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観測活動の再開 ⑪

  • 2019/06/04 20:46

 鎌倉カメラ店に戻ると、店主のおじいさんがうんうん唸っていた。
「どうしたんだ、じいさん? まさかカメラ、直らなかったんじゃ……」
「おおっ、来たか、小僧。言ってやろう言ってやろうと思っていたんじゃ。……お前、わしを馬鹿にしに来たのか?」
「何のことだよ」
 池下さんの言葉に、さらに声を荒げるおじいさん。
「分かっておっただろうが! これは、『壊れておらん』! 綺麗に整備されている代物じゃよ!」
「え?」
 それを聞いた池下さんは目を丸くしてしまう。
 いや、それどころじゃない。
 僕達だって、目を丸くしてしまった。
 どういうことだ? 壊れていると言ったのは池下さんだから、池下さんに聞かないと全てがはっきりと見えてこないのだけれど、それでも理解できない。池下さんが嘘を吐いたっていうのだろうか?
「先輩、嘘を吐いたんですか?」
「そんな訳あるかよ。……おい、じいさん。嘘は良くねえや、それは壊れているって言っただろ? だから修理してくれってわざわざ持ってきたんだからさ」
「いやいや、だから言ったじゃろうが。これは壊れていない。完璧に手入れが為されているよ。経年劣化による故障でもしたかと思えば、そのような様子も見られないしのう……」
「どういうことだ、じいさん」
「言った通りのことだ。このカメラは壊れていない。……金も要らんよ。わしゃあ何もやっていないからな」
 そう言われて。
 カメラを受け取った池下さん。
 何かを言いたそうな表情を浮かべていたが、そのまま踵を返し、外へ出て行った。
「お、おい、池下!」
 部長に呼ばれて、そこで漸く立ち止まる。
「……じいさんの言った通りだ。さっさと帰るぞ。後は何をするか分かっているな?」
「何をする、って……」
「分かりきった話だろうが。今日は晴天の予報だ。夜になっても、それは変わらないはずだ。そうだろう?」
「あ、ああ。そうだったはずだ。だが、それがどうした?」
「もう一度、観測をしようぜ」
 池下さんは振り返る。
 僕達の方を向いて。
 彼はそう言い放った。
「もう一度、観測をするんだ。それで壊れているか壊れていないか、全員で見直そうじゃねえか」

   ※

 江ノ電に乗って、僕達は今日のことについて話し合った。
「取り敢えず、いっくんは一度家に帰るんだね?」
「……ええ。一応親には話しておいた方が良いと思うので」
 流石に何も言わずに『今日は夜にUFOの観測をするから』などと言える訳がない。母さんには悪いが、誕生日プレゼントを手渡しておくことにしておこう。それで全て解決するとは思えないけれど。
「それじゃ、それ以外の人間は江ノ島に向かおう。問題ないね?」
「はい!」
「……分かった」
「了解っと」
 全員が、それぞれ言葉を上げる。
 アリスは何だか面倒臭そうな表情を浮かべているけれど、大丈夫だろうか?
「アリスもそれで問題ないの?」
「……どうしてあなたがそれを決めるの?」
 そりゃ、そうかもしれないけれど。
 アリスだって、やりたくないときはやりたくないって言って良いんだぞ。
「アリスは、やりたいからここに居るんでしょう? ねえ」
 あずさの言葉に、アリスはこくりと頷いた。
 良いのか、アリス、それで。
 僕はそれ以上言葉を言うのは辞めた。アリスに悪いと思ったし、そもそもメンバーに悪いと思ったからだ。メンバーが『今日はUFOの観測をやるぞ』と言っている中、僕だけ『やりたくありません』だの『やりたくないんじゃないか』だの言うのは間違っていると思ったからだ。だから、それ以上のことは言いたくなかった。それ以上のことは、否定したくなかった。それ以上のことは……ああ、もうどうだって良かった。
「それじゃ、いっくんだけ七里ヶ浜駅で下車、だね!」
「そういうことになるね」
 僕だけ、一度降りる形になる。
 カメラは持ち合わせているので、既にUFOの観測は出来るといった形か。
 時間も夕方とちょうど良い。いつUFOが飛来するか分からないけれど、僕達にとっては完璧な時間帯だ。そう思いながら、僕は七里ヶ浜駅に到着するのを、ただひたすら待つのだった。

 

