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観測活動の再開 ①

  • 2019/06/01 04:11

※ここから二巻分です。上下巻の下巻構成と思ってください。

 

――

 

 九月というのは、夏と言うべきか秋と言うべきかややこしい時期だと思う。ゲーム会社によれば九月は『夏』というらしいし、一般の時期を考えれば『残暑』なんて言葉もあるぐらいだし、やっぱり夏なのかもしれない。秋という意見もあるかもしれないけれど、それはやっぱり受け入れるべきなのだろう。いいや、そうだ。夏ではなく、今は秋なのだ。
「そう考えて、心頭滅却しようとしても無駄なことだと思うよ?」
 後ろに座っていたあずさは、僕の言葉を聞いていたのか、僕の思考を感じ取ったのか、そんなことを言い出した。ってか、僕がそんなこと口にしていたのだろうか。言っていたならば、僕は悪いことを口にしたのかもしれない。
「そもそも、心頭滅却して暑さ忘れるって、仏僧だか誰だかの言葉じゃなかったかな? 僕達一般市民にはあまり関係のないことだと思うのだけれど」
「だったら、九月が夏だか秋だか考える暇があるんだったら、クラスの出し物調査に少しは協力しなさいな」
 そう。今は放課後前のホームルーム。
 九月下旬に迫った学園祭のクラス出し物を決定するミーティングのようなものを行っている真っ最中なのだ。
 なぜ、『のようなもの』と付帯したかというと、それがミーティングというにはあまりにもちゃっちくて、どうしようもなく面倒なことになっている。というか、簡単に言ってしまえば、クラスの出し物は、先程から明示されていた『メイド喫茶』に決まっていたのであった。
 どうして中学生でメイド喫茶なんてやらねばならないのだ、と思っていたが、クラス担任の徳重先生は特段何も気にしていない様子だった。それじゃ、先生の意味がないじゃないか、なんて思っていたけれど、しかしながら、そこで先生が突っ込みを入れれば、先生の意味はあってもクラスの自主性は問われないだろう。
「……やっぱり、男子ってメイドが良い訳?」
「良いかどうかと言われると、うーん、困っちゃうな」
 困っちゃうな、って何だよ。
 我ながら、返事に困る回答をするんじゃない。そう思いながら、僕は思いきり身体を後ろに捩らせる。
「だってさ、考えてもみてくれよ。やっぱり客寄せには、メイドが一番だと思わないか? 女子に負担を強いるのはどうかと思うけれどさ。男子は料理を作ることで帳尻を合わせれば良い話じゃないか。そうは思わないか?」
「そりゃ客寄せには便利だろうけれど……、やる身にもなってほしいものよ、メイドって。いっそ男子がメイドをやれば良いのに」
「それ、どこに需要があるんだ?」
「さあ? あるかもしれないし、ないかもしれないし。もしかしたら、意外と客が集まるかもよ?」
「嫌だね、やりたくない。……それに需要があったら、それはそれで嫌だ」
 

ラブレター ⑩

  • 2019/06/01 00:00

 エピローグ。
 というよりただの後日談。
「結局、ラブレターってどうなったんだ?」
 僕は単純な疑問を投げかけた。
 僕は(ある種)明白な疑問を投げかけた。
 僕は簡単な疑問を投げかけた。
 それは答えが分かっている、単純でシンプルな正解だったというのに。
 分かりきっていて、それを訊ねること自体が愚問だと言える話だったというのに。
 でも、僕は質問した。
 でも、僕は詰問した。
 ――ラブレターはどうなったのか、と。
 その質問について、彼女はこう言い放った。
「…………ラブレターって、何?」
 ああ、そういうことか。
 そもそもの問題として。
 そもそもの課題として。
 そもそもの疑問として。
 彼女がラブレターのことを知らなかった、ということなのだ。
 仮に大量のラブレターを手に入れたとしても、その意味を理解していなければまったく意味がないということだ。
 良く考えれば単純なことだったのだ。
 良く考えれば簡単なことだったのだ。
 それがそうであるならば、分かりきった話であるとするならば、僕は何も否定しない。僕は何も肯定しない。それが分かりきっている話であるんだ。だったら、僕は何も言わないだろう。というか、転校生に皆期待しすぎななのだ。転校生がどれだけパーフェクトな人間だと思っているのだろうか。転校生がどれ程完璧な存在だと思っているのだろうか。転校生のことを、買いかぶりすぎじゃないか、と言いたいぐらいだが、それはそれとして。言わずもがな、というところだろう。それが分かっているんだ。というか、分かっているのは同じ部活動に加入している僕達ぐらいしか知らないことも多いのだろう。
「……ラブレターのことを知らないなら、一から教えて貰え、あずさに」
「なんで私に?」
「いや、だって、そういうデリケートな話題は同じ性別の人間同士で言い合った方が良いだろう?」
「そういうものなのかねえ……」
「そういうものだろう?」
 それ以上は言うのは野暮ってものさ。
 僕はそんなことを考えながら、『屍者の帝国』を読み進めるのだった。

