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2019年05月26日の記事は以下のとおりです。

孤島の名探偵 ⑭

  • 2019/05/26 20:55

 後日談と言えば、もう一つ。
 八月一日。
 この日は、学校で部活動のある日だった。
 そもそも文化部であるこの宇宙研究部に何があるのか、という話だが、実際には夕方から校舎の屋上(勿論、許可は取ってある)にて天体観測兼UFO観測を行うためにやって来たのだった。
 そんな僕達を部室で待ち構えていたのは、メイド服の似合うあの女性――桜山さんだった。
「桜山さん!?」
「はーい、改めまして桜山杏奈です。この学校で数学の授業を務めています。勿論、会ったことはないかもしれないけれどね」
 確かに会ったことはない。
 もし出会っていたらもっと反応が違っていたはずだ。
「二年生から三年生の数学を担当しているからね。一年生である貴方達には分からないことだっただろうけれど」
「ということは、金山さんは知っていたんですか?」
「ええ、最初からね。けれど、『言うな』とあいつから言われていたから」
 あいつ、というのは部長のことだろう。
 部長め、いい加減にしろ、と思った。
「ところで、どうして桜山さんはここに居るんですか? そして、どうして桜山さんはメイド姿なんですか?」
「一つ、ここに居る理由は私がこの部活動の顧問だから! 二つ、それは私の趣味だから!」
「いや、趣味、って……」
 正直言って、メイドをすることが趣味の先生なんて聞いたことがない。
 変態と言っても過言ではないだろう……。それは言いすぎかな?
「今、私のことを変態と思ったのではなくて?」
「な、なぜそのことが分かったんですか!」
「分かるわよ。だってそのオーラがぷんぷんするんですもの!」
「いや、オーラってどういう理屈ですか、オーラって」
 オーラで人の考えていることが分かるなんて、そんなこと聞いたこともない。
 いや、聞いたことがあっても胡散臭いと思ってしまうのは当然の理屈だろう。
 そもそもメイド趣味の先生なんて聞いたことがない。
 あ、これは二回目か。
「二回も同じことを考えたわね。二回も!」
「いや、マジで分かるんですか、オーラって凄いなこりゃ……」
 オーラを消すにはどうしたら良いんだろう。はっきり言って、他人に思考が読み取られるって気持ちが悪い。出来ることならそれを辞めて貰いたいぐらいだ。
「気持ちが悪いってどういうことよ、気持ちが悪いって。……ま、あまりこの力を使わない方が良いってことは分かっているし、これ以上は使わないことにするわ。その代わり、この力のことは内緒にしておいてね?」
「は、はあ」
 内緒にしておいて、と言われても。
 きっと信用してくれる人が居るとは到底思えない。
「さあ、夏休みも折り返しよ!」
 桜山さんは告げる。
「宇宙研究部も盛り上がっていきましょう! 秋の文化祭に向けて何かやらないといけないしね……。やるとしたら、今年も新聞発行かしら? 写真の掲載もしても良いかもね? 何でも、写真を撮ることが出来たのでしょう! UFOの写真を!」
 ああ、この人もやっぱりUFOに愛着を持っているのか。
 というか、そうじゃなきゃ宇宙研究部なんて変な部活動の顧問なんてやるはずがないか。
 そんなことを思いながら、僕は紙パックのオレンジジュースを飲み干すのだった。
 夏は未だ始まったばかりだ。
 暑い暑い夏は、今も未だ続いている。

 