観測活動の再開 ⑩

  • 2019/06/04 16:48

「結局、」
 僕が話を切り出した。
「――『北』がどうしてこようと、アメリカが介入しないと戦争なんて出来やしないんじゃないの?」
「そうなのかもしれないけれど、でも、難しいところはあると思うよ。やっぱり、戦争なんて誰もしたがらない。けれど、ロボットや人工知能が発達しきっていない現状からして、結局誰かが死んでしまうことになる。それは当然であり当たり前であり、仕方のないことだと思う。……結局、人は死ぬんだよ」
 列が一歩前に進む。
 あずさの考えは、何処か戦争に進みがちな考えのような気がした。
 戦争に進まなくても生きていけるんじゃないか、って半分平和ぼけな考えをしている僕とは、対照的な考えの持ち主だった。
「でもさあ、やっぱり戦争なんて起きて欲しくないと思うよ。起きて欲しいと思うのは、それこそ戦争産業と呼べるような存在だらけだと思うし。例えば、兵器開発だとか」
「兵器開発をしている企業が、この国にどれだけ存在していると思っているの?」
 戦争をしていない――だから兵器開発はしない、なんて話は嘘になる。
 結局、自衛のために、自らを守るために、兵器開発は進められており、今もなお供給が続けられている。だから結局のところ、平和を守っている国だからといって、戦争の道具になる兵器を開発していない訳がないのだ。
 治安だってどんどん悪くなっていく訳だし。
「……確かに、兵器開発をしていないことはないと思う。現に、この国の自衛隊への予算はどんどん拡張している訳だしね。宇宙部隊なんて結成されるぐらいだ。人工衛星やロケットを討ち滅ぼすための兵器開発なんて進められているぐらいなんだし、それぐらい当然といえば当然なのかもしれないけれど」
「まあ、難しい話になるけれど、私の議題はそういう方向に持って行くことになるのかなあ、って思うよ」
「どういう方向?」
「この国が、平和を目指しているのか否か」
 僕達の番がやって来た。
「いらっしゃいませー」
 すっかり疲れ切った表情を浮かべている店員さんに、鳩サブレーを注文する。
 分けてお願いするようにしたら、少し面倒臭そうな表情を浮かべていたけれど、しかしながら、ちゃんと対応してくれたのはやっぱりプロだというところだろう。
「やっと買い物が出来たね。長々とありがとう、いっくん。いっくんじゃないと、こんな話出来ないからさ」
「……僕以外にも適任者は居るんじゃないのか? 例えば部長とか」
「……あの人、時折怖いと思う時があるんだよ」
「怖い?」
「UFOに関する興味を――失ってしまうんじゃないか、って時が」
「……そりゃ、人間は生きているからね。いつかは興味を失う時だってやって来るんじゃないかな」
「そうかな? 私はそれが……とても怖いのよ」
「どうして?」
「だってこの部活動って実質部長のワンマン経営でやって来ているようなものでしょう? そこで、部長がやる気を無くしてしまったら……」
「しまったら……?」
「この部活動は、終わりを迎えてしまう」
 ミーン、ミーンと。
 蝉は未だ鳴いていた。
 少し待っていると、部長達がやって来た。
「やあやあ、遅くなってしまったようで、済まなかったね。僕達に気にせず、涼しいところで休憩していてくれれば良かったのに。LINEで連絡貰えれば、そっちに向かっていたよ?」
 そういえば。
 そんなことをすっかりと忘れてしまっていた。
 だったら炎天下の中、待つこともなかったな――なんてことを思いながら、僕は笑みを浮かべる。
「そうですね。すっかり忘れていましたよ。……ところで、時間的にそろそろどうですか?」
「時間? ……ああ、カメラの修理のことね」
 まるで忘れていたかのような物言いだ。
 僕が言わなかったらそのまま江ノ電に乗って帰って行ったんじゃないだろうか、と思ってしまうレベルだ。
「冗談冗談、忘れる訳がないだろう? 何せあのカメラがなければUFOを観測することも出来やしないんだ。僕達にとってみれば、あれは救世主だよ」
「救世主?」
「部費で賄えるレベルで、最高峰のカメラだということだ」
 池下さんが補足する。
 成程。先程ブルジョワだと思っていたあの二万円は部費から出ていたのか。それなら一気にあのお金を出したのも納得。
 そう思って。
 僕達は一路、鎌倉カメラ店へと戻ることになるのだった。

 

