クスノキ祭 ⑫
- 2019/06/09 13:13
何も出来なかった。
ずるい存在と言われても仕方なかった。
ひどい存在と言われても仕方なかった。
だから、僕は――せめて。
※
「高畑さん可愛いー!」
そう言って頬ずりをするのは、藤岡さんだった。
藤岡さんは可愛いものが好きな性格だったようで、どうやらそれがアリスになってしまったようだった。アリスはメイド服を着ているがそれが随分とお気に召しているようで、すっかりメイド服の虜になっているようだった。しかし、実際メイド服を着たことのない女子は多かったはずだし、どういう価値観でメイド服を着こなすのかということについて、やっぱり考えたいという思いも出てくるのかもしれない。もしかしたら、出てこないのかもしれないけれど。
「……藤岡さん、それぐらいにしてあげたら? アリスが嫌がっているように見えるけれど」
「何処が?」
アリスはずっと無表情を貫き通している。
いや、少しは表情に出せよ……。
「ほら! あんまり気にしていないようだし、別に問題ないんじゃない? 可愛い、可愛いよ、高畑さんー!」
頬ずりをずっと続けている藤岡さん。
アリスはずっとぼうっとした表情でこちらを見つめている。何だ、止めて貰いたいのか。止めて貰いたくないのか。はっきりしろ。
「……ちょっと、藤岡さん。メニューの考案はどうなったの?」
そこで手助けが入った。
正体はあずさだった。
あずさが声をかけてくれたことで、藤岡さんは頬ずりをするのを止めて、こちらを向いてくれた。
「……あら? メニューなら男子が考えていると思っていたけれど」
「そう思っていたんでしょう? けれど、男子は料理の経験なんて皆無だからみんなちんぷんかんぷんになっているわよ。……やっぱりまとめ役には女子が居ないと」
「それで、私が?」
「だって、藤岡さん料理得意でしょう?」
「……そう言われると照れちゃうなあ」
おい、否定しろよ。
藤岡さんは漸くアリスから手を離すと、黒板の前でああだこうだ言っている男子達の方へと向かっていった。
「ほら、いっくんもやらないと」
「やらないと……って何が?」
「決まっているでしょう。料理のチョイスだよ。それぐらい決めておかないと後で変なこと言われても知らないんだからね。例えばフォアグラのソテーを作りますとか言い出したら料理にかかる費用をどう捻出するつもりなの?」
「学校でフォアグラのソテーなんて出せると思っているのか、お前は……!」
「冗談、冗談! でも、話に参加しないと後々ちょっかいを出す権利は失うよ? だったら、今のうちに存分にちょっかいを出しておいた方が良いんじゃない? って話だよ」
「ちょっかいを出す必要があるかどうか、って話だろ、実際には……」
「え? そういうもの?」
「そういうものだよ」
僕とあずさは会話をしている。
黒板の前では、藤岡さんがリーダーとなって料理を決めている。
少しずつ、クスノキ祭が近づいてくるのを――実感せざるを得ないのだった。