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2019年05月27日の記事は以下のとおりです。

殺人鬼、御園芽衣子 ⑧

  • 2019/05/27 23:33

「温い」
 想像通り、アイスココアを飲んだあずさは開口一番僕にそう文句を垂れた。
「ゴメン……。コンビニに行ったら、ちょっと会話が弾んじゃって」
「誰と?」
「えと……、コンビニの店員と」
 嘘を吐くしかなかった。
 流石に殺人鬼と一緒に居ました、なんて言える訳がなかった。
「そういう訳で、今回の飲み物はいっくんの奢りね」
「えー?」
「だって温くなっちゃったんだし。私が頼んだのアイスココアだよ? どうして温いココアが届いちゃう訳? それだけでおかしい話だとは思わない?」
 疑問符の連発に僕は戸惑う。
 というか、仕方ないんだ。許してくれ。
 ……百五十円の飲み物で延々とちまちまと文句を垂れていても、それはそれでどうかと思ったので、僕はそれを受け入れることにした。
 僕は、その奢りという条件を受け入れることにするのだった。

   ※

 天体観測は空振りだった。
 こう毎日続けても何も成果が得られないなら、十六日の登校日だけの部活動だけで良いんじゃないか、なんてことを思ってしまうレベルだ。部活動といっても、県大会とか地区予選とかある部活動は毎日部活動をやっている。けれど、僕達宇宙研究部にはそんな県大会だとか地区予選だとかある訳がない。そもそも他の中学校に宇宙研究部があるのか分からない。となると、やっぱり僕達にとってみればモチベーションの減退に繋がる訳であって……。
「仕方がないから今日は終わりにしよう。明日もやるからそのつもりでね」
 嘘だろ。休みなしかよ。
 毎日弁当を作って貰っている親の気持ちにもなって貰いたいものだ。
 そんなことを思いながら、僕達は解散することになった。
 僕達は、帰宅することになるのだった。

   ※

 その日の夜。というか帰り道。
 あずさは部長達と残って片付けをすると言っており、僕は一人で帰ることに相成った。
 僕も残って片付けをすると言ったのだが、あんまり残ると私的に困るのよね? と桜山先生が言ってきたから仕方がないことだった。というか、だったらさっさと一年生を帰すか先生の車で帰して欲しいものだ。それが叶わないのは残念ではあるけれど(過去に一度言ってみたら、先生は自転車で出勤しているから駄目です! と言われてしまった)。
 いつもの公園に、アリスが立っていた。
「アリス? どうしてこんなところに……」
 確かアリスも帰って良いという指示を受けていたはずだった。だから今は一緒に家に向かっていたはずだったのだが――。
「おーい、アリス。何しているんだ?」
 僕の言葉に、一瞬そちらを振り向いたアリス。しかし直ぐに元の方角に向き直して、また歩き始めていった。
「おーい、おーいってば!」
 僕はアリスに走って追いついた。
「…………何?」
「一人で歩くなんて危ないよ。親とか呼んだら? それとも僕が家まで送ってやろうか?」
「…………良い、別に」
 ぷい、と向いてそのまま歩いて行った。
「でも危ないぜ。最近は連続殺人鬼とか出てきているし……」
 でもそれは殺人鬼本人から否定されてしまったけれど。
「…………大丈夫、問題ない」
 それ、死亡フラグって知っているか?
 言おうと思ったけれど、それ以上は言わなかった。
 あまり押し通すのもどうかと思ったので、僕はそのままアリスを見送ることにした。
 アリスが角を曲がって見えなくなるまで、僕は彼女を見送ることしか出来ないのだった。
 ああ、きっと部長とかに言ったら意気地なしなどと答えるのだろうな。
 そんなことを思いながら、僕もまた家に向かって歩き出すのだった。

 

