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ラブレター ①

  • 2019/05/29 18:21

 六月半ばにアリスが転校してきて、その一日であっという間にクラス中に、いや学年中に広まった。という訳で、昼休みにもなれば多くの人間がクラスにやって来ていた訳だ。畜生め、僕がやって来た時は誰一人としてやって来なかったじゃないか!
「それはきっと、アリスが可愛いからじゃないかな」
 言ったのはクラスメイトの高岳だった。高岳は気分屋でクラスのムードメーカー的立ち位置に立っていた。席は僕の前で、話しかけるのも容易い。だからかもしれないけれど、あずさの次に僕は仲良くなることに成功したのだった。
「アリスが可愛いだって? ……確かにそうかもしれないな」
「これからはこのクラスも忙しなくなるんじゃないかな。何せ、クラス一のマドンナだった神沢に変わって新しいマドンナが生まれたんだからさ。まあ、神沢が嫉妬しないかどうかが問題だけれど」
「女の嫉妬は怖いからな」
「違いねえ」
 僕と高岳はそんな会話をしながら、授業間の休みを満喫していた。
「で? お前はどっち派な訳?」
「どっち派ってどういうことだよ?」
「言わせるなよ。高畑派か、神沢派か、だよ。俺は正統派美少女の神沢に一票投じたいところだねえ。しかしながら、高畑の帰国子女感溢れる感じもたまらねえ。清楚な見た目をしているのに、だ。あれがたまらねえと思う男子生徒も少なくないはずだ。で、お前に質問って訳だよ。お前は宇宙研究部に所属しているんだよな?」
「うん、そうだけれど?」
「羨ましいよなあ、宇宙研究部には、あの伏見も居るんだろう?」
 ちなみに今あずさはトイレで居ない。
 そのタイミングを狙っての言葉なのだけれど、何がそんなに羨ましいのだろうか?
「羨ましいってどういう意味さ?」
「だって、部活動に同学年の女子が二人居るんだぞ? それだけでハッピーじゃないか。競争率が低いって奴? もっといえばハーレム状態とでも言えば良いのかな?」
「何がハーレムですって?」
 言葉を聞いて振り返ると、あずさがガイナ立ちしてその場に立ち尽くしていた。
「えっ? い、いや、何でもないよ。あの部活動に三人も新入部員が入るなんて凄いな、なんてことを思ったぐらいだ」
「三人って私も入れた数なのかしら? ……まあ、良いわ。いっくん、人の話を聞くのも良いけれど、たまには流し聞きするのも悪くないことだと思うよ」
 そう言って彼女は席に座る。
「……まあ、話を戻すけれどよ、お前、どっち派よ?」
「どっち派と言われても、アリスは未だ来て数日しか経過していない訳だし……」
「へえ、アリスって呼ぶ仲になったの?」
「ち、違う! ただ単純に同じ部活動の女子をそう呼んでいるだけだ! あずさだって、あずさって呼んでいるし!」
「それなら分かるけれど……。まあ、いいや。お前は保留ってこったな。それにしてもあんだけ人間が集まるんじゃ、あの量も大変なんだろうなあ」
「あの量、って?」
「馬鹿。女子が男子に贈るものったら一個か二個しかないだろ、ラブレターだよ、ラブレター」
「ラブレター……ああ、そういうこと」
「まるで無関心だなあ、お前って。何というか、女子との恋愛に興味がないタイプ?」
「僕をそっちの方向に持って行くのを止めてくれ。僕はちゃんと女子が好きだよ」
「ほんとうに?」
「ほんとうだよ。嘘は吐かない」
「だったら良いけれど」
 始業を報せる鐘が鳴って、高岳は席を元に戻した。
 三時間目の授業、理科が始まる。

 