   ※

 もう一つ。後日談があるとするならば。
 あずさが買ってきておいたお土産があまりにも消化されていなかった、ということだろうか。仕方がないと言えばそれまでなのだけれど、気づけば量が減ってきている。いったい全体誰が食べているんだろう……などと思っていたら。
「……あ」
 ある日、あずさが自らの鞄にお土産を仕舞っているのを目撃してしまった。
 ……別にそれをしなくても良いだろうに。僕はそんなことを思いながら、静かに部屋の扉を閉じるのだった。

ラブレター ⑨

  • 2019/05/31 22:54


 藤沢駅に到着して、江ノ電に乗り込む。土日だけれど、時間的に空いていた。だ
から僕達は普通に座ることが出来た。
「……疲れたわね。やっぱり、歩き通したからかなあ」
「歩き通した、って言うか立ちっぱなしだったこともあるし、喉も酷使したし……、それが原因なんじゃないのか?」
「やっぱり?」
 やっぱり、って何だよ。分かっていたんじゃないか。だったら僕が言うまでもないことだったんじゃないのか?
 それはそれとして。
「…………疲れた」
 言ったのは、アリスだった。
 アリスはずっと喋っていなかったからてっきり疲れをも感じないのかと思っていたが、そこまで人間離れしていないようだった。
「驚いた。アリスも『疲れた』なんて言うんだな」
「…………私をなんだと思っているの」
「いやいや、そういうことを言っているつもりではないんだがなあ……。でもまあ、間違っていることではないか」
「アリスのことを馬鹿にしていることだけは伝わってくるわね……」
 そうだろうか。
 アリスを馬鹿にしているつもりはないのだけれど、僕にとってみれば、アリスのことは宇宙人としか思っていないから、馬鹿にしていると言われればそう思うのかもしれない。ただ単純に考えて、アリスは普通の人間じゃないと思っているので、あずさもそれは承知しているとすっかり思っていたから、僕の反応もすっかり理解していると思っていたからだ。しかしながら、あずさも頭が固い。今の感情が、『馬鹿にしている』と思われているとははっきり言って心外だ。
『まもなく、七里ヶ浜です』
 アナウンスが聞こえて、僕の思考は中断された。
「もう七里ヶ浜ね。降りる準備しないと」
 そう言って、あずさは立ち上がると、電車はゆっくりと減速する。
 やがて電車は七里ヶ浜駅のホームに停車していく。
「とーちゃーくっと」
 あずさの言葉は少し抜けた言葉だった。
 けれど、僕達にとっては若干救いのある言葉だったというか、有難い言葉だったというか、嬉しい言葉だったように思える。何せアリスと僕だけだったら、会話が一切生まれなかっただろうから。
「じゃ、今日はさよならね」
 あずさはそう言って、アリスと一緒に帰っていった。
 そして、ひとりぼっちになった僕はとぼとぼと家に帰っていくのだった。

   ※

「デートじゃねえの、それって」
 そう言ったのは、部長だった。
「やっぱりそうですよねえ……」
「思うのも仕方ないというか、当然というか、何というか……」
「結局のところは、ただのデートだったって訳だろ? 映画館にカラオケにショッピング……言っている内容からすれば完璧にデートの内容じゃないか。それ以上でもそれ以下でもない、完璧なデートプランだ」
「そりゃ、そうかもしれないですけれど……。でもデートとは言っていないですし」
「いやいや、言っていなかったとしてもやっていることはデートと変わらないんだから、それはデートと言えるんじゃないかい?」
「それもそうかもしれないですね……」
「さってっと、僕はデートの話を聞きに来た訳じゃないんだ。さっさと生徒会選挙の公開演説の文章を考えないといけない訳だからさ」
 そう言ってそそくさと出て行った部長。
 何のために来たんだ――なんてことを考えるのは、野暮な話だった。

 

