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2019年05月の記事は以下のとおりです。

第三種接近遭遇 ⑪

  • 2019/05/22 18:21

 次の日。
 いつも通りに登校をし、いつも通り席に着く。
「昨日は楽しかったわね、いっくん」
 後ろには既にあずさが腰掛けている。頼むから周りが聞いたら疑うような発言をするのは止してくれないか。もし周りが聞いていたらどんな発言が帰って来るやら――。
「大丈夫よ、どうせみんな誰も聞いちゃいないから」
「そういうものなのか?」
「そういうものなのよ」
 僕とあずさの会話は、チャイムによって終了せざるを得なくなった。
 担任の徳重先生が入ってくると、ぱんぱんと手を叩いた。
「はい、皆さん、座った座った! 今日は転校生を紹介するからね!」
「転校生?」
「珍しいわね、僅かな時期を空けて二人連続なんて」
 確かに、珍しい。
 同じ日に二人入ってくるなら分かるが、若干のタイミングをずらして二人入ってくるのは少し珍しいように見える。
「さあ、入ってきて!」
 先生の言葉を聞いて、一人の『女子』が入ってきた。
 黒髪が目立つ少女だった。黒いロングヘアーに、ぱっちりとした目。目鼻立ちが良いとはこのことを言うのだろう。そんなことを思いながら、僕は彼女をじっとただ見つめていた。
 いや、僕だけじゃない。
 きっとクラスのみんな(主に男子)が彼女に夢中になっていたに違いなかった。
 それはきっとふしだらな気持ちがあったとか、そういう訳ではなく。
 彼女には見惚れる程の、何らかの才能があるようにも感じ取れた。
 そして、一段上になっている教壇に立つと、彼女はずんと前に一歩動いた。
「私の名前は、高畑アリスといいます」
 踵を返し、黒板に白墨で文字を書いていく。
 その文字は達筆で、綺麗に読むことが出来た。
 その文字を見て、僕は最初はハーフか何かかと思った。
 アリス、なんて名前は日本人には似つかわしくないと思ったからだ。
「私のことを、日本人じゃないと思った方も居ると思います」
 まるで、僕の心を読まれたような、そんな感覚だった。
 というか、僕のことをじっと眺めていた。
「……あんた、あの子の知り合いなの?」
 後ろからひそひそとあずさが声をかけてくる。
 そんな訳あるか、と僕は一笑に付した。
 そもそももし知っている人間なら、僕かアリスが反応を示すはずだ。
 それをしないってことは、お互いに知らないってこと。
 いや、或いは――アリスが一方的に僕のことを知っている、ということになるのか?
 だとしたら、彼女はいったい何者なんだ?
「高畑さんは、伏見さんの隣の席が空いているから、そこに座ってね」
 そう言われて、素直に頷くアリス。
 そうして彼女はすたすたと歩いていった。
 その歩いていく姿も何処か妖艶な様子を漂わせていて。
 あっという間に彼女はクラスのマドンナになってしまうのだろうな、なんてことを思わせてしまう程だった。
 そして席に腰掛けると、彼女はじっと僕を見つめる。
 僕は目線を逸らした。どうして彼女が僕のことを見つめているのか分からなかったけれど。
「ねえ、どうしていっくんのことを見つめているの? まさか、あなた彼と何か関係性でも?」
 まさかまさかの、あずさが単刀直入に聞いてきた。
 そんなこと普通してくるか……と思ってしまう程だったけれど、まあ、都合が良い。僕も出来れば聞いておきたかったことだったし。
 しかし、彼女は何も答えなかった。答えずに教科書とノートを鞄から取り出して、授業の準備を進めた。
 要するに無視である。
 最悪のスタートを切ってしまったな、と僕は思いながら、僕もまた授業の準備を進めるのだった。

 

