながら、僕はすたすたと歩き出す。
「ちょっと、いっくん!」
 ……そんなところで、僕は思いきり襟を引っ張られた。
「痛い痛い! 引っ張るなって、首が絞まるだろ!」
「……いっくん、何処へ逃げるつもり?」
「逃げるつもりなんて毛頭ないけれど」
「だったら私達に付き合って」
 見ると、あずさとアリスがまた大量のビラを抱えていた。
 まだビラが余っているのかよ?
 ……仕方ない。こうなれば地獄までだ。
「付き合うよ。何処へ向かえば良い?」
「やたっ。えーとね、良いところがあるんだけれどね……」
 あずさから言われた場所は――僕の想像を上回る場所だった。

 

クスノキ祭 ㉓

  • 2019/06/10 17:29

「……いや、まさかこんなところでガパオライスが食べられるなんて思いもしなかった」
 ガパオライス。
 細かく刻んだ肉や野菜にホーリーバジル(ない場合はスイートバジルで代用可)で風味付けをして、ご飯の載せた皿に盛り付けて目玉焼きを載せた、そんな料理だ。
 何でそんな知識知っているのか、って話になる訳だけれど、僕の父は料理人だ。そして変わったものが大好きである。だからそういったものも、家で『試食』と題して作ってしまうのである。その度に家計に大ダメージを与えていつも怒られている訳だけれど。
 それはそれとして。
「美味しいだろ? バスケ部が作ったガパオライス! ……といってもあとで私も作らなきゃいけないんだけれどさ」
 ガパオライスを勧めたのは八事さんだった。
 八事さんはバスケ部のマネージャーとして一年目から活躍している。というのも、前居たマネージャーが急に辞めてしまったらしいのだ。まあ、それは本人から聞いた話なんだけれど。そういう訳で気づけば八事さんがチームを引っ張るマネージャーとして活躍する羽目になってしまったらしい。もともとバスケがしたくてバスケ部に入ったんじゃないのか? と聞いたら、
「うーん、でもまあ、バスケが出来る環境だったら何処でも良いよ。中学校にはバスケ部がなきところもあるしねー」
 ……確か八事さんは沖縄生まれだったか。
 だからそんな風に、意気揚々と出来るのかもしれない。
 正直羨ましかった。
「宇宙研究部は、楽しい?」
 唐突に。
 八事さんはそんなことを言ってきた。
「……何で急にそんなことを?」
「決まっている。今の部活動が楽しいかどうか聞いているの。だって、いっくん、運動神経良いし。バスケ部とかどーかなって思ったんだけれどさ」
「……考えておく」
「ちょっと、いっくん! 私達を捨てるつもり!?」
 捨てるとはひどい言い草だ。
 もっと何か良い言い方がなかったのか。
「捨てるつもりなんてないさ。今のところは宇宙研究部に在籍する。そっちの方が、楽しいしな」
「いっくん……」
「ふーん。まあ、別に良いけれど。バスケ部に来たかったらいつでも言うがいいさー。それじゃ、私はそろそろ準備があるから」
 時計を見ると、十三時十分前。
「……僕たちも行こうか、あずさ、アリス」
「うん」
 こうして。
 僕達はそれぞれの道を歩むことになるのであった。
 僕達はクラスの出し物へ。
 八事さんは部活動の出し物へ。
 それぞれやることは変わらない。
 ただこの二日間を乗り切ることだけを考えれば良いのだ。

 