殺人鬼、御園芽衣子 ⑦

  • 2019/05/27 23:18

 ちょっとコンビニに用事があった。
 と言っても、夏休みは購買が休みなため、どうしてもコンビニに行かないと買い物が出来ない訳であって。
「あ、じゃ、いっくん、アイスココア買ってきて。後でお金は払うからさ」
 ……そういう訳で、買い物を頼まれてしまった。
 いつかの何処かで、僕も頼んだのでこれでおあいこになる訳だけれど。
 そんなことを思っていたら、コンビニの目の前にあるガードレールに一人の少女が腰掛けていた。
「あ、いっくん、やっほ」
 見覚えのある人物だとは思っていたけれど。
「――御園、芽衣子」
 まさかこうも早く再会するとは思いもしなかった。
「昨日、殺人事件があったんだけれど」
 買い物を終えたら、未だ御園は残っていた。
 御園の隣に腰掛けて、僕はお茶を飲みながら話を始める。
 思春期の男女がするには、あまりにも血なまぐさい話になる訳だけれど。
「ああ、確かにあったね。新聞で見たよ」
 新聞を見るのか。
「……一応言っておくけれど、殺人鬼にまともな家なんてないからね。簡単に言えば、コンビニにある新聞を流し見した程度ってこと」
「ああ、そういうことか」
 それなら納得。
 ってか、買えよ。
「で? その殺人事件がどうしたの?」
 ぶうん、と車が通過する。
「……君が殺したんじゃないか、って僕は思っているんだ」
「あはは。俺が殺した、って? そりゃ、流石に冤罪だね。冤罪にも程がある」
 予想外の台詞だった。
 寧ろ「俺が殺した」ぐらい言ってくるかと思ったからだ。
 しかし――冤罪、とはどういうことだ?
「冤罪ってどういうことだ?」
 だから、僕はそのまま問いかけた。
 気になったから。
 疑問が生じたから。
 気になってしまったから。
「……要するに、俺が殺した訳じゃないってこと。ただの冤罪だよ。マスコミや警察にとってみれば、殺人鬼による連続殺人事件とした方がエンタメ性に富んで良いのかもしれないけれどね。こちらからしてみれば商売あがったりだよ」
 商売って何だよ。殺しの依頼か?
「そうだよ。よく分かったね、流石のいっくんだ。愛しのいっくんだ」
 愛しとか言うな、愛しとか。
「とにかく、俺は殺しちゃいねえよ」
 オレンジジュースの缶を最後まで飲み干して、それを缶のゴミ箱に投げ捨てる。
 見事シュートが決まった缶は、そのままゴミ箱に入っていった。
「……というか、冤罪ということは、犯人が別に居るってことだよね?」
「うん? その通りだよ。当たり前じゃないか。だったら誰が殺したんだ、って話になるだろ」
「そりゃそうだけれどさ……」
「とにかく! 俺は殺しちゃいないよ。冤罪だ。寧ろその犯人を探してとっちめたいぐらいだ」
「とっちめるってどうするんだ?」
「殺すまではいかないかな。半殺し程度に済ましといてやるよ」
 それって、どうなんだ?
 僕はさらにお茶をぐいっと一飲みする。
「ま、要するに、俺をむやみやたらに疑うんじゃねえよ、って話だ」
 そう言って、御園は立ち上がる。すたすたと歩いて何処かへと消えていきそうな感じだったので、声をかけた。
「何処へ行くんだっ」
「べっつにー。特に用事も見当たらないし、この辺をぶらぶら彷徨くだけだよ。でもまあ、あんまり彷徨くと、犯人に疑われかねないがね」
 そりゃ、殺人鬼だもんな、お前。
 そんなことを思いながら、僕達は別れるのだった。
 ……あ。
 そういえば、頼まれていたアイスココアがすっかり温くなってしまっていることに気づくまで、そう時間はかからなかった。

 

殺人鬼、御園芽衣子 ⑥

  • 2019/05/27 22:59

 次の日。朝食を取っているとニュース番組でこんな情報が流れてきた。
『昨夜未明、鎌倉市七里ヶ浜××にて殺人事件が発生しました。死体は前日未明に殺されたものとみられています。警察は対策本部を建てていると共に、此度の事件は連続殺人鬼による殺人であると思われます』
「怖いわねえ……。しかもこの辺りじゃないの。いっちゃんも気をつけてね」
 そう言って、ささくさとご飯を食べ終わるとキッチンに皿を運んでいく。
 僕も残っていたパンとココアを飲み干すと、そのままキッチンに食べ終えた皿を持っていった。