孤島の名探偵 ⑬

  • 2019/05/26 20:37

 いやいや。
 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!
 どういうことだってばよ!
 狂言? ということはこれまでのことは全て嘘だった?
 そんなことが有り得てたまるか、有り得るはずがあるものか!
「……あー、どうやらかなり落ち込んでいるようだけれど、要するに、これは嘘だった、ということなんだ。とどのつまりが、今までのことは君の新入部員の祝いだと思ってくれれば良い」
「いやいや、そんなことを言われても……」
「言いたいことは分かっている。分かっているが、全て事実だ。受け入れろ」
「ってことは僕が言っていたことも全部聞こえていた、と?」
「マイクがついているものでね。残念ながら、全て聞かせて貰ったよ」
「それじゃ、僕の推理を笑いながら聞いていたんですか、貴方達は!」
「笑いながら、とは言わないが、笑う程のことではあったな。おー、上手く誘導されているな、なんてことを思っていたりしていたよ」
「馬鹿野郎!」
 思わずそんなことを部長に投げかけていた。部長は二年生で僕は一年生。埋まるはずのない、一年の壁を悉くぶち破っていくその言葉。はっきり言って、僕にとって最低最悪の出来事であることには変わりないだろう。
 というか、最悪の出来事だ。
 普通、考えたところでそれがどうこうなるかって話になるのだけれど、冷静に考えてみて、僕の考えがまともになるのかと言われれば、ならないというのが自明の理だろう。
 なるはずがない。
 なれるはずがない。
「……おーい? まさか本気で怒っている訳じゃないよな? 確かに騙したのは悪かったけれど、少しは諦めを持ってくれよ。そうじゃないと、宇宙研究部で、いや、この学校でやっていけないぜ?」
 ニヒルな笑みを浮かべた部長は最高にクールだった。
 いや、クールというよりか。
 悪魔のような笑みを浮かべているように見えた訳であって。
 それがどう考えたって、やっぱり悪魔のようにしか見えないのだった。
 それが、僕の勘違いであったとしても、それはきっと間違いではないのだろう。

   ※

 エピローグ。
 というよりただの後日談。
 最終日であった今日は午後に神奈川に帰ることになっていた。
 昼食を頂いて、僕達は頭を下げる。
「ありがとうございました、桜山さん」
 僕の言葉に、何のことかな? と言う。
 はて、そんなことを言ってくるとは思わなかった訳だけれど。
「桜山さんはいつか必ず会えるのですっ! 二度と会えないなんてことは有り得ませんよ」
 何だかキャラクターが変わってしまっているような。
 まさかあのキャラクターも『作っていた』ものだっていうのか。
 もう何を信じたら良いのかさっぱり分からない。
 桜山さんの言葉を聞いて、部長はゆっくりと頷いた。
「そうだぞ、いっくん。必ずいつか会える差。そう遠くないうちにね」
 そう言って。
 まるでまた会う機会が用意されているかのように。
 その後、桜山さんと僕達は船に乗り込み、横須賀の漁港に向かって船を動かし始めるのだった。

 

孤島の名探偵 ⑫

  • 2019/05/26 18:56

 昔から、僕の周りでは不思議なことが良く起こると言われていた。
 小学校の頃は、常に行楽のときは雨が降っていた。
 小学校の頃は、運動会は常に雨が降っていた。
 僕が関係する行事になると、結局何らかの影響で中止になった。
 それが、僕のせいなのか、僕にまつわる何かのせいなのかは分からない。
 分からないけれど、子供というのは無慈悲に傷つけることが出来る存在である。
 気づけば、僕という存在は、傷つけられて当然みたいな感じに収まっていた。
 先生もそれを止めなかった。
 家族もそれを止められなかった。
 だから僕は不登校になった。
 それが何のためなのかは分からない。
 それがどうして起きるのかは分からない。
 けれど――だけれど、僕は、悪いことを呼び寄せるんだって。そういう星の下に生まれたんだって、言われてしまえば、それまでのことなのかもしれないけれど。
 けれど――、不思議なことが起こるのは、ずっと昔からのことだった。
 中学に入って、転校が決まった。
 父は料理人だった。料理人ということは寮とか、食堂とかに専属で入ることになる。
 そして、父の所属先は――瑞浪基地だった。
 瑞浪基地。
 UFOの噂が絶えない、謎の自衛隊基地。
 その自衛隊基地と縁があるというのは、やはり僕の課せられた運命なのだろうか。
 それは分からない。
 語り手が、信頼できない語り手になってしまうのは、セオリーとして失敗だ。
 だとしたら、物語が変な方向に進んでしまう。
 それだけは避けなくてはならないと思った。
 それだけは避けるべきであると思った。
 それだけは避けていかねばならないと思った。
 であるならば。
 僕は岐路に立つ。
 このまま、無視されて生きていくべきか。
 その星の下に生まれたことを受け入れるか。
 そんなことを考えている矢先に――あずさに出会った。
 彼女は宇宙研究部に入ろうと僕を呼んだ。
 僕の過去を知らない、唯一の人間が、僕のことを、受け入れてくれた。
 それが僕にとって、どれだけ嬉しかったか。
 それが僕にとって、どれだけ喜ばしかったか。
 それが僕にとって、どれほどの喜劇だったか。
「……ふうん、成程ね」
 僕の空間は破壊される。
 ヒビが入り、破滅していく。
 その先に広がっているのは――無。
 紛れもない――無。
 落ちていく。永遠に落ちていく。
 その先に何が広がっているのかは――誰にも分からない。

