第三種接近遭遇 ⑦
- 2019/05/21 20:06
「ただいま……」
「おかえりなさい。あら? どうしたの、元気ないみたいだけれど」
家に帰ると、母が食事の準備をしていた。母は料理は苦手だけれど、作らない人間ではない。ついついコンビニに頼りがちな家庭でもあるかもしれないけれど、しかしながら我が家はそんなことがないので、そこについては良い家庭なのかな、と思っている。
ぐつぐつ煮込む何かは、良い香りをしていた。肉じゃがか何かだろうか。
「僕は大丈夫だよ。それより、今日のご飯は何? 肉じゃが?」
「そうよ。貴方好きでしょう?」
「うん」
母の作る肉じゃがは副菜というよりかは主菜になり得るおかずである。味が濃いため、それだけでご飯の友になるのだ。
学生服を着替え、いつものジャージ姿になる。
「お腹空いたでしょう、もうすぐご飯出来るから」
「父さんは?」
「お父さんは、今日も忙しいから遅くなるって。何でも宴会があるんだって」
この場合の宴会は、いわゆる仕事後の飲み会ではなく、仕事の宴会を意味している。どういうことかといえば、やっぱりそこは料理人として腕を奮う必要が出てくる訳であって、結果的に帰るのが遅くなる――という理論だ。
「じゃあ、食べちゃおうか。ご飯は?」
「面倒臭いからどんぶりにしちゃって良い?」
「良いよ」
そう言うと、炊飯器からよそったご飯の上に肉じゃがを汁たっぷりでかけ始めた。
これが我が家に伝わるお袋の味、『肉じゃが丼』である。
テーブルにそれが置かれると、醤油の香ばしい香りが辺り一面に広がった。
僕は座り、箸を手に取る。そして「いただきます」と言って、どんぶりを手に持ち、そのまま肉じゃがの一欠片を口にかっ込んだ。
直ぐに醤油の味とじゃがいものほくほく具合が口の中に広がっていく。その味を忘れないうちに白飯を口に入れていく。ああ、美味い。
「美味しいよ」
「ほんと、あんただけだよ。お父さんはいちゃもんをつけて味付けに文句ばかり言ってくるから……」
「それは料理人として仕方ないんじゃない?」
「何それ。あんた、お父さんの肩を持つつもり?」
「いや、そういうつもりじゃないけれどさ……」
食事はゆっくりと進んでいく。
我が家では、あまり食事中に会話をしない。それは会話をするな、と決めた訳じゃないけれど、いつしかそのようになってしまった、と言った方が正しいのかもしれない。
そして、いつしかテレビを見ながらご飯を食べるようになった訳である。流石に無音では、困る。
「そういえばさ」
「何?」
「今週末、部活動で少し出歩くことになったんだけれど」
「何、あんた、もう部活動入ったの? どんな部活動?」
「……宇宙研究部って部活動」
「…………変わった部活動ね」
「それを言われちゃおしまいなんだけれど」
咀嚼をし終えて、さらに話を続ける。
「それで? その部活動でどう出歩くことになったの?」
「星を見ようって話になったんだよね」
流石に『UFOを見に行く』とは言えるはずもない。
母さんには悪いけれど、少し嘘を吐くことにしよう。
「星を見に行く? 良いじゃない、神秘的で。何処でやるの?」
「学校の屋上で。一時間から二時間ぐらいで終わると思うよ」
「送り迎えしようか?」
「良いよ、そこまでしなくても」
「そう?」
「だって仕事もあるだろ」
「そりゃそうだけれど」
それに、送り迎えなんてされてしまっては、せっかくの嘘が無駄になる。
だから出来ることなら関わって欲しくない、とそう思う訳だ。