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殺人鬼、御園芽衣子 ⑤

  • 2019/05/27 21:24

「……感情なんて、無駄なんだよ」
 気づけば、彼女は語りかけていた。
 気づけば、彼女は笑っていた。
「けれど、何でだろうな。お前と話していると、忘れていた感情がぽろぽろと零れてきたような感じがしてさ」
「それって、仲間に会えたから?」
「そうなのかな……。分かんねえや、分かんねえよ。けれど、今の状況を見られちまったら、反論の余地はないのかもしれないけれどな」
「だろうね」
「だろうね、って。そう冷たくあしらうのも、何というか、俺にとっては心地よい」
 マゾってことか。
「馬鹿にしているのかぶっ殺すぞ」
「すいません何も言っていません」
 というか言っていないはずなんだけれどな。
 もしかして僕がそう思っているだけで、口には出ているのかもしれない。
 だとすれば、納得出来るし、説明も付く。理由も分かるし、解明も出来る。
 だとしても、僕はやっぱり。
 人間らしくありたいと思うし、殺人鬼みたいな人種と一緒にされちゃ困るって思いが強まる。
「俺みたいな人種と一緒にされちゃ困る、みたいな顔してんな。……ま、当然かもしれねえけれどよ。でも、俺から見ればお前みたいな人間が一番殺人鬼にはぴったりな気がするけれどね」
「そんなこと言われるの初めてだ……」
「だろうね」
「でも、実際、僕がどう生きようったって、僕の勝手だろ? 君に決められる筋合いなんてない」
「それもそうだけれど……、でもお前みたいな人間が長生きするとは思えない。いつか、壁にぶち当たるときがやってくるだろうね」
「そのときはそのときさ」
 僕は、我慢強さだけは日本一って自信があるんだ。
 というか、こないだは全員に騙されるという危機的な状況に陥ったことがあるけれど。
「そのときはそのとき、ね……。何というか、ますます俺と似通った性格をしてんな」
「そりゃどうも」
 殺人鬼に褒められるとは思ってもみなかったな。
 そもそも、殺人鬼に遭遇してここまで時間を稼いだ人間自体初めてじゃないか?
「……やめよ、やめやめ。やっぱりお前を殺してもつまらない。普通に殺してもつまらないもの。そもそも、俺の目的ってそうじゃないし」
「え? どういうこと?」
「言わずとも分かるでしょう? 俺の目的はお前を殺すことじゃないし。殺すことは目的に出来るかも知れないけれど、お前をここで殺してもつまらない。俺、つまらない殺戮はしない主義だからさ」
 つまらない殺戮って何だよ。
 面白い殺戮が何処にあるというんだよ。
 そもそも殺戮自体止めて貰いたいことだけれど、出来ないんだろうな。殺人鬼って。DNAに殺人の遺伝子でも組み込まれているんだろうか? 僕は良く分からないけれど。
「そういう訳で、俺は退散するわ。お前もせいぜい殺されないようにしろよ、少年」
「少年じゃない。僕にも名前がある」
 そう言って、僕は名前を告げる。
 それを聞いた彼女は、ニヒルな笑みを浮かべたまま、僕の顔を見つめる。
「お前、変わった名前だな。何というか、見当も付かない名前というか。ニックネームを付けるとするなら、いっくんとかいっちゃんとかその辺りか?」
 何が言いたいんだ。
 それと、その予測は正解だ。
「へえ。いっくんって呼ぶことにしようか、いっくん。それじゃ、俺の名前教えてやるよ。俺の名前はな、御園芽衣子っていうんだ。せいぜい死ぬまでに覚えておいてくれよ、いっくん」
 そう言って。
 バイバイとでも言うように右手を振って。
 彼女は来た方角へと帰っていった。
 僕はぽかんとした表情を浮かべたまま、そのまま夜の公園に立ち尽くしてしまうのだった。

 