   ※

 気づけば。
 僕は池下さんに今までのことを吐露していた。
 僕は池下さんに心を許してしまっていた。
 探偵が犯人に心を許すなんて、ミステリーの中では御法度と言ってもいいぐらいだったのに。
「でも、それはきっと偶然だよ。君が、そう『思い込みが過ぎる』だけに過ぎない。相手もそうだ。そういう風に『思い込んだ』だけだ。俺達がUFOを見つけたのも、偶然だ。君が居たからじゃない。そもそも、あの瑞浪基地は昔からUFOの飛び交う噂が絶えなかった。ただそれだけの話だ。UFOについて、君が考えるべき話題ではない。UFOについて、君が考えるべき話ではない。一は全、全は一。全ては巡り巡ってくるものなのだから」
「……そうでしょうか」
「そうだよ」
 池下さんは立ち上がる。
「…………話を聞けて良かったよ、探偵役としては随分と立派なことだったんじゃないかな。俺達もこの『名演技』を見られて良かったと思っているよ。なあ、そうだろう? みんな」
「……は?」
 そう言って。
 入ってきた人間の顔を見て、僕は面食らった。
 だって入ってきた人間は部長、金山さん、アリスに――あずさと桜山さんまで居たのだから。
「な、なんで……。二人は死んだはずじゃ……」
 まるで殺し損なった犯人のような台詞を吐いてしまう僕。
「どういうことなんだ? 僕は、僕達は、確かに彼女達が死んだのを目の当たりにしたはずだ! だのに、どうして! どうして、君達は生きているんだ? いや、生きていて悪い訳じゃないけれど……。全然理解できない! 理解できるはずがない! ちょっと待ってくれ、頭を整理させてくれ……」
「いいよ、整理する時間はたくさん与えようじゃないか」
 言ったのは部長だった。部長は優しい表情で僕を見つめていた。
 全然理解できない。
 いったい全体、どういうことだって言うんだ?
 この事件――まさか。
「まさか――この事件は『狂言』だったっていうんですか?」
 その問いに、部長はゆっくりと頷いた。

 

孤島の名探偵 ⑪

  • 2019/05/26 18:38

 これからは解決編。
 至ってシンプルな物語であろうとも、推理物ならばいつか解決編はやらなくてはならない。解決編のない推理物など、セオリーに違反するからね。
 だから、この物語はいずれ終わる。
 やがて、この物語は終わりを迎える。
 けれど、この物語の終わりを聞いたとき、心底悲しむかもしれないけれど、それはそれで、受け入れて貰うのがセオリーってものだと思う。
 セオリーセオリー五月蠅いって?
 仕方ないだろ。それも語り手のセオリーだ。
 さあ、これからが解決編。
 最後までこの物語を――見送って欲しい。

