クスノキ祭 ⑥
- 2019/06/08 00:41
豊橋制服店は七里ヶ浜駅の直ぐ傍にあった。寧ろこんなところにあって今まで気づかないのが驚きだったと言えるだろう。まあ、僕にとってこの界隈でのことは殆ど知らないことだと言ってもおかしくないので、ある種仕方ないといえばそれまでのところになってしまうのだけれど。
それはそれとして。
豊橋制服店には一度入ったことがある。理由は単純明快。制服を買い揃えるためだった。前の学校は学ランだったのだが、それも数ヶ月で着用しなくなってしまい、ブレザーであるこの学校の制服を買う羽目になってしまった――という訳である。買う羽目になってしまった、というのもどうかと思うけれど、しかしながら、それは間違っている情報ではないので、何ら不思議ではない。実のところたった一つだけ『理解できないこと』があるのだけれど、それは口に出さない方が良いだろう、ということで勝手に結論付けている。それ以上でもそれ以下でもない、何か別の考えがあるとでも言えば良いだろうか。いずれにせよ、この豊橋制服店には一度来たことがあるが、それっきりでそれ以外には来たことがない。上履きとか体操着とかの替えが必要な生徒は購入しに訪れるらしいけれど、僕はそのときに何枚か購入しておいた(流石に上履きまでは複数個購入しなかったけれど)ので、ここに立ち寄ることは滅多にないと思っていた。そう、滅多に――。
「でも、こんな早く訪れることになるなんてな……」
「何か言った? いっくん」
「いいや、何も」
別段言ったかどうかを口にしたところで何かが変わるだとかそんなことはないし、別に話すことでもないと思っていた。僕の思っていることを他人に思わせることぐらい、簡単に出来たら良いのに――なんて思うのだけれど、それはそれで窮屈な生き方になってしまうな、と僕は思った。ただ、それだけのことだった。
豊橋制服店に入ると、直ぐ目に入るのは、何と言っても店員の姿だろう。
アフロ姿に、似つかわしくないエプロンを身に纏っている。
その姿で女性だというのだから、はっきり言って疑問符が幾つ浮かぶか分かったものではない。
「いらっしゃいませー。あら、どうかしたの?」
「メイド服を貸して欲しいんですけれど。二十着ぐらい」
「……ああ、予約していた子ね。荷物大量にあるけれど、持って行ける?」
「大丈夫、大丈夫。そのために一人連れてきたので!」
荷物持ちかよ!
まあ、大体想像はついていたけれど。
そんなことを思いながら、僕は袋の中にびっしりとメイド服が敷き詰められた袋を四つ手に取るのだった。
「あと一つは私が持つわね。流石に全部持って貰うのも悪いし」
「いや、だったら最初から増員を考えておいてくれよ……。四つは流石に持ち運びづらいって」
「車、出しましょうか?」
言ったのは店主だった。
何と、恵みの雨が降ってきたような感覚だった。
僕達二人はそれを聞いて即座に了承。少し店の前で待っていてね、と言われて僕達は荷物を持って豊橋制服店の前に待つのだった。