八月三十一日⑫

  • 2019/05/29 15:34

 保健室。
 高畑と伏見、そして保険教諭の今池文恵が向き合って座っていた。
「……貴方達の行動、見過ごせないものばかりであるということはご理解いただけたかしら?」
「はい。アリスの殺人、そして私の『タイムリーパー』使用……。決して許されるものではありません」
「貴方達は大事な駒です。駒は駒らしく活動して貰わなくてはなりません。分かりますね?」
「分かっています」
「アリス。貴方は?」
「…………分かっている」
「分かっているなら、派手な行動は避けること。それは『隊』としての絶対命令だったはずよ。分かっているかしら?」
「分かっています。今回の行動は浅い考えだったことを認めます。ほんとうに、申し訳ありませんでした」
「まったく……。もし、彼に何らかの影響が認められた場合、貴方は対処出来るの?」
「保健委員なので、何の問題もなく保健室に連れて行くことは可能です」
「可能でしょうね。けれど、問題はそこから。……民間で使える薬物にも限界がある。『タイムリーパー』の副作用を緩和してくれる薬物なんてジェネリックでも出てきていない代物なのよ。まあ、何かあったときのために、と念のため用意はしていたけれど」
「分かっていたのですか。私達が、彼に何かするということは」
「当然でしょう。そのように仕組んでいたのだから。彼は特異点。それ以上でもそれ以下でもない。とどのつまりが、彼の存在意義こそが貴方達が戦う意思を捨てないためのものだということ」
「……全て手のひらの上に居た、ということですね、私達は」
「その通り。それは理解して貰えたかしら?」
 こくり、と頷く高畑と伏見。
「理解して貰えて何より。九月からはより一層忙しくなるからね。貴方達にも、戦闘態勢を取って貰う必要が出てくる」
「学校を休め、ということですか?」
「そもそも学校は貴方達にとっての憩いの場というだけであって、それ以上でもそれ以下でもない空間であるということ。そして、その憩いの場はいつでもなくすことが出来るということ。それぐらいは貴方達も分かっていたはずよ。貴方達だって、現実を見極めることぐらいは出来たはず」
「それは……」
 そうかもしれない。
 そうかもしれないが。
 彼女達を傷つける空間がこれまで以上に広がるということについて、彼女達は、考えたくなかった。出来ることなら、永遠にこの平穏な空間で過ごしていきたかった、と思っていた。
「薬の投与量もこれから増やしていくつもりです。よって、貴方達には何らかの副作用が出るようになるかもしれませんが、そのときは保健室に駆け込むように。一応、先生にも根回しは済ませてあります。だから、何かあったら先生を頼りなさい」
「……分かりました」
「…………分かりました」
 そうして、会話は終了した。
 お互いにとって、忘れられない夏の終わりが――もうすぐやって来る。

 

八月三十一日⑪

  • 2019/05/29 15:14

 後日談。
 というより、ただのエピローグ。
 僕の宿題をみんなで手伝ってなんとかして貰う作戦は功を奏して、次の日の朝、無事に九月一日を迎えることが出来た。正直な話、もしこれでまた八月三十一日だったらどうしようかと思っていたぐらいだ。頭を抱えていたことだろう。何せ、僕以外の全員がループしていることに気づいていないのだから。
 九月一日は残暑の雰囲気が未だ残る、暑い朝だった。
 僕が歩いていると、後ろからあずさが肩を叩いてきた。
「おはよっ、いっくん」
「ああ、あずさか。おはよう」
「昨日は無事に宿題終わらせられて良かったねえ?」
「そうだね。みんなに手伝って貰わなかったらどうなっていたことか……」
 まあ、その『どうなっていたことか』というのは知っていることなんだけれど。
「どうしたの、いっくん。ぼうっとしちゃってさ。もしかして熱中症!?」
「いや、そんなことはないから、落ち着いて」
 朝から熱中症になってしまったら、暑さのピークである昼にはどうなってしまうんだろうか。
 きっと動けなくなってしまうのだろうけれど。
 そんなことより。
「夏休み、結局ずっと部活動に出突っ張りだったよね。何というか、休んだ感じがしないというか」
 具体的には数日休みはあったのだけれど、そこでも何かいろいろと問題はあったりして。
 それは言わずもがな。解決はしたけれど、それ以上は言わないでおこう。
「……九月からも、UFOの観測は続けるつもりなのかなあ」
「そうじゃないと、宇宙研究部の意義がなくなっちゃうでしょ。だったら、部長自らが『部活動を活動停止する』ぐらい言い出さないと」
 そうだよな。
 そうじゃないとだよな。
 そうじゃないと、やっぱり宇宙研究部じゃないよな。
 未だ胚って三ヶ月程度しか経過していないけれど、そんな感じがしてならない。
「さ、急がないと遅刻するよ!」
「え? もうそんな時間?」
「そんな時間じゃないけれど、ゆっくりしているとショートホームルームには間に合わなくなる時間かな、ってぐらいだよ」
「それなら急がないと!」
 僕と彼女は走り出す。
 九月からの新学期も、良い季節になれば良いなと思いながら、僕達は一歩前に進む。