ラブレター ⑧

  • 2019/05/31 16:14

 歌を歌うって、何を歌えば良いんだろう。
 デンモクを触りながら、僕はぽちぽちと最近の流行歌について考えてみた。最近の流行歌といえば、早口で捲し立てるラップみたいなロックが多い。かつてそんなアーティストが居て、そのアーティストが逝去してしまってから、皮肉にもその方法が広まったのだという。何処まで神は人間に甘くしてくれないのだろう、なんてことを思っていたけれど、そんなことは野暮だった。そんなことを考えること自体が、間違っていたのかもしれなかった。例えばこの世界がまるまるゲームの世界だったとして、それを作った創造主がほくそ笑んでいるとして、それを誰が認識出来るだろうか? 答えは見えてこない。それどころか、僕にとっての価値観が消失しかねない重要な出来事になってしまうのだろう、と思う。それを誰が、どのように監視しているかどうかはまた別として。
「いっくん、何歌うのー? 早く、デンモク貸してよ」
「まあまあ、ちょっと待ってくれよ。一曲目というのはこう盛り上がるナンバーを入れるのが定番になっているんだからさ」
「とか言っちゃってー、本当はそういうの知らないだけなんじゃないの?」
「いやいや、そんなことはないって! 絶対絶対に!」
「……? そこまで力む必要がある?」
「ないかもしれないけれど」
「だったら早く決めてよ」
 そう言われたら仕方ない。そう思って僕はスマートフォンのプレイリストから、アーティスト一覧を出しておく。歌える歌って何かなかったかな……。大半がゲームのサウンドトラックだけれど、一部は歌も入っている。その中から出していけば良いだけの話なのだ。
「ボカロって知っている?」
「知っているよ、ボーカロイドの略でしょ。電子音楽だったっけ? 初音ミクとか、鏡音リンとか、巡音ルカとか」
「知っているなら上々。じゃあ、これにしようか」
 そう言って僕は曲をカラオケの機械に送信する。
 デンモクをあずさに手渡して、数秒後。
 テレビの画面には、『ワールズエンド・ダンスホール』という文字が出てきた。
「わー、初音ミクだね。私知っているよ、この曲。でもこの曲より『アンハッピーリフレイン』の方が好きだったかな」
 はいはい。だったらそれも歌ってあげますよっと。
 そんなことを思いながら、歌い出し一発目。
「散弾銃と……あ、こりゃ違う」
 ついうっかり。
 歌い出しを間違えてしまったのはご愛敬ということで。

   ※

 カラオケは二時間あっという間に過ぎ去っていった。
 具体的には十五分前に延長しますか、という連絡があったからそれを丁重にお断りしておいて、時間をあずさとアリスに伝えるのだった。あずさは楽しそうな表情を浮かべて、うんうん、と頷いている。アリスも何曲か歌ったのだけれど、まるで機械みたいに音程が正確で驚いた。何というか、ほんとうに機械なんじゃないか、って思ってしまうぐらい。というか、歌、知っていたんだな。そんな失礼なことも考えてしまうぐらいだった。
「……後は電車に乗って帰るだけだね」
 辻堂駅のホームに、僕達は立っていた。
 電車は藤沢方面の電車を待っている。それに乗らないと江ノ電に乗ることが出来ないからだ。
「今日はほんとうに楽しかったよ。いっくんが居たからかな?」
「僕は何もしていないよ。強いて言えば、このプランニングをしたあずさが理由じゃないか?」
「そうかなあ? そうだったら良いんだけれど」
 あずさはにひひ、と笑みを浮かべながら僕の言葉に答える。
『まもなく、小田原行きが参ります』
 アナウンスを聞いて、僕達はホームに並ぶ。
 これに乗って、藤沢で江ノ電に乗れば、家に帰ることが出来る。
 楽しい時間はあっという間だ。そんなことを思いながら、僕達はやってきた電車に乗り込むのだった。

 