観測活動の再開 ⑨

  • 2019/06/04 16:25

「ところで、いっくんは文化祭に出す『新聞』のネタって決めた?」
 新聞?
 ……ああ、そういえば、部長がそんなことを話していたような気がする。
 宇宙研究部は(今年創立されたばかりの部活動だけれど)、例年新聞を発行しているのだ、と。そしてその新聞のネタは各自部員に任せる、のだと。
「うーん、そうだなあ。未だネタは決まっていないよ。けれど、UFOに関するネタにするのは自明じゃないかな」
「どうして?」
「どうして、って……。この部活動、『宇宙研究部』と名乗っている割りにはUFOに関するパーセンテージが多いだろ。だったら、UFOに関するネタに決め込んでおいた方が良いじゃないか」
「そういうものなの?」
「そういうもんさ」
 僕は軽口を叩くように、彼女にそう言い放った。
 そういえば、アリスやあずさはどういうものを書くのだろう。全然想像がつかない。
 僕はそんなことを思いながら、さらに話を続ける。
「そういうあずさはいったい何を書くつもりなのさ? あずさだって、書かない訳にはいかないだろ?」
「瑞浪基地に関する噂でも書こうかな、って思っているけれど」
「瑞浪基地に?」
「うん。あの基地って、結構謎深き場所なのよね。実はおじさんがそこに務めているけれど、全然情報は教えてくれないし。だったら私達の手で勝手に分析しちゃおう! って算段。どう? 悪くないでしょう?」
 確かに、悪くないかも。
 教えてくれないなら、勝手に言ってしまえば良い。
 それは面白い方法なのかもしれない。
「あの基地って、やっぱり何か変な噂ってあったりするの?」
「UFOが飛び立つ噂ぐらいは知っているでしょう?」
 知っているどころか、目撃しちゃった訳だけれど。
「そのUFOは、元々宇宙部隊である自衛隊が所持しているものだって噂もあるぐらいだよ。何せ自衛隊は裏でアメリカ軍と繋がっている。それぐらいは持っていてもおかしくないだろうけれど」
 ミーン、ミーン、と。
 蝉が鳴き出した。
 それを聞きながら、さらに話を続ける。
 列は未だ半分も捌き切れておらず、良く見たら人数がさっきから増員されていた。
「アメリカ軍と繋がっているって、そんなの噂程度の話だろ?」
「『北』が戦争を仕掛けている、ってのも噂程度の話だと思わない?」
「……『北』ねえ」
 北。
 文字通り、北にある半島国家。全世界的に我儘を言い通した挙げ句、国連に参加したいだの、領土を広げたいだの、そのくせ求めているのが世界平和と言われているだの、訳の分からない国家である。
 その、訳の分からない国家が、戦争を仕掛けようとしている。
 それも、全世界を敵に回して。
 それは随分と有名な噂話の一つだったし、僕も聞いたことがある話の一つであった。
「北の話は誰も開けっぴろげにしないけれど、それがどれぐらい大変な話だってことは誰だって分かっている。けれど、この国が戦争を出来ない理由がある。それは、いっくんだって知っているんじゃない?」
「……日本国憲法」
 小学生でも分かっている、憲法九条。
 日本国は、戦争をしない――そんなこの国独自の憲法が、それを邪魔していたのである。
「防衛ならば何の問題もないけれど、自分で攻撃をするのは問題である――厄介な法律の一つよね。最終的に自国の人間を守るためには重要なことなのかもしれないけれど」
 列は、未だ三分の一程度残っていた。
 

