クスノキ祭 ②
- 2019/06/06 20:31
「でも、これだけは忘れないで。新聞の記事を書く上で、大事なこと。どんなに誇張して書いても良いけれど、嘘だけは書いちゃいけない。それは信用問題に発展する重要な問題だからね」
「何で?」
「だって普通に考えてみろよ。例えば、『瑞浪基地にあるUFOは戦争のためにあるものだ』と書くとするだろ? でもそれって、憶測の域を出ない問題になる訳だよ。そんなことをまるで真実であるかのように書いてしまうこと自体が問題なんだ。信用されてしまう、ということは信用するに値する記事を書かなくてはならない。意味が分かるかい?」
「……うーん、分かるような、分からないような」
「とどのつまり、何事もやり過ぎは良くないって話さ」
「何だ、そういうことか。最初からそう言ってくれれば良いのに」
「それで分かって貰えるとは思っていなかったからね」
「……それ、単純に僕のことを馬鹿にしているよね?」
「馬鹿になんてしていないよ。……ただ、こう言わないと分からないだろうな、と思っていたぐらいで」
「それを『馬鹿にしている』って言うんだろうが!」
「あはは。そうかもしれないね」
そうかもしれないね、って。さっきからこいつの言っていることにはトゲがあるような気がする。トゲがない発言をしろ、とは言わないけれど、トゲのある発言をしろ、とも言いたくはない。トゲのある発言をする、ということはそれなりに信頼されている、ということの裏返しなのかもしれないけれど。
話はさらに続く。
「でもまあ、結局は『真実』しか書かないこと、というのが大原則かな。憶測の域を出ない場合は、その旨記載すれば問題ないけれど。でも信用問題というのが出てくるからね。そこだけは注意しないと」
「信用問題、ねえ……。やっぱり、新聞部に聞いたのは正解だったのかもしれないな」
「どうして?」
「宇宙研究部の先輩に聞いたら、途轍もなく変なことを言われるだろうな、と思ったからだよ」
※
ルールは分かった。
後は記事を書くだけだ。書くだけ、と言っても簡単に出来る話じゃない。先ずはネタを揃えなくてはならない。そのためにも、宇宙研究部のみんながやっている内容に被りがないようにしなければならない。みんなはいったいどんなネタを書くんだろう?
「秘密だよ」
とあずさ。
「……決めていないけれど」
とアリス。
「UFOに関する記事に決まっているだろう! 何せ初めて撮影が成功出来たのだからな!」
と部長。
「……野並と同じ。ってか共同執筆」
と池下さん。
「私はあんまり宇宙研究部に出入りしていないから今回はパス。それに生徒会の仕事が忙しいし」
と金山さん。
そういえば生徒会はクスノキ祭の運営も行っている。だから簡単に部活動に注力することが出来ないのだろう。現にこの間の鎌倉旅行にも彼女一人だけ参戦しなかった訳だし。
話を戻すと、結局未だ内容が決まっていないのは、僕とアリスだけのようだった。もっとも、アリスは何か記事を書くのだろうか? 分からない。もしかしたら何も書かないまま、空白が生まれてしまうのかもしれない。そうしたらどうなるのかさっぱりと答えは見えてこないのだけれど。
「じゃ、僕はUFOに関する評論でも書くことにするか……」
至極、まともな記事にするつもりだった。
というか、それ以外の選択肢が残されていないような気がした。目玉となる記事は当然部長が書くことになるだろうし、となると僕達に残されたのは残滓のみ。残滓をどう取り扱うかは本人の自由になるのだろうけれど、しかしながら、それが正しい使い道であるかどうかもはっきりとしない今、僕達に残された道は暗く狭い道ばかりだった。もしかしたら、あずさも案外それで悩んでいるかもしれないしな。
そうなれば、答えは明白だった。図書室でUFO関連の書物をいくつか借りて、今日はさっさと退散することにした。一人で書いている方がやる気が出る。僕はそんなことを思っていたのである。それが何処まで正しいのか実際にやってみないとさっぱり分からないけれど。
「とはいえ、」
僕は家に帰り溜息を吐く。家に帰って先ずやることは書物の整理だった。持ち帰ってきた書物は実に十冊程度。そのどれもがUFOに関する書物ばかりだ。もし仮に僕が今何らかの事件で逮捕されたら、『家には大量のUFOに関する書物がありました』等と言われるのだろう。