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八月三十一日⑦

  • 2019/05/29 02:08

 バーベキューも終わり、時刻は午後八時を回った辺り。すっかり片付けを済ましており、着替えも済ましている状態になっていた僕達は、一緒に江ノ電に乗り込んでいた。
 流石にこの時間にもなれば江ノ電も空いていて、椅子に座ることが出来た。とは言っても数駅だから立っていても何ら変わりないのだけれど。それを考えたところで、僕は思い出していたのだが、他のメンバーが腰掛けたので仕方なく椅子に座ったといった次第だった。
「……そういえば、宿題終わった?」
「終わったよ」
「終わったよ、当然だろ?」
「終わったよ。……その質問をするってことは、いっくんは全然終わっていないってこと?」
「そうだよ、悪いかよ」
「悪くはないけれど、宿題はきちんと終わらせた方が良いと思うよ」
「そりゃ分かっているけれどさ! ……帰ったらやるよ、帰ったら」
「ほんとうに?」
「僕が嘘を吐いたことがあるかい?」
「あるかどうかと言われたら、ないと思う」
「だったら、大丈夫だろ。それぐらい理解してくれよ」
『間もなく、七里ヶ浜でございます。お忘れ物御座いませんよう、ご注意ください』
 アナウンスを聞いて、僕達は立ち上がる。
 やがて、七里ヶ浜駅のホームに到着した電車から降りて、僕達はICカードの簡易改札機のSuicaをタッチする。
「それじゃ、また明日」
 部長の言葉を聞いて、手を振る僕達。
 僕とあずさも別れて、僕だけに相成った訳だ。
 相浜公園を歩いていると、ブランコにまた『あいつ』が居た。
「御園、芽衣子……」
「どうした? やっぱりお前は俺を呼ぶときはフルネーム限定なのか?」
「フルネームでしか呼べないだろ、お前のことなんか」
「ほら。お前と呼んでくれた。未だ若干良い方だ」
 御園は笑みを浮かべて、俺にパンを一切れ差し出してきた。
「残念ながら、夕食は済ましてきたばかりでね」
「焦げ臭い匂いが染みついていらあ。バーベキューか何かしてきたのか?」
「ご明察」
「バーベキューとは随分と立派なことをしてきたものだね。全くまあ、俺みたいな人間にゃ出来ないことだ」
「そりゃ、殺人鬼の君には出来ないことだろうね」
「俺だって好きで人を殺しているんじゃない。金を貰うから人を殺すんだ」
「殺し屋みたいなものだったっけ?」
 こくり、と頷く御園。
「でも、それが何だって言うんだ? それ以外は普通の人間じゃないか。それに、君が殺したという証拠は一切残っちゃいないんだろ? だったら普通の人間のように暮らしていけるじゃないか。……それでも出来ないのか?」
「出来ないねえ。俺は戸籍を持たないから」
 戸籍、か。
 そりゃ一番の問題だな。
 御園の話は続く。
「それに、俺は普通の生活なんてできっこない。だったらこんな風に鼻つまみ者でも生きていくしかないのさ。それが俺の生きていく道なら、致し方ないって訳だよ」
「そういうものか」
「そういうものだ」
 ブランコから降りる御園。
 そうしてそのまま彼女は立ち去っていった。
 何のために彼女はここに居たんだろう――そんなことを思いながら、僕は家に帰るのだった。

 

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