観測活動の再開 ⑧

  • 2019/06/03 22:13

 鶴岡八幡宮。
 何でも日本三大八幡宮の一つとも言われているそれは、若宮大路の突き当たりにあった。そもそも若宮大路自体が表参道なのだから、その突き当たりにあるのが鶴岡八幡宮であって当たり前であるのは確かなのだけれど。そもそも僕は神社に詳しくないから、あんまり言える立ち位置にはない。そもそもこれって神社なのか? 寺ではないよな……。神社と八幡宮って何が違うんだろう?
「八幡神を祭る神社だから、八幡宮って呼ばれているだけで、八幡宮自体はただの神社と変わりないぞ」
「え? そうなんですか?」
「そうなんだよ。それぐらい常識だろ」
 ……知らなかった。
 そもそもそんなこと常識にされても困る、というのが僕の考えなのだけれど。
 手水舎に向かい、先ずは一礼。右手で柄杓を手に入れて、手水を掬う。そのまま左手を清める。その後は左手に柄杓を持ち替えて右手を清める。次にもう一度右手に柄杓を持ち替えて、左の手のひらに手水をためて口を濯ぐ。そしてもう一度左手を清める。最後に柄杓の柄を清めれば、手水舎でやることは以上だ。
「……へえ、やり方はきちんとマスターしているのね」
「……父が作法には厳しいから」
 ハンカチで濡れた手を拭きながら、あずさの言葉に答える。
「お父さんが? へえ、面白いね」
「面白いって、何が?」
「いっくんって、意外と家族のことについて話したことないじゃん」
 そうだろうか。
 僕はそう思いながら、先輩方が手水を終えるのを待った。
 全員が清め終わったら、後は参拝するだけだ。
 本堂に向かい、お金を入れて、鐘を鳴らして、二礼二拍手一礼。それで後は願いを神様に聞き届けて貰うだけ。それが叶うかどうかは本人の努力次第なような気がするけれど。
「……さてと、参拝も終わったことだし、ゆっくり表参道でも見て回るか? そういえば、いっくん」
 部長が急に僕のことを呼んだので、僕はたじろいでしまった。
 というか、部長にいっくん呼ばわりされるのも何だか珍しい。
「どうしましたか?」
「どうしましたか、って……。確かいっくんは、お母さんの誕生日が近いって言ってなかったか?」
 言っていたっけ?
 言っていたような気がする。
「確かにそうですけれど……、それがどうかしましたか?」
「どうかしましたか、って……。親は大事にしておけよ。ここでお母さんの誕生日プレゼントでも購入しておけばどうだ? 生憎ここは観光地として有名な鎌倉だ。そういうものは数多く取りそろえているぞ」
 さて、そこで。
 僕は手持ちのお金を確認する。
 今回の移動で持ち歩いていくお金は必要最低限にしていた。とはいえ、何とかかんとか言われてしまい五千円は持ち歩いている。
 Suicaへのチャージは未だ残っているし、五千円使い切っても何とかなるだろう。
「……じゃあ、何か買い物でもしましょうか。オススメとかありますか?」
「オススメか? 何でも一番オススメは鳩サブレーだな!」
「鳩サブレー?」
「聞いたことないのか?」
「いっくん、教えてあげるよ! 鳩サブレーというのはね! 文字通り鳩の形をしたサブレーのことを言うんだよ! 以上説明終わりっ!」
「……うん」
 サブレーって何だ?
「サブレーのことを説明してやれ、あずさ。サブレーというのはな、ビスケットの一種だよ。要するに、鳩の形をしたビスケットってことだ」
「それが有名なんですか? 鎌倉じゃ」
「うん。恐ろしいぐらいに」
「恐ろしいぐらいに」
「そうだ」
 恐ろしいぐらいに、有名なのか……。
 僕達は取り敢えず鳩サブレーを見に行くために、駅前にあるという『豊島屋』に向かうのだった。

 

     ※

 

 

 豊島屋は混んでいた。
「うわあ……」
「な? 有名だろ?」
「はい。言ったことが分かったような気がします……」
 それにしてもこの人気。
 まるで鎌倉に居る観光客が全員この地に来ているような感覚に陥ってしまう。
「どうする? 鳩サブレーじゃなくて別の選択肢もあるぞ? さっき何かおしゃれな菓子を見つけたけれど」
「いや……ここにします。こういう素朴なものが似合う家庭なので」
「そうなのか?」
「そうなんです」
「だったら構わないが。……俺達は暇だから観光でもしているぞ? お前はここに居ろ」
「えー。私も観光したーい」
「つべこべ言うな。知っている人間が残っていないと話にならないだろ」
 ……という訳で。
 あずさと僕が、豊島屋に並ぶことになるのだった。
「私も叔父さんに鳩サブレー買っていこうっと。……というか、私も鎌倉来るのは何度目ぐらいかなんですけれど。別に地元でもないし」
「そうなのか?」
「そうなんだよ。最近引っ越してきたばかりでね。だから鎌倉に来たのは……ほんとうに、片手で数える程度?」
 そうなのか。
 だのにまるでこの地元に馴染んでいるような感じ。それは彼女の持ち味なのかもしれないけれど。
「ねえねえっ。もっと話しようよ、話。私暇すぎて死にそうだよ」
「スマートフォンにアプリとか入れていないのかい」
「二人で居るのに二人ともスマートフォン弄くりまくっているとかないでしょ! だったら、話している方がよっぽど有意義だと思うよ?」
 そうだろうか。
 でもまあ。話をするのは悪くない。
 そう思いながら、僕とあずさは会話に興じるのだった。