 

八月三十一日⑩

  • 2019/05/29 14:46

「今日は天体観測をするぞ!」
「部長、今日も、の間違いじゃないんですかー?」
 部長の言葉に、金山さんが茶々を入れる。
「五月蠅いな。そりゃそうかもしれないけれどさ。けれど、そういうのを言うのは野暮ってものだぜ」
「野暮でも何でも間違っていることを間違ったままにするのは良くないと思いまーす」
「それはそうかもしれないが……!」
 僕達の会話もいつも通り。
 宿題をやっていても、それが終わるところを見せてはくれない。
 いっそ誰かに手伝って貰えないと終わらないんじゃ……。
「…………思い出した」
「?」
「そうだ。そうだよ! 思い出したよ!」
「な、何だ。いっくん。急に大声を出して。暑さでとうとう頭がやられたか?」
「違います。……分かったんです。この窮地を脱する作戦が!」
 窮地と言っても、窮地に立たされているのは僕だけなんだけれど。
 エンドレスエイトに、やっぱり答えは残されていた。
 エンドレスエイトは、どのように解決した?
 答えはそこに見えていたじゃないか。どうして適当に海なんて行こうなどと思いついたのか。あのときの自分を恨みたいぐらいだ。
 だから、僕は恥を忍んで、こう言い放った。
「僕の宿題を、手伝ってください!」

   ※

「しかしまあ、良くもここまで宿題を溜め込んだものだよね」
 部長は深々と溜息を吐いたのち、そう言い放った。
 何を言われても構わない。ともかく、僕の宿題さえ終われば無事九月一日に行けるはずなんだ。確定事項ではないけれど。
 とにかく、永遠に過ごす八月三十一日だけは、、もう二度と送りたくない。
 だから僕は恥を忍んで、宿題を手伝って欲しいと言ったんだ。
 そうじゃなければ、何も始まらないから。

   ※

 宿題は、三時間かけて終わった。
 これで僕の夏休みは無事に終了した……。そう思うと、そのままぶっ倒れてしまいそうになりそうだったが、すんでのところでそれを堪えた。
「結局、いっくんの宿題を手伝っていたら疲れてしまったよ……。ちょっと休憩したら、いつも通り、屋上で天体観測と行こうじゃないか」
「あんたの場合は、天体観測というよりUFO観測だろうけれどね」
「良く分かっているじゃないか」
 そうして。
 僕達は夏休み最後の天体観測に勤しむ訳だ。
 あわよくば、これが終わりになってくれれば良いのだけれど。

 

八月三十一日⑨

  • 2019/05/29 03:20

 家に帰って、時刻は九時半。
 五時間分の夏休みの宿題が残されており、その宿題を片付けるのに必死になっていた。
 しかし、やっぱり遊び疲れたのか眠気が半端ない。
 普通ならそこで眠ってしまうものだろうけれど、そう簡単に眠気に誘導される僕でもない。
 簡単に眠ってしまったら、それはそれで抗っていないことを意味している。
 それは勉強に対する姿勢がなっていないということが意味しているのではないか?
 分かっている。そう簡単に物事が解決しないことぐらい。
 けれど、眠気には抗えないことだってことも分かっている。
 だったら、どうすれば良いのか?
 眠気の限界まで、勉強に励むしかない。
 終わらせることが出来なかった、夏休みの宿題に取り組むしかない。

