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ラブレター ⑦

  • 2019/05/31 15:59

 カラオケはショッピングモールの直ぐ隣にあった、寂れた店だった。別にここじゃなくても良いんじゃないか? なんてことを僕は呟いた記憶があるけれど、あずさはここで良いの! と張り切ってしまっていて、とても否定意見を受け入れるつもりがないようだった。ならば仕方ない。だったら仕方ない。従うことにしよう、彼女が行う『カラオケ』そのものについて。
 いざ中に入ると、中は小綺麗になっていて、店員も常駐していた。こういうところだから中も汚くて店員も呼ばないと出てこないレベルなんじゃないか、なんてことを疑ってしまうことだったが、どうやら早計だったらしい。失敬失敬、と言わんばかりのことだった。僕とあずさは時間を考えて二時間コースを選ぶことにした。理由は今が大体三時半程度で、二時間遊び倒して五時半、家に帰るのが七時ぐらいならちょうど良いだろう、という結論に至ったためである。ドリンクバーを付けますか、と言われたので僕達は是と答えた。ドリンクバーは付けておいて越したことはない。何せこれから喉を酷使するのだ。渇きを潤す水ぐらいは必要だろうて。
「ねえねえ、部屋は十四番だって。急いで向かいましょう!」
「そんな急いだって何も始まらないよ。だったらゆっくり向かった方が良い。その方が傷も付かないし、怪我もしないし」
「いやいや! そうしないと二時間の制限時間があっという間に過ぎ去っちゃうよ! それはどうかと思うなあ、私!」
「そんなものか」
「そんなものでしょう!」
 そんなものらしい。
 まあ、言われたところでそれがどう動くかなんてことは考えたこともないし、考えたくもない。出来ることなら普通に生きていきたいのが普通の人間の価値観というものだろう。だからかもしれないけれど、だとしても、僕はやっぱり生きていくには不器用過ぎる人間なのかもしれない。生きていくには不器用、という言葉の意味を深く理解して貰う必要はないし、それ以上の意味も加味しちゃいないのだろうけれど。結局は、僕にとって、ただの価値観の不足が原因を招いているのだと言えば、答えは早いかもしれない。分かりきったことかもしれないし、分かり合えないことかもしれないし、分かろうとしないことなのかもしれない。答えは出てこないのならば、掘り出していくしかない。それが僕の生き方なのだろう。それが僕としての生き方なのだろう。それが僕ならではの生き方なのだろう。
「……ま、戯言だよな」
 昔何処かで読んだ本の主人公の言葉を流用させて貰った。シニカルな笑みを浮かべながら、僕は話を続ける。
「……で? カラオケに来たからには、やっぱりカラオケ上手いの?」
「いーや、全然! ただ、雰囲気を楽しみたいだけだよ!」
 ……なら、それはお金の無駄遣いというのではないだろうか。
 間違っていないのかもしれないし、正しいことなのかもしれないし。
 僕の価値観を認めてくれるのは、誰だって分かりきったことだったのかもしれないし。
 いずれにせよ、僕の価値観を決めるのは、僕の考えだけだ。生きていくことには、不器用過ぎる、僕だけの価値観だ。
「……取り敢えず、僕は何を飲もうかな」
 そう。
 先ずはそこから始めなくてはならない。
 カラオケに来たからにはドリンクバー。そしてドリンクバーの最初の一杯をどうするかでやっぱり物事って変わってくる気がするんだよ。
 それなら、やっぱりカルピスかな。
 そう思って、僕はコップに氷を入れて、カルピスのボタンを押すのだった。
「いっくん、カルピスにするんだ! 私もそれにしよーっと!」
 別に全員が全員カルピスにする必要は無いんだぞ、と思いながら。
 僕はカルピスを一口啜った。うん、甘い。これぐらい甘くなくちゃ。
 そう思って、僕はすたすたと十四番の部屋に向かって歩き進めるのだった。

 

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