 

 

観測活動の再開 ⑦

  • 2019/06/03 21:40

 鎌倉カメラ店までは徒歩十分ぐらい、鶴岡八幡宮の表参道である『小町通り』から一本離れたあたりになる訳だが、別段僕達が気になったことはない。どちらかといえば、良くこの道を覚えているな、と池下さんの記憶力を褒め称えたいと思ったぐらいだろうか。上から目線かもしれないけれど。
 鎌倉カメラ店は寂れたたたずまいだった。ほんとうに営業しているのか分からないぐらい寂れていたけれど、そんなことを気にせず池下さんは入っていった。
「あ、ちょっと、池下さん!」
「何だよ?」
「勝手に入って良いんですか?」
「営業中だったら勝手に入っても良いだろ」
「どうして営業中だと分かるんですか?」
「シャッターが全開のときは営業中なんだよ。半開だったり、閉まっているときは営業休止か何らかの理由で営業していないかのいずれか。それを知っているのは地元の人間か、ここに通い詰めている人間ぐらいんだけれどな」
「なんじゃ、騒がしいと思ったら、小僧、お前か」
「池下だって。いい加減覚えろよな、じいさん」
 店の奥から、つるっぱげのおじいさんが出てきた。
 つるっぱげ。
 見事にはげている。
 いや、そういう問題ではないのだが。
「……その様子だと、カメラが壊れたようじゃな?」
「そうなんだよ、じいさん。見て貰うことは出来ねえか?」
「金さえ払えば何だってするぞ。それがわしの仕事じゃからな」
「金は払うよ。当然だろ?」
 そう言って、財布から取り出したのは二万円。
 わお、ブルジョワ。
「……ふん。相変わらず金払いは良いんだがな。その言葉遣いさえ何とかなれば良いものを」
「じいさんだって、客に向かって何て言葉遣いしていると思っているんだ? 少しは鏡を見て反省してみろ、ってんだ」
「五月蠅い。わしはこれで五十年飯を食ってきたんだ。それぐらい問題はなかろうて」
 カメラを店主に手渡す池下さん。
 取り敢えずこれで、ここで行われることはお終い、といったところだろうか。
「ところで」
「うん?」
「未だ撮っているのか、UFO」
「撮っているよ。何なら最近撮れたんだぜ、見るか?」
「ほう。そいつは興味深い」
 最近っていうか、ここ二ヶ月UFOは見られていない気がするのだが。
 それはおいといて。
「UFOの写真が見られるなら、半額でも構わんぞ」
「良いのか、じいさん!」
「店主と呼べ、この若造が!」
 池下さんは何処からか取り出した本から、写真を一枚取り出した。
 というか、そんなところに挟んでいたのか、UFOの写真。
「ほら、これ! 江ノ島で撮れたんだぜ」
「ほう、これはこれは……。流石といったところじゃのう。このままカメラマンにでもなれば良いのだろうに。予定はないのか?」
「その予定はさらさらないね。俺は公務員になって給料を固定給で貰うのが一番なのさ」
 意外と夢がないんだな。
 そんなことを思いながら、僕はカメラ店の店内を見てみることにした。
 古いカメラからデジタルカメラまで、たくさんのカメラを取りそろえているように見え、さらにそのカメラには埃一つ存在しない。どうやら掃除は行き届いているように見えるし、カメラに対する愛情は厚いのかもしれない。
 それはそれとして。
「じゃ、カメラも預けたし、鎌倉観光に行くとしますか。……じいさん、どれくらいでカメラ修理出来る?」
「二時間もあれば直せるだろうて。だからその間に鎌倉でも散策してくると良い」
 二時間か。
 それぐらい時間があるなら、確かに散策ぐらい出来るかもしれない。
 そう思って、僕達は鎌倉の街に繰り出すのだった。

 