   ※

 登校中。僕はずっと昨日のことを考えていた。昨日のことは何のことだ、って? そんんなこと言わずとも分かるはずだ。昨日出会った殺人鬼――御園芽衣子のことだった。御園芽衣子、名前だけ聞けば何処かのお嬢様のような名前のように聞こえるけれど、それは全くのデタラメ。中身を見てみると、猟奇殺人を繰り返す殺人鬼であるということだ。
 そんな彼女に出会って、僕は殺されていないのだ。
 一度も、と言ってしまうとまた出会ってしまうのかもしれないし。
「……いっくん、おはよっ!」
 そう言ってきたのはあずさだった。
 あずさは僕の肩をぱんと叩くと、そのまま僕の右隣に歩き始めた。
「どうしたの? あずさ」
「「いっくんこそ、体調が悪そうだけれど、大丈夫? あ。もしかして、天体観測でUFOが見つからないから困っているんでしょ? 私もそうなんだよー。何で、見つからないのかなあ。少しはUFO側も配慮して欲しいって思うけれどね!」
 UFO側の配慮って何だよ。
 僕はそう突っ込もうとしたが、それ以上は敢えて言わないことにした。
「……今日も天体観測かな?」
「そうだと思うよ。そういえば、登校日はいつだったかな?」
「登校日?」
「私達の学校は夏休み中も、登校日があるんだよ。授業の日数の都合とか言っているけれど、何処までほんとうかどうか分からないけれどね! ……うーんと、今日は何日だっけ?」
「今日は十四日だな」
「それじゃ、明後日だね。毎年八月十六日は登校日なんだよ。その日だけね。四十日間ずっと夏休みじゃ、生徒もだれると思ったんじゃないかな? 私としてはそんなことは有り得ないから、出来ることならなくして欲しい行事の一つなんだけれどね」
 でもそれは無くすことが出来なさそうだな。
 そんなことを思いながら、僕達は学校に進む坂を歩いていく。
 並んで二人で、歩いていく。

   ※

 天体観測が出来る時間までは、各自自由。
 そう言われてしまえば、僕達には一言言葉が残ってしまう。

 ――だったら、夕方に集合で良いのでは? と。

 でもそうしないときっと警察に引っかかるんだろうな。そもそも警察の捜査が及んでいる地域だというのに、夜になっても学校に居ることが出来る時点で間違っている気がする訳なのだけれど。
「何か、気になる?」
 きっと理由はこのメイド服大好き給仕大好きな変態先生が居るからだ。きっとそうだ。そうに違いなかった。

 

殺人鬼、御園芽衣子 ⑤

  • 2019/05/27 21:24

「……感情なんて、無駄なんだよ」
 気づけば、彼女は語りかけていた。
 気づけば、彼女は笑っていた。
「けれど、何でだろうな。お前と話していると、忘れていた感情がぽろぽろと零れてきたような感じがしてさ」
「それって、仲間に会えたから?」
「そうなのかな……。分かんねえや、分かんねえよ。けれど、今の状況を見られちまったら、反論の余地はないのかもしれないけれどな」
「だろうね」
「だろうね、って。そう冷たくあしらうのも、何というか、俺にとっては心地よい」
 マゾってことか。
「馬鹿にしているのかぶっ殺すぞ」
「すいません何も言っていません」
 というか言っていないはずなんだけれどな。
 もしかして僕がそう思っているだけで、口には出ているのかもしれない。
 だとすれば、納得出来るし、説明も付く。理由も分かるし、解明も出来る。
 だとしても、僕はやっぱり。
 人間らしくありたいと思うし、殺人鬼みたいな人種と一緒にされちゃ困るって思いが強まる。
「俺みたいな人種と一緒にされちゃ困る、みたいな顔してんな。……ま、当然かもしれねえけれどよ。でも、俺から見ればお前みたいな人間が一番殺人鬼にはぴったりな気がするけれどね」
「そんなこと言われるの初めてだ……」
「だろうね」
「でも、実際、僕がどう生きようったって、僕の勝手だろ? 君に決められる筋合いなんてない」
「それもそうだけれど……、でもお前みたいな人間が長生きするとは思えない。いつか、壁にぶち当たるときがやってくるだろうね」
「そのときはそのときさ」
 僕は、我慢強さだけは日本一って自信があるんだ。
 というか、こないだは全員に騙されるという危機的な状況に陥ったことがあるけれど。
「そのときはそのとき、ね……。何というか、ますます俺と似通った性格をしてんな」
「そりゃどうも」
 殺人鬼に褒められるとは思ってもみなかったな。
 そもそも、殺人鬼に遭遇してここまで時間を稼いだ人間自体初めてじゃないか?
「……やめよ、やめやめ。やっぱりお前を殺してもつまらない。普通に殺してもつまらないもの。そもそも、俺の目的ってそうじゃないし」
「え? どういうこと?」
「言わずとも分かるでしょう? 俺の目的はお前を殺すことじゃないし。殺すことは目的に出来るかも知れないけれど、お前をここで殺してもつまらない。俺、つまらない殺戮はしない主義だからさ」
 つまらない殺戮って何だよ。
 面白い殺戮が何処にあるというんだよ。
 そもそも殺戮自体止めて貰いたいことだけれど、出来ないんだろうな。殺人鬼って。DNAに殺人の遺伝子でも組み込まれているんだろうか? 僕は良く分からないけれど。
「そういう訳で、俺は退散するわ。お前もせいぜい殺されないようにしろよ、少年」
「少年じゃない。僕にも名前がある」
 そう言って、僕は名前を告げる。
 それを聞いた彼女は、ニヒルな笑みを浮かべたまま、僕の顔を見つめる。
「お前、変わった名前だな。何というか、見当も付かない名前というか。ニックネームを付けるとするなら、いっくんとかいっちゃんとかその辺りか?」
 何が言いたいんだ。
 それと、その予測は正解だ。
「へえ。いっくんって呼ぶことにしようか、いっくん。それじゃ、俺の名前教えてやるよ。俺の名前はな、御園芽衣子っていうんだ。せいぜい死ぬまでに覚えておいてくれよ、いっくん」
 そう言って。
 バイバイとでも言うように右手を振って。
 彼女は来た方角へと帰っていった。
 僕はぽかんとした表情を浮かべたまま、そのまま夜の公園に立ち尽くしてしまうのだった。