第三種接近遭遇 ⑩

  • 2019/05/22 16:45

 そして、午後八時。
 池下さんが傍受した通信によれば、この時間にUFOが飛び立つはずだった。
 しかしながら、カメラをじっと眺めている野並さんは何も反応をしなかった。ということは、UFOは観測できていないということになる。
 それにしても、六月という時期の割りに、今日は冷える。
「いっくん、だったか」
「何ですか?」
 もういっくんでいいや、と思いながら池下さんの言葉を聞いた。
「この江ノ島はマリンスポーツで有名なんだ。泳ぐには良い場所だよ」
「急にどうしたんですか」
「良いか、海は良いぞ」
「どれくらい良いんですか?」
「どれくらい良いんだろうなあ……。でも飛び込むには気持ち良いぞ。江ノ島の辺りから飛び込むとな、気持ち良いんだ」
「へえ、そうなんですか」
「ま、今年は未だ海開きもしていないし、海開きしてからだな。いずれにせよ」
「おいっ!! そんなことを言っている場合じゃないぞ!!」
 野並さんが唐突にそんなことを言い出したので、いったい全体何が起きたのかと思っていたら――。
 目の前に、ふよふよと円盤が浮いていた。
「え、円盤……。UFOはほんとうにあったんだ……!」
「さ、撮影を早くするんだ!」
「もうやっているよ!」
 僕たちの目の前に、ふよふよと浮かんでいるUFO。
 まさか、UFOがほんとうに目の前に出てくるなんて、思いもしなかった。
「……というか、滞空していないか?」
 確かに。
 UFOといえば、滞空しているというよりかは、高速で移動している印象が強い。
 しかしながら、今目の前に居るUFOは、僕たちの目の前で滞空している。
 それが普通なら『有り得ない』。
 有り得ないはずなのに、有り得なかったはずなのに。
「どうして……どうして、目の前に滞空しているんだ!?」
 しかし、カメラは離さない野並さん。
 将来はカメラマンにでもなるつもりだろうか。だとすれば立派な逸材な気がするけれど。
 しかし、UFOはそれ程長く滞在するつもりはないらしい。
 UFOはゆっくりと僕たちの目の前に滞在した後、予兆なく、高速で移動を開始していった。
 目的地は、再び瑞浪基地。
 それを見た僕たちは、ただ呆然とするばかりだった。
「……な、何だったんだ、いったい……」
「分かりませんよ、そんなこと。僕だって……」
「いっくん、これで宇宙研究部の意味を理解してくれるようになったか……?」
「少しですが、分かったような気がします……」
 ほんとうに、ほんの少しだけれど。
 この部活動が存在している意味というか、存在している意義というか、そういうものが分かったような気がする。
「我々の目的は、UFOを観察することと、と言ったがあれは第一段階に過ぎない」
 野並さんは僕に向かってこう語りかけた。
 確かにUFOを観察することがゴールであるならば、この前(そのときは僕は参加していなかったけれど)あったということで解決しているはずだ。
 では、ゴールは何なのか?
 ちょっとだけ嫌な予感がしながら、僕は話を聞いていたのだった。
「最終的に、瑞浪基地に飛来するUFOの正体を突き止める! それが我が宇宙研究部の未来でありゴールだ!」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………正気ですか?」
「何をぽかんとした表情を浮かべているのだ、いっくん! 僕たちは常に本気だぞ!!」
「いや、本気と言っていなかったらそれはそれで良かったんですけれど。……そっかあ、本気なのかあ…………」
「何だよ、僕たちの使命を舐めているのか!?」
「別に舐めているつもりはないですけれど」
「だったら前に突き進むのみ! 今日は良い写真が撮れたから帰るぞ! あんまり夜更かしをしても困るしな! 現像した写真は明日見せてあげることにしよう!」
 別にデジカメだから今でもデータは見られそうなものだけれど。
 そんなことを言いたかったけれど、結局僕たちはその場で解散することになるのだった。

 ※

「今日は面白かったね、いっくん」
 帰り道、江ノ電にて。あずさが隣に座っていて、僕に問いかけてきた。
「まあ、そうだね。……UFOがほんとうに見られるとは思いもしなかったけれど」
「ねえ、いっくんは部長の言っていることを、本気に考えている?」
「部長……野並さんの言っていること? ああ、あれか」
 UFOの正体を突き止める。
 そんな、普通なら出来るはずのないことを、高々と発言するのは正直どうかと思っていたけれど、しかしながら、それが間違っているとはっきりとは言えない僕が居た。
 きっと、僕も僕で、それに興味を抱いていたのかもしれない。
「……もしかして、いっくんもそういうロマンを求める派?」
「求めているか求めていないか、だったら求めている方に入るのかな」
「だったら、宇宙研究部にぴったりの人材だと思うけれど。どう? やっぱり未だ入りたいとは思わない?」
「何だよ、急に」
「強制はしないよ」
 あずさは立ち上がる。
 ちょうど七里ヶ浜駅に電車が到着したからだ。
 僕も立ち上がり、電車から降りる。ICカードの簡易改札機にICカードをタッチして、外に出た。
 外は暗く、電灯の明かりしか僕たちを照らすものがなかった。
「もし、逃げるなら今のうちだと思うよ」
 あずさの言葉は、僕に重くのしかかった。
 しかし、『逃げる』とはどういうことだろうか?
 僕はその言葉の真意を聞くことが出来ないまま――あずさと別れるのだった。
 明日からは、きっとまた、宇宙研究部での一日が始まる。
 そんなことを胸に秘めながら、僕は家へと帰っていくのだった。

 

第三種接近遭遇 ⑨

  • 2019/05/21 23:42

 そして、週末がやってきた。
 午後七時に片瀬江ノ島駅に集合ということで、僕は三十分前に家を出た。江ノ電に乗り、江ノ島駅に到着したのが午後六時四十五分。そこから歩いて、片瀬江ノ島駅に到着したのは、ちょうど五分前のことだった。
「遅いぞ、いっくん」
 声をかけてきたのは、あずさだった。青のシャツに白いプリーツスカートを履いた彼女は、何処か大人びて見える。
「?? いっくん、どうしたの? 私の顔に何か付いている?」
「い、いや! そんなことはないよ」
「見とれていたんだやろ、いっくん」
 言ってきたのは野並さんだった。黒いパーカーにジーンズという格好で、そのまま夜道を歩いていると車に轢かれそうなぐらい真っ黒な格好をしていた。
 どうしてそんな真っ黒なんですか? と質問すると、これから盗撮するのに目立たない格好をしない方がおかしいだろ、と言ってきた。盗撮している自覚はあるらしい。
 遅れてやってきたのは、池下さんだった。チャリンコに乗ってやってきた池下さんは、籠に大きなカメラを持ってやってきていた。
「そのカメラは?」
「阿呆、UFOを撮影するのに使うんだ」
「そうですか。……ところで、何処で撮影するんですか?」
「そりゃ、勿論、あそこだろ」
 そう言って。
 野並さんと池下さんは、ある一点を指さした。
 そこにあったのは――江ノ島の灯台だった。

