観測活動の再開 ⑤
- 2019/06/02 16:38
「今日は、遅くなるの?」
母さんから、出発するときにそんなことを言われた。
今日は父さんも帰ってくる。説明はしていなかったけれど、父さんは週に一度しか帰ってこない。だから今日は家族団らんで過ごせるはず――だったのだが。
「ごめんね、母さん。遅くなることはないと思うけれど、もし遅くなりそうだったら、電話するよ」
スマートフォンを手に、振る仕草をして僕は言った。
「そう。……なら、良いのだけれど」
ちなみに父さんは未だ帰ってきていない。向こうでの引き継ぎがうまくいっていないんだとか。いったいどういう仕事をしているのやら。聞いてみても良いけれど、あんまり仲が良いって訳でもないしなあ、我が家。
そんな我が家の事情はどうだって良いのだ。
今は、待ち合わせの時間に遅刻しないことだけ考えておかないと。
そう思いながら、僕は家を出た。
母さんが手を振る。
僕も手を振る。
ただ、それだけのことだった。
※
六月にこの町に引っ越してきてから、そういえば江ノ電に乗ったことって、学校の友達としか乗ってないんじゃないか、って思えてしまう。
普通はもっと遊んで遊んで遊び倒すべきなんだろうけれど、何故だか我が家はそれが出来ておらず、その大きな理由は、我が家の父に関する事情だった。
父は神奈川の職場に勤務しているが、帰ってくるのは週に一度きり。つまり、住み込みの料理人という形なのだ。それがどれ程大変なのか分からないけれど、話を聞いている限りだと、やっぱり色々と大変らしい。どういうところに務めているのかは知らないんだけれど。
「やっほ。いっくん、遅かったね」
「そうだったかな?」
スマートフォンで時計を見ながら、
「時間には遅れていないと思うんだけれど」
「定時前に着くのが常識ってもんじゃないの?」
「そういうもんか?」
「だってほら、アリスももう着いているし」
けろっとした表情を浮かべてアリスはこちらを向いている。
「いやいや、アリスを基本にして貰っちゃたまったもんじゃないよ。現に、未だ部長達男子勢は一人も来ていないだろ?」
「定時に着いていない時点でどうかと思いますけれど。私は部長や池下先輩でも文句を言いますからね」
「ほんとうに?」
「ほんとうよ」
「いやー、遅れて済まない。ちょっと家の用事があってね……」
「部長! 池下先輩! 何で遅れたんですか」
「いや、だから、家の用事が……」
「俺はちょっと体調が悪くなっちゃって……」
「二人とも! 特に池下先輩! 池下先輩がやろうと言って決めたことなんですから、勝手に遅刻しないでください! せめてグループLINEにメッセージを入れておくとか!」
「……悪かったね。それはやっておくべきだったと思ったよ。けれどね、火急の事態というのもある訳でねえ。そこはどうにもご理解いただきたいものだと思うよ」
「……火急の事態がある、ということも分かります。ですが、連絡して貰わないと、こちらも心配します」
「そりゃあ、悪かった」
池下さんは素直に頭を下げた。
「……いや、そこまで素直に謝られるとそれはそれで困るんですけれど」
さっきからお前は、何が言いたいんだ。
ただ先輩を困らせるだけなのは辞めろって。
「……よし、じゃあ、さっさと鎌倉に行くぞ! 目的はカメラ店だ!」
「おー!」
そうして。
僕達は一路、鎌倉へと向かうことになるのだった。