 

殺人鬼、御園芽衣子 ④

  • 2019/05/27 20:10


 ――お前、最低だな。

 いや、どういうことだ。全然理解できない。いきなり現れたその少女に切りつけられそうになった挙げ句、得られた言葉が「お前、最低だな」だって? いったい全体、僕が何をしたらそのような言葉に辿り着くのか気になる。興味が湧く。気にならない訳がない。
 彼女は僕をじっと見つめたまま、ただひたすらにこちらに殺気を送っている。
「……ねえ、どういうこと?」
「どういうこと、とは?」
「最低だな、と言った意味だよ。全てを教えてくれ、とまでは言わない。だが、どうして『最低だな』と言ったのか、それを教えてくれればそれだけで構わない」
「……回りくどい言い方だな。それは嫌いじゃない」
 嫌いじゃないと言って貰えて、先ずは一安心。
 いやいや、そういう場合じゃない。
 そういう問題じゃない、と言ってしまいたいところだが、それをそうだと理解してくれるかどうかはまた別の話。僕が僕たりえる由縁であり、彼女が彼女たりえる由縁なのかもしれない。
「……何を考えているのか分からないけれど、お前が最低であることには変わりねえよ」
「どういうことだよ? 意味が分からねえよ」
 ちょっと言葉を崩して言ってみることにした。
 けれど、それでも変わることはなくて。
「ほんとうならお前はさっきの一撃でやられるはずだった。今までの人間はみんなそうだった。けれど、お前は違う。お前はまるで『未来が見えていたかのように』攻撃を避けた。なぜだ? なぜ攻撃を避けることが出来た?」
「それは……」
 分からないけれど。
 たぶん。
「僕と君が……似ているからじゃないかな」
「似ている?」
「僕と君は、空っぽな人間なんだと思うよ」
 僕と君は、空っぽ。
 僕と君は、がらんどう。
 僕と君は、空っぽ同士だから、繋がっている。
「だから、分かるっていうのかよ? 空っぽな人間同士だから、空っぽな気持ちが分かるって?」
「そうだと思うよ。それがどうかは分からないけれど」
「はっ! 馬鹿馬鹿しい。はっきり言って、阿呆らしいことだよ。お前みたいな人間と一緒なんて反吐が出る」
「その言い回し、止めた方が良いよ。女の子らしくない」
「今更、俺が女の子ぶっていったところで、何も変わりやしねえよ!」
 絶叫していた。
 嬌笑していた。
 ちょっとだけ、その笑顔に色っぽさを感じさせてきた。
 何というか、それはわざとじゃないのかもしれないけれど。
 何というか、それは偶然じゃないのかもしれないけれど。
 いずれにせよ、僕がどう生きていくかなんて、君に決められるもんじゃない。
 同時に、それは君も同じだ。君の価値観なんて僕なんかに決めて貰う必要もないんだ。
 自由だ。
 自由だ。
 自由だ。
 僕と、君も。
 いいや、それ以外の人間も。
「……さっきからその目線を止めろよ!」
 彼女が言ったその言葉で、僕は彼女に不快感を示させているのだと気づかされる。
「気づいているのか気づいていないのか分からねえけれどよ、お前の顔を見ていると何というかムカムカするんだよ! 分かるか、だから」
「だから、殺すって?」
「そうだよ! だから、お前は殺す! そう決めたんだ!」
「殺せなかったのに?」
「巫山戯るな! 殺せない訳がない。俺のことを、知っているだろう?」
 知っている。
 君は、連続殺人鬼だ。
 この周辺を賑わせている、巷の人物だ。
 それぐらい理解している。
 それぐらい分かっている。
 それぐらい承知している。
 けれど。
 けれど。
 けれど、だ。
 君にそれを言われる筋合いは――何一つとして存在しないんだ。
 