殺人鬼、御園芽衣子 ④

  • 2019/05/27 20:10


 ――お前、最低だな。

 いや、どういうことだ。全然理解できない。いきなり現れたその少女に切りつけられそうになった挙げ句、得られた言葉が「お前、最低だな」だって? いったい全体、僕が何をしたらそのような言葉に辿り着くのか気になる。興味が湧く。気にならない訳がない。
 彼女は僕をじっと見つめたまま、ただひたすらにこちらに殺気を送っている。
「……ねえ、どういうこと?」
「どういうこと、とは?」
「最低だな、と言った意味だよ。全てを教えてくれ、とまでは言わない。だが、どうして『最低だな』と言ったのか、それを教えてくれればそれだけで構わない」
「……回りくどい言い方だな。それは嫌いじゃない」
 嫌いじゃないと言って貰えて、先ずは一安心。
 いやいや、そういう場合じゃない。
 そういう問題じゃない、と言ってしまいたいところだが、それをそうだと理解してくれるかどうかはまた別の話。僕が僕たりえる由縁であり、彼女が彼女たりえる由縁なのかもしれない。
「……何を考えているのか分からないけれど、お前が最低であることには変わりねえよ」
「どういうことだよ? 意味が分からねえよ」
 ちょっと言葉を崩して言ってみることにした。
 けれど、それでも変わることはなくて。
「ほんとうならお前はさっきの一撃でやられるはずだった。今までの人間はみんなそうだった。けれど、お前は違う。お前はまるで『未来が見えていたかのように』攻撃を避けた。なぜだ? なぜ攻撃を避けることが出来た?」
「それは……」
 分からないけれど。
 たぶん。
「僕と君が……似ているからじゃないかな」
「似ている?」
「僕と君は、空っぽな人間なんだと思うよ」
 僕と君は、空っぽ。
 僕と君は、がらんどう。
 僕と君は、空っぽ同士だから、繋がっている。
「だから、分かるっていうのかよ? 空っぽな人間同士だから、空っぽな気持ちが分かるって?」
「そうだと思うよ。それがどうかは分からないけれど」
「はっ! 馬鹿馬鹿しい。はっきり言って、阿呆らしいことだよ。お前みたいな人間と一緒なんて反吐が出る」
「その言い回し、止めた方が良いよ。女の子らしくない」
「今更、俺が女の子ぶっていったところで、何も変わりやしねえよ!」
 絶叫していた。
 嬌笑していた。
 ちょっとだけ、その笑顔に色っぽさを感じさせてきた。
 何というか、それはわざとじゃないのかもしれないけれど。
 何というか、それは偶然じゃないのかもしれないけれど。
 いずれにせよ、僕がどう生きていくかなんて、君に決められるもんじゃない。
 同時に、それは君も同じだ。君の価値観なんて僕なんかに決めて貰う必要もないんだ。
 自由だ。
 自由だ。
 自由だ。
 僕と、君も。
 いいや、それ以外の人間も。
「……さっきからその目線を止めろよ!」
 彼女が言ったその言葉で、僕は彼女に不快感を示させているのだと気づかされる。
「気づいているのか気づいていないのか分からねえけれどよ、お前の顔を見ていると何というかムカムカするんだよ! 分かるか、だから」
「だから、殺すって?」
「そうだよ! だから、お前は殺す! そう決めたんだ!」
「殺せなかったのに?」
「巫山戯るな! 殺せない訳がない。俺のことを、知っているだろう?」
 知っている。
 君は、連続殺人鬼だ。
 この周辺を賑わせている、巷の人物だ。
 それぐらい理解している。
 それぐらい分かっている。
 それぐらい承知している。
 けれど。
 けれど。
 けれど、だ。
 君にそれを言われる筋合いは――何一つとして存在しないんだ。
 

