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2019年05月29日の記事は以下のとおりです。

ラブレター ④

  • 2019/05/29 21:32

 待ち合わせは、七里ヶ浜駅だった。
「お待たせ」
 白いワンピースに身を包んだあずさと、青いシャツとオレンジのプリーツスカートに身を包んだアリスを見て、僕は心の中で少しだけ朗らかな気持ちになってしまっていた。
 だって普通に考えればデートみたいなもんだし。
 そんな感じだから、今日の僕は高揚感に包まれていた。
 いや、高揚感だらけになっていた、というのが正しいのかもしれない。
 いずれにせよ、今回はあずさにエスコートしてもらうことになる。
 何せ、ここの地理に詳しいのは、この中では、他でもないあずさだけなのだから。
 僕もアリスも、この辺りの地理には詳しくない。江ノ電なんて乗るのは二回目だ。
 だからSuicaのチャージ残額が若干気になっていたけれど、そんなことは特に問題なく、藤沢まで乗ることが出来た。
 藤沢からは東海道線に乗り換えて辻堂駅で下車。すると目の前に広がっているのが――。
「ほら、ここ! テラスモール湘南!」
「こんなところにこんな立派なショッピングモールがあるなんて……知らなかったよ」
「そしてこの中に映画館があるんだよ!」
 映画館に入ると、ポップコーン売り場にショップ、チケット売り場が広がっている。
 チケット売り場で早速チケットを購入すると、時間はあと一時間あることが分かった。
 仕方がないので、ショップを見て回ることにした。
「映画を見るなら、先ずはやっぱりパンフレットを買わないと!」
「そうなのか?」
「そうなんですー!」
 だったら買うか。パンフレットの値段を見ると千円。まあ、子供向け映画だしそんなもんか。
「すいません、パンフレット三つ」
「三千円になります」
「えっ、買ってくれるの? いっくんかっくいー!」
「いや、後で払えよ……」
「えっ?」
「アリスもだぞ」
「………………えっ?」
 アリスは欲しくなさそうだけれど、あずさが「パンフレットは買っとけ!」って言うから、取り敢えずアリスの分も購入しておくことにする。
「すいません。三人なんで一人一つに分けて貰えますか」
「良いですよー」
 店員さんは愛想良く、僕達に一つづつパンフレットの入ったビニール袋を手渡してくれた。
 さて、それをしたところでまだ時間はあと五十分ある。
「ちょっと、本屋さんにでも行ってみる?」
 そいつは妙案だ。僕はそう思って、それに大きく頷くのだった。

   ※

 テラスモール湘南にある大きな本屋に僕達はやって来た。
「今、十一時半だから……、十二時にここで集合ね! 後は各自行動を取ること! それじゃ、後はよろしく!」
 そう言って。
 あずさはそそくさと何処かに消えていってしまった。何というかすばしっこい奴だ。そんなことを思っていると、アリスがじっと僕の顔を見つめている。
「……アリス? どうかしたのか?」
「…………迷子になりたくないから、一緒についていく」
「……マジかよ」
 そんなこと言われても困る、と言いたかったけれど、同性であるあずさはさっさと何処かに消えて言ってしまった。
 となると後は僕だけ。
 仕方ない。あずさのことは諦めて、アリスと一緒に行動を共にすることにしよう。
 そう思って僕はアリスの手を取った。
「…………え?」
「迷子になったら、困るんだろ」
 アリスはこくり、と頷いた。
 僕は少しだけ顔を赤らめながら、本屋の中に入っていくのだった。