観測活動の再開 ⑥

  • 2019/06/02 20:48


『この電車は鎌倉行きです――』
「ふう。何とか乗ることが出来たね」
 あずさの言葉を聞いて、僕はこくりと頷いた。
 問題は一つ解決、といったところだろうか。全員が集合出来た、という点については、先ずは有難いと思った方が良いのかもしれない。
 しかしながら、未だ問題は残っている。
 そもそもの主問題。
「池下さん、ちゃんとカメラは持ってきましたか?」
「カメラ? ……ああ、当たり前だろ。そもそも持ってこなかったら何だと思っているんだ。冷静に考えて有り得ない話だろ、カメラ直しに行くって言っているのに、カメラ持ち歩かないなんて」
 そりゃそうですけれど。
 でも、もしかしたら、って可能性もある訳だしなあ。
 そんなことを思いながら、僕は話を続けた。
「そういえば、どうして鎌倉に行く必要が有るんですか? カメラ店なら、七里ヶ浜にもあるでしょう?」
「まあ確かにそうだろうね。けれど、購入したカメラは購入した店で、という話でね。……偶然手に入ったのが、そのお店だったんだ。だからそこでずっと使い続けている。ただそれだけの話さ。別に何の問題でもないよ」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ」
 特段、珍しい話でもない。
 そういうことか。
「……カメラ店の名前は『鎌倉カメラ店』。ただのカメラ屋さ。昔からずっと続けているカメラ屋でね。観光出来る場所からは若干離れているのだけれど……、まあ、時間潰しに観光しても良いよね。例えば鶴岡八幡宮だとか」
「鶴岡八幡宮?」
「鎌倉にある立派な八幡宮の名前だよ。良い場所だよ。写真を撮るにはうってつけのポイントさ」
「そんな場所があるんですか」
 鎌倉という場所は聞いたことがあるけれど、行ったことはなかった。
 だからそれを聞いて、ちょっとだけ嬉しかった。
 地元の人から聞ける情報って、やっぱり重要なところがある訳だし。
 そもそも『地元』って言える程住んでいないけれど。
『間もなく、終点、鎌倉です。どなた様もお忘れ物のないようにご注意ください――』
「おっ、そろそろ着くようだね」
 部長が立ち上がり、僕達も立ち上がる。
 出口に向かうと、ちょうど扉が開いた。
 鎌倉は、どこか懐かしい匂いがした。
 それが何でそんな匂いがするのかさっぱり分からなかったけれど。

 

観測活動の再開 ⑤

  • 2019/06/02 16:38

「今日は、遅くなるの?」
 母さんから、出発するときにそんなことを言われた。
 今日は父さんも帰ってくる。説明はしていなかったけれど、父さんは週に一度しか帰ってこない。だから今日は家族団らんで過ごせるはず――だったのだが。
「ごめんね、母さん。遅くなることはないと思うけれど、もし遅くなりそうだったら、電話するよ」
 スマートフォンを手に、振る仕草をして僕は言った。
「そう。……なら、良いのだけれど」
 ちなみに父さんは未だ帰ってきていない。向こうでの引き継ぎがうまくいっていないんだとか。いったいどういう仕事をしているのやら。聞いてみても良いけれど、あんまり仲が良いって訳でもないしなあ、我が家。
 そんな我が家の事情はどうだって良いのだ。
 今は、待ち合わせの時間に遅刻しないことだけ考えておかないと。
 そう思いながら、僕は家を出た。
 母さんが手を振る。
 僕も手を振る。
 ただ、それだけのことだった。

   ※

 六月にこの町に引っ越してきてから、そういえば江ノ電に乗ったことって、学校の友達としか乗ってないんじゃないか、って思えてしまう。
 普通はもっと遊んで遊んで遊び倒すべきなんだろうけれど、何故だか我が家はそれが出来ておらず、その大きな理由は、我が家の父に関する事情だった。
 父は神奈川の職場に勤務しているが、帰ってくるのは週に一度きり。つまり、住み込みの料理人という形なのだ。それがどれ程大変なのか分からないけれど、話を聞いている限りだと、やっぱり色々と大変らしい。どういうところに務めているのかは知らないんだけれど。
「やっほ。いっくん、遅かったね」
「そうだったかな?」
 スマートフォンで時計を見ながら、
「時間には遅れていないと思うんだけれど」
「定時前に着くのが常識ってもんじゃないの?」
「そういうもんか?」
「だってほら、アリスももう着いているし」
 けろっとした表情を浮かべてアリスはこちらを向いている。
「いやいや、アリスを基本にして貰っちゃたまったもんじゃないよ。現に、未だ部長達男子勢は一人も来ていないだろ?」
「定時に着いていない時点でどうかと思いますけれど。私は部長や池下先輩でも文句を言いますからね」
「ほんとうに?」
「ほんとうよ」
「いやー、遅れて済まない。ちょっと家の用事があってね……」
「部長! 池下先輩! 何で遅れたんですか」
「いや、だから、家の用事が……」
「俺はちょっと体調が悪くなっちゃって……」
「二人とも! 特に池下先輩! 池下先輩がやろうと言って決めたことなんですから、勝手に遅刻しないでください! せめてグループLINEにメッセージを入れておくとか!」
「……悪かったね。それはやっておくべきだったと思ったよ。けれどね、火急の事態というのもある訳でねえ。そこはどうにもご理解いただきたいものだと思うよ」
「……火急の事態がある、ということも分かります。ですが、連絡して貰わないと、こちらも心配します」
「そりゃあ、悪かった」
 池下さんは素直に頭を下げた。
「……いや、そこまで素直に謝られるとそれはそれで困るんですけれど」
 さっきからお前は、何が言いたいんだ。
 ただ先輩を困らせるだけなのは辞めろって。
「……よし、じゃあ、さっさと鎌倉に行くぞ! 目的はカメラ店だ!」
「おー!」
 そうして。
 僕達は一路、鎌倉へと向かうことになるのだった。