殺人鬼、御園芽衣子 ③

  • 2019/05/27 18:13

 そして、帰り道。
 僕はいつも通り、家に向かって歩いていた。
 普段ならばあずさも居るはずだった訳だが、しかしながら今回は僕一人で帰ることになった訳である。ちなみに、理由というものはこれといってなく、ただ単純に彼女が早退してしまったためである。
 だから、僕は今日一人で帰っている次第である。
 それだけだった。
 それだけのことだった。
「……待ちなよ、そこの少年」
 夜にもなれば、明かりは配電柱の明かりと、家の明かりだけになっている。
 だから、誰が居るのかは分かっていても、どういう人物が居るのかは定かではなかった。
 そういう中での、出来事。
 声のトーンからして、女性だろうか。彼女は、僕の遠く、ずっと前に立っていた。
 ちょうど公園を抜けようとしていたところだったため、周囲十五メートルには何もなく、犬の鳴き声が聞こえる程度のことであった。
「ここを通り抜けようったって、そうはいかねえぜ」
「……いや、元からここを塞ぐ権利は誰にもないはずだけれど」
 塞ぐ権利は誰にもない。
 それはその通りだし、間違っちゃいない台詞だった。
 けれど、仰々しく言うつもりでもない。
 先に動いたのは相手だった。
 音がひずみ、世界が歪む。
 全く、寸分の狂いもなく、瞬発的に攻撃をしてくる。その動きには全く無駄がなかった。その動きには寸分の狂いもなかった。その動きには全くデタラメというものがなかった。
 いずれにせよ、僕が見た限りでは、それは常人にはコントロール出来ないような何かがある、と思わせてしまう程だった。
 にも関わらず、だ。
 僕はそれを、目の当たりにしても、なお。
 僕はそれを避けた。
 避けなければ、僕がやられていた。
 避けなければ、僕が死んでいた。
 刺している場所は紛れもなく、僕の心臓だった。
 避けきった僕を見た『彼女』は、ただただ溜息を一つ吐いていた。
「……お前、最低だな」
 と呟いた。
 

殺人鬼、御園芽衣子 ②

  • 2019/05/27 09:43


 天体観測は空振りに終わった。
 いつも通り片付けを終えると時刻は午後八時。夕食として用意しておいた弁当はすっかり食べきっていたが、未だ若干お腹が空いていた。だからファミレスで談笑しながら、軽く食事を取っていたのだった。
「そういえば、最近、殺人鬼が出るらしいのだが……」
「ああ。それ、聞いたことあります。何でも江ノ島を中心に何人も人を殺しているんだとか」
 少なくとも食事中にする会話ではない。
 そんなことは百も承知だった。
「……具体的にはどういうやり方で人を殺すんだろうな?」
「うわ、それ話広げる必要あります?」
 ハンバーグを切りながら呟くあずさ。
「あるかないかと言われたら、ないのかもしれないけれど。だが、興味はあるだろ?」
「確かに興味はありますけれど……。でも、今の報道体制じゃ、まともな報道はされやしませんよ? 何せプライバシーの保護だとか、苦情への配慮だとか、そういう理由で」
「だろうなあ。今はちょっとグロい画像を載せただけで苦情が来るレベルなんだから、それについては致し方ないと言えばそれまでなのかもしれない。でも、やっぱり気になるものは気になるものだぜ? いったい全体、どういう風に殺されたのか、って」
「かなり昔だけれど、そういうのを参考にして殺人事件が起きたって言われているから、その配慮もあるんじゃないですか?」
「そりゃいつの話だ?」
「分かりませんけれど……」
「ほれ見たことか。分からないと来た。だったら分からないなら分からないなりに話を聞いていれば良いんだよ。変な風に話を盛り上げようとしなくたって良い。今やるべきことは何だ? 挙げてみろ」
「天体観測をして、序でにUFOを見つけること、ですよね」
「そうだ。だが、その殺人鬼にも興味が湧いた」
「まさか殺人鬼と邂逅しようとでも言うんじゃないでしょうね!? 駄目よ、絶対に駄目!! 貴方達普通の人間とは絶対に違う頭の仕組みをしているんだから、会話が通用するかどうかも分かったものじゃないし、それに、そうだからこそ何人もの人間が死んでいる! だったら、貴方達に会わせる理由がある訳がないじゃない!」
「まあまあ、桜山さん。そこで大声を出しても困るものがあるぜ?」
「大声を出したくなる気持ちも分かってください! こちとら学校に居る間は、貴方達の保護者として活動しなくちゃいけないんですよ!」
 まあ、桜山さんが慌てているのも致し方ないことか。
 出来ることなら危険には巡り合わせたくないだろうし。
 そんなことを考えていると、ハンバーグはすっかり腹の中に収まってしまった。
「うう、お腹いっぱい」
 言い終わったのは、アリスだった。
 アリスがそういう感情を示すのは珍しい。
 そんなことを思いながら、僕はドリンクバーから注いだオレンジジュースを飲み干した。