   ※

 本屋で見ている本と言えば、珍しい本ばかりだ。
 どんな本を読んでいるのだろうか、と思って見ていたら、『ヒト夜の永い夢』というSF小説だった。分厚い本だった。見ると価格が千円もした。千円もする文庫本があるのか……少し溜息を吐きながら、アリスは財布とにらめっこしている。
「買わないのか?」
「…………ちょっと高いかな」
「……分かった。じゃあ、僕が買ってやる」
「…………え?」
 アリスはそんなことを言われると思ってもみなかったのだろう。
 そんなことを思いながら、僕は元から購入する予定だったゲームのコミカライズ本と一緒にカウンターへ持って行った。
「千七百円になります」
 ちょいと予算オーバーしたけれど、これくらいはどうだって良いだろう。
「すいません、一冊別に袋分けて貰えますか?」
「良いですよ」
 店員さんは何処でも愛想が良い。
 僕はそう思いながら、二つの袋を受け取って、そのうちの一つをアリスに手渡すのだった。
「…………ありがとう」
「大事に読めよ」
 僕はそう言った。アリスはそれを聞いてにこやかな笑みを浮かべるのだった。

 

ラブレター ③

  • 2019/05/29 20:58

 宇宙研究部の部活動をしている最中でも、他の部活動からの勧誘はあった。
 あ、僕の話ではなく、アリスの話になる訳だけれど。僕はどうだっていいのかよ、畜生。
「ねえねえ、高畑さん。こんな部活動じゃなくて、弓道部とかどうかしら?」
「…………嫌だ」
「弓道部より書道部も良いと思うわよ? ほら、高畑さん、文字上手そうだし!」
「…………嫌だ」
「書道部より茶道部よね? お茶の入れ方上手そうだし!」
「…………嫌だ」
 こう毎日やって来る部活動の勧誘を見た限り、この中学校には様々な部活動があるのだな、と思い知らされる。
 しかしながら、アリスはどれも目にくれず、この宇宙研究部での活動を全うした。
「どうしてこの部活動が良いんだ? 何かピンと来るものがあったとか?」
「…………そうかもしれない」
 そうかもしれない、って。
 ピンと来るものがこの部活動にあったのなら、それはそれで何よりなんだが。
 というか、僕自身もなぜこの部活動に入ったのか未だに良く分からない点があるのだけれど。
「まあまあ、良いじゃないの。アリスがこの部活動が良いって決めているんだったら。彼女の本心に任せてあげた方が良いんじゃないの?」
「それもそうなんだけれどね」
 でもそれが正しいのかどうか分からない。
 答えも魑魅魍魎も何のその。
 結局のところはただの役不足。
 いいや、それが間違っているのか正しいのかも分からないけれど。
 いずれにせよ、僕の価値観では、アリスの価値観を推し量ることは出来ない。
 アリスの価値観を、僕の価値観で推し量ろうなど、無駄な話だったのだ。
 出来る話ではなかったのだ。
 だとすれば、それが正しいかどうかも判別することが出来ないのであって。
「…………私は、ここが楽しいから」
「ほら! アリスもそんなことを言っているしさ!」
「……だったら良いんだけれど」
 僕はそのままにしておいた。
 僕は言わないままにしておいた。
 僕は片付けないことにしておいた。
 それが正しいと思っていたから。
 それが間違っていないと思っていたから。
 それが有り得ないはずないと思っていたから。

   ※

「そういえば、いっくん。映画に付き合って欲しいんだけれど」
「は? 映画って何だよ」
「これこれ!」
 そう言ってあずさは映画のポスターを僕に見せる。
 日本のゲームがハリウッドで映画化した作品の第二弾――だっただろうか。その作品を僕はTVのCM程度でしか見たことがなかったけれど。
「で? この映画がどうした訳?」
「いっくん、全然興味ないんだね? 私が一番見たい映画の一つだよ! 昔からこのゲームが好きだったんだけれどね、このたびハリウッドで実写映画化が決まったのが数年前。それが大ヒットして第二作が今年公開! という感じなんだよ。全くもって素晴らしいことだと思わない?」
「うん、素晴らしいことだとは思うんだけれどさ。それと僕とどんな関係性が?」
「暇ないっくんを連れ回してあげようという私の思惑なんだけれど、理解してくれないかな?」
「暇、って……。いや、確かにこの近辺の地理には詳しくないから暇この上ないんだけれどさ」
「だったら、一緒に行こうよ、映画館!」
「おーおー、デートかい、二人とも」
 今日は部長が来ていた。
 だから部長がそんなことを言っていた。言っていたからって何だ、って話なんだけれど。
「…………私も行きたい」
「え?」
「…………私もその映画、見に行きたい」
 目がキラキラ輝いているように見える。
 何というか、それを見て、嫌だ、とは流石に言い切れない。
 ……結局、その後の話し合いで、後日土曜日に三人で映画館に見に行くということになるのだった。

