クスノキ祭 ㉔
- 2019/06/10 18:36
特段、それから話すようなことはなかった。
……といえば、嘘になるか。
「いっくん、いっくん」
「うん? どうしたんだよ、あずさ。ジュースはもう運び終わったのか?」
「運び終わったよ、完璧にね。たまにはやるでしょう、私も」
「はいはい、そうだな。次は三番テーブルに三つ持っていくことになっているからそこんところよろしく」
「何か言葉をかけるとかそういうのはないんですかね!?」
「……何が?」
「いや、例えば、お疲れ様だとか!」
「うんうん、お疲れ様。それで良い?」
「何だろう、その言わされている感マシマシな発言!」
「……二人とも、いちゃつきたい気持ちは分かるけれど、ちゃんと仕事はこなしてよ? ほら、ジュース」
「いやいや、いちゃつくつもりとかないから。何を言っているんだ君は」
「ジュース零れているけれど! 全然動揺隠し切れてないけれど!」
……僕がそんなことを言うと思っているのかな? まったく理解できないよ。
それはさておき。
「あずさ、ジュース出来たからさっさと持って行ってよ。それが君達の仕事なんだから」
「えー、いっくんの言葉には愛がないから嫌だー」
……巫山戯てんのか、てめえ。
言ってやりたかったけれど、自重しておく。それ以上言っておく意味はないからね。
「いっくん、いっくん」
「はいはい、いってらっしゃい」
「分かったよー。いっくんのケチ」
やっとあずさが出て行ってくれた。
まったく、あずさは色々と誤解されるような言動を取ってくれるな……。
あれ?
そう思ったけれど、僕はそこで立ち止まる。
もしかしてあずさは誤解されて欲しくて、その行動をしているんじゃないか?
否定しているのは、僕の感情だけの話なのではないか?
いやいや。
有り得ないって。
そんなこと考えたって、何が解決するんだって。
僕には分からない。
分かるはずがない。
分かり合える訳がない。
「……いっくん、ジュースの列止まっているからさっさとジュース注いでくれよ!」
栄くんの言葉を聞いて、僕は我に返った。
ああ、僕は何を考えているんだろう。
そう思いながら――僕はシフトをこなしていくのだった。
※
あっという間にシフトの時間は終わりを迎えて。
気づけば時刻は十五時を回っていた。
「いっくん、休憩の時間だよ。お疲れ様。明日もこの時間だったっけ? よろしくね!」
明日は十一時から昼を挟む時間帯だったと記憶しているはずだけれど。
……まあ、良いか。
何か否定する気分にもなれなかった。
そんなことを思いながら、僕はすたすたと歩き出す。
「ちょっと、いっくん!」
……そんなところで、僕は思いきり襟を引っ張られた。
「痛い痛い! 引っ張るなって、首が絞まるだろ!」
「……いっくん、何処へ逃げるつもり?」
「逃げるつもりなんて毛頭ないけれど」
「だったら私達に付き合って」
見ると、あずさとアリスがまた大量のビラを抱えていた。
まだビラが余っているのかよ?
……仕方ない。こうなれば地獄までだ。
「付き合うよ。何処へ向かえば良い?」
「やたっ。えーとね、良いところがあるんだけれどね……」
あずさから言われた場所は――僕の想像を上回る場所だった。