 

殺人鬼、御園芽衣子 ①

  • 2019/05/27 09:25


 殺人鬼。
 文字通り、人を殺す鬼。
 そういう人間の価値観など、どのように分かるのだろうか。
 いいや、分かるはずがない。
 一般市民の価値観と、殺人鬼の価値観はそれぞれ違うものだから。
 それだけではなく、一般市民だけでも一人一人価値観が違うというのに、特殊な人間の中でも価値観が違わないという証拠が何処にあるのだろうか。
 ないと言えば嘘になる。あると言っても嘘になる。
 答えは誰にも分からない。
 きっと出会ったところで、分かり合えるはずがない。
 きっと出会ったところで、思い合えるはずがない。
 きっと出会ったところで、理解し合えるはずがない。
 それが当然であり、それが十全であり、それが当たり前だった。
 だけれど、出会うまでは気づかなかった。
 殺人鬼も僕達も――結局ただの人間だっていうことに。

   ※

「殺人鬼が出る?」
 八月中旬。
 桜山さんと天体観測の準備をしていると、そんな話を聞くのだった。
「そうそう。何でも、この江ノ島周辺を狙っている、殺人鬼が居るらしいんだよ。……結構残虐な手段で殺すらしいんだよ? しかも狙っているのは、男女問わず! 年齢も問わず! バイトならなんて好待遇だって思うけれど、残念ながらバイトではないからね……」
 バイト感覚で殺人鬼のことを語るのもどうかと思いますが。
 僕はそう思ったけれど、それ以上は言わないことにしておいた。
「それにしても、今日は部長や池下さんが手伝ってはくれないんですね……!」
「二年生はそろそろ進路を考える時期だからねえ。……未だ早い方だとは思うけれど」
「早い方なんですか?」
「高校ならまだしも、中学だったら三年生になってからでも決められるしね。……大方、進学校に進むのかもしれないけれどね。彼らの実力ならそれも充分に可能な実力さ」
「そうなんですね……。でも、実際問題、夏休みの宿題も未だ終わっていないような状況なのに、僕達部活動ばかり続けていて良いんでしょうか……」
「八月中旬でしょう? なら未だ間に合うわよ」
 先生が言って良い台詞か? それ。
「ま、とにかく準備を進めておきましょう。今日も彼らは来るって言っているんでしょう? だったら何の問題もないわよ。慌てる心配もなし。だったらいつも通りの部活動を送ってあげましょう。それが一番彼らにとってベストな選択になり得るのだから」
「そんなものでしょうか……」
「そんなものよ」
 そう言って、僕と桜山さん(本来ならば、桜山先生と呼ぶべきところではあるのだけれど、何だろう、この前の『事件』があったからか、先生と呼ぶのはちょっと固い考えに至ってしまう節がある)は天体観測の準備へと取りかかるのだった。

 