 

ラブレター ②

  • 2019/05/29 19:12

 宇宙研究部の部活動は、特にやることもなかった。
 というのも、部長が生徒会選挙に立候補することを決めたからだ。
 だから、それ以外の僕達は置いてけぼり。正確に言えば、やることがないってこと。
「なあなあ、アリス」
 だから僕はアリスに質問してみた。
「…………何?」
「アリスって、ラブレターとか届いているの?」
 いかにも不躾な質問であることは理解していた。
「ラブレター?」
「……まさか、意味を理解していないなんてことは言わないだろうな?」
「いや、理解していないことはないと思うよ。ってか、それを聞く普通?」
 隣に居たあずさが僕に言ってきた。
 そりゃ、そうだろうと思う。
 けれど、気になってしまうのが性だ。
 だとしたら、聞いてみるしかないって話になる訳だけれど、それが駄目なら、まあ、致し方ないことなのかもしれない。
「……で、どうなんだ? 結局、ラブレターは貰っているのか?」
「…………未だ、封を開けていない手紙がいくつか」
 あるんかい。
「でもまあ、大変だよな。モテるってことは。僕はあんまりモテたことがないからさっぱり分からないんだけれどさ……」
「…………モテるってどういうこと?」
「女性だったら、男性に好かれやすいってことだよ」
 僕はアリスの質問に答える。
「…………だったら、私は好かれやすいのかもしれない」
「そうなの?」
「…………分からないけれど」
「分からないんだ」
 何だか禅問答をしている気分だ。
 禅問答をしたことがないけれど。
「ところで」
「何?」
「ラブレターって何?」
 やっぱり、意味を理解していないんじゃないか。
 僕はそんなことを思いながら、ラブレターの意味を教えてあげるのであった。

   ※

 部活動が終わって、僕はアリスと一緒に歩いていた。
 あずさは帰る準備をしていて、少し遅れるとのことだったので、僕達が先行して歩いていく形である。
「…………一緒に歩いて、大丈夫?」
 アリスは僕に問いかける。
「どうして?」
 アリスの言葉に、僕は何の意味も持たずに質問を返した。
「…………だって、ラブレターがたくさん届いているのだとしたら、私を好いてくれている人がたくさん居るってこと。ということは、私と貴方が歩いているこの状況を目撃されたら、刺されるんじゃないかって」
 刺されるって。
 流石にそこまで過激派な人間は居ないと思うけれど。……いや、居ないよね?
「…………そんなことより」
「そんなことより?」
「…………あずささん、来ないね」
「ああ、あずさか。未だ来ないんじゃない? 何せ片付けが残っているって言っていたし。片付けが終わらない限り帰ることは出来ないんじゃないかな」
「…………それって大変だね」
「そうだね。でも、あの部屋を使わせて貰っている以上、仕方のないことなんじゃないかな。図書室を使う人間が少なくない訳でもないし」
「…………図書室がなくなっちゃえば良いんじゃない?」
 何その発想、サイコなんですけれど!
 やっぱりアリスは宇宙人なんじゃないだろうか。地球人には有り得ないような発想が続々と出てくる辺り、普通の人間とは違う何かが感じられる気がする。
 けれど、やっぱり。
 アリスを宇宙人であると信じたくない自分が居る。
 いや、そもそも宇宙人は居ないと思っている。UFOも居ないと思っている。
 けれど、UFOは見てしまった。その次の日に、アリスがやって来てしまった。
 アリスが宇宙人だとするならば、僕達は何かを裁かれてしまうのだろうか。
 アリスが宇宙人であるならば、僕達は裁かれるべき罪が存在するのだろうか。
 答えは分からない。答えは見えてこない。答えは暗中模索するしかない。
 けれど、僕達は。
 前に突き進むしかない。
 それが宇宙研究部としての役目なのだから。
 それが宇宙研究部としての存在意義なのだから。
 それが宇宙研究部としての意味なのだから。

