第三種接近遭遇 ⑥
- 2019/05/21 05:34
「後の議題は何かあるかい? もしかして、これでお終い? だとすれば、会議はお終いになる訳だけれど」
「集合場所、何処にしやすか」
「片瀬江ノ島駅で良いだろう! UFOの飛来時間は何時だ?」
「午後八時となってますね」
「だったら午後七時に片瀬江ノ島駅集合! ……あー、でも、あれか。いっくん、君はここに来て日が浅いんだったか」
日が浅いどころか昨日来たばかりですが。
「あずさくん! 今日、彼を片瀬江ノ島駅に連れて行ってくれ! 集合場所はそこで教えることにしよう!」
「あいあいさー」
右手で敬礼をするあずさ。ちょっ、本人の了承なしで物事が進んでいるんだけれど、それってどういうことなのかな!?
とまあ、そんなことを言ったところで物事が解決する訳もなく、結局僕たちの会議はそのまま幕を下ろしてしまった。
会議としての幕を下ろした後は、個々人の活動になるらしい。野並さんは勉強をするためにたくさんの本を取り出してはテーブルに積み上げていく。池下さんは趣味? のラジオを弄くり回している。
僕とあずさはというと、何もすることがないから、二人で面と向き合ってしまっている。
「……何をしても構わない訳だけれど」
「何をしても問題ないと言われてもだね。やっぱり、少し躊躇ってしまうところがある訳だよ。僕は未だここに来て三日目だぞ?」
「だったら二人で観光でも行ってきたらどうだ? ほら、さっき言った片瀬江ノ島駅に向かうのもアリだ。江ノ電に乗っていけばそう距離もかからないし」
「江ノ電に乗って、って……。放課後にそんな遠くに行くのはどうかと思いますけれど」
「はっはっは! 江ノ電に乗って鎌倉や藤沢に行くのは日常茶飯事だぞ、いっくん! それとも、二人で行くのがそんなに恥ずかしいかね?」
「そ、そんな訳は!!」
「だったら行けるだろう。ほら、一緒に行ってくるが良い」
そう言って、野並さんは財布から千円を取り出した。太っ腹だ。
「部費ですね」
「部費だ」
部費なのか……。
少し落胆してしまった僕をよそに、あずさはそそくさと帰る準備をしている。
僕も帰る準備をしなければ、そう思って鞄に筆箱やらなんやらを仕舞い出すのだった。
※
七里ヶ浜駅には、ウインドサーフィンのマストをモチーフにしたオブジェが設置されていた。
「これはね、ここが湘南の海岸沿いにある駅だから、こういうのがついているんだよ」
「成程ね……。確かにさっきからサーフィンボードを持った人と良くすれ違う訳だ」
「そういえば、ICカード持っているかな?」
「ICカード? Suicaなら持っているけれど」
「なら万事OK。チャージは大丈夫かな?」
「五百円ぐらいなら入っているはずだけれど……」
「それならOK。江ノ島駅でチャージ出来るからね。さっ、電車が来たから乗ろう!」
見ると、ホームに電車が入り込んできた。
それを見て、僕たちはICカード簡易改札機にICカードをタッチして、電車に乗り込むのだった。
電車はガラガラで、直ぐに座ることが出来た。
「何処で降りるんだ?」
「さっき言ったじゃない、江ノ島。ここから行くと四つ目だね。……あ、信号場が見えてきた」
「信号場?」
「江ノ電は単線だから、途中でこんな感じで交換設備があるんだよ。多分もうすぐ止まるはず」
すると彼女の言った通りに、電車が止まった。
直ぐ横にはレールが走っているが、電車がやってくる様子はない。
少し待っていると、直ぐ横に電車がやってきて、その電車も停止する。
それを合図に、僕たちの乗っている電車はゆっくりと動き出した。
「ね?」
「ね? と言われても……。僕の昔住んでいたところじゃ、こんなのなかったけれどさ」
「ないなら、少しは驚きなよ! わーいとか、すごーいとか!」
「いや、そう簡単に驚ける訳ないだろ……」
それから彼女は腰越駅と江ノ島駅の間にある併用軌道(車と電車が併用して走ることの出来る区間のこと。道路上をレールが敷かれていて、そこを電車が走るという形)についても熱弁してくれたけれど、何だか眠くなってしまったので特に話は聞いちゃいなかった。
江ノ島駅に着いて、改札機を出ると、あすさは腕を引っ張ってきた。
「何だよ、腕を引っ張るんじゃないよ」
「ここから片瀬江ノ島駅までは少し歩くからさ。だから!」
「だから、何だよ。別に良いだろ、ばらばらで歩いても」
「そうかもしれないけれど……。うー、ケチ」
「ケチで結構」
少し歩くと、赤い竜宮城のような建物が見えてきた。
「凄いでしょ、これが片瀬江ノ島駅だよ! いっくんがどうやってここに来たのか分からないから、もしかしたら一昨日の内に経験したかもしれないけれど!」
「いや、ここには車で来た。……いや、凄いな。こんな建物があるんだったら、待ち合わせ場所にはちょうど良いかもな」
「おっ! ちょっとはUFOに興味が湧いてきたかな!?」
「UFOのことをあまり外で言わない方が良いと思うぞ。ちょっと気味悪がられると思う」
「そうかな? あ、あそこ、アイスクリーム屋があるよ!」
「良いのか?」
僕の言った『良いのか?』は、部費を使い込んでも良いのか? という意味だったのだけれど。
どうやらあずさには、アイスクリームを買ったところでバレやしない、という意味の良いのか? に受け取られてしまったらしく。
「大丈夫、大丈夫!」
「……なら良いけれど」
まあ、買い込んだところで怒られるのはあずさだ。未だ僕は入部もしていないんだからな。
そういう訳で、部費の千円のお釣りで、僕たちはアイスクリームを買うに至るのだった。