ブラックボックス ⑩
- 2019/06/18 19:44
「僕を、見ないでくれ……」
気づけば、僕は泣いていた。
気づけば、僕は涙を流していた。
それが、何の意味を生み出すのだろうか?
分からない。分からない。分からない。
答えは、見えてこない。
「……なあ、いっくん。俺は君の答えに少し期待したんだよ。少しは何か違うアイディアを出してくれるんじゃないか、って思いもしたんだよ」
落胆する僕に、ぽんと肩を叩く池下さん。
「だが、結果はこれだ。君は彼女達を救えない。君は世界を救えない。君は何も出来ない。ただの人間だった、ということだ。神童でも何でもない、君はただの人間だ。それ以上でもそれ以下でもない。……分かりきっていたことだったんだ。君に期待した俺が馬鹿だったのかもしれない」
「池下くん」
兵長の宥めるような声を聞いて、僕は漸く顔を上げる。
あずさとアリスは――今もなお、僕を見つめていた。
そんな顔で、僕を見ないでくれ。
そんな目で、僕を見つめないでくれ。
そんな表情で、僕を眺めないでくれ。
……ああ、そんなことが言えたら、どんなに楽だっただろうか。
僕はそんなこと口に出来るはずがなかった。
「君は何も出来ない。それが証明出来ただけでも良いことだったんじゃないかな?」
池下さんはさらに僕を追い詰める。
「君は、何もしなくて良い。それで良いんだ。それで良いんだよ、全て」
「……何か出来ることは残されていない、というのですか」
「残されていないね。残念ながら。そして、君の『活動』もこれでお終いだ。最後に、彼女達に言いたいことはないかね?」
それを言われて――僕は何も言えなかった。
言いたいことはいっぱいあったはずなのに。
伝えたいことはたくさんあったはずなのに。
今になって――言葉が一切出てこないのは。
何故だ。何故だ。何故だ――。
僕は自分に語りかけて――そこで、あずさからぽつり、言葉が聞こえてきた。
「……ありがとう」
それを聞いて、僕は何も言えなかった。
……ありがとう、だって?
僕はあの『日常』を破壊した、張本人なんだぞ?
だのに、彼女はそんなことを口にした。
どうして、そんなことを言ってくれるんだ。
どうして、そんなことを口にするんだ。
どうして、そんなことを言ってしまうんだ――。
「そして、さようなら……」
彼女はそう言って。
立ち上がり。
僕を見つめたまま――僕から離れていく。
アリスも、僕を見つめたまま動かなかったが、やがて一礼すると、そのままあずさについていく形になった。
僕は、泣いた。
言葉に出来ないぐらい、泣いた。
涙を流し尽くしたと言っても良いぐらい、泣いた。
けれど、それが現実。
けれど、それが全て。
けれど、それ以上は何もない。
僕には……何も出来なかった。
※
これからは後日談。
というよりただのエピローグ。
僕は次の日、一週間ぶりに学校に足を運ぶことにした。不登校にはならなかった。少しでも彼女達が居たという気持ちを残しておきたくて。
彼女達は突如転居ということが先生から伝えられた。先生は何も知らないのだ。彼女達が自衛隊の人間で、空飛ぶ円盤型の飛行物体『ブラックボックス』の搭乗員で、それに乗り込む任務のためにここから離れた、ということを――。
放課後、僕は図書室副室にやって来ていた。
宇宙研究部はいつも通り続けてくれている、と思ったからだ。
けれど、そこには何もなかった。
そこには、空っぽの教室が広がっているだけだった。
「おっ、いっくんじゃないか。ちょうど良いところに居た」
声をかけられ、振り返る。
そこに立っていたのは部長だった。
「部長……。あの、宇宙研究部は……」
「ああ、宇宙研究部はね」
部長は、何かを言おうとしている。
やめろ。やめろ。やめろ。
まさか、そんなまさか……。
そして、部長は――はっきりと言い放った。
「宇宙研究部は廃部にすることにしたんだよ」