   ※

「池下さん」
 池下さんは、意外にも素直に僕の言葉を受け入れてくれた。
 というか、そんなことよりも、と言いたげな表情を浮かべていた。
 何が言いたいのかさっぱり分からなかったけれど、何をしたかったのかさっぱりと分からなかったけれど、いずれにせよ、今回の事件の犯人と向かい合っているのだ。今は神経を研ぎ澄ませなくてはならない。人間と人間同士の戦いであり、犯人と探偵の戦いだ。
 フーダニットは既に終わっている。
 今は何故やったのか、ということについて質問する番だ。
「先輩。フーダニットは既に終わっているんですよ」
 僕は、思っていることを、繰り返す。
 ふふっと笑ったような気がした。
「今は、ワイダニットに関する時間だ、と言いたいのか?」
 フーダニットとワイダニット。
 どれもミステリーに関する用語であり、ミステリーに関する単語であり、ミステリーに使われる手法である。
「そうです。先輩」
「お前が俺のことを先輩と呼ぶのも、初めてのような気がするな」
 そうだろうか。
 言われてみれば、確かに普段はさん付けで呼んでいるような気がする。
 それが僕のセオリー。
 それが僕の考え。
 それが僕の持論。
「……先輩と呼ぶことに抵抗でもあった、とか?」
「今は僕の過去を語る場面ではありませんよ、先輩。今は貴方が語る場面なんです」
「果たしてどうかな?」
 先輩はこのような不利な状況においても、なおも自分目線で立とうとする。
 それを、なんとかして僕の目線に持ち込んでいく。
 そのためにも、先ずは話を進めていかねばなるまい。
「君の過去についても、少しは触れても良い機会じゃないかな、と思うんだよ。なぜこのタイミングで転校してきたのか。それはほんとうに転校なのか、果たして転校と言えるものなのか?」
「……何が言いたいんですか、先輩」
「とどのつまり、だよ」
 先輩――ああ、もうややこしい――池下さんは話を続ける。
「君の存在は、UFOを呼び寄せるんじゃないか、ってこと。不思議なことを呼び寄せる中心にあるんじゃないか、ってこと。それを、俺は、君に問いたいんだ」

 

孤島の名探偵 ⑩

  • 2019/05/26 14:59

 その日の夕食は、備蓄食料を使って調理された。
 というか正確には昼食からそうだったのだけれど、料理が出来る金山さんとアリスが(アリス、料理が出来るのが意外である)料理をしてくれた。缶詰主体の料理だったが、案外楽しめるものだった。
 しかし、会話はゼロだった。
 当然と言えば当然だろう。殺人犯がこの中に隠れていると分かっていれば、会話が弾む訳もない。
 会話はゼロのまま食事は終わり、そのまま部屋に戻っていった。
 部屋に入ると、寝るしかなかった。
 けれど、寝付けなかったから、何とか頼んで入れて貰った『ハーモニー』を読み進めることにした。
 途中まで読み進めた辺りで、漸く眠気がやって来た。
 ああ、やっと眠ることが出来る。
 そう思って、僕は眠りに就いた。
 出来ることなら、明日は何も起きませんように。

   ※

 しかし、僕のそんな願いは、無残にも打ち砕かれることになるのだった。
「うわああああああっ!!」
 部長の叫び声を聞いて、僕は部屋を出る。
 見ると、部長があずさの部屋の前でひっくり返っている。
「どうしたんですか、部長!」
「ふっ……、ふっ……、ふっ……、伏見……さんが……!」
 部屋の中を見ると、あずさが部屋の中で血の海の中に倒れていた。
 背中にナイフを突き刺された状態になっている彼女は、もはや血の気がないように見受けられた。
 そして、同時に。
 それが連続殺人事件であることを象徴付けられてしまうのだった。

   ※

「まさか、あずささんまでも死んでしまうなんて……」
 食堂。
 集められたメンバーを見て、僕は深々と溜息を吐く。
 溜息を吐くのも致し方ない、と言ったところであろう。今や全員は意気消沈としている様子だ。しかもその被害者が犯人と疑われていたうちの一人であり、さらにそのうちのもう一人は完全に監視下にあったということで、殺人が不可能ということが立証されてしまっているのだから。
「……また、アリバイを確認させてください。良いですか?」
 僕の言葉に、全員は頷くことしか出来なかった。
 頷くことばかりしか、出来ないのだった。

   ※

 部長は落ち込んだ様子で僕の受け答えに応じていた。
「部長。今は落ち込んでいる場合じゃありません。アリバイについて、そして彼女の死体を見つけたときの様子について教えて貰えないでしょうか?」
「……夜は、ずっと蔵書室に居た。自分の監視時間が午前六時以降だったからだ」
「それより前に監視していたのは?」
「池下だ」
「蔵書室には他に誰か居ましたか?」
「高畑と……金山も居たはずだ。会話もした。だからそこに居たのは間違いない」
「そうですか。ということは、その時間犯行が可能だった人間は、自ずと一人に絞られますね」
「待て、待ってくれ! 何かの間違いだ! 池下が……あいつが、そんなことをするとは考え難い! きっと、きっと何かの間違いなんだ!」
「それは池下さんに直接聞いてみることにします。ですから、貴方はもう話を聞くことはないでしょう。ありがとうございました。お帰りください」
「待て、待ってくれ、待ってくれよお!!」
 部長の叫びも、僕には届かない。
 今は、犯人候補である池下さんとの会話に臨まなくてはならない。

