観測活動の再開 ⑪
- 2019/06/04 20:46
鎌倉カメラ店に戻ると、店主のおじいさんがうんうん唸っていた。
「どうしたんだ、じいさん? まさかカメラ、直らなかったんじゃ……」
「おおっ、来たか、小僧。言ってやろう言ってやろうと思っていたんじゃ。……お前、わしを馬鹿にしに来たのか?」
「何のことだよ」
池下さんの言葉に、さらに声を荒げるおじいさん。
「分かっておっただろうが! これは、『壊れておらん』! 綺麗に整備されている代物じゃよ!」
「え?」
それを聞いた池下さんは目を丸くしてしまう。
いや、それどころじゃない。
僕達だって、目を丸くしてしまった。
どういうことだ? 壊れていると言ったのは池下さんだから、池下さんに聞かないと全てがはっきりと見えてこないのだけれど、それでも理解できない。池下さんが嘘を吐いたっていうのだろうか?
「先輩、嘘を吐いたんですか?」
「そんな訳あるかよ。……おい、じいさん。嘘は良くねえや、それは壊れているって言っただろ? だから修理してくれってわざわざ持ってきたんだからさ」
「いやいや、だから言ったじゃろうが。これは壊れていない。完璧に手入れが為されているよ。経年劣化による故障でもしたかと思えば、そのような様子も見られないしのう……」
「どういうことだ、じいさん」
「言った通りのことだ。このカメラは壊れていない。……金も要らんよ。わしゃあ何もやっていないからな」
そう言われて。
カメラを受け取った池下さん。
何かを言いたそうな表情を浮かべていたが、そのまま踵を返し、外へ出て行った。
「お、おい、池下!」
部長に呼ばれて、そこで漸く立ち止まる。
「……じいさんの言った通りだ。さっさと帰るぞ。後は何をするか分かっているな?」
「何をする、って……」
「分かりきった話だろうが。今日は晴天の予報だ。夜になっても、それは変わらないはずだ。そうだろう?」
「あ、ああ。そうだったはずだ。だが、それがどうした?」
「もう一度、観測をしようぜ」
池下さんは振り返る。
僕達の方を向いて。
彼はそう言い放った。
「もう一度、観測をするんだ。それで壊れているか壊れていないか、全員で見直そうじゃねえか」
※
江ノ電に乗って、僕達は今日のことについて話し合った。
「取り敢えず、いっくんは一度家に帰るんだね?」
「……ええ。一応親には話しておいた方が良いと思うので」
流石に何も言わずに『今日は夜にUFOの観測をするから』などと言える訳がない。母さんには悪いが、誕生日プレゼントを手渡しておくことにしておこう。それで全て解決するとは思えないけれど。
「それじゃ、それ以外の人間は江ノ島に向かおう。問題ないね?」
「はい!」
「……分かった」
「了解っと」
全員が、それぞれ言葉を上げる。
アリスは何だか面倒臭そうな表情を浮かべているけれど、大丈夫だろうか?
「アリスもそれで問題ないの?」
「……どうしてあなたがそれを決めるの?」
そりゃ、そうかもしれないけれど。
アリスだって、やりたくないときはやりたくないって言って良いんだぞ。
「アリスは、やりたいからここに居るんでしょう? ねえ」
あずさの言葉に、アリスはこくりと頷いた。
良いのか、アリス、それで。
僕はそれ以上言葉を言うのは辞めた。アリスに悪いと思ったし、そもそもメンバーに悪いと思ったからだ。メンバーが『今日はUFOの観測をやるぞ』と言っている中、僕だけ『やりたくありません』だの『やりたくないんじゃないか』だの言うのは間違っていると思ったからだ。だから、それ以上のことは言いたくなかった。それ以上のことは、否定したくなかった。それ以上のことは……ああ、もうどうだって良かった。
「それじゃ、いっくんだけ七里ヶ浜駅で下車、だね!」
「そういうことになるね」
僕だけ、一度降りる形になる。
カメラは持ち合わせているので、既にUFOの観測は出来るといった形か。
時間も夕方とちょうど良い。いつUFOが飛来するか分からないけれど、僕達にとっては完璧な時間帯だ。そう思いながら、僕は七里ヶ浜駅に到着するのを、ただひたすら待つのだった。