ラブレター ⑦

  • 2019/05/31 15:59

 カラオケはショッピングモールの直ぐ隣にあった、寂れた店だった。別にここじゃなくても良いんじゃないか? なんてことを僕は呟いた記憶があるけれど、あずさはここで良いの! と張り切ってしまっていて、とても否定意見を受け入れるつもりがないようだった。ならば仕方ない。だったら仕方ない。従うことにしよう、彼女が行う『カラオケ』そのものについて。
 いざ中に入ると、中は小綺麗になっていて、店員も常駐していた。こういうところだから中も汚くて店員も呼ばないと出てこないレベルなんじゃないか、なんてことを疑ってしまうことだったが、どうやら早計だったらしい。失敬失敬、と言わんばかりのことだった。僕とあずさは時間を考えて二時間コースを選ぶことにした。理由は今が大体三時半程度で、二時間遊び倒して五時半、家に帰るのが七時ぐらいならちょうど良いだろう、という結論に至ったためである。ドリンクバーを付けますか、と言われたので僕達は是と答えた。ドリンクバーは付けておいて越したことはない。何せこれから喉を酷使するのだ。渇きを潤す水ぐらいは必要だろうて。
「ねえねえ、部屋は十四番だって。急いで向かいましょう!」
「そんな急いだって何も始まらないよ。だったらゆっくり向かった方が良い。その方が傷も付かないし、怪我もしないし」
「いやいや! そうしないと二時間の制限時間があっという間に過ぎ去っちゃうよ! それはどうかと思うなあ、私!」
「そんなものか」
「そんなものでしょう!」
 そんなものらしい。
 まあ、言われたところでそれがどう動くかなんてことは考えたこともないし、考えたくもない。出来ることなら普通に生きていきたいのが普通の人間の価値観というものだろう。だからかもしれないけれど、だとしても、僕はやっぱり生きていくには不器用過ぎる人間なのかもしれない。生きていくには不器用、という言葉の意味を深く理解して貰う必要はないし、それ以上の意味も加味しちゃいないのだろうけれど。結局は、僕にとって、ただの価値観の不足が原因を招いているのだと言えば、答えは早いかもしれない。分かりきったことかもしれないし、分かり合えないことかもしれないし、分かろうとしないことなのかもしれない。答えは出てこないのならば、掘り出していくしかない。それが僕の生き方なのだろう。それが僕としての生き方なのだろう。それが僕ならではの生き方なのだろう。
「……ま、戯言だよな」
 昔何処かで読んだ本の主人公の言葉を流用させて貰った。シニカルな笑みを浮かべながら、僕は話を続ける。
「……で? カラオケに来たからには、やっぱりカラオケ上手いの?」
「いーや、全然! ただ、雰囲気を楽しみたいだけだよ!」
 ……なら、それはお金の無駄遣いというのではないだろうか。
 間違っていないのかもしれないし、正しいことなのかもしれないし。
 僕の価値観を認めてくれるのは、誰だって分かりきったことだったのかもしれないし。
 いずれにせよ、僕の価値観を決めるのは、僕の考えだけだ。生きていくことには、不器用過ぎる、僕だけの価値観だ。
「……取り敢えず、僕は何を飲もうかな」
 そう。
 先ずはそこから始めなくてはならない。
 カラオケに来たからにはドリンクバー。そしてドリンクバーの最初の一杯をどうするかでやっぱり物事って変わってくる気がするんだよ。
 それなら、やっぱりカルピスかな。
 そう思って、僕はコップに氷を入れて、カルピスのボタンを押すのだった。
「いっくん、カルピスにするんだ! 私もそれにしよーっと!」
 別に全員が全員カルピスにする必要は無いんだぞ、と思いながら。
 僕はカルピスを一口啜った。うん、甘い。これぐらい甘くなくちゃ。
 そう思って、僕はすたすたと十四番の部屋に向かって歩き進めるのだった。

 

ラブレター ⑥

  • 2019/05/30 17:01

 随分と悪いことをしたと思う。僕は馬鹿だ。馬鹿な人間だ。馬鹿だったと思った。
「……いや、やっぱり謝らせてくれ。僕に出来ることだったら、何だってするよ」
 その言葉が。
 言った後に気づいた。僕にとってその言葉が、揚げ足を取られたって意味に。
「え!? ほんとうに、何だってしてくれるの?」
「……う、うん。何だってしてあげるよ。流石に三重跳び五十回とか、わんこそば百回お代わりとか、出来ないことはあるけれど。出来る範囲で良ければ」
「良いよ、全然、そんなことしなくても! 私にとってやって欲しいことはね……」
 ……。
「え?」
 僕は呆気にとられて、ぽかんとしてしまった。
「え? って何よ。せっかく人が勇気を振り絞って言ったことだっていうのに!」
「いや、そういうことより……。そんなことで良いの? もっと言って良いんだけれど……」
 もっと言って良い、というのはちょっと語弊があるな。僕に取ってみれば、そんなことはやっぱりもっと揚げ足を取られることになるから言わない方が身のためなのだろうけれど、ついついあずさには言ってしまう。なぜだろう? あずさにそんな意思などない、と分かっているからだろうか?
「良いのよ、良いの! いっくんには『ショッピングに付き合って貰う』だけで良いんだから!」
 そうして、彼女は願いをもう一度僕に言ってみせた。
 ショッピングに、付き合って貰うだけで良い。
「じゃあ、もう一個おまけでカラオケにも付き合って貰っちゃおうかな?」
「……良いよ、別に」
 ……今月は節制をした方が良いだろう。
 そんなことを思いながら、僕は笑みを浮かべるのだった。

