クスノキ祭 ④
- 2019/06/07 07:50
「母さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけれど」
「何だい、いっちゃん。珍しいこともあるもんだね」
「……父さんの仕事って、いったい何?」
ぴくり、と。
母の眉が少しだけ動いたような気がした。
母は話を続ける。
「……父さんは、瑞浪基地に勤務しているんだよ。そういえば、言っていなかったっけ?」
「聞いていないよ。瑞浪基地って、UFOが飛来するって言われている場所だろ。どうして教えてくれなかったのさ」
「……教えたら面倒なことになるって分かっていたんだろうねえ」
「面倒なこと?」
「ほら。例えば、UFOが見えるなんて言ったら、普通の人はどうすると思う?」
「……見に行きたい、って思うだろうね」
「でしょう?」
でしょう、って。
だから僕に何も言わなかった、っていうのか。
それって何処かおかしすぎる。
「……ま、詳しい話は父さんに聞いてみなさい。父さんが何処まで話をしてくれるかどうかは分からないけれどね」
「……確かに」
今は困っている問題ではない。
だったら別段今気にしている問題ではない、ということだ。
ならば、気にする必要もないし、気にされる心配もない、ということだ。それが『分からない』ことであったとしても、それが『分かりづらい』ことであったとしても、答えが見えてこないことであったとしても。
「……取り敢えず、父さんのことを知っているのは母さんだけ?」
「そうだよ。母さんは昔同じ職場に勤めていたからね」
「ああ」
そういえば、そうだった。
今はパートをしているけれど、昔は同じ職場に勤めていた、って話を聞いたことがある。
要するに職場結婚である。
職場結婚をして、早々に会社を辞めて、僕を産んだ。それが母の経歴。けれど、ずっと専業主婦を続けられる程、うちも豊かじゃない。だから母はパートで生計を立てることにしたのだ。それがどれ程大変なことかは分からない。けれど、共働きしているということは家計に余裕がないのだ、ということだけは伝わってくる。だからかもしれない。昔から、欲がない人間だった。それが良いのか悪いのか分からないけれど、両親にとっては随分有難い存在として育っていったのかもしれない。
「……父さんが帰ってくるのって、いつだっけ?」
「次の土曜日だから、十一日じゃない?」
だったら、そのときに聞いてみよう。
UFOのことについて? いいや、違う。あのメールのことについて? いいや、それでもない。
なら、何について聞くのか?
その質問の内容は――少し先に取っておくことにしよう。そう思って僕は父の部屋に残していた本を取りにまた部屋へ戻っていくのだった。
※
コラムの内容はそう大変なものではない。
UFOの事件について纏めれば良い、と。そう考えていたからだ。
先ず有名なものと言えば、ロズウェル事件だろうか。アメリカのロズウェル付近で墜落したとされるUFOが米軍に回収された、として有名になった事件だ。数多くの目撃談がある中、未だにその事件は謎が多いままで解決してはいない。その事件を取り上げようと思うのだ。別段珍しいことでもない。UFOを知っている人間ならば、ロズウェル事件に触れることは早々珍しい話でもないからだ。それぐらいに、ロズウェル事件が有名だということだろう。僕はそう思いながら、プロット――文章を書く上で重要な導き手のようなもの――を書き始める。
書くこと自体は苦痛ではない。原稿用紙数枚でエコについて執筆しろと言われたとき、連綿とした内容のエコに関する論文めいた何かを書いたことがあるぐらいだ。寧ろ得意と言ってもいいかもしれない。
ならば、そのプロットを使えば簡単に文章が書けるのかと言われると――案外そうでもない。「まあ、そんな簡単に書けたら苦労しないわなあ……」
僕はそんなことを思いながらボールペンをくるくると回していく。
回したところで何か生み出されるものがあるのか、と言われるとそれはまた話が別。
人間って時折意味のない行動を取りたがる生き物なのだ。だからそれぐらいは仕方ない、と思って受け入れて貰うしかない訳だ。
そんなこんなで――書かないことには何も始まらない。
そう思った僕は、うんうん唸りながら文章を書き始めるのだった。