 

孤島の名探偵 ⑨

  • 2019/05/26 14:44

「…………という訳で、最後はアリスな訳だけれど」
「…………そう」
「アリバイを教えて欲しいんだけれど」
「…………アリバイ?」
「アリバイ。いわゆる、存在証明という。何処で何をしていたか、ってことを教えて欲しい訳なんだけれど」
「…………だったら、蔵書室に居たけれど」
「蔵書室か。だったら金山さんも居たんじゃないか?」
「…………居たかもしれない」
 しれない、って。
「ずっと本を読んでいた、ってらしいけれど」
「…………うん」
「何を読んでいたんだい?」
「…………『方法序説』」
 デカルトのかよ。
 何でそんなもの置かれているんだ。
 別荘の持ち主の趣味なんだろうか。
「……他には、どんな本を読んでいたんだ?」
「…………何で、私の読書に興味を持っているの? アリバイとかどうこう言っているのはどうなったの?」
「アリバイのことはとにかく一回棚に上げることにしよう。今は、どんな本を読んでいたのかということについて興味が湧いているんでね」
「…………『ドグラ・マグラ』」
 それ、日本探偵小説三大奇書の一つだよな?
「あと『黒死舘殺人事件』」
 それを二冊も!?
「『虚無への供物』も読もうと思ったんだけれど、時間がなかった」
 なんてこった、三冊全部揃っていやがったのか!
 それにしてもますますこの別荘の持ち主の趣味が分からない。部長の親戚とか言っていたけれど……どういう人間なんだろう?
 いやいや、今はそういう問題じゃない。
 アリバイについて、確認せねば。
「……アリバイについて話を戻そうか。結局、君は本を読んでいた。それで悲鳴を聞いてあの場所に向かった。それで相違ないかい?」
 こくり、と頷くアリス。
 だったら答えは見えてくる。
 信じたくないけれど、信じるしかない。
 何せ――今アリバイが証明出来ないのはただ一人、あずさだけだった。

   ※

「……ありがとうございました、皆さん。おかげでアリバイを確認することが出来ました」
「それで、分かったのかね、犯人は」
 部長は急かすように、僕に問いかける。
「まあまあ、結論は待ってください。先ずは僕が話をしてから、ということで」
「ふむぅ」
「先ず、あずさは自分の部屋に居た、と証言しました。しかし、誰とも一緒に居なかったため、証言は無効になります。何せ証人が居ませんから」
「そんな……」
「続いて、部長ですが、池下さんと一緒にカメラ談義をしていた、と言っていました。池下さんも言っていたのでお互いがお互いに証人になります」
「成程」
「そして金山さんですが、アリスと一緒に蔵書室に居たと言っていました。そして、アリスも同じように言っていました。なのでこちらもお互いがお互いに証人になります」
「では……残されたのは」
「そして最後に、この僕」
 自分を指さして、さらに話を続ける僕。
「僕もまた自分の部屋で眠っていました。悲鳴を聞いて起き上がって食堂に向かったので、こちらも証人は居ません」
 いくら探偵役とはいえ、アリバイを明白にしておかねばならない。
 これは推理物のセオリーだ。
「ならば、証人が居ないのは伏見くんといっくんということになるのか……?」
「そうなります。ですが、僕はやっていない。しかしながら、そう証明出来る証拠がない。続いて、あずさについても証明出来る証拠がない」
「確かに」
「そこで提案なのですが、僕の部屋に僕とあずさを閉じ込めて、残りの全員が部屋の外に出ないように監視するのはどうでしょうか?」
「……いやよ、私は。一緒の部屋に居るなんて。別々の部屋に行くなら良いけれど」
「だったら部屋を交換しませんか? 部長の部屋に僕を、池下さんの部屋にあずさを。ちょうどこのように」
 持っていたノートに、すらすらと書き連ねていく。

 僕 あずさ 金山さん 池下さん アリス 部長 階段

「これなら、監視出来るのではありませんか?」
 僕の言葉に、全員はゆっくりと頷いた。
 こうして。
 僕とあずさを監視するシステムが構築されていくのだった。

 