   ※

 ショッピングに付き合うって何をすれば良いんだろう。僕は思った。女子同士ならば、一緒に服を選んであげたり、更衣室に入り込んでキャッキャウフフしたりするのかもしれないけれど、僕と彼女は性別が違う。先ずそこでポイントを整理しなければならない。となると、僕は一緒に服も選べないし、更衣室に入ることも出来ない(そもそも、入った時点で犯罪者扱いされる訳だけれど)。では、僕には何が出来るんだろうか? せいぜい荷物持ちぐらいしか出来ないような気がするのだけれど……。
 そんなことを思っていたのだが、答えは僕の予想していた通りの結末であった。
「……やっぱり、こうなるのか」
「あら? ショッピングに付き合ってくれるって言ったのは、いっくんだよ?」
「…………そう。言ったのは、貴方」
 言った、というか何でも付き合うよ、と言っただけに過ぎないような気がするのだけれど。それはあまり言わないでおこう。そうだな、例えば僕の中でちょっとした感情の欠落があるとして、それが怒りであるとするならば、僕はその欠落を一生恨んでいるところなのかもしれない。そもそも、感情が欠落している時点で、怒りというものそのものを感じない訳だけれど。でもまあ、僕に取ってみれば、それが正しいことであるかどうか、これが間違っているかどうか、考えることでもありゃしないだろう。僕にとってのあずさは、僕にとってのアリスは、いったいどういう扱いをすれば良い? 僕にとってのあずさは、僕にとってのアリスは、ただの人間という扱いをすれば良いのか? いいや、違う。そうじゃないだろう、自分。未だ未だ考えなくてはならないことがあるんじゃないか。例えば、アリスのこととか。アリスはUFOを観測した次の日に転校した。きっとあれは、僕達に対する警告なのだ。これ以上UFOを観測したら、どうなるか分かっているか、と言う警告なのだ。そのために僕達の目の前に現れた監視員、それがアリスなのだ。
 ……というのは、考え過ぎだろうか。
「……さあさ、未だ未だあるよ! 次次!」
「…………私、少しだけ、ショッピングが楽しいと思えてきた」
 あずさとアリスは上機嫌だ。
 荷物を持たされるこっちの身にもなって欲しいものだよ、と僕は思いながら深々と溜息を吐くのだった。

 

ラブレター ⑤

  • 2019/05/30 16:44

 映画は面白かった。
 百二十分楽しめる内容だった。
 元々このゲームは好きなゲームだった。しかし年齢と共に離れていってしまい、気づけば最新事情を追うことはあろうともゲームをプレイするまでには至らなくなってしまった、と言ったところだろうか。しかしながら、この映画は面白かった。そもそもモンスターにオッサンが入り込む時点でゲテモノか何かかと思ってしまっていた僕が間違っていた。そもそもこの作品にゲームの原作があること自体を知らなかった。何でも数年前に今はもう古いと言われるような携帯型と据え置き型のハイブリッド型ハードと言えるようなゲームハードで出たっきり新作が出なくなってしまったシリーズだったらしいのだけれど、僕に取ってみればそんなことはどうだって良かった。そう言えるレベルの仕上がりだった。予算と技術力に糸目をかけないハリウッドならでは、なのかもしれない。それが、僕の思った感想だった。それが、僕の考えた感想だった。粗筋を述べるのはどうかと思うのでこれ以上言わないでおくことにしておくけれど、僕としては、あんまり気にしない方向で良ければさっさと話してしまいたいところだった。この感動を誰かと共有したい気分だった。この感動を、早く誰かと共有したかった。それが、僕の中ではあずさとアリスということになるのだろう。というか、端から見て女子二人と男子一人という光景は、どういう風に写っているのだろうか。ダブルデート? いやいや、それには相手が一人足りない。それなら単純に友人同士の交流? そう思ってくれるのが有難いところだ。それ以上でもそれ以下でもないのだけれど。僕に取ってみれば、僕は、こういう男女交際には向かない人種だと分かっていたから。
「……ねえねえ、とっても面白かったよね? あの映画! もう一度見たくなるぐらい最高だったと思わない? 思わない? 私は思ったわ! レディースデイに一人で見に行こうかなあ。でもそうすると叔母さんが駄目って言うかもしれないなあ。だとすれば、やっぱりまたいっくんについてきてもらうしかないよね?」
「出来れば今度は僕も金銭的余裕のあるときにしてくれ。たとえば、ファーストデイとか」
「駄目駄目! ファーストデイじゃ、映画が終わっちゃうでしょう? でもレディースデイだったら毎週水曜日だから……あ、駄目か」
 毎週水曜日、って。
 学校をサボって映画を見に行け、って言いたいのか、お前は。
 でもまあ、そう思うのも何だか仕方ないような気がする出来だったと思う。それがどうであれ、それをどうするであれ、僕は何も考えないけれど。僕は絶対にサボってまで見に行こうとは思わないがな。まあ、女性人気が強い作品だろうな、って感じはしていた。現に映画館は女性が多かった印象が強かった。それ以上に、女性が多かったという印象よりも、僕が事前知識として仕入れていた情報が、ただ単純に女性人気であるということを知っていただけだったのかもしれないのだけれど。それがどうであれ、僕は何も考えない。僕は何も思わない。ただの埒外な考えであることには変わりないのだから。
「でも、休んだって誰も文句は言わないよ」
「いや、言うだろ。例えば家族とか」
「あー……うち、ちょっと特殊な家庭事情なんだよね」
「どういうこと? ……あー、いや、悪かった。聞いた僕が馬鹿だった」
 聞いた僕が馬鹿だった。
 普通は首を突っ込むべき話題じゃないのに。
 

