逃避行のはじまり ⑧
- 2019/06/12 20:52
江ノ電に乗って、藤沢駅へ。
そこから湘南新宿ライン、小金井行きに乗り込む。
「こが……ねい?」
「栃木県にある駅のことだよ。ここから百キロぐらい離れているんじゃないかな。時間的には三時間ぐらいかかると見積もっているよ」
「……いっくん、まるでそこまで行くような物言いだね?」
「え? いや……その……何でもないよ」
出来る限り、悟られたくなかった。
僕が『いっくん』である限り、彼女達には幸せで居て欲しかった。
だからこそ。だからこそ。だからこそ。
僕は僕であり続ける。そのために。
「……いっくんは、どうして今日出かけようと思ったの?」
「え?」
「いや、だから、どうしていっくんは出かけようと思ったのか、って言っているんだけれど」
「……いや、ただ、たまに何処か出かけたくなるんだよね」
「ほんとうに?」
「……ほんとうに」
嘘を吐くつもりはなかった。
嘘を吐きたい訳ではなかった。
ただ、真実を伝えられなかった。
ただ、それだけのことだったのだ。
僕がどう生きていこうと、それは決められるものではない。
同時に、彼女達が生きていこうと思うこともまた、誰かに決められるものではない、と思っている。
だから、だからこそ。
僕は生きていこうと思った。
僕は彼女達を救いたいと思った。
僕は生きている価値を見出そうと思った。
『ドア閉まります、ご注意ください』
電車のドアは閉まり、電車は発車する。
ゆっくりと景色がスライドしていき、徐々に加速していくのが分かる。
「ねえ? 何処へ行くのかだけでも教えて欲しいんだけれど」
「……僕のおばあちゃんに会いに行くんだ。でも家族はなかなか会える機会がないものでね、だから君達と一緒に会いに行こうと思ったんだ。悪い話でもないだろう?」
「どうして私達と会いに行くことになったのかは分からないけれど……、でもまあ、良いか。いっくんのおばあちゃんってどんな人だろう……。会ったことがないから分からないけれど」
僕も会いに行くのは、久しぶりだ。
それも、急に電話もせずに会いに行くのは。
もしかしたら用事があって外に出ているかもしれない。
高齢者ゆえ、病院に行くのが日課みたいなことになってしまっているから、居ないことも数多いのだ。連絡をしないと、もしかしたら居ないタイミングに家に到着するかもしれない――という予想も立てていたのだけれど、電話をする余裕すらなかった。
理由は、もしかしたら僕の周りにどれだけの自衛隊関係者が居るか分からなかったから。
もし電話をしている最中にその人間に出会したら、僕の計画がパーになってしまう。そう思ったのだ。だから、僕は言わなかった。ギリギリまで言うのを避けていた。もしかしたら、今も誰かが監視しているかもしれない。そんな恐怖に怯えながら、僕は電車に乗っていた。