孤島の名探偵 ⑧

  • 2019/05/26 10:02

 二人目は池下さんだった。
「それじゃ、貴方のアリバイを聞かせて頂けますか?」
「野並に話を聞いたんだろ? だったら、あいつも言ったと思うけれど、カメラ談義をしていたんだよ。朝まで」
「証人は、お互いがお互いを証人としている、といった感じでしょうか」
「ああ、そういうことになるな。……ああ、それと、朝方に桜山さんに会っているよ。掃除をしている、彼女にね」
「……何ですって?」
 そいつは初耳だ。
 部長のアリバイを確認したときには、そんな情報入ってこなかったはずだ。
 確かに、この部屋同士の壁が薄いという訳ではない。だから廊下の声は聞こえなかった、と言われればそれまでだ。
 しかし。
 しかし、だ。
「彼女の様子はどうでしたか?」
 先ずは話を聞かねば話にならない。
 僕は、桜山さんを殺してしまった犯人を突き止めなくてはならない。
「彼女の様子? ……うーん、普通だったような気がするけれど。変な様子は特に見られなかったよ」
「それじゃ、彼女が死んでしまった理由には結びつきそうにないですね……」
「だと思うよ。……実際問題、彼女は普通に過ごしていたと思う。まるで数時間後に殺されるとは思ってもいなかったかのように、気丈に振る舞っていたよ」
「成程……ね。だったら、その話はなかったことにしましょう。あまり関係性のなさそうなことでしょうから。……だとすれば、やっぱり貴方も関係性はないということでしょうね」
「そもそもの問題だが」
 池下さんは僕に質問を投げかける。
「僕が彼女を殺す動機があるのかね?」
「動機?」
「普通に考えてみろ。僕は昨日出会ったばかりなんだぞ。昨日出会ったばかりの人間を殺そうという動機が見えてくる訳があるまい。……そういうことだ。だから、僕は決して人を殺そうなんてことはしない。それは分かっていることだと思うけれどね。まあ、数ヶ月の付き合いだからそれぐらい分からないかもしれないけれど」

   ※

 三人目はあずさだった。
「あずさ、教えてくれ。お前のアリバイを」
「アリバイ、なんて言われるとまるで犯人みたいな言いがかりをつけられているような気分だけれど」
「それは申し訳ないんですけれど、全員に聞いている訳なので。だから、それについては、仕方ないと思ってください」
「全員に? ……まあ、そうでしょうね。誰が殺したか分からない以上、全員に話を聞いた方が都合が良いでしょうね。……ところで、金山さんには話を聞いたの?」
「ああ、未だ聞いてないですね。次に話を聞くことにします。……何せ、一度犯人と疑ったものですから。もしかしたら、犯人じゃないのかもしれない」
「だから除外したって? 探偵役にしちゃあ、頭が悪いんじゃないかな?」
「……そう言われると何も言い様がないですね。だったら、話を続けましょうか。……アリバイを教えてください」
「私は、自分の部屋で眠っていたよ。多分いっくんと同じように、悲鳴で目を覚ましたんじゃないかな。残念ながら、証人は誰一人として居ないよ」
「……だったら、犯人として疑われても仕方ないですよね」
「ちょっと、いっくん」
「うん?」
「私を疑うのは良いけれど、真実だけはきちんと見極めてよね」
 その言葉は、僕の胸にじんと響いた。

   ※

 四人目は、金山さんだった。
「順番を変えたことに、理由はあるの?」
「いや、特にないんですけれどね」
 忘れていた、なんて言ったらなんてことを言われてしまうだろうか。
 あまり言わない方が身のためだろう。
「で? アリバイを教えて欲しい、って話だったよね」
「そうなんですよ。アリバイを教えてください」
「と言ってもなあ、私は朝からずっと蔵書室に居たよ。高畑さんも一緒に居たかな」
「アリスも?」
「そう。だからあの子もそう証言してくれると思うよ。それでコーヒーでも飲みたくなったから、食堂に向かったら……あの様だったって訳さ」
「成る程」
「だから分かりきった話なんじゃないのかな?」
「え?」
「私を犯人に仕立て上げようったって、全ては無駄だって話さ。……まあ、誰がそれを仕立て上げようとしているのかは分からないけれど」
「そんなこと! ……あのときはほんとうに申し訳ないと思っています」
「何。誰だって間違いはあるよ。私も特に怒っちゃいない。……後は誰が残っている?」
「後はアリスだけですね。と言っても彼女とまともに会話をしたことがないのでなんとも大変なことではありますけれど」
「分かるよ。彼女、無口だもんね。ずっと難しい本を読んでいたよ」
「……そうですか」
 僕は、これで四人の証言を聞き回ることが出来た。
 最後の一人、アリスの証言を聞けば、全てが纏まる。
 それで全てがお終いだ。それで全てが終わりだ。
 だから、僕は探偵役に徹するしか道がない。
 そして、僕達から出てくる犯人を出していくしか道はない。
 残り二日、僕達が生き抜くために。