   ※

 正確に言えば。
 江ノ島の灯台は午後八時で閉まってしまうため、その近辺での撮影ということに相成った。それで問題はないのか、と聞いてみたが特に問題はないらしい。そもそも江ノ島自体は人が居住している島であり立ち入りに制限はない。駐在さんに何か言われるかもしれないが、それでも午後十時までは問題ない、という結論に至るのだった。
 そこまで言うなら安心だ、と思い僕は江ノ島へと渡っていた。江ノ島の夜景はぼんやりとしていて、何処か暖かい雰囲気を感じさせる。調べたところによるとおおよそ三百人ぐらいの人間が住んでいるらしく、観光地としての趣を今も保っているらしい。
 坂道を登ると、大きなエスカレーターが見えてきた。
「これは?」
「江ノ島エスカーという、大きなエスカレーターだよ。ま、今の時間は営業時間外だから使えないけれどね」
「そうですか」
 ちょっぴり残念。使えるなら使ってみたかった。
 そんなことはさておき、階段を登って灯台近辺の地形へと歩いて行く。辺りに明かりはちらほらあるものの、人は誰も居なかった。鬱蒼と生い茂る森だけが広がっており、時折鳥の鳴き声がする。
 正直怖いという気持ちが勝りつつあったが、それ以上に、『UFOは本当に居るのか?』という思いが強くなってきていた。出来ることならUFOを眺めてみたい、という思いが徐々に強まってきていた。
 もしかしたら、それもまた、野並さんの策略なのかもしれないけれど。
 しかし策略なら策略で構わない。それに全力で乗っかってやろうじゃないか。
「この辺りで撮影しよう」
 そう言い出したのは、野並さんだった。
 カメラの三脚を取り出して、三脚を組み立てる。そしてカメラを載せて、カメラを瑞浪基地へと向ける。
 それだけのことだったのだが、辺りは緊張の糸が張り詰めていた。
 僕はただ先輩二人がやっていることについて、少しばかり考えることしか出来ないのだった。

 

第三種接近遭遇 ⑧

  • 2019/05/21 20:35

「……じゃあ、その日は早めにご飯を食べる感じで良いってことだね?」
「そういうことになるかな。ごめんね、急にそんなことを言って」
「良いよ、良いよ。あんたが直ぐ学校に馴染めたようで何より」
 馴染めたか馴染めていないかと言われると、未だ微妙なところなのだけれど、それはまあ、言わないでおこう。
 そういう訳で、説明は済んだ。
 後は当日を迎えるばかりである――僕はそんなことを思いながら残りのご飯をかっ込んでいくのだった。

   ※

 次の日。僕はいつしか普通に宇宙研究部の部室がある図書室副室へとやってきていた。
「おっ、来たな、いっくん」
 既に野並さんが入っていて、本を読んでいた。
「……今日の会議はないんですか?」
「会議は毎日するものではないよ。題材があれば、やるけれど。それとも何かそれなりの題材を持ってきたのかい?」
「そんな訳、あると思っているんですか」
「だろうねえ。未だ君はこの部活に馴染めているように見えないし」
「当然です。UFOに興味があるとは言いましたが、UFOが居るとは一言も言っていませんから」
「……それ、本当に思っているのかい?」
「はい?」
「だから、UFOは実在しないと、ほんとうに思っているのかい、と言っているんだ」
「居る訳ないじゃないですか。そんなの、陰謀論と同じくらいですよ」
「しかし僕たちは実際に見ている訳だし」
「示し合わせれば良いだけの話ですよね? それに、UFOが見つかっていれば大スクープになっているはずです。それをしない理由は? いったい全体何処にメリットがあるというのですか?」
「……君は痛いところを突いてくるね」
「少し考えれば思い浮かぶはずです。昨日、僕も頭を整理してそういう考えに至りました」
「そういう考えに至った、ねえ……」
 そう言って。
 野並さんは図書室副室の本棚から一冊の本を取り出した。埃の被っているその本は、アイザック・アシモフの書いたSF小説だった。
「これを君に見せるのは、未だ先の事だと思っていたのだけれど」
 そう言って、野並さんは小説本の間に挟まっていたあるものを僕に見せてくれた。
 それは一枚の写真だった。
 そして写真には、円盤形の何かが映し出されていた。
 正確には、円盤形の何かが、あまりの速度で飛び回っているためか、少しぼやけた姿になっている状態。
 しかし、それは明らかにUFOと呼べる代物だった。
「こ、これって……」
「ああ、UFOだよ。僕たちが初めて見つけて、初めて魅せられたそれは、紛れもないUFOだ」
「これが、瑞浪基地から発進していると?」
「瑞浪基地から飛び立つのを見たんだ。だから今度は映像で撮ろうと考えている」
「それは瑞浪基地から飛び立つという決定的瞬間を捉えるために?」
「ああ」
 なんてこった。UFOはでまかせじゃないのか。
 これなら僕が否定しているのも、馬鹿馬鹿しくなってくるではないか。
「分かってくれたかな」
 ぼうっとしていた僕から写真を奪い取ると、また元の位置に戻す。
「これは、あずさも知っているんですか?」
「彼女も見ているよ。もっとも、彼女はそれ以前からあの基地に目をつけていたようだったけれど」
「何故?」
「今度、自衛隊に宇宙部隊が設立されるのは聞いたことがないかね?」
 ああ、何かテレビのニュースでやっていたような気がする。人工衛星を迎撃するために設置する部隊だとか。陸海空にさらに宇宙まで守る意味があるのか、なんて思ってしまっていたから普通にスルーしていたけれど。
「その宇宙舞台が、宇宙人……つまり異星人と接触をしていたら?」
「それってつまり、第三種接近遭遇ってことですか!?」
 第三種接近遭遇。
 空飛ぶ円盤の搭乗員と、接触をすること。
 確か偉い博士の文献にそんなことが書いてあったような気がする。
「でも、そんなことが有り得るなんて……」
「有り得るのさ。現に今、君に写真を見せた。そしてそれは、UFOの写真であると君も認識した。そうだろう?」
「それは……」
 そうかも、しれないけれど。
「はっはっは! 今週末が楽しみになってきたな! なあ、いっくん?」
 そう言って野並さんは僕の肩をぱんと叩いた。痛い。
 野並さんは荷物をまとめると、出かける用意をしてしまった。
「何処に?」
「今日はもう帰る。誰も来ないようだしな。もし君がこの部屋を使うなら鍵を君に預けておこう。どうかな?」
「いや……今日は僕も帰ります」
 誰も来ないなら、これ以上ここに居る意味がない。
 そう思って、僕もまた帰る準備をし出すのだった。
 それを見た野並さんは、つまらなそうに、指で、鍵をぶんぶんと振り回しているのだった。