   ※

 そして、幾度目かの八月三十一日を迎えた。
「今日も……八月三十一日か」
 僕は深い溜息を吐いたまま、宿題を鞄に仕舞う。
 どうせ片付かない宿題なのだ。学校でやってしまえば良いのではないか?
 そんなことを考えて、僕はそれを持って行った。
「おはよう、いっちゃん」
 階下に降りると、母さんがいつものように食事を作ってくれていた。
 何度目になるだろうか、このメニューも。
 そんなことを思いながら、食卓に着くと、パンを一囓りした。

   ※

 登校もいつも通り。
 だから、語るべきことではない。
 強いて言うなら、あずさがやってこなかったことぐらいだろうか。
 それぐらいの変化で、僕が八月三十一日を乗り越える何かを得ることが出来るだろうか。
 答えは見えてこない。
 けれど、それは、きっと一縷の望みになるに違いない――なんてことを僕は思ってしまうのだった。

 

八月三十一日⑧

  • 2019/05/29 02:27

 伏見あずさの家は、七里ヶ浜駅の近くにあるマンションの一室にあった。
 彼女は一人暮らしだったが、家に入ると、誰かが居る気配があった。
「……誰?」
「貴方が一番良く知る人物ですよ、伏見あずさ。いいや、ナンバーナイン」
 彼女を『ナンバーナイン』と言ったその存在は、ゆっくりと影から出てきた。
 黒いスーツに身を包んだ女性だった。サングラスをかけていた彼女は、いったいどういう人間なのかは分からない。
 しかし、伏見にはそれが誰であるか分かっていた。
「マスターチーフ。……いったいどうして今日はやって来たというの?」
「貴方の存在、貴方の居る意味。分からないとは言わせない」
「……とどのつまり、時が近づいたと言いたいのね?」
「その通り。貴方がやるべき時間が、遂に迫ってきている、と言いたい訳だ」
「いつ?」
「九月から本格的に始動するでしょうね。……それともう一つ」
「もう一つ?」
「あなた、『タイムリーパー』を使っているわね?」
「…………、」
 伏見は何も言わなかった。
「タイムリーパーを一般人に使うことがどれ程の悪影響を及ぼすか、貴方も知らない訳ではないでしょうに! どうして貴方はタイムリーパーを使ったのですか!」
「…………それは、」
「まさか、貴方、人間に情が湧いたなんて言わないでしょうね?」
「!」
「……図星、ね。残念ではあるけれど、はっきり言ってそれは間違いよ。我々にとって、人間との邂逅は確かに有意義なものかもしれない。カミラ博士もそう言っていた。けれど、それはあくまでも『きっかけ』に過ぎない。普通の人間にとってみれば、単純なことかもしれないけれど、私達にとってみればそのきっかけ以上のことをしてはならない。それぐらいは、貴方も重々承知のはず」
「分かっているわ。けれど、これは重要なセンテンスだったのよ」
「タイムリーパーを一般人に使うことが、ですか?」
「タイムリーパーの使用回数は未だ限界を超えていないはずですよ」
「越えていようが越えていまいが、一回使うだけで副作用に問題があるのですよ」
「副作用はそれ程問題ではないはず。……せいぜい、記憶の欠如が見受けられるぐらいでしょうか」
「だとしても、です。それを『なかったことにしなければ』ならない。それが我々の役目なのですから。九月以降、貴方には頑張って貰わなくてはなりません。たとえ、タイムリーパーを一般人に使うということがあったとしても」
 そう言って、彼女は家を出て行った。

 

