ラブレター ⑥
- 2019/05/30 17:01
随分と悪いことをしたと思う。僕は馬鹿だ。馬鹿な人間だ。馬鹿だったと思った。
「……いや、やっぱり謝らせてくれ。僕に出来ることだったら、何だってするよ」
その言葉が。
言った後に気づいた。僕にとってその言葉が、揚げ足を取られたって意味に。
「え!? ほんとうに、何だってしてくれるの?」
「……う、うん。何だってしてあげるよ。流石に三重跳び五十回とか、わんこそば百回お代わりとか、出来ないことはあるけれど。出来る範囲で良ければ」
「良いよ、全然、そんなことしなくても! 私にとってやって欲しいことはね……」
……。
「え?」
僕は呆気にとられて、ぽかんとしてしまった。
「え? って何よ。せっかく人が勇気を振り絞って言ったことだっていうのに!」
「いや、そういうことより……。そんなことで良いの? もっと言って良いんだけれど……」
もっと言って良い、というのはちょっと語弊があるな。僕に取ってみれば、そんなことはやっぱりもっと揚げ足を取られることになるから言わない方が身のためなのだろうけれど、ついついあずさには言ってしまう。なぜだろう? あずさにそんな意思などない、と分かっているからだろうか?
「良いのよ、良いの! いっくんには『ショッピングに付き合って貰う』だけで良いんだから!」
そうして、彼女は願いをもう一度僕に言ってみせた。
ショッピングに、付き合って貰うだけで良い。
「じゃあ、もう一個おまけでカラオケにも付き合って貰っちゃおうかな?」
「……良いよ、別に」
……今月は節制をした方が良いだろう。
そんなことを思いながら、僕は笑みを浮かべるのだった。
※
ショッピングに付き合うって何をすれば良いんだろう。僕は思った。女子同士ならば、一緒に服を選んであげたり、更衣室に入り込んでキャッキャウフフしたりするのかもしれないけれど、僕と彼女は性別が違う。先ずそこでポイントを整理しなければならない。となると、僕は一緒に服も選べないし、更衣室に入ることも出来ない(そもそも、入った時点で犯罪者扱いされる訳だけれど)。では、僕には何が出来るんだろうか? せいぜい荷物持ちぐらいしか出来ないような気がするのだけれど……。
そんなことを思っていたのだが、答えは僕の予想していた通りの結末であった。
「……やっぱり、こうなるのか」
「あら? ショッピングに付き合ってくれるって言ったのは、いっくんだよ?」
「…………そう。言ったのは、貴方」
言った、というか何でも付き合うよ、と言っただけに過ぎないような気がするのだけれど。それはあまり言わないでおこう。そうだな、例えば僕の中でちょっとした感情の欠落があるとして、それが怒りであるとするならば、僕はその欠落を一生恨んでいるところなのかもしれない。そもそも、感情が欠落している時点で、怒りというものそのものを感じない訳だけれど。でもまあ、僕に取ってみれば、それが正しいことであるかどうか、これが間違っているかどうか、考えることでもありゃしないだろう。僕にとってのあずさは、僕にとってのアリスは、いったいどういう扱いをすれば良い? 僕にとってのあずさは、僕にとってのアリスは、ただの人間という扱いをすれば良いのか? いいや、違う。そうじゃないだろう、自分。未だ未だ考えなくてはならないことがあるんじゃないか。例えば、アリスのこととか。アリスはUFOを観測した次の日に転校した。きっとあれは、僕達に対する警告なのだ。これ以上UFOを観測したら、どうなるか分かっているか、と言う警告なのだ。そのために僕達の目の前に現れた監視員、それがアリスなのだ。
……というのは、考え過ぎだろうか。
「……さあさ、未だ未だあるよ! 次次!」
「…………私、少しだけ、ショッピングが楽しいと思えてきた」
あずさとアリスは上機嫌だ。
荷物を持たされるこっちの身にもなって欲しいものだよ、と僕は思いながら深々と溜息を吐くのだった。