クスノキ祭 ㉒

  • 2019/06/10 06:04

「では問題です! アニメ『ポケットモンスター』で、リザードンとの別れのとき、サトシはどんな台詞を口にしたでしょうか?」
 ピンポーン!
「おおっと、栄・八事ペア早かった! 答えをどうぞ!」
「『弱いリザードンなんて、いらない』!」
 ピンポンピンポーン!
「正解です! 正解です! 栄・八事ペアに一ポイント入ります!」
「……成程、意外と高レベルな問題が出されるんだな」
 もっと地元に着目した問題が出されると思っていた。
 まさかポケモンから出されるとは思いもしなかった。
「……ねえねえ、私が知っている問題、出るかな?」
「うーん、どうだろ。この様子だと出そうにはないけれど」
「そうかあ……」
 あずさは少し残念そうだ。
 というか、そこまで残念がることでもないだろうに。
「……ねえ、意外とつまらない」
 ばっさりと評価を下すアリス。
 仕方ないと言えばそれまでだけれどねえ……。
「ではでは次の問題です! 鎌倉から藤沢間を走っている電車と言えば、江ノ電ですが……」
 ごくり。
 思わず緊張している様子に、息を呑んでしまう。
「片瀬江ノ島駅に通っている電車の名前は何でしょうか!」
 ピンポーン!
「おっと、栄・八事ペア早かった! これで決めれば予選突破になりますが、どうなるでしょうか……?」
「小田急江ノ島線!」
 ピンポンピンポーン!
「正解! 正解です! 栄・八事ペア、一抜けが決まりました!」
 パチパチ、と大きな拍手が沸き起こる。
 僕達も気づけば自然と拍手をしてしまっていた。
 それにしてもまさか決勝まで進むなんて思っちゃいなかったからだ。
 壇上から降りていく栄くんと八事さんを見て、僕はそちらへ向かった。
 しかしながら、流石に舞台裏まで行くことは出来ず、僕達は少しの時間待つことを要されてしまったのだけれど。
「凄かったじゃないか、決勝進出おめでとう」
 その言葉が口に出せたのは、それから二十分後のこと。
 時刻もすっかり昼休みに入ってしまったタイミングでの出来事だった。
「あはは。ありがとう。……ところで、三人とも、ご飯にしないかい? 八事さんも午後一でシフトが入っているようでさ。ご飯を食べるなら今しかないと思っているんだ。勿論、この時間じゃ混むのが知れているけれど……」
「勿論さ。何処で食べようか」
「実はオススメの食事処を調べておいたんだ」
 流石は新聞部。抜け目がない。
 それじゃ、それに従うことにしようか。そう思って僕達は一路栄くんオススメの食事処へと向かうことにするのだった。

 

クスノキ祭 ㉑

  • 2019/06/10 01:41

「一年三組でメイド喫茶やってまーす。よろしくお願いしまーす!」
「……よろしくお願いします」
 あずさとアリスの二人がビラ配りをしている中、僕は何をしているかというと、暇だったので日陰でスマートフォンを操作していた。学生だから不味いんじゃないか、って話もあるけれど、今は土日だし何しろ文化祭の真っ最中だから問題なし。
 SNS上では、今日も楽しそうな会話が繰り広げられている。
 僕は、ぽつり気になってあるワードを検索欄に入力していた。