 

ラブレター ①

  • 2019/05/29 18:21

 六月半ばにアリスが転校してきて、その一日であっという間にクラス中に、いや学年中に広まった。という訳で、昼休みにもなれば多くの人間がクラスにやって来ていた訳だ。畜生め、僕がやって来た時は誰一人としてやって来なかったじゃないか!
「それはきっと、アリスが可愛いからじゃないかな」
 言ったのはクラスメイトの高岳だった。高岳は気分屋でクラスのムードメーカー的立ち位置に立っていた。席は僕の前で、話しかけるのも容易い。だからかもしれないけれど、あずさの次に僕は仲良くなることに成功したのだった。
「アリスが可愛いだって? ……確かにそうかもしれないな」
「これからはこのクラスも忙しなくなるんじゃないかな。何せ、クラス一のマドンナだった神沢に変わって新しいマドンナが生まれたんだからさ。まあ、神沢が嫉妬しないかどうかが問題だけれど」
「女の嫉妬は怖いからな」
「違いねえ」
 僕と高岳はそんな会話をしながら、授業間の休みを満喫していた。
「で? お前はどっち派な訳?」
「どっち派ってどういうことだよ?」
「言わせるなよ。高畑派か、神沢派か、だよ。俺は正統派美少女の神沢に一票投じたいところだねえ。しかしながら、高畑の帰国子女感溢れる感じもたまらねえ。清楚な見た目をしているのに、だ。あれがたまらねえと思う男子生徒も少なくないはずだ。で、お前に質問って訳だよ。お前は宇宙研究部に所属しているんだよな?」
「うん、そうだけれど?」
「羨ましいよなあ、宇宙研究部には、あの伏見も居るんだろう?」
 ちなみに今あずさはトイレで居ない。
 そのタイミングを狙っての言葉なのだけれど、何がそんなに羨ましいのだろうか?
「羨ましいってどういう意味さ?」
「だって、部活動に同学年の女子が二人居るんだぞ? それだけでハッピーじゃないか。競争率が低いって奴? もっといえばハーレム状態とでも言えば良いのかな?」
「何がハーレムですって?」
 言葉を聞いて振り返ると、あずさがガイナ立ちしてその場に立ち尽くしていた。
「えっ? い、いや、何でもないよ。あの部活動に三人も新入部員が入るなんて凄いな、なんてことを思ったぐらいだ」
「三人って私も入れた数なのかしら? ……まあ、良いわ。いっくん、人の話を聞くのも良いけれど、たまには流し聞きするのも悪くないことだと思うよ」
 そう言って彼女は席に座る。
「……まあ、話を戻すけれどよ、お前、どっち派よ?」
「どっち派と言われても、アリスは未だ来て数日しか経過していない訳だし……」
「へえ、アリスって呼ぶ仲になったの?」
「ち、違う! ただ単純に同じ部活動の女子をそう呼んでいるだけだ! あずさだって、あずさって呼んでいるし!」
「それなら分かるけれど……。まあ、いいや。お前は保留ってこったな。それにしてもあんだけ人間が集まるんじゃ、あの量も大変なんだろうなあ」
「あの量、って?」
「馬鹿。女子が男子に贈るものったら一個か二個しかないだろ、ラブレターだよ、ラブレター」
「ラブレター……ああ、そういうこと」
「まるで無関心だなあ、お前って。何というか、女子との恋愛に興味がないタイプ?」
「僕をそっちの方向に持って行くのを止めてくれ。僕はちゃんと女子が好きだよ」
「ほんとうに?」
「ほんとうだよ。嘘は吐かない」
「だったら良いけれど」
 始業を報せる鐘が鳴って、高岳は席を元に戻した。
 三時間目の授業、理科が始まる。

