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八月三十一日⑧

  • 2019/05/29 02:27

 伏見あずさの家は、七里ヶ浜駅の近くにあるマンションの一室にあった。
 彼女は一人暮らしだったが、家に入ると、誰かが居る気配があった。
「……誰?」
「貴方が一番良く知る人物ですよ、伏見あずさ。いいや、ナンバーナイン」
 彼女を『ナンバーナイン』と言ったその存在は、ゆっくりと影から出てきた。
 黒いスーツに身を包んだ女性だった。サングラスをかけていた彼女は、いったいどういう人間なのかは分からない。
 しかし、伏見にはそれが誰であるか分かっていた。
「マスターチーフ。……いったいどうして今日はやって来たというの?」
「貴方の存在、貴方の居る意味。分からないとは言わせない」
「……とどのつまり、時が近づいたと言いたいのね?」
「その通り。貴方がやるべき時間が、遂に迫ってきている、と言いたい訳だ」
「いつ?」
「九月から本格的に始動するでしょうね。……それともう一つ」
「もう一つ?」
「あなた、『タイムリーパー』を使っているわね?」
「…………、」
 伏見は何も言わなかった。
「タイムリーパーを一般人に使うことがどれ程の悪影響を及ぼすか、貴方も知らない訳ではないでしょうに! どうして貴方はタイムリーパーを使ったのですか!」
「…………それは、」
「まさか、貴方、人間に情が湧いたなんて言わないでしょうね?」
「!」
「……図星、ね。残念ではあるけれど、はっきり言ってそれは間違いよ。我々にとって、人間との邂逅は確かに有意義なものかもしれない。カミラ博士もそう言っていた。けれど、それはあくまでも『きっかけ』に過ぎない。普通の人間にとってみれば、単純なことかもしれないけれど、私達にとってみればそのきっかけ以上のことをしてはならない。それぐらいは、貴方も重々承知のはず」
「分かっているわ。けれど、これは重要なセンテンスだったのよ」
「タイムリーパーを一般人に使うことが、ですか?」
「タイムリーパーの使用回数は未だ限界を超えていないはずですよ」
「越えていようが越えていまいが、一回使うだけで副作用に問題があるのですよ」
「副作用はそれ程問題ではないはず。……せいぜい、記憶の欠如が見受けられるぐらいでしょうか」
「だとしても、です。それを『なかったことにしなければ』ならない。それが我々の役目なのですから。九月以降、貴方には頑張って貰わなくてはなりません。たとえ、タイムリーパーを一般人に使うということがあったとしても」
 そう言って、彼女は家を出て行った。

 

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