 

孤島の名探偵 ⑦

  • 2019/05/26 09:20

 最初に疑うべしは、第一発見者。
 それが推理物のセオリーとなっている。
「金山さん、先ずは貴方から話を聞かせてください。貴方が見つけた時の状態と、今の状態は一致していますか?」
「あ、ああ。一致している。背中からナイフを突き立てられている状態だ。そして辺りは既に血の海だった。……それ以上でも、それ以下でもない」
 もしその証言が嘘ならば、全てが否定されることとなる。
「嘘ではありませんね?」
「嘘を吐くつもりはない」
 ならば、それに従おうと思った。
 ならば、それが正しいと誓った。
 ならば、それが有り得ると願った。
「ならば、それが正しいのでしょうね」
 僕は言った。
 いわば、名探偵シャーロックホームズの如く。
 いわば、名探偵エルキュールポアロの如く。
 いわば、名探偵明智小五郎の如く。
 それが明晰な回答かどうかは分からない。
 それが正確な回答かどうかは分からない。
 それが確立した回答かどうかは分からない。
 けれども。
 僕の中では、それが正しいと思っていた。
 ならば、それが正しいと認識しているのだというのであれば。
 それが、正しいと思わせているのであれば。
「僕は、信じますよ。貴方の言葉を」
「……そう言って貰えると、大変助かる」
 金山さんはほっとした表情を浮かべて、僕に感謝の気持ちを伝える。
 しかしながら、唯一の手がかりを失った気分だ。
 第一発見者が疑うべき存在でなくなったというのであれば、全員のアリバイを聞かなくてはならない。
 僕を含む、全員の。

   ※

 僕の部屋。
 そこが簡易の取調室となった。
「先ずは、貴方のアリバイを聞かせて貰えますか?」
「……僕のアリバイ、ねえ」
 第一被疑者、部長。正式名称、野並シンジ。
「僕は、蔵書室で本を読んでいたよ。コナン・ドイルの『緋色の研究』。名前ぐらいは聞いたことがあるんじゃないか?」
「……シャーロックホームズの初登場作品でしたね。あまりにも偶然が良すぎるチョイスだとは思いますけれど」
「そうかい?」
「ちなみにその時間は?」
「午後九時ぐらいじゃないかな。君たちと別れて直ぐのことだよ」
「それじゃ、死亡推定時刻とは乖離がありますね。……とは言っても、素人目に見た死亡推定時刻ですけれど。桜山さんが死んだのは、血の量からして恐らく今朝方。では、その時間に部長はいったい何をしていたのですか?」
「カメラ談義をしていたよ。池下と一緒に」
「それは何処で?」
「僕の部屋で、だよ。それを証明出来るのは、池下くんだけだと思うけれどね」
「ならば、池下さんに聞けばそのアリバイを証明出来るということですね?」
「まあ、そういうことになるかな」
「ちなみにカメラ談義をしていたという時間は?」
「午後十一時ぐらいから朝方までだったと思うよ。朝になったから、お互い少しは仮眠程度に眠っておこうという話をしていたところだったのは覚えている」
「それが正しいなら、二人のアリバイは証明出来ますね……。それじゃ、一先ず、部長は退場してください」
「良いのかい?」
「これ以上、聞く必要がありませんから」
「それじゃ、僕から質問させてくれないかな?」
「何でしょう?」
「どうして、君が探偵役に徹しているんだい?」
「……それは、何故でしょうね。『神のみぞ知る』と言ったところじゃないですか? 主人公の特権かもしれませんけれど」
 そう言って、部長は納得したかのように頷くと、そのまま外へ出て行った。

 

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