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クスノキ祭 ⑦

  • 2019/06/08 01:10

「暑いねえ」
「うん……」
 ミーン、ミーン、と。
 蝉が鳴いていた。
 蝉が鳴いている、その音だけをBGMにして、僕達は店主が出す車をただひたすらに待っていた。
 持っていたのは、メイド服が大量に入った五つの袋のみ。
「……何か、飲む?」
 藤岡さんは僕にそんなことを言ってきた。
 見ると、豊橋制服店の目の前には自動販売機が置かれていた。
「え、でも」
「良いから。ここまでついてきてくれた、お礼」
 そう言われてしまったら、従うしかないだろう。
 そう思った僕は――こくり、と頷くことばかりしか出来なかった。
「何が良い? お茶とか、ジュースとか、コーラとか」
「コーラは苦手かな。……炭酸飲めないし」
「えー、いっくん、意外ー。いっくんなら強炭酸もお茶の子さいさいだと思っていたよ」
「お茶の子さいさいって今日日聞かないワードだな……」
 僕はそんなことを呟きながら、何を飲もうかなんてことを考えていた。
「じゃあ、お茶にしようかな」
「りょーかいっ。いっくんの好きなお茶を購入してくるねっ」
「何かそう言われると腹立たしいな……」
 たったった、と。
 彼女は走って、自動販売機に駆け寄った。
 ガゴン、と何かが落ちる音がして、無事に購入出来たのだと理解する。
 そうして戻ってきた彼女が持っていたのは、麦茶だった。
 ミネラルたくさん、美味しい麦茶。
 そんなキャッチコピーだったような気がする。
 麦茶のペットボトルを受け取ると、それはキンキンに冷えていた。
 冷たかった、というレベルを通り越して、凍っているんじゃないか、なんて思ってしまうぐらいに。
 いや、それは言い過ぎだったかもしれない。
「……いっくんってさ」
「うん?」
 麦茶を一口飲みながら、僕は質問に答える。
 彼女はカルピスウォーターを飲んでから、質問を再開する。
「伏見さんと高畑さんと仲が良いよね」
「ぶはっ!」
「うわーっ! いっくん、大丈夫? どうして吐き出したりした訳?」
「そりゃ、そんな質問を急にされたら驚かない方が驚きだと思うけれどね……」
「そういうもの?」
「そういうものだよ」
 ところで、何の話だったかな。
「そうそう。伏見さんと高畑さんと仲が良いよね。見ていて羨ましいな、って羨望の眼差しを送っちゃうぐらいに」
「……羨ましいと、羨望の眼差しで言葉が被っていないか?」
「何の話?」
「いや、君が気にしないなら別に良いんだけれどさ……」
「どうしてそんなに仲が良いのかな、って思っちゃって」
「どうして、って言われても……。部活動が一緒だから、かな。それに、言っておくけれど、あずさとは仲が良いかもしれないけれど、アリスとはあんまり口も聞かないよ。喋ること自体、彼女はしないからね」
「ほら、そうやって。下の名前で呼ぶのが珍しいじゃない、いっくんって」
「そうかな?」
「だって、私の名前分かる?」
「え……、藤岡……何だっけ?」
「めぐみ!」
 そんな名前だったかな。
 僕は思いながら、再び麦茶を一口。
「ああ、藤岡めぐみさんね。覚えた、覚えた。これでも僕は記憶力は良い方なんだ」
「でも、いっくんはいっくんって呼んだ方が呼びやすいよねっ。本名よりも」
「……そりゃどうも」
 出来ることなら、本名で呼んで欲しいんだけれどな。
 それはそれとして。
「遅いな、店主」
「みーちゃんのこと?」
「みーちゃんって呼ぶのか?」
「豊橋みずきさん。だからみーちゃんって呼ぶの」
 まるで猫だな。
 僕はそんなことを思いながら、炎天下の空を眺める。
「で、その……みーちゃん? とは仲が良いのか?」
「仲が良い訳じゃないけれど、時折ガールズトークをするぐらい」
 それを仲が良いって言うんじゃないのか?
 僕は思ったけれど、言わないでおいた。
「伏見さんと高畑さんって、水と油みたいな関係性になると思っていたけれど、意外と馴染んでくれて助かっているよ」
「水と油? そうか?」
「だって、あの二人って接点が皆無でしょう? けれど、同じ部活動に入ってくれて、どうやら仲も良さそうだし……。いっくんも居るしね!」
 そこでグッドと出すのはどういう意図があってのものなのだろうか。
 僕には分からない。
「おーい」
 そこで僕達の前に軽トラが止まる。
 運転しているのは――店主ことみーちゃんだった。
 そこで僕達の会話は終わり。
 強制的に終わってしまった、といった方が正しいのかもしれないけれど。

 

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