 

八月三十一日⑫

  • 2019/05/29 15:34

 保健室。
 高畑と伏見、そして保険教諭の今池文恵が向き合って座っていた。
「……貴方達の行動、見過ごせないものばかりであるということはご理解いただけたかしら?」
「はい。アリスの殺人、そして私の『タイムリーパー』使用……。決して許されるものではありません」
「貴方達は大事な駒です。駒は駒らしく活動して貰わなくてはなりません。分かりますね?」
「分かっています」
「アリス。貴方は?」
「…………分かっている」
「分かっているなら、派手な行動は避けること。それは『隊』としての絶対命令だったはずよ。分かっているかしら?」
「分かっています。今回の行動は浅い考えだったことを認めます。ほんとうに、申し訳ありませんでした」
「まったく……。もし、彼に何らかの影響が認められた場合、貴方は対処出来るの?」
「保健委員なので、何の問題もなく保健室に連れて行くことは可能です」
「可能でしょうね。けれど、問題はそこから。……民間で使える薬物にも限界がある。『タイムリーパー』の副作用を緩和してくれる薬物なんてジェネリックでも出てきていない代物なのよ。まあ、何かあったときのために、と念のため用意はしていたけれど」
「分かっていたのですか。私達が、彼に何かするということは」
「当然でしょう。そのように仕組んでいたのだから。彼は特異点。それ以上でもそれ以下でもない。とどのつまりが、彼の存在意義こそが貴方達が戦う意思を捨てないためのものだということ」
「……全て手のひらの上に居た、ということですね、私達は」
「その通り。それは理解して貰えたかしら?」
 こくり、と頷く高畑と伏見。
「理解して貰えて何より。九月からはより一層忙しくなるからね。貴方達にも、戦闘態勢を取って貰う必要が出てくる」
「学校を休め、ということですか?」
「そもそも学校は貴方達にとっての憩いの場というだけであって、それ以上でもそれ以下でもない空間であるということ。そして、その憩いの場はいつでもなくすことが出来るということ。それぐらいは貴方達も分かっていたはずよ。貴方達だって、現実を見極めることぐらいは出来たはず」
「それは……」
 そうかもしれない。
 そうかもしれないが。
 彼女達を傷つける空間がこれまで以上に広がるということについて、彼女達は、考えたくなかった。出来ることなら、永遠にこの平穏な空間で過ごしていきたかった、と思っていた。
「薬の投与量もこれから増やしていくつもりです。よって、貴方達には何らかの副作用が出るようになるかもしれませんが、そのときは保健室に駆け込むように。一応、先生にも根回しは済ませてあります。だから、何かあったら先生を頼りなさい」
「……分かりました」
「…………分かりました」
 そうして、会話は終了した。
 お互いにとって、忘れられない夏の終わりが――もうすぐやって来る。

 