第三種接近遭遇 ⑦

  • 2019/05/21 20:06

「ただいま……」
「おかえりなさい。あら? どうしたの、元気ないみたいだけれど」
 家に帰ると、母が食事の準備をしていた。母は料理は苦手だけれど、作らない人間ではない。ついついコンビニに頼りがちな家庭でもあるかもしれないけれど、しかしながら我が家はそんなことがないので、そこについては良い家庭なのかな、と思っている。
 ぐつぐつ煮込む何かは、良い香りをしていた。肉じゃがか何かだろうか。
「僕は大丈夫だよ。それより、今日のご飯は何? 肉じゃが?」
「そうよ。貴方好きでしょう?」
「うん」
 母の作る肉じゃがは副菜というよりかは主菜になり得るおかずである。味が濃いため、それだけでご飯の友になるのだ。
 学生服を着替え、いつものジャージ姿になる。
「お腹空いたでしょう、もうすぐご飯出来るから」
「父さんは?」
「お父さんは、今日も忙しいから遅くなるって。何でも宴会があるんだって」
 この場合の宴会は、いわゆる仕事後の飲み会ではなく、仕事の宴会を意味している。どういうことかといえば、やっぱりそこは料理人として腕を奮う必要が出てくる訳であって、結果的に帰るのが遅くなる――という理論だ。
「じゃあ、食べちゃおうか。ご飯は?」
「面倒臭いからどんぶりにしちゃって良い?」
「良いよ」
 そう言うと、炊飯器からよそったご飯の上に肉じゃがを汁たっぷりでかけ始めた。
 これが我が家に伝わるお袋の味、『肉じゃが丼』である。
 テーブルにそれが置かれると、醤油の香ばしい香りが辺り一面に広がった。
 僕は座り、箸を手に取る。そして「いただきます」と言って、どんぶりを手に持ち、そのまま肉じゃがの一欠片を口にかっ込んだ。
 直ぐに醤油の味とじゃがいものほくほく具合が口の中に広がっていく。その味を忘れないうちに白飯を口に入れていく。ああ、美味い。
「美味しいよ」
「ほんと、あんただけだよ。お父さんはいちゃもんをつけて味付けに文句ばかり言ってくるから……」
「それは料理人として仕方ないんじゃない?」
「何それ。あんた、お父さんの肩を持つつもり?」
「いや、そういうつもりじゃないけれどさ……」
 食事はゆっくりと進んでいく。
 我が家では、あまり食事中に会話をしない。それは会話をするな、と決めた訳じゃないけれど、いつしかそのようになってしまった、と言った方が正しいのかもしれない。
 そして、いつしかテレビを見ながらご飯を食べるようになった訳である。流石に無音では、困る。
「そういえばさ」
「何?」
「今週末、部活動で少し出歩くことになったんだけれど」
「何、あんた、もう部活動入ったの? どんな部活動?」
「……宇宙研究部って部活動」
「…………変わった部活動ね」
「それを言われちゃおしまいなんだけれど」
 咀嚼をし終えて、さらに話を続ける。
「それで? その部活動でどう出歩くことになったの?」
「星を見ようって話になったんだよね」
 流石に『UFOを見に行く』とは言えるはずもない。
 母さんには悪いけれど、少し嘘を吐くことにしよう。
「星を見に行く? 良いじゃない、神秘的で。何処でやるの?」
「学校の屋上で。一時間から二時間ぐらいで終わると思うよ」
「送り迎えしようか?」
「良いよ、そこまでしなくても」
「そう?」
「だって仕事もあるだろ」
「そりゃそうだけれど」
 それに、送り迎えなんてされてしまっては、せっかくの嘘が無駄になる。
 だから出来ることなら関わって欲しくない、とそう思う訳だ。
 

