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ラブレター ⑧

  • 2019/05/31 16:14

 歌を歌うって、何を歌えば良いんだろう。
 デンモクを触りながら、僕はぽちぽちと最近の流行歌について考えてみた。最近の流行歌といえば、早口で捲し立てるラップみたいなロックが多い。かつてそんなアーティストが居て、そのアーティストが逝去してしまってから、皮肉にもその方法が広まったのだという。何処まで神は人間に甘くしてくれないのだろう、なんてことを思っていたけれど、そんなことは野暮だった。そんなことを考えること自体が、間違っていたのかもしれなかった。例えばこの世界がまるまるゲームの世界だったとして、それを作った創造主がほくそ笑んでいるとして、それを誰が認識出来るだろうか? 答えは見えてこない。それどころか、僕にとっての価値観が消失しかねない重要な出来事になってしまうのだろう、と思う。それを誰が、どのように監視しているかどうかはまた別として。
「いっくん、何歌うのー? 早く、デンモク貸してよ」
「まあまあ、ちょっと待ってくれよ。一曲目というのはこう盛り上がるナンバーを入れるのが定番になっているんだからさ」
「とか言っちゃってー、本当はそういうの知らないだけなんじゃないの?」
「いやいや、そんなことはないって! 絶対絶対に!」
「……? そこまで力む必要がある?」
「ないかもしれないけれど」
「だったら早く決めてよ」
 そう言われたら仕方ない。そう思って僕はスマートフォンのプレイリストから、アーティスト一覧を出しておく。歌える歌って何かなかったかな……。大半がゲームのサウンドトラックだけれど、一部は歌も入っている。その中から出していけば良いだけの話なのだ。
「ボカロって知っている?」
「知っているよ、ボーカロイドの略でしょ。電子音楽だったっけ? 初音ミクとか、鏡音リンとか、巡音ルカとか」
「知っているなら上々。じゃあ、これにしようか」
 そう言って僕は曲をカラオケの機械に送信する。
 デンモクをあずさに手渡して、数秒後。
 テレビの画面には、『ワールズエンド・ダンスホール』という文字が出てきた。
「わー、初音ミクだね。私知っているよ、この曲。でもこの曲より『アンハッピーリフレイン』の方が好きだったかな」
 はいはい。だったらそれも歌ってあげますよっと。
 そんなことを思いながら、歌い出し一発目。
「散弾銃と……あ、こりゃ違う」
 ついうっかり。
 歌い出しを間違えてしまったのはご愛敬ということで。

   ※

 カラオケは二時間あっという間に過ぎ去っていった。
 具体的には十五分前に延長しますか、という連絡があったからそれを丁重にお断りしておいて、時間をあずさとアリスに伝えるのだった。あずさは楽しそうな表情を浮かべて、うんうん、と頷いている。アリスも何曲か歌ったのだけれど、まるで機械みたいに音程が正確で驚いた。何というか、ほんとうに機械なんじゃないか、って思ってしまうぐらい。というか、歌、知っていたんだな。そんな失礼なことも考えてしまうぐらいだった。
「……後は電車に乗って帰るだけだね」
 辻堂駅のホームに、僕達は立っていた。
 電車は藤沢方面の電車を待っている。それに乗らないと江ノ電に乗ることが出来ないからだ。
「今日はほんとうに楽しかったよ。いっくんが居たからかな?」
「僕は何もしていないよ。強いて言えば、このプランニングをしたあずさが理由じゃないか?」
「そうかなあ? そうだったら良いんだけれど」
 あずさはにひひ、と笑みを浮かべながら僕の言葉に答える。
『まもなく、小田原行きが参ります』
 アナウンスを聞いて、僕達はホームに並ぶ。
 これに乗って、藤沢で江ノ電に乗れば、家に帰ることが出来る。
 楽しい時間はあっという間だ。そんなことを思いながら、僕達はやってきた電車に乗り込むのだった。

 

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