殺人鬼、御園芽衣子 ④
- 2019/05/27 20:10
――お前、最低だな。
いや、どういうことだ。全然理解できない。いきなり現れたその少女に切りつけられそうになった挙げ句、得られた言葉が「お前、最低だな」だって? いったい全体、僕が何をしたらそのような言葉に辿り着くのか気になる。興味が湧く。気にならない訳がない。
彼女は僕をじっと見つめたまま、ただひたすらにこちらに殺気を送っている。
「……ねえ、どういうこと?」
「どういうこと、とは?」
「最低だな、と言った意味だよ。全てを教えてくれ、とまでは言わない。だが、どうして『最低だな』と言ったのか、それを教えてくれればそれだけで構わない」
「……回りくどい言い方だな。それは嫌いじゃない」
嫌いじゃないと言って貰えて、先ずは一安心。
いやいや、そういう場合じゃない。
そういう問題じゃない、と言ってしまいたいところだが、それをそうだと理解してくれるかどうかはまた別の話。僕が僕たりえる由縁であり、彼女が彼女たりえる由縁なのかもしれない。
「……何を考えているのか分からないけれど、お前が最低であることには変わりねえよ」
「どういうことだよ? 意味が分からねえよ」
ちょっと言葉を崩して言ってみることにした。
けれど、それでも変わることはなくて。
「ほんとうならお前はさっきの一撃でやられるはずだった。今までの人間はみんなそうだった。けれど、お前は違う。お前はまるで『未来が見えていたかのように』攻撃を避けた。なぜだ? なぜ攻撃を避けることが出来た?」
「それは……」
分からないけれど。
たぶん。
「僕と君が……似ているからじゃないかな」
「似ている?」
「僕と君は、空っぽな人間なんだと思うよ」
僕と君は、空っぽ。
僕と君は、がらんどう。
僕と君は、空っぽ同士だから、繋がっている。
「だから、分かるっていうのかよ? 空っぽな人間同士だから、空っぽな気持ちが分かるって?」
「そうだと思うよ。それがどうかは分からないけれど」
「はっ! 馬鹿馬鹿しい。はっきり言って、阿呆らしいことだよ。お前みたいな人間と一緒なんて反吐が出る」
「その言い回し、止めた方が良いよ。女の子らしくない」
「今更、俺が女の子ぶっていったところで、何も変わりやしねえよ!」
絶叫していた。
嬌笑していた。
ちょっとだけ、その笑顔に色っぽさを感じさせてきた。
何というか、それはわざとじゃないのかもしれないけれど。
何というか、それは偶然じゃないのかもしれないけれど。
いずれにせよ、僕がどう生きていくかなんて、君に決められるもんじゃない。
同時に、それは君も同じだ。君の価値観なんて僕なんかに決めて貰う必要もないんだ。
自由だ。
自由だ。
自由だ。
僕と、君も。
いいや、それ以外の人間も。
「……さっきからその目線を止めろよ!」
彼女が言ったその言葉で、僕は彼女に不快感を示させているのだと気づかされる。
「気づいているのか気づいていないのか分からねえけれどよ、お前の顔を見ていると何というかムカムカするんだよ! 分かるか、だから」
「だから、殺すって?」
「そうだよ! だから、お前は殺す! そう決めたんだ!」
「殺せなかったのに?」
「巫山戯るな! 殺せない訳がない。俺のことを、知っているだろう?」
知っている。
君は、連続殺人鬼だ。
この周辺を賑わせている、巷の人物だ。
それぐらい理解している。
それぐらい分かっている。
それぐらい承知している。
けれど。
けれど。
けれど、だ。
君にそれを言われる筋合いは――何一つとして存在しないんだ。