孤島の名探偵 ⑭

  • 2019/05/26 20:55

 後日談と言えば、もう一つ。
 八月一日。
 この日は、学校で部活動のある日だった。
 そもそも文化部であるこの宇宙研究部に何があるのか、という話だが、実際には夕方から校舎の屋上(勿論、許可は取ってある)にて天体観測兼UFO観測を行うためにやって来たのだった。
 そんな僕達を部室で待ち構えていたのは、メイド服の似合うあの女性――桜山さんだった。
「桜山さん!?」
「はーい、改めまして桜山杏奈です。この学校で数学の授業を務めています。勿論、会ったことはないかもしれないけれどね」
 確かに会ったことはない。
 もし出会っていたらもっと反応が違っていたはずだ。
「二年生から三年生の数学を担当しているからね。一年生である貴方達には分からないことだっただろうけれど」
「ということは、金山さんは知っていたんですか?」
「ええ、最初からね。けれど、『言うな』とあいつから言われていたから」
 あいつ、というのは部長のことだろう。
 部長め、いい加減にしろ、と思った。
「ところで、どうして桜山さんはここに居るんですか? そして、どうして桜山さんはメイド姿なんですか?」
「一つ、ここに居る理由は私がこの部活動の顧問だから! 二つ、それは私の趣味だから!」
「いや、趣味、って……」
 正直言って、メイドをすることが趣味の先生なんて聞いたことがない。
 変態と言っても過言ではないだろう……。それは言いすぎかな?
「今、私のことを変態と思ったのではなくて?」
「な、なぜそのことが分かったんですか!」
「分かるわよ。だってそのオーラがぷんぷんするんですもの!」
「いや、オーラってどういう理屈ですか、オーラって」
 オーラで人の考えていることが分かるなんて、そんなこと聞いたこともない。
 いや、聞いたことがあっても胡散臭いと思ってしまうのは当然の理屈だろう。
 そもそもメイド趣味の先生なんて聞いたことがない。
 あ、これは二回目か。
「二回も同じことを考えたわね。二回も!」
「いや、マジで分かるんですか、オーラって凄いなこりゃ……」
 オーラを消すにはどうしたら良いんだろう。はっきり言って、他人に思考が読み取られるって気持ちが悪い。出来ることならそれを辞めて貰いたいぐらいだ。
「気持ちが悪いってどういうことよ、気持ちが悪いって。……ま、あまりこの力を使わない方が良いってことは分かっているし、これ以上は使わないことにするわ。その代わり、この力のことは内緒にしておいてね?」
「は、はあ」
 内緒にしておいて、と言われても。
 きっと信用してくれる人が居るとは到底思えない。
「さあ、夏休みも折り返しよ!」
 桜山さんは告げる。
「宇宙研究部も盛り上がっていきましょう! 秋の文化祭に向けて何かやらないといけないしね……。やるとしたら、今年も新聞発行かしら? 写真の掲載もしても良いかもね? 何でも、写真を撮ることが出来たのでしょう! UFOの写真を!」
 ああ、この人もやっぱりUFOに愛着を持っているのか。
 というか、そうじゃなきゃ宇宙研究部なんて変な部活動の顧問なんてやるはずがないか。
 そんなことを思いながら、僕は紙パックのオレンジジュースを飲み干すのだった。
 夏は未だ始まったばかりだ。
 暑い暑い夏は、今も未だ続いている。

 

孤島の名探偵 ⑬

  • 2019/05/26 20:37

 いやいや。
 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!
 どういうことだってばよ!
 狂言? ということはこれまでのことは全て嘘だった?
 そんなことが有り得てたまるか、有り得るはずがあるものか!
「……あー、どうやらかなり落ち込んでいるようだけれど、要するに、これは嘘だった、ということなんだ。とどのつまりが、今までのことは君の新入部員の祝いだと思ってくれれば良い」
「いやいや、そんなことを言われても……」
「言いたいことは分かっている。分かっているが、全て事実だ。受け入れろ」
「ってことは僕が言っていたことも全部聞こえていた、と?」
「マイクがついているものでね。残念ながら、全て聞かせて貰ったよ」
「それじゃ、僕の推理を笑いながら聞いていたんですか、貴方達は!」
「笑いながら、とは言わないが、笑う程のことではあったな。おー、上手く誘導されているな、なんてことを思っていたりしていたよ」
「馬鹿野郎!」
 思わずそんなことを部長に投げかけていた。部長は二年生で僕は一年生。埋まるはずのない、一年の壁を悉くぶち破っていくその言葉。はっきり言って、僕にとって最低最悪の出来事であることには変わりないだろう。
 というか、最悪の出来事だ。
 普通、考えたところでそれがどうこうなるかって話になるのだけれど、冷静に考えてみて、僕の考えがまともになるのかと言われれば、ならないというのが自明の理だろう。
 なるはずがない。
 なれるはずがない。
「……おーい? まさか本気で怒っている訳じゃないよな? 確かに騙したのは悪かったけれど、少しは諦めを持ってくれよ。そうじゃないと、宇宙研究部で、いや、この学校でやっていけないぜ?」
 ニヒルな笑みを浮かべた部長は最高にクールだった。
 いや、クールというよりか。
 悪魔のような笑みを浮かべているように見えた訳であって。
 それがどう考えたって、やっぱり悪魔のようにしか見えないのだった。
 それが、僕の勘違いであったとしても、それはきっと間違いではないのだろう。