ラブレター ④

  • 2019/05/29 21:32

 待ち合わせは、七里ヶ浜駅だった。
「お待たせ」
 白いワンピースに身を包んだあずさと、青いシャツとオレンジのプリーツスカートに身を包んだアリスを見て、僕は心の中で少しだけ朗らかな気持ちになってしまっていた。
 だって普通に考えればデートみたいなもんだし。
 そんな感じだから、今日の僕は高揚感に包まれていた。
 いや、高揚感だらけになっていた、というのが正しいのかもしれない。
 いずれにせよ、今回はあずさにエスコートしてもらうことになる。
 何せ、ここの地理に詳しいのは、この中では、他でもないあずさだけなのだから。
 僕もアリスも、この辺りの地理には詳しくない。江ノ電なんて乗るのは二回目だ。
 だからSuicaのチャージ残額が若干気になっていたけれど、そんなことは特に問題なく、藤沢まで乗ることが出来た。
 藤沢からは東海道線に乗り換えて辻堂駅で下車。すると目の前に広がっているのが――。
「ほら、ここ! テラスモール湘南!」
「こんなところにこんな立派なショッピングモールがあるなんて……知らなかったよ」
「そしてこの中に映画館があるんだよ!」
 映画館に入ると、ポップコーン売り場にショップ、チケット売り場が広がっている。
 チケット売り場で早速チケットを購入すると、時間はあと一時間あることが分かった。
 仕方がないので、ショップを見て回ることにした。
「映画を見るなら、先ずはやっぱりパンフレットを買わないと!」
「そうなのか?」
「そうなんですー!」
 だったら買うか。パンフレットの値段を見ると千円。まあ、子供向け映画だしそんなもんか。
「すいません、パンフレット三つ」
「三千円になります」
「えっ、買ってくれるの? いっくんかっくいー!」
「いや、後で払えよ……」
「えっ?」
「アリスもだぞ」
「………………えっ?」
 アリスは欲しくなさそうだけれど、あずさが「パンフレットは買っとけ!」って言うから、取り敢えずアリスの分も購入しておくことにする。
「すいません。三人なんで一人一つに分けて貰えますか」
「良いですよー」
 店員さんは愛想良く、僕達に一つづつパンフレットの入ったビニール袋を手渡してくれた。
 さて、それをしたところでまだ時間はあと五十分ある。
「ちょっと、本屋さんにでも行ってみる?」
 そいつは妙案だ。僕はそう思って、それに大きく頷くのだった。

   ※

 テラスモール湘南にある大きな本屋に僕達はやって来た。
「今、十一時半だから……、十二時にここで集合ね! 後は各自行動を取ること! それじゃ、後はよろしく!」
 そう言って。
 あずさはそそくさと何処かに消えていってしまった。何というかすばしっこい奴だ。そんなことを思っていると、アリスがじっと僕の顔を見つめている。
「……アリス? どうかしたのか?」
「…………迷子になりたくないから、一緒についていく」
「……マジかよ」
 そんなこと言われても困る、と言いたかったけれど、同性であるあずさはさっさと何処かに消えて言ってしまった。
 となると後は僕だけ。
 仕方ない。あずさのことは諦めて、アリスと一緒に行動を共にすることにしよう。
 そう思って僕はアリスの手を取った。
「…………え?」
「迷子になったら、困るんだろ」
 アリスはこくり、と頷いた。
 僕は少しだけ顔を赤らめながら、本屋の中に入っていくのだった。