第三種接近遭遇 ⑥

  • 2019/05/21 05:34

「後の議題は何かあるかい? もしかして、これでお終い? だとすれば、会議はお終いになる訳だけれど」
「集合場所、何処にしやすか」
「片瀬江ノ島駅で良いだろう! UFOの飛来時間は何時だ?」
「午後八時となってますね」
「だったら午後七時に片瀬江ノ島駅集合! ……あー、でも、あれか。いっくん、君はここに来て日が浅いんだったか」
 日が浅いどころか昨日来たばかりですが。
「あずさくん! 今日、彼を片瀬江ノ島駅に連れて行ってくれ! 集合場所はそこで教えることにしよう!」
「あいあいさー」
 右手で敬礼をするあずさ。ちょっ、本人の了承なしで物事が進んでいるんだけれど、それってどういうことなのかな!?
 とまあ、そんなことを言ったところで物事が解決する訳もなく、結局僕たちの会議はそのまま幕を下ろしてしまった。
 会議としての幕を下ろした後は、個々人の活動になるらしい。野並さんは勉強をするためにたくさんの本を取り出してはテーブルに積み上げていく。池下さんは趣味? のラジオを弄くり回している。
 僕とあずさはというと、何もすることがないから、二人で面と向き合ってしまっている。
「……何をしても構わない訳だけれど」
「何をしても問題ないと言われてもだね。やっぱり、少し躊躇ってしまうところがある訳だよ。僕は未だここに来て三日目だぞ?」
「だったら二人で観光でも行ってきたらどうだ? ほら、さっき言った片瀬江ノ島駅に向かうのもアリだ。江ノ電に乗っていけばそう距離もかからないし」
「江ノ電に乗って、って……。放課後にそんな遠くに行くのはどうかと思いますけれど」
「はっはっは! 江ノ電に乗って鎌倉や藤沢に行くのは日常茶飯事だぞ、いっくん! それとも、二人で行くのがそんなに恥ずかしいかね?」
「そ、そんな訳は!!」
「だったら行けるだろう。ほら、一緒に行ってくるが良い」
 そう言って、野並さんは財布から千円を取り出した。太っ腹だ。
「部費ですね」
「部費だ」
 部費なのか……。
 少し落胆してしまった僕をよそに、あずさはそそくさと帰る準備をしている。
 僕も帰る準備をしなければ、そう思って鞄に筆箱やらなんやらを仕舞い出すのだった。

   ※

 七里ヶ浜駅には、ウインドサーフィンのマストをモチーフにしたオブジェが設置されていた。
「これはね、ここが湘南の海岸沿いにある駅だから、こういうのがついているんだよ」
「成程ね……。確かにさっきからサーフィンボードを持った人と良くすれ違う訳だ」
「そういえば、ICカード持っているかな?」
「ICカード? Suicaなら持っているけれど」
「なら万事OK。チャージは大丈夫かな?」
「五百円ぐらいなら入っているはずだけれど……」
「それならOK。江ノ島駅でチャージ出来るからね。さっ、電車が来たから乗ろう!」
 見ると、ホームに電車が入り込んできた。
 それを見て、僕たちはICカード簡易改札機にICカードをタッチして、電車に乗り込むのだった。
 電車はガラガラで、直ぐに座ることが出来た。
「何処で降りるんだ?」
「さっき言ったじゃない、江ノ島。ここから行くと四つ目だね。……あ、信号場が見えてきた」
「信号場?」
「江ノ電は単線だから、途中でこんな感じで交換設備があるんだよ。多分もうすぐ止まるはず」
 すると彼女の言った通りに、電車が止まった。
 直ぐ横にはレールが走っているが、電車がやってくる様子はない。
 少し待っていると、直ぐ横に電車がやってきて、その電車も停止する。
 それを合図に、僕たちの乗っている電車はゆっくりと動き出した。
「ね?」
「ね? と言われても……。僕の昔住んでいたところじゃ、こんなのなかったけれどさ」
「ないなら、少しは驚きなよ! わーいとか、すごーいとか!」
「いや、そう簡単に驚ける訳ないだろ……」
 それから彼女は腰越駅と江ノ島駅の間にある併用軌道(車と電車が併用して走ることの出来る区間のこと。道路上をレールが敷かれていて、そこを電車が走るという形)についても熱弁してくれたけれど、何だか眠くなってしまったので特に話は聞いちゃいなかった。
 江ノ島駅に着いて、改札機を出ると、あすさは腕を引っ張ってきた。
「何だよ、腕を引っ張るんじゃないよ」
「ここから片瀬江ノ島駅までは少し歩くからさ。だから!」
「だから、何だよ。別に良いだろ、ばらばらで歩いても」
「そうかもしれないけれど……。うー、ケチ」
「ケチで結構」
 少し歩くと、赤い竜宮城のような建物が見えてきた。
「凄いでしょ、これが片瀬江ノ島駅だよ! いっくんがどうやってここに来たのか分からないから、もしかしたら一昨日の内に経験したかもしれないけれど!」
「いや、ここには車で来た。……いや、凄いな。こんな建物があるんだったら、待ち合わせ場所にはちょうど良いかもな」
「おっ! ちょっとはUFOに興味が湧いてきたかな!?」
「UFOのことをあまり外で言わない方が良いと思うぞ。ちょっと気味悪がられると思う」
「そうかな? あ、あそこ、アイスクリーム屋があるよ!」
「良いのか?」
 僕の言った『良いのか?』は、部費を使い込んでも良いのか? という意味だったのだけれど。
 どうやらあずさには、アイスクリームを買ったところでバレやしない、という意味の良いのか? に受け取られてしまったらしく。
「大丈夫、大丈夫!」
「……なら良いけれど」
 まあ、買い込んだところで怒られるのはあずさだ。未だ僕は入部もしていないんだからな。
 そういう訳で、部費の千円のお釣りで、僕たちはアイスクリームを買うに至るのだった。

 

