逃避行のはじまり ⑦
- 2019/06/12 20:27
時は戻る。
文化祭――クスノキ祭は土日を使う行事だったため、一日の休息日が与えられている。
休息日といっても、要するにただの振替休日だ。
その休日をどう使うかは自由だ。だけれど、僕にとっては重要な日に位置づけられていた。
「……遅かったね」
「ごめんごめん、いっくん。叔父さんがなかなか外に出してくれなくって。でも、問題なしっ! いつでも何処でも行くことが出来るよっ」
先に到着したのはあずさだった。
あずさはいつも通り元気だった。それだけが取り柄――というのも言い方が悪いけれど、しかしながら、僕にとってはあずさが元気で居ること自体が有難かった。僕を頼ってくれること自体有難かった。
「……どったの、いっくん? 何か悪いものでもあった?」
「……いや、何でもない。それより、アリス、遅いな」
「なかなか出してくれないんじゃない? だって、休みは今日だけだし。だったら家に居る方が得策でしょう? まあ、アリスの両親に会ったことないから分からないけれどさ」
「……遅くなったの」
うわっ。
背後から突然アリスの声が聞こえて、僕は驚いてしまった。
アリスは何があったのかさっぱり分からない様子だったが、それよりも、僕の驚いている様子が気になるようだった。
「何をそんなに驚いているの。私は、ただここにやって来ただけなの」
「そういう問題じゃないだろっ。突然後ろから声をかけられたら驚くに決まっているっ。……まあ、アリスで良かったけれど」
正直、アリスは来ないと思っていた。
アリスの両親が分からない――それにUFOを見つけた日の次の日に学校にやって来たことから、自衛隊の関係者じゃないかと思っていた。だからアリスは連れて行けないんじゃないか、なんて思っていたのだ。
だが、だからこそ。
「……アリス、来てくれて良かった」
「どうしたの。そんな顔して」
「……いいや、何でもない。僕は君達が来てくれて、ほんとうに良かった」
「いっくんらしくないよ。その感じ」
あずさは僕に語りかける。
「あずさ」
「いっくんはもっと元気もりもりだったよ。百パーセントの全力だったよ。でも今は、二十パーセントぐらいの力しか出し切れていないような感じがするよっ。分かる? 分かる? 分かるかなあ?」
いや、分からない。
「いっくんはとにかく元気で居て欲しいんだよ。分かる? 分かって欲しいな。いっくん」
ああ、分かっているよ。分かっているとも。
僕はそう思いながら、話を続ける。
「それじゃ、向かおうか。……今日は、良いところまで連れて行くつもりだよ」
「良いところって何処? この前の映画館があった場所より良いところかな?」
「そうだ。それよりも良いところだよ。絶対に、絶対に良いところだから」
そう言うことしか出来なかった。
それ以上言うことは出来なかった。
けれど――行き先は既に決まっていた。
目的地は、決まっていた。