第三種接近遭遇 ③
- 2019/05/20 23:35
「だから、僕は行かないと言っているだろうが」
「えー、そんな話聞いてないなあ」
二階の廊下を、腕を引っ張られながら歩く僕。引っ張っている相手は、紛れもなく、いや、言わずもがな、あずさである。というか、なんであずさはここまで無頓着に僕につきまとうのだろうか? そんなに、UFOに興味があることが珍しいのだろうか? 宇宙研究部という部活動があるらしいのに?
「……というかさ、引っ張らないで貰えるかな。一人で歩けるよ」
「ほんと? 急に逃げ出したりしない?」
……読まれてやがる。
だとしたら、ここで逃げるのは止した方が良い。
というか、同じクラスの前後の席だ。逃げ切れる訳がない。
「……なあ、分かるだろ? 君と僕の位置関係的に逃げても無駄だってことが。分かってくれれば、良いんだけれど」
「そ。確かにその通りね」
そう言って。
彼女は僕の腕を漸く放してくれた。
「助かった……。これで変な疑いを持たれなくて済むよ」
「変な疑い、って?」
「思春期にありがちな、誰と誰が付き合っているか、みたいなアレだよ、アレ」
「ああ、それね。別に良いじゃない、放っておけば」
「放っておけば、って……。君みたいに図太い性格なら良いかもしれないがね。僕は繊細なんだ。それぐらい理解して欲しいものだね!」
「何よ、それ。私の性格を批判している訳?」
「まあまあ、二人とも。こんなところで喧嘩をしていたら、変な噂を立てられますよ?」
誰だ!? と僕はそちらを振り返った。
大柄の男が立っていた。
いや、制服を着ていたから、生徒か。
生徒、というにしては大柄過ぎる気がしないでもないけれど。
「あ、部長。新入部員連れてきましたよ!」
「ぶ、部長……? ってか、僕は入るって一言も」
「おお! 新入部員か! とうとう連れてきてくれたんだね!? 一年生という輝かしい部分から、この宇宙研究部という部活に入ってくれる人間を!!」
眼鏡をくいっとあげながら、叫ぶ生徒。
うん。やっぱこの部活変な部活だ。
そう思って踵を返そうとしたそのとき、がしっと肩を掴まれた。
「逃げても無駄、って言っていたわよね、いっくん?」
「い、いっくんって何処から出てきたワード……?」
「ほら、君の名前、――でしょ」
唐突に僕の名前を口にするあずさ。
まあ、確かにそうだけれどさ。
「だから、そこから一文字取って、『いっくん』。良いじゃない、前の名前より呼びやすいし。改名したら?」
「お前の思いつきで改名出来る程、市役所は優しい場所じゃねえよ!」
市役所に行って、『いっくん』で改名お願いします、って言ってOKサイン出たらそれはそれで行政の考えを疑うわ!
「いっくん、か。良い名前だねえ。僕は良い渾名をつけられたことがないからなあ。部長と呼んでくれて構わないよ。あ、ちなみに僕の名前は野並シンジだ。よろしく、いっくん」
「だから、いっくんって呼ばないでくださいよ……」
家でもいっちゃん呼ばわりされているのに、学校でもいっくん呼ばわりされたらますます僕の名前が分からなくなってしまう現象が発生してしまうじゃないか!
「そうだ。部長。今、何をしていたんですか?」
「うん? 図書室の副室の鍵を借りに職員室に行っていた所だよ。徳重先生が新しい生徒が来たら宜しくね、と言っていたけれど、君がその新しい生徒?」
「はい……、そうです」
もしかしたら、顔を赤らめているかもしれない。
そんなことを思いながら、下を向きつつ答える僕。
にひひ、と笑みを浮かべているあずさには、もう昨日のあのかっこいいイメージはない。薄れている、と言っても良いけれど、完全にゼロと言って良いだろう。あんなイメージを抱いた僕が悪かったんだ。少しでもかっこいいと思った、僕が。
「ああ、そうだったんですね。だったらちょうど良い。先生にも紹介したいところだし、さっさと部屋に入りましょ、部長、いっくん」
「だから、いっくんと大声で呼ぶのは止めろって……」
こうして。
僕はほぼ強制的に、宇宙研究部のある図書室副室へと案内されることになるのだった。