殺人鬼、御園芽衣子 ③

  • 2019/05/27 18:13

 そして、帰り道。
 僕はいつも通り、家に向かって歩いていた。
 普段ならばあずさも居るはずだった訳だが、しかしながら今回は僕一人で帰ることになった訳である。ちなみに、理由というものはこれといってなく、ただ単純に彼女が早退してしまったためである。
 だから、僕は今日一人で帰っている次第である。
 それだけだった。
 それだけのことだった。
「……待ちなよ、そこの少年」
 夜にもなれば、明かりは配電柱の明かりと、家の明かりだけになっている。
 だから、誰が居るのかは分かっていても、どういう人物が居るのかは定かではなかった。
 そういう中での、出来事。
 声のトーンからして、女性だろうか。彼女は、僕の遠く、ずっと前に立っていた。
 ちょうど公園を抜けようとしていたところだったため、周囲十五メートルには何もなく、犬の鳴き声が聞こえる程度のことであった。
「ここを通り抜けようったって、そうはいかねえぜ」
「……いや、元からここを塞ぐ権利は誰にもないはずだけれど」
 塞ぐ権利は誰にもない。
 それはその通りだし、間違っちゃいない台詞だった。
 けれど、仰々しく言うつもりでもない。
 先に動いたのは相手だった。
 音がひずみ、世界が歪む。
 全く、寸分の狂いもなく、瞬発的に攻撃をしてくる。その動きには全く無駄がなかった。その動きには寸分の狂いもなかった。その動きには全くデタラメというものがなかった。
 いずれにせよ、僕が見た限りでは、それは常人にはコントロール出来ないような何かがある、と思わせてしまう程だった。
 にも関わらず、だ。
 僕はそれを、目の当たりにしても、なお。
 僕はそれを避けた。
 避けなければ、僕がやられていた。
 避けなければ、僕が死んでいた。
 刺している場所は紛れもなく、僕の心臓だった。
 避けきった僕を見た『彼女』は、ただただ溜息を一つ吐いていた。
「……お前、最低だな」
 と呟いた。
 

