逃避行のはじまり ④
- 2019/06/12 13:24
僕が――優しい、って?
それは全然理解できないことだった。今まで僕は自分が優しいなんて思ったこともないし。
しかしながら、殺人鬼の発言を鵜呑みにする僕も僕だけれど。
「僕が、優しいって? それは何処をどう見て言っているんだよ」
「他人のことをそこまで思える人間なんて、優しい以外の何者でもないだろ? 俺はそう思うぜ」
「そういうものなのか?」
「そういうもんだぜ。少しは他人の意見を受け入れろよ。それも大事なことだぜ?」
そんなことを言われても、だな。
僕にとってみては、殺人鬼の発言を鵜呑みにする訳にもいかないんだよな。
「……やっぱり殺人鬼の発言は鵜呑みに出来ないっていうのか?」
僕の心を読んだような発言に、一瞬ドキッとした。
しかしながら、僕は何とか必死に首を横に振った。
「……そうかい。なら良いんだけれどよ。……あんまり気張るんじゃねーぜ? 考え方は人によるだろうけれどよ、少しは楽に考えた方が身のためだよ」
「それは分かっているんだけれど」
それは分かっている。
分かっていても、理解しきれないところがあるというのも、ご理解願いたい。
「……でもまあ、いっくんが気にする気持ちも分からんでもないがな。俺にもさ、昔はちゃんとした生活があったんだよ。人を殺したのは、九つのときだ。師匠を殺したんだ。俺にとってかけがえのない人間だった。けれど、殺したかった。殺したい衝動が、勝っちまったんだ。分かるか? その気持ちが」
「師匠を……殺した? でも、証拠は残さなかったんだろう?」
「証拠? そんなものは残さないようにしているさ。殺人鬼としての常識だよ」
殺人鬼の常識がどうだかは分からないけれど。
僕の常識が充分通用しないというのは分かる。
「……それから十五人ばかし殺したかな。証拠は全て残さないことも出来たけれど、私は敢えて同一犯であるという証拠だけ残しておいた。なんだろうな、殺人鬼としての性が働いたとでも言えば良いのかな。或いは承認欲求と言えば良いのかもしれないな」
さっきの発言と矛盾しているような気がするけれど、それは無視して良いのだろう。僕はそんなことを考えながら――、僕はブランコを漕ぎ続ける。
「いっくんの考え方に立ち返ろうぜ、少しは」
「……立ち返る? どうして?」
「だって、悩んでいるのはいっくんだ。いっくんの考えに立ち返らなければ、話にならない。そうとは思わないか?」
「そりゃそうかもしれないけれど……。でも、僕の悩みなんて君にとってはどうでも良いんじゃないか?」
どうでも良い。
僕ははっきりとそう言い放った。
「……どうでも良いって思えているなら、それはただの失敗だよ。俺にとっての悩みと、いっくんにとっての悩みは全然違う。だからって、それを共有出来ない訳がない。共有出来るからこそ、悩みは悩みと言えるんじゃないか?」
「……まさか、殺人鬼に正論を言われるとは思いもしなかったな」
僕は溜息を吐きながら、ブランコを止めた。