クスノキ祭 ⑧
- 2019/06/08 15:44
結局、その日父に会うことは叶わなかった。理由は単純明快。父が忙しくて帰られなかったからだ。帰ることを許されなかった、と言えば良いのかもしれないけれど、しかしながら、僕にとっては『聞きたかったこと』が聞けなかったので少し残念に思う。僕にとっての考え方が、僕にとっての理論として、間違っていないと言える証明となるのだろう。それがどうなるのかは、僕には分からなくなってしまうのだけれど。しかして、僕は考える。今聞くべき話題なのだろうか、と。今僕が聞くべき話題で合っているのか、と。もしかしたら両親を敵に回してしまうのではないか、と。そう思ってしまうからこそ、僕は今その場に立ち尽くしていたのかもしれない。それが何処まで正しいことなのかは分からないけれど。
「父さんが帰ってこなくて残念だけれど、でも、仕方ないよね。仕事が忙しいって言うんだから」
「うん……そうだね」
「仕事が忙しいって言うんだから、仕方ないわよね?」
「……え?」
何で今繰り返したんだろう。
まるで僕の気持ちを読み取っているかのような、そんな感覚に陥らせるものだった。
「そう。仕方ないのよ。……ほんとうは母さんも会いたかったけれど」
「そうか。……でも、仕方ないよね。仕事が忙しいって言うんだったら」
ほんとうに仕事が忙しいのかどうかは分からない。
それは本人の言葉を信じるほかないのだ。
「そう! 仕事が忙しいって言う父さんのことはなしにして、今日はぱーっとご飯を食べることにしましょう」
ぱーっと、って。
何か臨時収入でもあったのか、なんて思えてしまうぐらいの言い方だけれど。
「……何かあったの?」
「え? 何かあったと思ったの?」
「……いや、何でもないけれど」
「……いっちゃん、たまに変なことを言うね」
「言われたくない人に言われて、ちょっと傷心気味だよ」
「……それは悪いことを言ってしまったね」
悪いこと、だったのだろうか? 僕には分からない。というか答えが見えてこない。父が瑞浪基地の秘密を知っていると分かっていて、それをどうやって聞き出せば良いのだろうか? 全然答えは見えてこない。ならば、無視してしまうのも一興じゃないだろうか。そこには何もなかった――そう思ってしまうのも一興なのではないだろうか。
一興、という言葉を使いすぎてほんとうに正しい意味で使えているかどうか定かではないけれど。