殺人鬼、御園芽衣子 ②

  • 2019/05/27 09:43


 天体観測は空振りに終わった。
 いつも通り片付けを終えると時刻は午後八時。夕食として用意しておいた弁当はすっかり食べきっていたが、未だ若干お腹が空いていた。だからファミレスで談笑しながら、軽く食事を取っていたのだった。
「そういえば、最近、殺人鬼が出るらしいのだが……」
「ああ。それ、聞いたことあります。何でも江ノ島を中心に何人も人を殺しているんだとか」
 少なくとも食事中にする会話ではない。
 そんなことは百も承知だった。
「……具体的にはどういうやり方で人を殺すんだろうな?」
「うわ、それ話広げる必要あります?」
 ハンバーグを切りながら呟くあずさ。
「あるかないかと言われたら、ないのかもしれないけれど。だが、興味はあるだろ?」
「確かに興味はありますけれど……。でも、今の報道体制じゃ、まともな報道はされやしませんよ? 何せプライバシーの保護だとか、苦情への配慮だとか、そういう理由で」
「だろうなあ。今はちょっとグロい画像を載せただけで苦情が来るレベルなんだから、それについては致し方ないと言えばそれまでなのかもしれない。でも、やっぱり気になるものは気になるものだぜ? いったい全体、どういう風に殺されたのか、って」
「かなり昔だけれど、そういうのを参考にして殺人事件が起きたって言われているから、その配慮もあるんじゃないですか?」
「そりゃいつの話だ?」
「分かりませんけれど……」
「ほれ見たことか。分からないと来た。だったら分からないなら分からないなりに話を聞いていれば良いんだよ。変な風に話を盛り上げようとしなくたって良い。今やるべきことは何だ? 挙げてみろ」
「天体観測をして、序でにUFOを見つけること、ですよね」
「そうだ。だが、その殺人鬼にも興味が湧いた」
「まさか殺人鬼と邂逅しようとでも言うんじゃないでしょうね!? 駄目よ、絶対に駄目!! 貴方達普通の人間とは絶対に違う頭の仕組みをしているんだから、会話が通用するかどうかも分かったものじゃないし、それに、そうだからこそ何人もの人間が死んでいる! だったら、貴方達に会わせる理由がある訳がないじゃない!」
「まあまあ、桜山さん。そこで大声を出しても困るものがあるぜ?」
「大声を出したくなる気持ちも分かってください! こちとら学校に居る間は、貴方達の保護者として活動しなくちゃいけないんですよ!」
 まあ、桜山さんが慌てているのも致し方ないことか。
 出来ることなら危険には巡り合わせたくないだろうし。
 そんなことを考えていると、ハンバーグはすっかり腹の中に収まってしまった。
「うう、お腹いっぱい」
 言い終わったのは、アリスだった。
 アリスがそういう感情を示すのは珍しい。
 そんなことを思いながら、僕はドリンクバーから注いだオレンジジュースを飲み干した。

 

殺人鬼、御園芽衣子 ①

  • 2019/05/27 09:25


 殺人鬼。
 文字通り、人を殺す鬼。
 そういう人間の価値観など、どのように分かるのだろうか。
 いいや、分かるはずがない。
 一般市民の価値観と、殺人鬼の価値観はそれぞれ違うものだから。
 それだけではなく、一般市民だけでも一人一人価値観が違うというのに、特殊な人間の中でも価値観が違わないという証拠が何処にあるのだろうか。
 ないと言えば嘘になる。あると言っても嘘になる。
 答えは誰にも分からない。
 きっと出会ったところで、分かり合えるはずがない。
 きっと出会ったところで、思い合えるはずがない。
 きっと出会ったところで、理解し合えるはずがない。
 それが当然であり、それが十全であり、それが当たり前だった。
 だけれど、出会うまでは気づかなかった。
 殺人鬼も僕達も――結局ただの人間だっていうことに。

   ※

「殺人鬼が出る?」
 八月中旬。
 桜山さんと天体観測の準備をしていると、そんな話を聞くのだった。
「そうそう。何でも、この江ノ島周辺を狙っている、殺人鬼が居るらしいんだよ。……結構残虐な手段で殺すらしいんだよ? しかも狙っているのは、男女問わず! 年齢も問わず! バイトならなんて好待遇だって思うけれど、残念ながらバイトではないからね……」
 バイト感覚で殺人鬼のことを語るのもどうかと思いますが。
 僕はそう思ったけれど、それ以上は言わないことにしておいた。
「それにしても、今日は部長や池下さんが手伝ってはくれないんですね……!」
「二年生はそろそろ進路を考える時期だからねえ。……未だ早い方だとは思うけれど」
「早い方なんですか?」
「高校ならまだしも、中学だったら三年生になってからでも決められるしね。……大方、進学校に進むのかもしれないけれどね。彼らの実力ならそれも充分に可能な実力さ」
「そうなんですね……。でも、実際問題、夏休みの宿題も未だ終わっていないような状況なのに、僕達部活動ばかり続けていて良いんでしょうか……」
「八月中旬でしょう? なら未だ間に合うわよ」
 先生が言って良い台詞か? それ。
「ま、とにかく準備を進めておきましょう。今日も彼らは来るって言っているんでしょう? だったら何の問題もないわよ。慌てる心配もなし。だったらいつも通りの部活動を送ってあげましょう。それが一番彼らにとってベストな選択になり得るのだから」
「そんなものでしょうか……」
「そんなものよ」
 そう言って、僕と桜山さん(本来ならば、桜山先生と呼ぶべきところではあるのだけれど、何だろう、この前の『事件』があったからか、先生と呼ぶのはちょっと固い考えに至ってしまう節がある)は天体観測の準備へと取りかかるのだった。

 

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