   ※

 エピローグ。
 というよりただの後日談。
 最終日であった今日は午後に神奈川に帰ることになっていた。
 昼食を頂いて、僕達は頭を下げる。
「ありがとうございました、桜山さん」
 僕の言葉に、何のことかな? と言う。
 はて、そんなことを言ってくるとは思わなかった訳だけれど。
「桜山さんはいつか必ず会えるのですっ! 二度と会えないなんてことは有り得ませんよ」
 何だかキャラクターが変わってしまっているような。
 まさかあのキャラクターも『作っていた』ものだっていうのか。
 もう何を信じたら良いのかさっぱり分からない。
 桜山さんの言葉を聞いて、部長はゆっくりと頷いた。
「そうだぞ、いっくん。必ずいつか会える差。そう遠くないうちにね」
 そう言って。
 まるでまた会う機会が用意されているかのように。
 その後、桜山さんと僕達は船に乗り込み、横須賀の漁港に向かって船を動かし始めるのだった。

 

孤島の名探偵 ⑫

  • 2019/05/26 18:56

 昔から、僕の周りでは不思議なことが良く起こると言われていた。
 小学校の頃は、常に行楽のときは雨が降っていた。
 小学校の頃は、運動会は常に雨が降っていた。
 僕が関係する行事になると、結局何らかの影響で中止になった。
 それが、僕のせいなのか、僕にまつわる何かのせいなのかは分からない。
 分からないけれど、子供というのは無慈悲に傷つけることが出来る存在である。
 気づけば、僕という存在は、傷つけられて当然みたいな感じに収まっていた。
 先生もそれを止めなかった。
 家族もそれを止められなかった。
 だから僕は不登校になった。
 それが何のためなのかは分からない。
 それがどうして起きるのかは分からない。
 けれど――だけれど、僕は、悪いことを呼び寄せるんだって。そういう星の下に生まれたんだって、言われてしまえば、それまでのことなのかもしれないけれど。
 けれど――、不思議なことが起こるのは、ずっと昔からのことだった。
 中学に入って、転校が決まった。
 父は料理人だった。料理人ということは寮とか、食堂とかに専属で入ることになる。
 そして、父の所属先は――瑞浪基地だった。
 瑞浪基地。
 UFOの噂が絶えない、謎の自衛隊基地。
 その自衛隊基地と縁があるというのは、やはり僕の課せられた運命なのだろうか。
 それは分からない。
 語り手が、信頼できない語り手になってしまうのは、セオリーとして失敗だ。
 だとしたら、物語が変な方向に進んでしまう。
 それだけは避けなくてはならないと思った。
 それだけは避けるべきであると思った。
 それだけは避けていかねばならないと思った。
 であるならば。
 僕は岐路に立つ。
 このまま、無視されて生きていくべきか。
 その星の下に生まれたことを受け入れるか。
 そんなことを考えている矢先に――あずさに出会った。
 彼女は宇宙研究部に入ろうと僕を呼んだ。
 僕の過去を知らない、唯一の人間が、僕のことを、受け入れてくれた。
 それが僕にとって、どれだけ嬉しかったか。
 それが僕にとって、どれだけ喜ばしかったか。
 それが僕にとって、どれほどの喜劇だったか。
「……ふうん、成程ね」
 僕の空間は破壊される。
 ヒビが入り、破滅していく。
 その先に広がっているのは――無。
 紛れもない――無。
 落ちていく。永遠に落ちていく。
 その先に何が広がっているのかは――誰にも分からない。