八月三十一日⑦

  • 2019/05/29 02:08

 バーベキューも終わり、時刻は午後八時を回った辺り。すっかり片付けを済ましており、着替えも済ましている状態になっていた僕達は、一緒に江ノ電に乗り込んでいた。
 流石にこの時間にもなれば江ノ電も空いていて、椅子に座ることが出来た。とは言っても数駅だから立っていても何ら変わりないのだけれど。それを考えたところで、僕は思い出していたのだが、他のメンバーが腰掛けたので仕方なく椅子に座ったといった次第だった。
「……そういえば、宿題終わった?」
「終わったよ」
「終わったよ、当然だろ?」
「終わったよ。……その質問をするってことは、いっくんは全然終わっていないってこと?」
「そうだよ、悪いかよ」
「悪くはないけれど、宿題はきちんと終わらせた方が良いと思うよ」
「そりゃ分かっているけれどさ! ……帰ったらやるよ、帰ったら」
「ほんとうに?」
「僕が嘘を吐いたことがあるかい?」
「あるかどうかと言われたら、ないと思う」
「だったら、大丈夫だろ。それぐらい理解してくれよ」
『間もなく、七里ヶ浜でございます。お忘れ物御座いませんよう、ご注意ください』
 アナウンスを聞いて、僕達は立ち上がる。
 やがて、七里ヶ浜駅のホームに到着した電車から降りて、僕達はICカードの簡易改札機のSuicaをタッチする。
「それじゃ、また明日」
 部長の言葉を聞いて、手を振る僕達。
 僕とあずさも別れて、僕だけに相成った訳だ。
 相浜公園を歩いていると、ブランコにまた『あいつ』が居た。
「御園、芽衣子……」
「どうした? やっぱりお前は俺を呼ぶときはフルネーム限定なのか?」
「フルネームでしか呼べないだろ、お前のことなんか」
「ほら。お前と呼んでくれた。未だ若干良い方だ」
 御園は笑みを浮かべて、俺にパンを一切れ差し出してきた。
「残念ながら、夕食は済ましてきたばかりでね」
「焦げ臭い匂いが染みついていらあ。バーベキューか何かしてきたのか?」
「ご明察」
「バーベキューとは随分と立派なことをしてきたものだね。全くまあ、俺みたいな人間にゃ出来ないことだ」
「そりゃ、殺人鬼の君には出来ないことだろうね」
「俺だって好きで人を殺しているんじゃない。金を貰うから人を殺すんだ」
「殺し屋みたいなものだったっけ?」
 こくり、と頷く御園。
「でも、それが何だって言うんだ? それ以外は普通の人間じゃないか。それに、君が殺したという証拠は一切残っちゃいないんだろ? だったら普通の人間のように暮らしていけるじゃないか。……それでも出来ないのか?」
「出来ないねえ。俺は戸籍を持たないから」
 戸籍、か。
 そりゃ一番の問題だな。
 御園の話は続く。
「それに、俺は普通の生活なんてできっこない。だったらこんな風に鼻つまみ者でも生きていくしかないのさ。それが俺の生きていく道なら、致し方ないって訳だよ」
「そういうものか」
「そういうものだ」
 ブランコから降りる御園。
 そうしてそのまま彼女は立ち去っていった。
 何のために彼女はここに居たんだろう――そんなことを思いながら、僕は家に帰るのだった。

 