第三種接近遭遇 ⑤

  • 2019/05/21 05:07

「……何ですと?」
「ああ、素晴らしい、部長! ついにやり遂げるんですね!」
「ああ、そうだとも、あずさくん。我々は遂に計画を成し遂げる機会に恵まれたのだ!!」
「ま、可能性の一つという風に捉えて貰えれば良いですけれどね。確定事項かどうかは怪しいですけれど。もしかしたら自衛隊が流したダミーかもしれない」
「ダミーな訳があるか! ダミーだとしても、我々の探究心を満たすためには、やはり現場へ向かうしかないのだ!」
「あ、あの……」
「どうした? このことについて、何か文句があるなら聞こうじゃないか」
「いや、文句とかそういう話じゃないんですけれど……。UFOを観察する、ってどういうことですか?」
「何を言っている、文字通りの意味だ。それ以上に何がある」
「UFOが? 江ノ島に? 出るんですか?」
「ああ、そうだとも! 彼の無線傍受技術は素晴らしいものがあるからね!」
「いや、それ電波法違反ですよね」
「法律に囚われる我々ではない!」
「そういう問題じゃなくて。……あー、もう何処から話せばいいのやら分からない」
「君もUFOに興味があるのだろう!?」
 もう何かの新興宗教じゃないか、と疑ってしまうレベルの感情の起伏だった。
「……確かに興味はありますけれど」
「だーったら、私達の『観察』に付いていくべきだ! そうだ、付いていくべきだとも! それ以上に何の意味があるというのだ!」
「いや、あのですね……」
「ごめんねえ、部長、UFOの話になるとヒートアップしちゃって」
 あずさが声をかけてきた。あずさは向かい側に腰掛けている。
 あずさ曰く、この部活動は宇宙を研究する部活動である、と。そして、未確認飛行物体――とどのつまり、UFOが江ノ島近辺にある自衛隊基地、通称『瑞浪基地』に飛来しているのを目撃したのをきっかけに、UFOの観察を日課にするようになったのだという。
 それからは早く、無線傍受技術を持つ池下さんが入り、興味を持ったあずさが入り、そして僕が連れ込まれた。とどのつまり、順当に行けば、僕は四人目の適格者ということになる。……なんてエヴァ? いや、エヴァだったら僕は初号機に噛み砕かれてしまうので出来ればNGでお願いしたい。
「つまり君で四人目なのだよ! この部活動に入ってくるのは!」
「……はあ、そうですか」
「何だね。もっと興味を持たないのか! 例えば、やってくるUFOはどんなUFOなのか、とか」
「じゃあ、どんなUFOなんですか」
「円盤形のUFOだ。至ってシンプルなUFOだと言われているよ」
「それを見たのは?」
「僕と、池下。あずさくんは一度も見ていなかったんじゃなかったかな」
「へへっ、ちょっとタイミングが合わなくて」
 あずさは笑っていた。
 実はこの活動が嫌いなんじゃないか?
 そんなことを考えていたけれど、あまり言わないことにしておいた。
 だって、言うと面倒臭いし。
「で。UFOを見るにはどうすれば良いんですか?」
「おおっ、早速興味を持ってくれたようで何よりだよっ」
「ちっ、違いますっ。僕はただ、気になっただけで……」
「それを『興味を持った』って言うんじゃないの?」
 言ったのは、あずさだった。
 あずさ、お前、後で覚えておけよ……。
「……とにかく! 今週末、絶対に来てくれよ! そうじゃないと部活動の未来に関わる。沽券に関わることなんだ! 重要なことだと言っても良い!」
「何処がどう重要なのか教えて貰いたいものですね」
「あと一人部員が入らないと、今年度の部費が大幅カットされるんだよー」
「あっ、こらっ、あずさくんっ! それは言わない約束だったはずっ!」
「あー、そうでしたっけ。失礼失礼。今のは忘れて」
 忘れて、と言って忘れることが出来たらどれだけ人間は楽に生きていけるだろうか、
 結局、忘れることなんて出来ないのだけれど。
 

