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クスノキ祭 ⑩

  • 2019/06/08 18:14

 相変わらず、と言われても。随分と長く付き合っているような感覚に陥っているように見えているけれど、実は僅か数ヶ月での出来事なんだよな。だから全然長い付き合いをした、ってつもりがない訳だし、それをどう考えようったって、結局は何も見つからない話になる訳であって――。
「で? 『似合う』って、具体的には何処が似合う?」
「何だろうねえ……。そんなことを言われても困るんだけれど……」
 かといって。
 じろじろと人の身体を見る訳にもいかないし。
「……やっぱり、胸がないとメイド服って似合うものなのかな?」
 ……殴られた。
 正直に言ったつもりだったのに。

   ※

 正直に言うことが間違っているんだよ、と藤岡さんに言われてしまったので以後気をつけることにする、と言って僕は謝罪した。二人は直ぐに納得してくれたのだが、しかしながら、購買で何か甘いものを一つ購入してくるように、と言われてしまい、僕はそれに従うしかないのだった。メイドが主人(主人と言って良いのか?)に逆らうとは何ということだろうか。まったくもって理解できない。
 それにしても、あずさとアリスのメイド服は悪くなかった。無論、他のメンバーのメイド服も充分だった。けれど、あずさとアリスはそれについて群を抜いていたと思う。もっとも、二人はあまり気にしていなかったようだけれど。高嶺の花、とはあのことを言うのだろうか、なんてことを思いながら僕は購買に向かって歩いていた。
「よう、いっくん。こんなところで何しているんだ? 俺みたいに油でも売っているのか?」
 ……池下さんだった。
 池下さんが購買に居たのだった。別に居ることは悪くない。しかしながら、池下さんのクラスは確かお化け屋敷(余談だが、部長と池下さんは同じクラスである)だったはずなので、その準備に取りかからないといけないような気がしたのだけれど――。
「俺には絵心がないんだよ、絵心が。だからお化け役を担った訳だけれど……。お化け役なんて準備必要ないだろ? 特に持ち運ぶものだってない訳だし。まあ、家から黒いローブぐらいは持ってくるかもしれないけれど」
 黒いローブなんて家にそうあるものだろうか。
 僕はそんなことを思いながら、うんうんと話を聞いていた。
 キットカットを三つ(僕の分も含めて)購入すると、池下さんは待ち構えていた。
 池下さんは、まあ歩いて話でもしようや、と言わんばかりの態度を取っていた。
 仕方がないので、それに従うことにする。二年と一年の教室はそう離れている訳でもない。だから遭遇することもそう容易いことじゃないんだけれど、だからといって話をすることが多いって訳でもない。まあ、こういう機会がなければ話なんてしないだろうな、ってぐらいだと思う。
「……ところで、部活動も最近はとんとご無沙汰だな。原稿は進んでいるか?」
「……いまいちです」
「だろうな。進んでいたら、さっさと出していると思うし」
「そう思うのが普通でしょうね……。池下さんは完成したんですか?」
「俺はぼちぼち。後は写真担当の野並が何とか見つけてくれればお終い、って寸法よ」
 部長は文章を書かないのか。
 そんなことを考えていたら、教室棟に到着した。
 玄関に入る前に、池下さんに声をかけられた。
「なあ、いっくん」
「何ですか、急に改まって」
「……お前はあずさとアリス、どちらを守りたい?」
 唐突だった。
 風も止まって、空気も止まったような感覚に陥った。僕と池下さん以外の時間が止まってしまったような、そんな感覚だった。
 池下さんは話を続ける。
「なあ、いっくん。お前はどっちを選ぶつもりだ?」
「……そんなことを言われても」
「いっくん。俺は自衛隊の関係者だ」
 唐突に。
 カミングアウトされた。
「いっくん。言ってやろうか。もう時間は少ない。あの二人に『日常』はもう残されていないんだよ。強いて言うならば、今回の文化祭をもって決着を着けることになるだろうな」
「決着を、着けるって」
 僕は震える声で質問した。
 答えなんて、とっくに分かりきっていることなのだろうけれど。
「戦争だ」
 池下さんは、そう言い放った。
 短い言葉だった。だが、それゆえにダメージは大きかった。
「戦争が起きるとどうなるか分かるか? 今お前達に起きている平穏も全て無駄になっちまうんだ。分かりきっている話だろう? 何十年も前に起きた戦争が、もう一度この国で起きようとしている。今度は、宇宙を舞台にして」
「宇宙を……舞台にして?」
「それは今度説明してやろう。もし機会があるのなら、な」
 池下さんは教室棟に入って、告げる。
「いいか、いっくん。もう一度言ってやる。二人に残された日常はあと僅かしか残されていない。その日常をどう過ごすかは、あいつらにかかっているんだ。この平穏をどう守っていくか、この平穏をどう過ごしていくか……。何せ戦争では、死んでしまうかもしれないんだからな。誰も彼も、全員」
 池下さんは、言葉で僕を責め立てる。
「いいか、いっくん」
 繰り返すように、そのフレーズを口にする。
「世界は、終わりを迎えようとしている。そしてその日常を噛み締めている人間が多いこともまた事実だ。そうして、世界が終わっていくのを待ち構えている。しかしながら、大半の人間はそれを知り得ていない。世界が終わるというのに、それを知らないんだ。まったく、おかしな話だろう? だが、それが事実。それが運命。それが真実だ。世界がどうなろうったって、知ったこっちゃないと思っているなら、そのままでも構わないが、」
 池下さんは、そこで一息。
「いっくんがどう思っているのかは――いっくん自身が決めることだな」
 そう言って、池下さんは教室棟に入っていった。
 僕はただその場で、立ち尽くすことしか出来なかった。

 

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