 

観測活動の再開 ④

  • 2019/06/01 15:27

 その日の放課後。
 僕達はいつものように、瑞浪基地に向けてカメラを向けていた。理由は明白、瑞浪基地からUFOが飛び立つからだ。それを僕達は(正確に言えば、部長と池下さんは)二度も目撃している。だからまた何処かのタイミングでUFOは飛んでくれるはずだ。僕達はそう、まるで願っているかのように思っていた。
 しかしながら、UFOは目撃出来なかった。
 それどころか。
「……あれ? カメラの調子がおかしいような……」
 発端は、その一言からだった。
「どうした?」
「ああ、いや、何でもない。きっと直ぐに直るはずだ……多分」
 多分、って。
 曖昧な一言を口にしてしまったぞ、この人は。
 そんなことを思いながら、僕はただひたすら調整し続けている池下さんを見ることしか出来なかった。何せカメラの知識などとんとないのだ。UFOに関する知識も父が持っていた蔵書から若干得たぐらいだし、結局はそこまで知識を得ている訳ではない。
「……うーん、でもやっぱり直らないなあ。何が原因なんだろう? さっぱり分からない」
「壊れたんじゃないのか?」
「壊れたのかもしれない」
 部長と池下さんとの会話は、至ってシンプルなものだった。
 それでいて、内容ははっきりと重要なことをピンポイントに伝えている。
 そういう関係が居ないから、何というか、羨ましさすら覚える。
「取り敢えず、仕方がないけれど、今日の観察は中止にしよう。良いかな、みんな?」
「仕方ないですよね」
「そうそう。仕方ない、仕方ない。慌てない、慌てない」
 そんなことを言ってもなあ。
 僕は別にUFOの観測をやろうともやらないとも、どちらでも良いのだけれど。
「……ところで、次の土曜日は空いているかい?」
 池下さんは唐突にそんなことを言い出した。
 次の土曜日というと……三日か。母さんの誕生日だけれど、お祝いは夜にすればいいだろう。
「ないですよ。何かあるんですか?」
「カメラの修理に一緒についていかないか、って思ったんだけれどね。珍しいことだと思うし、どうだろう? 宇宙研究部がみんなで集まることなんて滅多にないから……」
 宇宙研究部は毎日集まっているように見えるけれど。
「ないですよ、私も特に」
「…………私も」
「僕も、だ!」
「よし! 全員OKだね! だったら、みんなで一緒に行こう。カメラ店は鎌倉にあるんだ。序でに鎌倉観光とも洒落込もうぜ」
 そう言って。
 宇宙研究部、土曜日の鎌倉観光が決定するのだった。

 

