第三種接近遭遇 ⑩
- 2019/05/22 16:45
そして、午後八時。
池下さんが傍受した通信によれば、この時間にUFOが飛び立つはずだった。
しかしながら、カメラをじっと眺めている野並さんは何も反応をしなかった。ということは、UFOは観測できていないということになる。
それにしても、六月という時期の割りに、今日は冷える。
「いっくん、だったか」
「何ですか?」
もういっくんでいいや、と思いながら池下さんの言葉を聞いた。
「この江ノ島はマリンスポーツで有名なんだ。泳ぐには良い場所だよ」
「急にどうしたんですか」
「良いか、海は良いぞ」
「どれくらい良いんですか?」
「どれくらい良いんだろうなあ……。でも飛び込むには気持ち良いぞ。江ノ島の辺りから飛び込むとな、気持ち良いんだ」
「へえ、そうなんですか」
「ま、今年は未だ海開きもしていないし、海開きしてからだな。いずれにせよ」
「おいっ!! そんなことを言っている場合じゃないぞ!!」
野並さんが唐突にそんなことを言い出したので、いったい全体何が起きたのかと思っていたら――。
目の前に、ふよふよと円盤が浮いていた。
「え、円盤……。UFOはほんとうにあったんだ……!」
「さ、撮影を早くするんだ!」
「もうやっているよ!」
僕たちの目の前に、ふよふよと浮かんでいるUFO。
まさか、UFOがほんとうに目の前に出てくるなんて、思いもしなかった。
「……というか、滞空していないか?」
確かに。
UFOといえば、滞空しているというよりかは、高速で移動している印象が強い。
しかしながら、今目の前に居るUFOは、僕たちの目の前で滞空している。
それが普通なら『有り得ない』。
有り得ないはずなのに、有り得なかったはずなのに。
「どうして……どうして、目の前に滞空しているんだ!?」
しかし、カメラは離さない野並さん。
将来はカメラマンにでもなるつもりだろうか。だとすれば立派な逸材な気がするけれど。
しかし、UFOはそれ程長く滞在するつもりはないらしい。
UFOはゆっくりと僕たちの目の前に滞在した後、予兆なく、高速で移動を開始していった。
目的地は、再び瑞浪基地。
それを見た僕たちは、ただ呆然とするばかりだった。
「……な、何だったんだ、いったい……」
「分かりませんよ、そんなこと。僕だって……」
「いっくん、これで宇宙研究部の意味を理解してくれるようになったか……?」
「少しですが、分かったような気がします……」
ほんとうに、ほんの少しだけれど。
この部活動が存在している意味というか、存在している意義というか、そういうものが分かったような気がする。
「我々の目的は、UFOを観察することと、と言ったがあれは第一段階に過ぎない」
野並さんは僕に向かってこう語りかけた。
確かにUFOを観察することがゴールであるならば、この前(そのときは僕は参加していなかったけれど)あったということで解決しているはずだ。
では、ゴールは何なのか?
ちょっとだけ嫌な予感がしながら、僕は話を聞いていたのだった。
「最終的に、瑞浪基地に飛来するUFOの正体を突き止める! それが我が宇宙研究部の未来でありゴールだ!」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………正気ですか?」
「何をぽかんとした表情を浮かべているのだ、いっくん! 僕たちは常に本気だぞ!!」
「いや、本気と言っていなかったらそれはそれで良かったんですけれど。……そっかあ、本気なのかあ…………」
「何だよ、僕たちの使命を舐めているのか!?」
「別に舐めているつもりはないですけれど」
「だったら前に突き進むのみ! 今日は良い写真が撮れたから帰るぞ! あんまり夜更かしをしても困るしな! 現像した写真は明日見せてあげることにしよう!」
別にデジカメだから今でもデータは見られそうなものだけれど。
そんなことを言いたかったけれど、結局僕たちはその場で解散することになるのだった。
※
「今日は面白かったね、いっくん」
帰り道、江ノ電にて。あずさが隣に座っていて、僕に問いかけてきた。
「まあ、そうだね。……UFOがほんとうに見られるとは思いもしなかったけれど」
「ねえ、いっくんは部長の言っていることを、本気に考えている?」
「部長……野並さんの言っていること? ああ、あれか」
UFOの正体を突き止める。
そんな、普通なら出来るはずのないことを、高々と発言するのは正直どうかと思っていたけれど、しかしながら、それが間違っているとはっきりとは言えない僕が居た。
きっと、僕も僕で、それに興味を抱いていたのかもしれない。
「……もしかして、いっくんもそういうロマンを求める派?」
「求めているか求めていないか、だったら求めている方に入るのかな」
「だったら、宇宙研究部にぴったりの人材だと思うけれど。どう? やっぱり未だ入りたいとは思わない?」
「何だよ、急に」
「強制はしないよ」
あずさは立ち上がる。
ちょうど七里ヶ浜駅に電車が到着したからだ。
僕も立ち上がり、電車から降りる。ICカードの簡易改札機にICカードをタッチして、外に出た。
外は暗く、電灯の明かりしか僕たちを照らすものがなかった。
「もし、逃げるなら今のうちだと思うよ」
あずさの言葉は、僕に重くのしかかった。
しかし、『逃げる』とはどういうことだろうか?
僕はその言葉の真意を聞くことが出来ないまま――あずさと別れるのだった。
明日からは、きっとまた、宇宙研究部での一日が始まる。
そんなことを胸に秘めながら、僕は家へと帰っていくのだった。