   ※

 本屋で見ている本と言えば、珍しい本ばかりだ。
 どんな本を読んでいるのだろうか、と思って見ていたら、『ヒト夜の永い夢』というSF小説だった。分厚い本だった。見ると価格が千円もした。千円もする文庫本があるのか……少し溜息を吐きながら、アリスは財布とにらめっこしている。
「買わないのか?」
「…………ちょっと高いかな」
「……分かった。じゃあ、僕が買ってやる」
「…………え?」
 アリスはそんなことを言われると思ってもみなかったのだろう。
 そんなことを思いながら、僕は元から購入する予定だったゲームのコミカライズ本と一緒にカウンターへ持って行った。
「千七百円になります」
 ちょいと予算オーバーしたけれど、これくらいはどうだって良いだろう。
「すいません、一冊別に袋分けて貰えますか?」
「良いですよ」
 店員さんは何処でも愛想が良い。
 僕はそう思いながら、二つの袋を受け取って、そのうちの一つをアリスに手渡すのだった。
「…………ありがとう」
「大事に読めよ」
 僕はそう言った。アリスはそれを聞いてにこやかな笑みを浮かべるのだった。

 

ラブレター ③

  • 2019/05/29 20:58

 宇宙研究部の部活動をしている最中でも、他の部活動からの勧誘はあった。
 あ、僕の話ではなく、アリスの話になる訳だけれど。僕はどうだっていいのかよ、畜生。
「ねえねえ、高畑さん。こんな部活動じゃなくて、弓道部とかどうかしら?」
「…………嫌だ」
「弓道部より書道部も良いと思うわよ? ほら、高畑さん、文字上手そうだし!」
「…………嫌だ」
「書道部より茶道部よね? お茶の入れ方上手そうだし!」
「…………嫌だ」
 こう毎日やって来る部活動の勧誘を見た限り、この中学校には様々な部活動があるのだな、と思い知らされる。
 しかしながら、アリスはどれも目にくれず、この宇宙研究部での活動を全うした。
「どうしてこの部活動が良いんだ? 何かピンと来るものがあったとか?」
「…………そうかもしれない」
 そうかもしれない、って。
 ピンと来るものがこの部活動にあったのなら、それはそれで何よりなんだが。
 というか、僕自身もなぜこの部活動に入ったのか未だに良く分からない点があるのだけれど。
「まあまあ、良いじゃないの。アリスがこの部活動が良いって決めているんだったら。彼女の本心に任せてあげた方が良いんじゃないの?」
「それもそうなんだけれどね」
 でもそれが正しいのかどうか分からない。
 答えも魑魅魍魎も何のその。
 結局のところはただの役不足。
 いいや、それが間違っているのか正しいのかも分からないけれど。
 いずれにせよ、僕の価値観では、アリスの価値観を推し量ることは出来ない。
 アリスの価値観を、僕の価値観で推し量ろうなど、無駄な話だったのだ。
 出来る話ではなかったのだ。
 だとすれば、それが正しいかどうかも判別することが出来ないのであって。
「…………私は、ここが楽しいから」
「ほら! アリスもそんなことを言っているしさ!」
「……だったら良いんだけれど」
 僕はそのままにしておいた。
 僕は言わないままにしておいた。
 僕は片付けないことにしておいた。
 それが正しいと思っていたから。
 それが間違っていないと思っていたから。
 それが有り得ないはずないと思っていたから。

   ※

「そういえば、いっくん。映画に付き合って欲しいんだけれど」
「は? 映画って何だよ」
「これこれ!」
 そう言ってあずさは映画のポスターを僕に見せる。
 日本のゲームがハリウッドで映画化した作品の第二弾――だっただろうか。その作品を僕はTVのCM程度でしか見たことがなかったけれど。
「で? この映画がどうした訳?」
「いっくん、全然興味ないんだね? 私が一番見たい映画の一つだよ! 昔からこのゲームが好きだったんだけれどね、このたびハリウッドで実写映画化が決まったのが数年前。それが大ヒットして第二作が今年公開! という感じなんだよ。全くもって素晴らしいことだと思わない?」
「うん、素晴らしいことだとは思うんだけれどさ。それと僕とどんな関係性が?」
「暇ないっくんを連れ回してあげようという私の思惑なんだけれど、理解してくれないかな?」
「暇、って……。いや、確かにこの近辺の地理には詳しくないから暇この上ないんだけれどさ」
「だったら、一緒に行こうよ、映画館!」
「おーおー、デートかい、二人とも」
 今日は部長が来ていた。
 だから部長がそんなことを言っていた。言っていたからって何だ、って話なんだけれど。
「…………私も行きたい」
「え?」
「…………私もその映画、見に行きたい」
 目がキラキラ輝いているように見える。
 何というか、それを見て、嫌だ、とは流石に言い切れない。
 ……結局、その後の話し合いで、後日土曜日に三人で映画館に見に行くということになるのだった。