   ※

 気づけば。
 僕は池下さんに今までのことを吐露していた。
 僕は池下さんに心を許してしまっていた。
 探偵が犯人に心を許すなんて、ミステリーの中では御法度と言ってもいいぐらいだったのに。
「でも、それはきっと偶然だよ。君が、そう『思い込みが過ぎる』だけに過ぎない。相手もそうだ。そういう風に『思い込んだ』だけだ。俺達がUFOを見つけたのも、偶然だ。君が居たからじゃない。そもそも、あの瑞浪基地は昔からUFOの飛び交う噂が絶えなかった。ただそれだけの話だ。UFOについて、君が考えるべき話題ではない。UFOについて、君が考えるべき話ではない。一は全、全は一。全ては巡り巡ってくるものなのだから」
「……そうでしょうか」
「そうだよ」
 池下さんは立ち上がる。
「…………話を聞けて良かったよ、探偵役としては随分と立派なことだったんじゃないかな。俺達もこの『名演技』を見られて良かったと思っているよ。なあ、そうだろう? みんな」
「……は?」
 そう言って。
 入ってきた人間の顔を見て、僕は面食らった。
 だって入ってきた人間は部長、金山さん、アリスに――あずさと桜山さんまで居たのだから。
「な、なんで……。二人は死んだはずじゃ……」
 まるで殺し損なった犯人のような台詞を吐いてしまう僕。
「どういうことなんだ? 僕は、僕達は、確かに彼女達が死んだのを目の当たりにしたはずだ! だのに、どうして! どうして、君達は生きているんだ? いや、生きていて悪い訳じゃないけれど……。全然理解できない! 理解できるはずがない! ちょっと待ってくれ、頭を整理させてくれ……」
「いいよ、整理する時間はたくさん与えようじゃないか」
 言ったのは部長だった。部長は優しい表情で僕を見つめていた。
 全然理解できない。
 いったい全体、どういうことだって言うんだ?
 この事件――まさか。
「まさか――この事件は『狂言』だったっていうんですか?」
 その問いに、部長はゆっくりと頷いた。

 

孤島の名探偵 ⑪

  • 2019/05/26 18:38

 これからは解決編。
 至ってシンプルな物語であろうとも、推理物ならばいつか解決編はやらなくてはならない。解決編のない推理物など、セオリーに違反するからね。
 だから、この物語はいずれ終わる。
 やがて、この物語は終わりを迎える。
 けれど、この物語の終わりを聞いたとき、心底悲しむかもしれないけれど、それはそれで、受け入れて貰うのがセオリーってものだと思う。
 セオリーセオリー五月蠅いって?
 仕方ないだろ。それも語り手のセオリーだ。
 さあ、これからが解決編。
 最後までこの物語を――見送って欲しい。

   ※

「池下さん」
 池下さんは、意外にも素直に僕の言葉を受け入れてくれた。
 というか、そんなことよりも、と言いたげな表情を浮かべていた。
 何が言いたいのかさっぱり分からなかったけれど、何をしたかったのかさっぱりと分からなかったけれど、いずれにせよ、今回の事件の犯人と向かい合っているのだ。今は神経を研ぎ澄ませなくてはならない。人間と人間同士の戦いであり、犯人と探偵の戦いだ。
 フーダニットは既に終わっている。
 今は何故やったのか、ということについて質問する番だ。
「先輩。フーダニットは既に終わっているんですよ」
 僕は、思っていることを、繰り返す。
 ふふっと笑ったような気がした。
「今は、ワイダニットに関する時間だ、と言いたいのか?」
 フーダニットとワイダニット。
 どれもミステリーに関する用語であり、ミステリーに関する単語であり、ミステリーに使われる手法である。
「そうです。先輩」
「お前が俺のことを先輩と呼ぶのも、初めてのような気がするな」
 そうだろうか。
 言われてみれば、確かに普段はさん付けで呼んでいるような気がする。
 それが僕のセオリー。
 それが僕の考え。
 それが僕の持論。
「……先輩と呼ぶことに抵抗でもあった、とか?」
「今は僕の過去を語る場面ではありませんよ、先輩。今は貴方が語る場面なんです」
「果たしてどうかな?」
 先輩はこのような不利な状況においても、なおも自分目線で立とうとする。
 それを、なんとかして僕の目線に持ち込んでいく。
 そのためにも、先ずは話を進めていかねばなるまい。
「君の過去についても、少しは触れても良い機会じゃないかな、と思うんだよ。なぜこのタイミングで転校してきたのか。それはほんとうに転校なのか、果たして転校と言えるものなのか?」
「……何が言いたいんですか、先輩」
「とどのつまり、だよ」
 先輩――ああ、もうややこしい――池下さんは話を続ける。
「君の存在は、UFOを呼び寄せるんじゃないか、ってこと。不思議なことを呼び寄せる中心にあるんじゃないか、ってこと。それを、俺は、君に問いたいんだ」