八月三十一日⑪

  • 2019/05/29 15:14

 後日談。
 というより、ただのエピローグ。
 僕の宿題をみんなで手伝ってなんとかして貰う作戦は功を奏して、次の日の朝、無事に九月一日を迎えることが出来た。正直な話、もしこれでまた八月三十一日だったらどうしようかと思っていたぐらいだ。頭を抱えていたことだろう。何せ、僕以外の全員がループしていることに気づいていないのだから。
 九月一日は残暑の雰囲気が未だ残る、暑い朝だった。
 僕が歩いていると、後ろからあずさが肩を叩いてきた。
「おはよっ、いっくん」
「ああ、あずさか。おはよう」
「昨日は無事に宿題終わらせられて良かったねえ?」
「そうだね。みんなに手伝って貰わなかったらどうなっていたことか……」
 まあ、その『どうなっていたことか』というのは知っていることなんだけれど。
「どうしたの、いっくん。ぼうっとしちゃってさ。もしかして熱中症!?」
「いや、そんなことはないから、落ち着いて」
 朝から熱中症になってしまったら、暑さのピークである昼にはどうなってしまうんだろうか。
 きっと動けなくなってしまうのだろうけれど。
 そんなことより。
「夏休み、結局ずっと部活動に出突っ張りだったよね。何というか、休んだ感じがしないというか」
 具体的には数日休みはあったのだけれど、そこでも何かいろいろと問題はあったりして。
 それは言わずもがな。解決はしたけれど、それ以上は言わないでおこう。
「……九月からも、UFOの観測は続けるつもりなのかなあ」
「そうじゃないと、宇宙研究部の意義がなくなっちゃうでしょ。だったら、部長自らが『部活動を活動停止する』ぐらい言い出さないと」
 そうだよな。
 そうじゃないとだよな。
 そうじゃないと、やっぱり宇宙研究部じゃないよな。
 未だ胚って三ヶ月程度しか経過していないけれど、そんな感じがしてならない。
「さ、急がないと遅刻するよ!」
「え? もうそんな時間?」
「そんな時間じゃないけれど、ゆっくりしているとショートホームルームには間に合わなくなる時間かな、ってぐらいだよ」
「それなら急がないと!」
 僕と彼女は走り出す。
 九月からの新学期も、良い季節になれば良いなと思いながら、僕達は一歩前に進む。

 

八月三十一日⑩

  • 2019/05/29 14:46

「今日は天体観測をするぞ!」
「部長、今日も、の間違いじゃないんですかー?」
 部長の言葉に、金山さんが茶々を入れる。
「五月蠅いな。そりゃそうかもしれないけれどさ。けれど、そういうのを言うのは野暮ってものだぜ」
「野暮でも何でも間違っていることを間違ったままにするのは良くないと思いまーす」
「それはそうかもしれないが……!」
 僕達の会話もいつも通り。
 宿題をやっていても、それが終わるところを見せてはくれない。
 いっそ誰かに手伝って貰えないと終わらないんじゃ……。
「…………思い出した」
「?」
「そうだ。そうだよ! 思い出したよ!」
「な、何だ。いっくん。急に大声を出して。暑さでとうとう頭がやられたか?」
「違います。……分かったんです。この窮地を脱する作戦が!」
 窮地と言っても、窮地に立たされているのは僕だけなんだけれど。
 エンドレスエイトに、やっぱり答えは残されていた。
 エンドレスエイトは、どのように解決した?
 答えはそこに見えていたじゃないか。どうして適当に海なんて行こうなどと思いついたのか。あのときの自分を恨みたいぐらいだ。
 だから、僕は恥を忍んで、こう言い放った。
「僕の宿題を、手伝ってください!」

   ※

「しかしまあ、良くもここまで宿題を溜め込んだものだよね」
 部長は深々と溜息を吐いたのち、そう言い放った。
 何を言われても構わない。ともかく、僕の宿題さえ終われば無事九月一日に行けるはずなんだ。確定事項ではないけれど。
 とにかく、永遠に過ごす八月三十一日だけは、、もう二度と送りたくない。
 だから僕は恥を忍んで、宿題を手伝って欲しいと言ったんだ。
 そうじゃなければ、何も始まらないから。

   ※

 宿題は、三時間かけて終わった。
 これで僕の夏休みは無事に終了した……。そう思うと、そのままぶっ倒れてしまいそうになりそうだったが、すんでのところでそれを堪えた。
「結局、いっくんの宿題を手伝っていたら疲れてしまったよ……。ちょっと休憩したら、いつも通り、屋上で天体観測と行こうじゃないか」
「あんたの場合は、天体観測というよりUFO観測だろうけれどね」
「良く分かっているじゃないか」
 そうして。
 僕達は夏休み最後の天体観測に勤しむ訳だ。
 あわよくば、これが終わりになってくれれば良いのだけれど。