 ――戦争。

 つぶやきは直ぐに引っかかった。博愛主義者による戦争反対のつぶやきばかりが並べられていた。違う、違うんだ。僕はそんなことが見たかったんじゃない。僕が見たかったのは――。
「彼女達は、戦争に向かうことになる」
 いつかの何処かで、誰かが言ったその台詞を反芻させて、僕はすっと胸をなで下ろす。
 やりたいことはそうじゃない。
 考えたいことはそうじゃない。
 見つけたいことはそうじゃない。
 僕がやりたいことは――そうじゃない。
「戦争って、何なんだろうな」
 僕は思わずぽつりと呟いていた。
 その言葉に気づいた人は誰一人として居なかっただろうけれど。
 しかしながらその言葉は、ある種真理を突いていたのかもしれない。
「お待たせ、いっくん。思ったより時間がかかっちゃって」
「……ビラ配り、一人で出来た」
「おー、よしよし、良く出来たね、アリス」
 あずさとアリスが戻ってきたので、僕はスマートフォンを仕舞う。
「誰かから電話でもあった?」
 あずさの言葉に僕は首を横に振った。
「ふうん。……何だか、つまらなさそうな表情を浮かべているけれど、大丈夫?」
「僕が? そんなことある訳ないだろ。安心しろ、僕は僕だ。それ以上の何物でもないさ」
「……変ないっくん。だったら良いんだけれどね」
 僕の言葉に、あずさはただ従ってくれた。
 それが僕にとっては嬉しかった。
 それが僕にとっては楽しかった。
 それが僕にとっては――有難かった。
「さ、行こう? いっくん。ビラ配りも終わったし」
「終わったの? だったら何処に行こうかなあ。時間は、えーと……未だ十時半か。時間はあるし。ステージを見ても良いし、クラスの出し物を見ても良いし」
「ステージって何やるんだっけ?」
「えーと、この時間だと……『クイズ大会』になっているね。うちのクラスからも……八事さんと栄くんが参加する予定だったはずだよ」
「栄くんのシフトってどうなっていたっけ?」
「僕と同じだから、午後一のはずだよ。だからクイズ大会に参加しても問題なし。……というか、決勝は明日だしね」
「今日は予選?」
「そういうこと」
 僕はクスノキ祭のパンフレットをフリフリと振りながら、そう言った。
「じゃあ、ステージを見に行こうよ!」
 あずさは僕に向かってそう言った。あずさがそう言うなら仕方ない。……アリスはどう思っているのかな?
「アリスはどう思う? ステージを見に行く? それともクラスの出し物見に行く?」
「……私も、ステージ見に行きたい」
 満場一致ということで。
 僕達は時計塔の下にあるステージへと向かうのだった。

 

クスノキ祭 ⑳

  • 2019/06/10 01:13

 開始十五分前にもなって、未だ準備が終わっていないクラスや部活動があるらしい。
 そんな慌ただしい様子を横目に見ながら、僕達はただ歩いているのだった。
「ま、一年に一度の大勝負といったところだからねえ。みんな大変なんじゃない?」
 未だ一度も経験したことがないくせに何を言っているのだ、と言いたいところだったが、それ以上は言わないでおいた。
「一年に一度、か。確かにそれなら経験しておいた方が良いと思うけれど。やっぱり、初めてだらけだから緊張しちゃうなあ……」
「嘘でしょう、それ」
「……何でバレた?」
「いっくん、そんなこと言わないもん。私はいっくんのこと信じているからね」
 信じている、か。
 そんなことを言われると、小っ恥ずかしいな。
 僕はそんなことを考えながら、話を続ける。
「にしても、だ。僕達宇宙研究部にはやることがない訳だし、実際参加出来るのはクラスの行事だけ。となるとやっぱり暇と言えば暇になるんじゃないか?」
「宇宙研究部で展示でもやれば良かったのにねえ……、何で出来なかったんだろう?」
「噂によると、空き教室が撮れなかったらしいって話だけれど。だから、メイド喫茶とかやっているいわゆる『休憩室』としている出し物に何十部か提供しているらしいよ。無料で配るんだとか」
「印刷代は?」
「部長のバイトマネーで賄われているよ。……ま、僕達に一銭もかからないのは良いことなのかもしれないけれど」
「それっていつ話があったっけ?」
「こないだ。……そういえば、あずさとアリスは休んでいたから知らなかったかもね」
「そうだったのね……。流石に知らなかったなあ。部長も言ってくれれば、協力ぐらい出来たのに」
「協力って……」
 具体的には金銭的な支援、といったところだろうか。
 それが出来たところで何の問題が、といったところなのだろうけれど。
 まあまあ、それは言わずもがな、と言ったところだろうか。
『皆さん、お待たせ致しました』
 そんなこんなで校内を歩いていると、放送部のアナウンスが聞こえてきた。
『これから「クスノキ祭」一日目が開催されます。皆さん、是非最後まで楽しんでいってくださいね!』
 ワイワイガヤガヤ、と。
 校門の方が五月蠅くなってきたような気がする。
 窓から外を眺めると――校門の方から続々と人が入ってきている。
 うわあ、あんなに人が入ってきているのか……。
 うちのクラスにはどれくらいの人間がやって来るんだろう?
 そんなことを考えながら、僕は歩くのを再開するのだった。

 

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