 

孤島の名探偵 ⑩

  • 2019/05/26 14:59

 その日の夕食は、備蓄食料を使って調理された。
 というか正確には昼食からそうだったのだけれど、料理が出来る金山さんとアリスが(アリス、料理が出来るのが意外である)料理をしてくれた。缶詰主体の料理だったが、案外楽しめるものだった。
 しかし、会話はゼロだった。
 当然と言えば当然だろう。殺人犯がこの中に隠れていると分かっていれば、会話が弾む訳もない。
 会話はゼロのまま食事は終わり、そのまま部屋に戻っていった。
 部屋に入ると、寝るしかなかった。
 けれど、寝付けなかったから、何とか頼んで入れて貰った『ハーモニー』を読み進めることにした。
 途中まで読み進めた辺りで、漸く眠気がやって来た。
 ああ、やっと眠ることが出来る。
 そう思って、僕は眠りに就いた。
 出来ることなら、明日は何も起きませんように。

   ※

 しかし、僕のそんな願いは、無残にも打ち砕かれることになるのだった。
「うわああああああっ!!」
 部長の叫び声を聞いて、僕は部屋を出る。
 見ると、部長があずさの部屋の前でひっくり返っている。
「どうしたんですか、部長!」
「ふっ……、ふっ……、ふっ……、伏見……さんが……!」
 部屋の中を見ると、あずさが部屋の中で血の海の中に倒れていた。
 背中にナイフを突き刺された状態になっている彼女は、もはや血の気がないように見受けられた。
 そして、同時に。
 それが連続殺人事件であることを象徴付けられてしまうのだった。

   ※

「まさか、あずささんまでも死んでしまうなんて……」
 食堂。
 集められたメンバーを見て、僕は深々と溜息を吐く。
 溜息を吐くのも致し方ない、と言ったところであろう。今や全員は意気消沈としている様子だ。しかもその被害者が犯人と疑われていたうちの一人であり、さらにそのうちのもう一人は完全に監視下にあったということで、殺人が不可能ということが立証されてしまっているのだから。
「……また、アリバイを確認させてください。良いですか?」
 僕の言葉に、全員は頷くことしか出来なかった。
 頷くことばかりしか、出来ないのだった。

   ※

 部長は落ち込んだ様子で僕の受け答えに応じていた。
「部長。今は落ち込んでいる場合じゃありません。アリバイについて、そして彼女の死体を見つけたときの様子について教えて貰えないでしょうか?」
「……夜は、ずっと蔵書室に居た。自分の監視時間が午前六時以降だったからだ」
「それより前に監視していたのは?」
「池下だ」
「蔵書室には他に誰か居ましたか?」
「高畑と……金山も居たはずだ。会話もした。だからそこに居たのは間違いない」
「そうですか。ということは、その時間犯行が可能だった人間は、自ずと一人に絞られますね」
「待て、待ってくれ! 何かの間違いだ! 池下が……あいつが、そんなことをするとは考え難い! きっと、きっと何かの間違いなんだ!」
「それは池下さんに直接聞いてみることにします。ですから、貴方はもう話を聞くことはないでしょう。ありがとうございました。お帰りください」
「待て、待ってくれ、待ってくれよお!!」
 部長の叫びも、僕には届かない。
 今は、犯人候補である池下さんとの会話に臨まなくてはならない。

 

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