八月三十一日⑥

  • 2019/05/29 00:06

 海水浴をするというのは、要するに海で泳ぐということだ。それ以上でもそれ以下でもない。とどのつまりが、塩分濃度の高い水で泳ぐだけということ。それ以上でもそれ以下でもない。だとしても、僕が泳ぐということは間違ってもいなければ正しいことでもないと思っている。
 要するに。
 青春を繰り広げていく中で、一番のポイントとも言えることが、海水浴であるという乏しい知識しか持ち合わせていない人間にとって、正しい選択だと言えるのだ。間違っていないのかもしれない。正しいことであるのかもしれない。未来では、間違っていると思われてしまうのかもしれない。けれど、僕は今回これを選択した。エンドレスエイトでは、確か『やりたくてもやれなかったこと』について言及していた記憶がある。それを攻略することが出来れば、いつか結論が出てくるのではないか――なんてことを考えていたのだけれど。
 海水浴はあっという間に終わり、夜のバーベキューに移った。
 バーベキューなんて予定にあったか? なんて思ったけれど、部長がバーベキューの予約を入れてくれていたらしい。全くもっていつの間に、やってくれていたのだと思う。僕が適当に考えついたアイデアに、ここまで全力で乗っかってくれることについて、ほんとうに有難いと思う。ほんとうに嬉しいと思う。ほんとうに正しいと思う。間違っているなんてことは言いたくない。
 肉の焼ける音を聞きながら、僕は海を眺める。天体観測はやっぱり今日も続けられており、勿論そのカメラはUFOの飛来する瑞浪基地にも向けられていた。瑞浪基地に何があるのか、なんてことは近所の人間にとってみれば、有名過ぎる事実なのだけれど、それは噂にしか過ぎない訳であって。なぜならば、わざわざTVのカメラでUFOを映し出したことがないからだ。当然と言えば当然と言えるだろう。瑞浪基地にとってみれば、UFOがある事実は隠したいに決まっている。瑞浪基地にとって、UFOという存在はタブーだという認識がある。だからこそ、瑞浪基地はUFOがないと言い張っている。言い張っているのだ――けれど、僕達は現に一回(部長達に至っては二回)UFOを観測している。
 だからこそ――なのかもしれないけれど、僕達はもう一度UFOを見たいと思っている。もう一度UFOを観測したいと思っている。もう一度UFOを目撃したいと思っている。
 けれど、それは出来ないことなのではないか、と思い始めている僕達も居る。
 何せ夏休みの収穫はゼロだったのだ。ということはUFOが居ないと疑われても仕方がないレベル。唯一観測することが出来たあれ自体も『よく出来た玩具』なんて言われてしまえばそれまでだ。それ以上でもそれ以下でもない。
 けれど、僕達はUFOを観測したという事実を忘れない。
 ほんとうに、UFOを見たという事実を忘れない。
 僕達は、UFOを撮影したという事実を忘れない。
 だからこそ。
 だからこそ。
 だからこそ、だ。
 問題は一つだけ残っている。
「……やっぱり、瑞浪基地ではもうUFOを飛ばさなくなったのかなあ?」
 池下さんは、僕が思っていることを、代弁するかの如く言い放った。
 そう。池下さんも、僕も、部長も、そしてきっとあずさもアリスも、思っているに違いなかった。
 瑞浪基地にはもうUFOが飛来していないのではないか、ということについて。
 それが僕達にとってもっとも重要な事実であった。
 もしそうであるならば、宇宙研究部が存在している理由にならない。
 もしそうであるならば、宇宙研究部は解散しなくてはならない。
 僕達は、僕達としての繋がりを失ってしまうのだ。
 僅か数ヶ月の出来事だったとはいえ、いろいろなことがあったと思うし、それを忘れたくないと思うのも当然の事実だと思う。きっとそれは青春の一ページであると同時に、僕達の価値観の一つとして位置づけられるのだろう。
 そうでなければならない。
 そうでなければいけないのだ。
 僕と――宇宙研究部の繋がりは、それ程に希薄なものだったのかもしれない。

 

