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殺人鬼、御園芽衣子 ⑤

  • 2019/05/27 21:24

「……感情なんて、無駄なんだよ」
 気づけば、彼女は語りかけていた。
 気づけば、彼女は笑っていた。
「けれど、何でだろうな。お前と話していると、忘れていた感情がぽろぽろと零れてきたような感じがしてさ」
「それって、仲間に会えたから?」
「そうなのかな……。分かんねえや、分かんねえよ。けれど、今の状況を見られちまったら、反論の余地はないのかもしれないけれどな」
「だろうね」
「だろうね、って。そう冷たくあしらうのも、何というか、俺にとっては心地よい」
 マゾってことか。
「馬鹿にしているのかぶっ殺すぞ」
「すいません何も言っていません」
 というか言っていないはずなんだけれどな。
 もしかして僕がそう思っているだけで、口には出ているのかもしれない。
 だとすれば、納得出来るし、説明も付く。理由も分かるし、解明も出来る。
 だとしても、僕はやっぱり。
 人間らしくありたいと思うし、殺人鬼みたいな人種と一緒にされちゃ困るって思いが強まる。
「俺みたいな人種と一緒にされちゃ困る、みたいな顔してんな。……ま、当然かもしれねえけれどよ。でも、俺から見ればお前みたいな人間が一番殺人鬼にはぴったりな気がするけれどね」
「そんなこと言われるの初めてだ……」
「だろうね」
「でも、実際、僕がどう生きようったって、僕の勝手だろ? 君に決められる筋合いなんてない」
「それもそうだけれど……、でもお前みたいな人間が長生きするとは思えない。いつか、壁にぶち当たるときがやってくるだろうね」
「そのときはそのときさ」
 僕は、我慢強さだけは日本一って自信があるんだ。
 というか、こないだは全員に騙されるという危機的な状況に陥ったことがあるけれど。
「そのときはそのとき、ね……。何というか、ますます俺と似通った性格をしてんな」
「そりゃどうも」
 殺人鬼に褒められるとは思ってもみなかったな。
 そもそも、殺人鬼に遭遇してここまで時間を稼いだ人間自体初めてじゃないか?
「……やめよ、やめやめ。やっぱりお前を殺してもつまらない。普通に殺してもつまらないもの。そもそも、俺の目的ってそうじゃないし」
「え? どういうこと?」
「言わずとも分かるでしょう? 俺の目的はお前を殺すことじゃないし。殺すことは目的に出来るかも知れないけれど、お前をここで殺してもつまらない。俺、つまらない殺戮はしない主義だからさ」
 つまらない殺戮って何だよ。
 面白い殺戮が何処にあるというんだよ。
 そもそも殺戮自体止めて貰いたいことだけれど、出来ないんだろうな。殺人鬼って。DNAに殺人の遺伝子でも組み込まれているんだろうか? 僕は良く分からないけれど。
「そういう訳で、俺は退散するわ。お前もせいぜい殺されないようにしろよ、少年」
「少年じゃない。僕にも名前がある」
 そう言って、僕は名前を告げる。
 それを聞いた彼女は、ニヒルな笑みを浮かべたまま、僕の顔を見つめる。
「お前、変わった名前だな。何というか、見当も付かない名前というか。ニックネームを付けるとするなら、いっくんとかいっちゃんとかその辺りか?」
 何が言いたいんだ。
 それと、その予測は正解だ。
「へえ。いっくんって呼ぶことにしようか、いっくん。それじゃ、俺の名前教えてやるよ。俺の名前はな、御園芽衣子っていうんだ。せいぜい死ぬまでに覚えておいてくれよ、いっくん」
 そう言って。
 バイバイとでも言うように右手を振って。
 彼女は来た方角へと帰っていった。
 僕はぽかんとした表情を浮かべたまま、そのまま夜の公園に立ち尽くしてしまうのだった。

 

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