第三種接近遭遇 ④

  • 2019/05/20 23:57

 図書室の副室。そう簡単に言っているけれど、要するに準備室だった。準備室の一部を部室として借りている形になっているらしい。それで良いのか、部活動。生徒会とかあったら一番に検挙されそうな場所だと思うのだけれど。
「……あの、一つ聞きたいんですけれど」
「何だ?」
「部員って、あずさ……さんと、部長だけなんですか?」
「もう一人居るぞ! 多分遅れてやってくるだろうがな!」
「もう居ますよっと」
 図書室で本を読んでいた一人の男子生徒が、こちらに向かって歩いてきた。
「おお、何だ、池下。居るなら居るって言ってくれれば良かったのに!」
「言おうと思っていたんですけれど、何だか騒がしくって。……新入部員? この部活に? 変わっているね、君」
「貴方だって、ここに加入している時点で変わっている人間に見えなくもないですけれど……!」
「まあ、良いじゃないか。図書室を自由に使えるって案外都合が良いんだよ」
「例えば?」
「勉強が出来る!」
「それ、部活動関係ないよね!?」
「あと、本が読める!」
「それも部活動関係ないよね!?」
「ははは! 二人はとっても仲良しだな! これならこの部活にもすんなり馴染めそうだ」
「いやいや! 僕は最初からこの部活に入るなんて一言も言っていませんけれど!!」
「……」
「……」
「……え?」
「いや、え? じゃなくて! 僕は入るなんて一言も言っていません! 勝手にあずさに連れてこられただけです! 寧ろ言ってしまえば拉致ですよ、拉致!」
「その言い方はひどくない!? 一応私は入部試験のつもりであなたに問いかけたはずだけれど!」
「何を言った、言ってみろよ!」
「UFOに興味ない? って」
「確かに言っている……」
「ほら! いっくんはそこで『好きだ』と言ったはず! ということはこの部活動に入る意思有り! さあ、どうですか、部長!」
「確かにこれは否定しようがない事実だな……。受け入れなさい、いっくん」
「くそっ、ここにはまともな人間は居ないのかよ!?」
「ちょっと待てよ。一応仮入部期間というのも考慮してあげないか?」
 そう言ったのは、池下さんだった。
 池下さん、グッジョブ!
「仮入部? ……ああ、一週間あるんだったか。じゃあ、その一週間のうちにこの部活動に魅力を持たせれば良いんだな!」
「うわ、そう来たか」
「心の声が聞こえているぞ、いっくん!」
 部長、いいや、正確には野並さんがそう言ってきた。
 部長と言わなかったのは、僕は未だこの部活動に加入していないからだ!
「だったら、今週末、ちょうどいいんじゃないですか?」
「え?」
 言ったのは、池下さんだった。
「どういうことだ?」
「江ノ島に、あれが出ますよ」
「……まさか、情報が手に入ったのか!?」
「ええ。つい先程ね。簡単でしたよ、無線の周波数を引っ張ってくるのも」
 な、何の話?
 僕は慌てふためいて二人の話を聞いていたのだが――。
「ちょ、ちょっと、先輩方! いっくんが慌てているじゃないですか! いっくんにも説明してあげてくださいよ」
「そうだな……。だったら、副室に入って貰おう。良いな?」
「……まあ、入るくらいだったら」
 という訳で。
 僕は図書室副室へ、宇宙研究部のメンバーとともに入ることになった。
 副室には段ボールが山積みされており、それを片付けるように中心にテーブルが置かれている。そしてテーブルには四つ椅子が置かれていて、まるで元から僕がこの部活動にやってくるかのような感覚に陥らせる。
 駄目だ、それは敵の錯覚だ。陥るんじゃない。
 そう自らを奮起させながら、僕は扉側の椅子に腰掛けた。
 そして、野並さんは部室の一番奥に腰掛けると、こう言った。
「……今週末、我々はUFOを観察する!」
 

第三種接近遭遇 ③

  • 2019/05/20 23:35

「だから、僕は行かないと言っているだろうが」
「えー、そんな話聞いてないなあ」
 二階の廊下を、腕を引っ張られながら歩く僕。引っ張っている相手は、紛れもなく、いや、言わずもがな、あずさである。というか、なんであずさはここまで無頓着に僕につきまとうのだろうか? そんなに、UFOに興味があることが珍しいのだろうか? 宇宙研究部という部活動があるらしいのに?
「……というかさ、引っ張らないで貰えるかな。一人で歩けるよ」
「ほんと? 急に逃げ出したりしない?」
 ……読まれてやがる。
 だとしたら、ここで逃げるのは止した方が良い。
 というか、同じクラスの前後の席だ。逃げ切れる訳がない。
「……なあ、分かるだろ? 君と僕の位置関係的に逃げても無駄だってことが。分かってくれれば、良いんだけれど」
「そ。確かにその通りね」
 そう言って。
 彼女は僕の腕を漸く放してくれた。
「助かった……。これで変な疑いを持たれなくて済むよ」
「変な疑い、って?」
「思春期にありがちな、誰と誰が付き合っているか、みたいなアレだよ、アレ」
「ああ、それね。別に良いじゃない、放っておけば」
「放っておけば、って……。君みたいに図太い性格なら良いかもしれないがね。僕は繊細なんだ。それぐらい理解して欲しいものだね!」
「何よ、それ。私の性格を批判している訳?」
「まあまあ、二人とも。こんなところで喧嘩をしていたら、変な噂を立てられますよ?」
 誰だ!? と僕はそちらを振り返った。
 大柄の男が立っていた。
 いや、制服を着ていたから、生徒か。
 生徒、というにしては大柄過ぎる気がしないでもないけれど。
「あ、部長。新入部員連れてきましたよ!」
「ぶ、部長……? ってか、僕は入るって一言も」
「おお! 新入部員か! とうとう連れてきてくれたんだね!? 一年生という輝かしい部分から、この宇宙研究部という部活に入ってくれる人間を!!」
 眼鏡をくいっとあげながら、叫ぶ生徒。
 うん。やっぱこの部活変な部活だ。
 そう思って踵を返そうとしたそのとき、がしっと肩を掴まれた。
「逃げても無駄、って言っていたわよね、いっくん?」
「い、いっくんって何処から出てきたワード……?」
「ほら、君の名前、――でしょ」
 唐突に僕の名前を口にするあずさ。
 まあ、確かにそうだけれどさ。
「だから、そこから一文字取って、『いっくん』。良いじゃない、前の名前より呼びやすいし。改名したら?」
「お前の思いつきで改名出来る程、市役所は優しい場所じゃねえよ!」
 市役所に行って、『いっくん』で改名お願いします、って言ってOKサイン出たらそれはそれで行政の考えを疑うわ!
「いっくん、か。良い名前だねえ。僕は良い渾名をつけられたことがないからなあ。部長と呼んでくれて構わないよ。あ、ちなみに僕の名前は野並シンジだ。よろしく、いっくん」
「だから、いっくんって呼ばないでくださいよ……」
 家でもいっちゃん呼ばわりされているのに、学校でもいっくん呼ばわりされたらますます僕の名前が分からなくなってしまう現象が発生してしまうじゃないか!
「そうだ。部長。今、何をしていたんですか?」
「うん? 図書室の副室の鍵を借りに職員室に行っていた所だよ。徳重先生が新しい生徒が来たら宜しくね、と言っていたけれど、君がその新しい生徒?」
「はい……、そうです」
 もしかしたら、顔を赤らめているかもしれない。
 そんなことを思いながら、下を向きつつ答える僕。
 にひひ、と笑みを浮かべているあずさには、もう昨日のあのかっこいいイメージはない。薄れている、と言っても良いけれど、完全にゼロと言って良いだろう。あんなイメージを抱いた僕が悪かったんだ。少しでもかっこいいと思った、僕が。
「ああ、そうだったんですね。だったらちょうど良い。先生にも紹介したいところだし、さっさと部屋に入りましょ、部長、いっくん」
「だから、いっくんと大声で呼ぶのは止めろって……」
 こうして。
 僕はほぼ強制的に、宇宙研究部のある図書室副室へと案内されることになるのだった。