 

ラブレター ②

  • 2019/05/29 19:12

 宇宙研究部の部活動は、特にやることもなかった。
 というのも、部長が生徒会選挙に立候補することを決めたからだ。
 だから、それ以外の僕達は置いてけぼり。正確に言えば、やることがないってこと。
「なあなあ、アリス」
 だから僕はアリスに質問してみた。
「…………何?」
「アリスって、ラブレターとか届いているの?」
 いかにも不躾な質問であることは理解していた。
「ラブレター?」
「……まさか、意味を理解していないなんてことは言わないだろうな?」
「いや、理解していないことはないと思うよ。ってか、それを聞く普通?」
 隣に居たあずさが僕に言ってきた。
 そりゃ、そうだろうと思う。
 けれど、気になってしまうのが性だ。
 だとしたら、聞いてみるしかないって話になる訳だけれど、それが駄目なら、まあ、致し方ないことなのかもしれない。
「……で、どうなんだ? 結局、ラブレターは貰っているのか?」
「…………未だ、封を開けていない手紙がいくつか」
 あるんかい。
「でもまあ、大変だよな。モテるってことは。僕はあんまりモテたことがないからさっぱり分からないんだけれどさ……」
「…………モテるってどういうこと?」
「女性だったら、男性に好かれやすいってことだよ」
 僕はアリスの質問に答える。
「…………だったら、私は好かれやすいのかもしれない」
「そうなの?」
「…………分からないけれど」
「分からないんだ」
 何だか禅問答をしている気分だ。
 禅問答をしたことがないけれど。
「ところで」
「何?」
「ラブレターって何?」
 やっぱり、意味を理解していないんじゃないか。
 僕はそんなことを思いながら、ラブレターの意味を教えてあげるのであった。

   ※

 部活動が終わって、僕はアリスと一緒に歩いていた。
 あずさは帰る準備をしていて、少し遅れるとのことだったので、僕達が先行して歩いていく形である。
「…………一緒に歩いて、大丈夫?」
 アリスは僕に問いかける。
「どうして?」
 アリスの言葉に、僕は何の意味も持たずに質問を返した。
「…………だって、ラブレターがたくさん届いているのだとしたら、私を好いてくれている人がたくさん居るってこと。ということは、私と貴方が歩いているこの状況を目撃されたら、刺されるんじゃないかって」
 刺されるって。
 流石にそこまで過激派な人間は居ないと思うけれど。……いや、居ないよね?
「…………そんなことより」
「そんなことより?」
「…………あずささん、来ないね」
「ああ、あずさか。未だ来ないんじゃない? 何せ片付けが残っているって言っていたし。片付けが終わらない限り帰ることは出来ないんじゃないかな」
「…………それって大変だね」
「そうだね。でも、あの部屋を使わせて貰っている以上、仕方のないことなんじゃないかな。図書室を使う人間が少なくない訳でもないし」
「…………図書室がなくなっちゃえば良いんじゃない?」
 何その発想、サイコなんですけれど!
 やっぱりアリスは宇宙人なんじゃないだろうか。地球人には有り得ないような発想が続々と出てくる辺り、普通の人間とは違う何かが感じられる気がする。
 けれど、やっぱり。
 アリスを宇宙人であると信じたくない自分が居る。
 いや、そもそも宇宙人は居ないと思っている。UFOも居ないと思っている。
 けれど、UFOは見てしまった。その次の日に、アリスがやって来てしまった。
 アリスが宇宙人だとするならば、僕達は何かを裁かれてしまうのだろうか。
 アリスが宇宙人であるならば、僕達は裁かれるべき罪が存在するのだろうか。
 答えは分からない。答えは見えてこない。答えは暗中模索するしかない。
 けれど、僕達は。
 前に突き進むしかない。
 それが宇宙研究部としての役目なのだから。
 それが宇宙研究部としての存在意義なのだから。
 それが宇宙研究部としての意味なのだから。

 

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