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クスノキ祭 ㉗

  • 2019/06/10 22:08

「遅かったね、いっくん達! 片付けはもう殆ど終わっちゃったんだよね! だからさっさと後夜祭に行っても良いよ? 後夜祭は例年通りだったら、噂によると面白いこと間違いなしらしいからね……ふふふ」
 藤岡さんがそう言うなら。
 そういう訳で、メイド服から制服に着替え終わるのを待っていた。
「よう。いっくん」
「……池下さん」
 池下さんと会った瞬間、クラスでの喧噪が遠くに消えていったような、そんな感覚に陥った。
「何、抗戦態度取っているんだよ。俺は未だ何もしねーっての」
「でも、クスノキ祭が終わったら彼女達を連れ去るんですよね」
「……まあ、それが俺の役目だからな。勿論、他にも人間は居る。だから、俺以外の人間が連れ去る可能性だって充分にあるだろうよ」
「でも、僕は……」
「彼女達を逃がしたい、だろ?」
「……え?」
 池下さんの言った言葉は、僕の想像を超えるものだった。
 いったい、彼は今何と言った?
 彼は、『彼女達を逃がしたいだろ?』と言ったか?
「どうしたどうした、いっくん。もう少しシンプルな話をしよーぜ。俺はあいつらを戦争の道具にすることは悪いことだってことは自覚しているつもりだ」
「は?」
「考えてもみろよ、普通に考えてこの国の未来を、十二、三そこそこの娘二人に任せるか? そんな国ならさっさと滅んじまった方が良いと思う。そうだ。そうだとは思わねえか?」
「それは言い過ぎなような気もしますけれど……」
 でも、納得。
 大人が前に出ないで、子供を使うんなら、そんな国はなくなってしまえばいい。
 池下さんの話は続く。
「そうだよ、そうだよ、いっくん。もっと物事をシンプルに、かつ気分良く考えようぜ。物事はシンプルイズベスト、ってね。悪くない考えだろ?」
「でも、逃がしたら、責任を問われるのは、池下さんですよね?」
「それがどうした? 俺が責任を問われたところで、結局は子供のお世話だけじゃねえか。それで逃げられたのなんだの言うんだったら、最初から自衛隊がお付きを用意しておけば良かっただけの話なんだ。だのに、俺達みたいに偽装した人間を用意しておくこと自体が間違っているって話だよ。そうだろう?」
 そうだろうか。
 いや、そうなのかもしれない。
 そんな風に思えてきた。
「だったら、いっくん。一歩前に出ようじゃねえか。話はそれからだ。どうなるかは分からねえ。けれどよ、逃げる権利を持っているのはいっくん、お前だけなんだぜ?」
 逃げる権利。
 それは正当な権利だと言えるのだろうか。
 いや、正当な権利だ。そうとしか言い様がない。
「だったら、もっと彼女達を楽しませてやれ」
 ぽん、と肩を叩かれる。
「あれ? 池下さん、来ていたんですか?」
 ちょうどそのタイミングであずさとアリスが空き教室から出てきた。
「おう、ちょっとこっちに用事があってな。俺は後から行くから、お前達も後夜祭見に行けよ。後夜祭は例年面白いぞ?」
「はい!」
 そう言って、あずさとアリスは走って行った。
 僕は少し後ろめたさを感じながら――池下さんの下を離れるのだった。

   ※

「……可哀想な子供達だとは思わないの?」
 池下の背後には、誰かが立っていた。
 池下は頭を掻いてから、話を続ける。
「そんなこと言っても、彼女の『記憶』を解放するにゃあ、これしか方法がねえ、ってのは分かりきっている話だろ? たとえ彼女達の『監視』を一瞬解除しても、な」
「彼が無事動いてくれるかしら?」
「それはあいつの心持ち次第じゃねーの。俺は知らねえよ。これ以上は出る幕なしって訳」
「ちょっとあなたね……」
「さてと、あんたも後夜祭、出るのか?」
「先生としては出ないといけないでしょう。それぐらい分かっていての、発言ではなくて?」
「……それもそうだな。俺も行かないとな」
 そうして、二人の会話は終了した。
 その会話は、何処にも記録されることもなく、闇に葬られるのだった。

 

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