八月三十一日⑤

  • 2019/05/28 23:43

 鵠沼海水浴場は既に大勢の客で一杯になっていた。
「うわあ……、何というか想像以上に人が多いな……」
「そりゃ、海に泳ぎに来た人はもっと早くからここに来ているからね。実際問題、こんな時間からやって来るのは地元民ぐらいだよ」
「確かにそれもそうだよなあ……。僕も急に言ってしまって悪いことだとは思っているよ」
「まあまあ、でもまあ、海水浴は実際に出来ていなかった訳だし……。私達にとっても有難いことだと思っているよ。それに、先輩から聞いたんじゃない?」
「何が?」
「海に飛び込むことの、気持ちよさを」
「……確かに、そうかもしれない」
 僕は思った。
 かつて先輩に言われた言葉。――海に飛び込むのは、気持ちが良い。
 それを僕はずっと鵜呑みにしていたのかもしれない。
 現実的に受け入れていたのかもしれない。
「受け入れていたのではなく、受け入れようとしていた、の間違いではないですか?」
 言ったのはあずさだった。
 どういうことだろう。あずさの言葉に僕は耳を傾ける。
「それは結局の話、経験論な訳だけれど、受け入れたかったこと、受け入れられなかったこと、受け入れようとしなかったことというのは違ったニュアンスだったりする訳で」
「ニュアンスの違い?」
「そう。ニュアンスの違い。ニュアンスの意味は分かるかな?」
 ニュアンス。色合いや音など、双塔に違う感じを与えるような違いのことを言う。
 だっただろうか。
「そうそう。その通り。ニュアンスの意味を知っているのも、流石はいっくんだね」
「いや、僕じゃなくても若干本を読んでいる人ならば、分かりそうな物だけれど……」
「でも周囲に居るのって、いっくんが一番近い人間だからさ。ニュアンスの言葉ぐらい分かるんじゃないかな、って」
「試した、ってこと?」
「そうとも言うかな」
 鵠沼海水浴場には、着替え室が用意されていた。
 とはいえ、簡単に間仕切りされている程度の空間だった訳だけれど。
 男女に分かれているので、ここでお別れということになる。
「それじゃ、着替えたら、またここで会いましょう。いっくん」
「うん、分かったよ」
 そういうことで、僕達は別れることになった。
 着替えが済むまで、それぞれお互いに別行動を取ることになった。

   ※

 着替えが終わり、僕は外に出ていた。
 水色の学校指定の水着に、オレンジ色のアロハシャツを身に纏っている。サングラスをかけている姿は何というか似合わない感じが見て取れる。けれど、太陽は眩しいし、人の目線は気になるし、致し方ないと言えばそれまでと言えるだろう。
「お待たせ、いっくん」
 出てきたあずさを見ると、僕は少しだけ顔を赤らめてしまった。
 赤を基調としたセパレート型の水着。それを身に纏った彼女は、その上から白いシャツを羽織っている。赤い水着が目立つから、だろうか。確かに目立つ色をしている。赤い水着はそのままでいると目立ってしまう、と僕は思っていた。だからもし何も着てこなかったらアロハシャツをかけてあげようと思っていたぐらいだ。
「……うん、似合っているよ、あずさ」
「いっくんに言って貰えると嬉しいかな」
「おおい、二人とも」
 言葉を聞いて、そちらを振り返る。
 すると、そこに立っていたのは、水色の学校指定の水着を着用して、青と黄色のシャツを身に纏った部長と、同じく水色の学校指定の水着を着用して、赤いアロハシャツに身を纏った池下さんが立っていた。
 アリスは何処に行ったのかというと、池下さんに隠れていた。
 アリスは学校指定のスクール水着を着用していた。そのままの姿だった。白い肌をしているからか、それが何だか目立っている。
「これで全員揃ったな!」
「あれ? 桜山先生は?」
「先生なら未だ着替えているはずだけれど……」
「お待たせ!」
 そう言ってやって来た桜山先生は、白いセパレート型の水着を身に纏っていた。
 ガイナ立ちをしていたけれど、それをする程の余裕があるとは全くもって思えなかった。
「……改めて、これで全員揃ったね」
「それじゃ、泳ぎましょうか」
 ということで。
 僕達は海水浴に勤しむことになるのであった。

 