 

八月三十一日⑨

  • 2019/05/29 03:20

 家に帰って、時刻は九時半。
 五時間分の夏休みの宿題が残されており、その宿題を片付けるのに必死になっていた。
 しかし、やっぱり遊び疲れたのか眠気が半端ない。
 普通ならそこで眠ってしまうものだろうけれど、そう簡単に眠気に誘導される僕でもない。
 簡単に眠ってしまったら、それはそれで抗っていないことを意味している。
 それは勉強に対する姿勢がなっていないということが意味しているのではないか?
 分かっている。そう簡単に物事が解決しないことぐらい。
 けれど、眠気には抗えないことだってことも分かっている。
 だったら、どうすれば良いのか?
 眠気の限界まで、勉強に励むしかない。
 終わらせることが出来なかった、夏休みの宿題に取り組むしかない。

   ※

 そして、幾度目かの八月三十一日を迎えた。
「今日も……八月三十一日か」
 僕は深い溜息を吐いたまま、宿題を鞄に仕舞う。
 どうせ片付かない宿題なのだ。学校でやってしまえば良いのではないか?
 そんなことを考えて、僕はそれを持って行った。
「おはよう、いっちゃん」
 階下に降りると、母さんがいつものように食事を作ってくれていた。
 何度目になるだろうか、このメニューも。
 そんなことを思いながら、食卓に着くと、パンを一囓りした。

   ※

 登校もいつも通り。
 だから、語るべきことではない。
 強いて言うなら、あずさがやってこなかったことぐらいだろうか。
 それぐらいの変化で、僕が八月三十一日を乗り越える何かを得ることが出来るだろうか。
 答えは見えてこない。
 けれど、それは、きっと一縷の望みになるに違いない――なんてことを僕は思ってしまうのだった。

 

八月三十一日⑧

  • 2019/05/29 02:27

 伏見あずさの家は、七里ヶ浜駅の近くにあるマンションの一室にあった。
 彼女は一人暮らしだったが、家に入ると、誰かが居る気配があった。
「……誰?」
「貴方が一番良く知る人物ですよ、伏見あずさ。いいや、ナンバーナイン」
 彼女を『ナンバーナイン』と言ったその存在は、ゆっくりと影から出てきた。
 黒いスーツに身を包んだ女性だった。サングラスをかけていた彼女は、いったいどういう人間なのかは分からない。
 しかし、伏見にはそれが誰であるか分かっていた。
「マスターチーフ。……いったいどうして今日はやって来たというの?」
「貴方の存在、貴方の居る意味。分からないとは言わせない」
「……とどのつまり、時が近づいたと言いたいのね?」
「その通り。貴方がやるべき時間が、遂に迫ってきている、と言いたい訳だ」
「いつ?」
「九月から本格的に始動するでしょうね。……それともう一つ」
「もう一つ?」
「あなた、『タイムリーパー』を使っているわね?」
「…………、」
 伏見は何も言わなかった。
「タイムリーパーを一般人に使うことがどれ程の悪影響を及ぼすか、貴方も知らない訳ではないでしょうに! どうして貴方はタイムリーパーを使ったのですか!」
「…………それは、」
「まさか、貴方、人間に情が湧いたなんて言わないでしょうね?」
「!」
「……図星、ね。残念ではあるけれど、はっきり言ってそれは間違いよ。我々にとって、人間との邂逅は確かに有意義なものかもしれない。カミラ博士もそう言っていた。けれど、それはあくまでも『きっかけ』に過ぎない。普通の人間にとってみれば、単純なことかもしれないけれど、私達にとってみればそのきっかけ以上のことをしてはならない。それぐらいは、貴方も重々承知のはず」
「分かっているわ。けれど、これは重要なセンテンスだったのよ」
「タイムリーパーを一般人に使うことが、ですか?」
「タイムリーパーの使用回数は未だ限界を超えていないはずですよ」
「越えていようが越えていまいが、一回使うだけで副作用に問題があるのですよ」
「副作用はそれ程問題ではないはず。……せいぜい、記憶の欠如が見受けられるぐらいでしょうか」
「だとしても、です。それを『なかったことにしなければ』ならない。それが我々の役目なのですから。九月以降、貴方には頑張って貰わなくてはなりません。たとえ、タイムリーパーを一般人に使うということがあったとしても」
 そう言って、彼女は家を出て行った。