観測活動の再開 ③

  • 2019/06/01 08:45

「あはは。そいつは結構。何故だか知らないけれど、我がクスノキ祭には例年メイド喫茶をやるクラスが出てくるんだけれど……、そうか、今年は君達のクラスになったか。まあまあ、面白い話じゃないか。今年は楽しいお祭りになりそうだな、なあ、池下」
「今年は、って、まるで去年がつまらなかったような物言いだけれど、別段、そんなことはなかっただろう? それに、俺達は、ずっと部活動の方に尽力していた訳だし」
「え? 部活動の方も何か出すんですか?」
「寧ろ出さないと思ったのか?」
 思ってました、はい。
「……まあ、良い。部活動の方も何か出すことは決まっているよ。例えば陸上部なら都区聖ジュース、テニス部なら焼きそばという感じでね……。我が宇宙研究部は何をするか、教えてあげようか?」
 是非、教えて貰いたいです。
「我が宇宙研究部では、新聞を発行する! 無論、ただの新聞ではないぞ! 今までのUFOやその他諸々の知識を総決算したものになる! 我が宇宙研究部はそのために活動していると言っても過言ではない!」
「とか言って、参加は今年からだろう? 部長」
「どういうことですか?」
「この部活動が出来たのが、今年だって話さ。去年には影も形もなかった。俺とあいつが遊べる場所が欲しかった。ただそれだけの理屈なのさ……」
 それってまるで、遊び場所が欲しかった子供みたいじゃないか。
 そんなことを言いたかったけれど、すんでのところで言い留まった。
「……まあ、この部活動の総決算ってのは間違いないだろうな。来年は受験があるから、部活動に執心出来る訳でもないだろうし」
「え? じゃあ、この部活動も終わりってことですか?」
「何だい? 君達が引き継いでくれるとでもいうのか?」
「それは……」
 言い切れなかった。
 言い出せなかった。
 だって、アリスが宇宙人かもしれないのに。
 いつまでも一緒に居られるとは限らないのに。
 言えなかった。
 言えるはずがなかった。
「……まあ、そんな暗い気持ちにならなくても良いよ。未だ半年以上もあるんだ! 全然UFOは観測出来るだろうし。僕達もずっとUFOを観測し続けられれば良いんだけれどね……」
「良いんだけれど……、何ですか?」
「そこまで世間は甘くない、って話だよ」
「そういうことですか」
「そういうことだよ」
 いや、つまりどういうことだよ。
 分かりたくないのかもしれない。理解したくないのかもしれない。
 いずれにせよ。
 僕達の生活は、これ以上長くは続かないだろう、ということ。
 それを直ぐに思い知らされることになるのだけれど――その頃は、僕は何も知らなかった。
 知らずにいた。
 知らない方が幸せだったのかもしれない。もしかしたら。

 

観測活動の再開 ②

  • 2019/06/01 06:21

 昔、主人公が女子校に潜入するために女子に変装したら似合いすぎた、なんていうケースがあったらしいけれど、正直そこまでにはなりたくない。はっきり言って、そこまでプライドを失いたくない。
「……えーと、取り敢えず、このクラスとしては『メイド喫茶』をやるということで決定で良いですか」
 言ったのはクラス委員の藤岡だった。藤岡は眼鏡をかけた清楚な雰囲気を漂わせている女子だった。藤岡は、自分のクラスの出し物がメイド喫茶に決まったら、メイド服を着ることになる、ということを理解しているのだろうか。分かっているのだろうけれど、否定意見がないから仕方なくそれに同調しているだけ、なのかもしれない。
「反対意見、反対意見はありませんね? だったら、『メイド喫茶』で決定になるんですけれど。ほんとうに良いんですね?」
 よっぽど嫌なんだろうか。
 いや、普通に考えてみればメイド服を好き好んで着ることなんてないか。
「……それじゃ、『メイド喫茶』に決まりました……」
 ぱちぱち、と寂しい拍手が起こる。
 何というか、切ない気分になるけれど、致し方ないといえばそれまでなのだろう。
 僕もメイド服は着たくないし、普通に考えて女子がメイド服を着るのだろうな。
 ……ところで、大量のメイド服を何処から仕入れてくるつもりなのだろう?
「続いて、メイド服を借りる場所ですけれど、」
 あ、やっぱり聞くんだ。
「……例年通り、『豊橋制服店』から借りるということで宜しいですね?」
 例年通り?
 ということは、毎年何処かのクラスがメイド喫茶を所望しているってことか。
 陰謀か? 何かの陰謀なのか?
 僕はそんなことを思ったけれど、それよりもその制服店にメイド服が大量にあることが問題だな、と思うのだった。

   ※

「クラスの出し物? ああ、うちのクラスは例年通りお化け屋敷だよ。食べ物を出す場合は、検便が面倒だからね」
 検便?
「知らないのか? 食べ物を出す場合は、例えば密封されているもの以外を提供する場合は、保健所に検便を提出する必要があるんだよ。……それが嫌だから、出来合いの食べ物ばかりを提供するようになってしまったのだけれどね。でもまあ、致し方ないことだろう? 普通に考えて、検便をやろうなんて思う方がおかしな話だ。……ところで、君達のクラスは? まさかメイド喫茶をやろうなんて言い出さないだろうね」
「……ご明察です」
 肩を竦めて、僕はそう答えた。
 

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