 

第三種接近遭遇 ②

  • 2019/05/20 20:24

「どうだった? 先生の様子」
 一時間にわたる説明が終わった後、廊下を歩きながら母は僕に問いかけた。
「未だ学校なんだから、そんなこと言える訳ないだろ」
 僕の言葉に、母はふうん、とだけ言った。
「でも悪く無さそうじゃない。先生も良い雰囲気だったし」
「……雰囲気だけじゃ感じ取れないことだってあるよ。それは、母さんだって学んだことだろ」
「…………それもそうね」
 二階にある小会議室から、職員専用の出入り口まで少し距離があった。僕たちは現状ここの学生(と母親)ではないので、職員専用の出入り口から出ることになっているのだ。
 そこから見える景色といったら、グラウンドとプールだった。
「……プール?」
「プールがそんなに珍しい?」
「いや、だって海があるからプールなんてないものかと」
「田舎はね。でも都会は遠泳禁止ってところが多いし、仕方無いんじゃない? 詳しい話は先生に聞いたら」
「そうだね」
 プールを見ると、何人かの学生が泳いでいた。
 スクール水着のラインが、やけにいやらしく見える。
 ついつい視線を追ってしまうのは、中学生の性なのだろうか。
「……何よ、もしかして水着姿を追いかけていたり?」
「そ、そんなこと有る訳ないじゃない」
「お。慌てたってことはそういうことかな」
「……いやいや、そういうつもりじゃないから! マジで!」
 それはともかく。
 もう一度僕はプールに目線をやった。
 それは何故だか分からない。プールに、もしかしたら見たいものがあったのかもしれない。
 飛び込み台の上に居る、一人の少女。
 青がかったポニーテールの髪型をした少女は、いざ飛び込もうとしたポーズを取っていた。
 そこで。
 僕の視線に気づいたのか、僕の方を振り向いた。
 僕は慌てて目を背けようとしたが、それよりも先に、視線の正体に気づいた彼女は僕にピースサインをした。
 は、恥ずかしい。
 僕はそんなことを思いながら、職員専用の出入り口から外に出るのだった。

   ※

「――です。よろしくお願いいたします」
 次の日のショートホームルーム。僕は普通に挨拶を済ませると、窓際の後ろから二番目の席に案内された。そしてその一番後ろには、見覚えのある姿があった。
「あ、君は昨日の……」
「おっ、のぞき魔くんじゃないか。まさか転入生なんてね」
「ばっ、ち、違うよ!」
「あれ? 木村くんと伏見さんは早速仲良くなっているのかしら? 嬉しいことねえ」
 担任の徳重先生は、そう言って笑顔で僕たちを見る。
「「そんな訳ないですよ!!」」
 僕たちの声は、何処かハモったような気がした。
 それがクラスの笑いを誘う。
 仕方無く、僕はその席に腰掛けた。
 彼女は、後ろからひそひそ声で語りかける。
「あんたのせいで変な空気になっちゃったじゃない」
「僕が悪いって言うのかよ?」
「あんたが悪いわよ。……えーと、私の名前だけれど、伏見あずさ。よろしくね」
 そう言って、あずさは笑いかける。
 何だかこの席も悪くないような気がして――一時間目の授業が始まるのだった。

   ※

「部活、決まっているの?」
 放課後。あずさにそう問いかけられ、僕は首を傾げる。
「どうして?」
「この学校、部活動に入るのが強制になっているから、帰宅部なんて選択肢は不可能よ。一応言っておくけれど」
「そうなの?」
「そうなのよ。それで、貴方に質問なんだけれど」
「うん」
「UFOに興味ある?」
「……は?」
「UFO。未確認飛行物体。宇宙人の乗り物という意味を込めて、エイリアンクラフトなんて呼ばれることもあるわね」
「それが、どうしたって言うんだ? 僕がUFOに興味があることと、何か問題が?」
「興味はあるのか、ないのか。そこが問題なの」
 ない、と言えば嘘になる。
 和風西洋様々なオカルティックな噂に興味を持っていた父の影響で、そのような雑誌を小さい頃から触れていた。オカルティックな噂をテーマにした小説も書いたことがある。それを小学生時代にいじめっ子にクラスで大声で読まされたのは……はっきり言って思い出したくない思い出の一つだ。
「で、どうなの」
 彼女はずい、と前に出て僕に問いかける。
「興味はあるの? ないの?」
「…………あります」
「え? 聞こえない」
「あります! オカルトに興味があります!」
「それで宜しい!」
 彼女は手を差し出し、僕に笑みを浮かべてきた。
「それじゃあ、招待するわ! 貴方を『宇宙研究部』に!」
 ――宇宙研究部?
 僕の頭は、直ぐに疑問でいっぱいになるのだった。

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