 

八月三十一日⑦

  • 2019/05/29 02:08

 バーベキューも終わり、時刻は午後八時を回った辺り。すっかり片付けを済ましており、着替えも済ましている状態になっていた僕達は、一緒に江ノ電に乗り込んでいた。
 流石にこの時間にもなれば江ノ電も空いていて、椅子に座ることが出来た。とは言っても数駅だから立っていても何ら変わりないのだけれど。それを考えたところで、僕は思い出していたのだが、他のメンバーが腰掛けたので仕方なく椅子に座ったといった次第だった。
「……そういえば、宿題終わった?」
「終わったよ」
「終わったよ、当然だろ?」
「終わったよ。……その質問をするってことは、いっくんは全然終わっていないってこと?」
「そうだよ、悪いかよ」
「悪くはないけれど、宿題はきちんと終わらせた方が良いと思うよ」
「そりゃ分かっているけれどさ! ……帰ったらやるよ、帰ったら」
「ほんとうに?」
「僕が嘘を吐いたことがあるかい?」
「あるかどうかと言われたら、ないと思う」
「だったら、大丈夫だろ。それぐらい理解してくれよ」
『間もなく、七里ヶ浜でございます。お忘れ物御座いませんよう、ご注意ください』
 アナウンスを聞いて、僕達は立ち上がる。
 やがて、七里ヶ浜駅のホームに到着した電車から降りて、僕達はICカードの簡易改札機のSuicaをタッチする。
「それじゃ、また明日」
 部長の言葉を聞いて、手を振る僕達。
 僕とあずさも別れて、僕だけに相成った訳だ。
 相浜公園を歩いていると、ブランコにまた『あいつ』が居た。
「御園、芽衣子……」
「どうした? やっぱりお前は俺を呼ぶときはフルネーム限定なのか?」
「フルネームでしか呼べないだろ、お前のことなんか」
「ほら。お前と呼んでくれた。未だ若干良い方だ」
 御園は笑みを浮かべて、俺にパンを一切れ差し出してきた。
「残念ながら、夕食は済ましてきたばかりでね」
「焦げ臭い匂いが染みついていらあ。バーベキューか何かしてきたのか?」
「ご明察」
「バーベキューとは随分と立派なことをしてきたものだね。全くまあ、俺みたいな人間にゃ出来ないことだ」
「そりゃ、殺人鬼の君には出来ないことだろうね」
「俺だって好きで人を殺しているんじゃない。金を貰うから人を殺すんだ」
「殺し屋みたいなものだったっけ?」
 こくり、と頷く御園。
「でも、それが何だって言うんだ? それ以外は普通の人間じゃないか。それに、君が殺したという証拠は一切残っちゃいないんだろ? だったら普通の人間のように暮らしていけるじゃないか。……それでも出来ないのか?」
「出来ないねえ。俺は戸籍を持たないから」
 戸籍、か。
 そりゃ一番の問題だな。
 御園の話は続く。
「それに、俺は普通の生活なんてできっこない。だったらこんな風に鼻つまみ者でも生きていくしかないのさ。それが俺の生きていく道なら、致し方ないって訳だよ」
「そういうものか」
「そういうものだ」
 ブランコから降りる御園。
 そうしてそのまま彼女は立ち去っていった。
 何のために彼女はここに居たんだろう――そんなことを思いながら、僕は家に帰るのだった。

 

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