八月三十一日④

  • 2019/05/28 22:04

 七里ヶ浜駅には、あずさの姿があった。
 白いワンピースを身に纏った彼女は、学生服を身に纏った彼女とは違う風貌を感じさせる。そもそも洋服が違うのだから、風貌が違うのも致し方ないのかもしれない。そもそもの話、そんな光景を目の当たりにすること自体が珍しかったのかもしれない。部活動のときだって、普段は学生服だった。だから私服を見ると言うことは珍しいということこの上ない。
「何よ、じっと見て。何か変な物でも付いている?」
「いや、そういう訳じゃないんだけれどさ。……私服のあずさを見るのが、珍しく感じちゃって」
「そりゃそうでしょうね。私も、私服のいっくんを見るのは初めてだし」
「……あれ? 初めてだっけ?」
「いいや、良く考えたら、違う気がする」
「初めてじゃなくて、二度目だっけ?」
「二度目だね。正確には。あの怪しい洋館に行ったときは私服だったもんね」
 そういえばそうだった。
 どうしてお互いに気づけなかったのだろうか。
 気づこうとして、気づきたくなかったとして、気づけなかったとして。
 それがどう動こうというのか。それがどう選ぼうというのか。それがどう有り得ようというのか。
 僕には分からない。
「……いっくん、取り敢えず、出発しようか。刻一刻と時間は迫ってきている訳だし」
「……そうだね」
 そう言って。
 僕とあずさは一歩前に踏み出す。
 一歩、前に。
 ICカードの簡易改札機にSuicaをタッチして、直ぐにやって来た藤沢行き各駅停車(そもそも江ノ電には各駅停車以外の種別が存在しない訳だが)に乗り込む。
 車内は夏休み最終日ということもあって混んでいた。座ることも出来ないので、取り敢えず僕達はドアの傍で立っていることにする。どうせ数駅だ。数駅立っているだけで着くんだから何の問題はない。
「ところで、鵠沼海水浴場ってどういうところなんだい?」
「新江ノ島水族館が近くにある、とっても広い海水浴場だよ。江ノ島駅からだと大分歩くけれど……、片瀬江ノ島駅からだったらそう距離はかからないかな。けれどまあ、私達に用意されている交通手段って江ノ電しかない訳だし。先輩達もきっと一本前か一本後かの電車で乗ってきているはずだよ」
「先輩もあの近辺に住んでいるのか?」
「うーん、詳しくは知らないけれど、七里ヶ浜の近くであることは間違いないんじゃないかな。だって中学校って越権入学が出来ない訳でしょう? だったら、そう遠くからやって来ることなんて出来ないんじゃないかな、って」
 それもそうか。
 だとすれば、僕達はそう遠くない距離に全員が集まっている、ということか。
 だったら海水浴場に集合じゃなくて、七里ヶ浜駅に集合でも悪くなかったんじゃないだろうか。それはそれでどうかと思うけれど。もしかしたら何らかの問題が生じて海水浴場に直接集合するのがベストであるという選択にしたのかもしれない。まあ、詳しい話は海水浴場に到着してから聞くことにしよう。そうしよう。
「あ、江ノ島駅に着くよ」
 あずさの言葉を聞いて、僕は我に返った。
 江ノ島駅に到着して、改札口にSuicaをタッチする。そうして僕達は江ノ島駅から出る。出るとメインストリートは人でごった返していた。何というか、人の洪水を浴びている気分だ。人の洪水、という単語だけで気持ち悪くなってしまうのは、都会に慣れていないからかもしれない。
 いずれにせよ。
 僕達はこの洪水を掻い潜って、進まなくてはならない。
 鵠沼海水浴場に、向かわなくてはならない。
「さ、行こう。いっくん」
 あずさが手を差し出してきた。
「あずさ? え? どういうこと?」
「だって離れたら大変でしょう? いっくんはここに来てから未だ日が浅い訳だし。だったら、私についていかないと分からないでしょう? だから、こういう態度を取る訳。ドゥーユーアンダスタン?」
「オー、イエス」
 ……という訳で。
 僕とあずさは、手を取り合って鵠沼海水浴場へと向かうのだった。
 ただ、それだけの話だった。
 

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