クスノキ祭 ③
- 2019/06/07 06:21
「……しかしながら、これでは足りないのもまた事実」
ならばどうすれば良いのか。
答えは単純明快。
「失礼しますよっと」
父の部屋。一週間に一度しか帰ってこないから最早書庫と化しているその部屋に、僕は立ち入る。許可? そんなもの、必要ない。家族なんだから。
中に入ると、大量の本が入っている本棚が目に入ってくる。……何というか、相変わらずこの部屋は入るのが億劫になる。何でだろう? 良く理由は分からないけれど、しかしながら、実際入ってみれば分かるものだ。この部屋の雰囲気は、何かやばいってことに。何がやばいって? さあ、何がやばいんだろうか? そんな具体的なことにまで言及するのもどうかと思うので言わないでおくけれど。
「……やっぱり、相変わらず良質な文献が揃っていること」
父はUFO、ひいては宇宙が好きだ。だから宇宙に関する文献は数多く残してある。それこそ、お金に糸目をかけずに手に入れたものばかりだ。そんな父の残した(残した、って言うと死んでしまったように聞こえてしまうけれど、知っている方には知っている当然のこととして、未だ健在である)文献を利用させて貰おうという魂胆だ。別に悪いことでも何でもない。一応母には許可は貰っている。「使って良い?」って。母は二つ返事で良いよ、と言ってくれたから、感謝の気持ちで一杯だ。
「……こんなもんで、良いかな」
何冊か見繕ったところで、僕はふうと溜息を吐く。文献だけでも探すのに時間がかかるっていうのに、実際に書くとなったらどれぐらい時間がかかるのだろう。考えただけで眩暈を起こしそうだ。こんなところで眩暈を起こしたらそれはそれで問題なので、起こさないけれど。
「ん? 何だろう、これ……」
父のパソコンの、電源が点けっぱなしであることに気づいた。
パソコンは常にコンセントに繋がっているから、勝手に電源が落ちることはない。とはいえ、電源を入れっぱなしというのは少々プライバシーの問題に関わることだと思う。別に家族の間だからプライバシーなんて関係ない、とでも思っているのかもしれないけれど。
そんなことを思っていたのだが――宛先を見ると、僕は身震いしてしまった。
「……瑞浪、基地?」
瑞浪基地第三部隊。
どうして父のパソコンから、瑞浪基地から送られたメールが出てくるんだ?
答えは見えてこない。けれど、確実な点は一つ。父が瑞浪基地と関わっている――ということ。しかし、どうして? 父の仕事は住み込みの調理人ということで、それ以上のことは知らない。だから、瑞浪基地に勤めていることも、充分に可能性としては考えられることなのだけれど――。
「メール……未読が一件……」
気がつけば。
僕は父のパソコンからそのメールを見てしまっていた。
「九月一日……、対象は問題なく帰宅。このままでも問題ないため、文化祭まで様子を見ることにする……だって? いったい、どういうことなんだ? 対象ってもしかして……」
僕は、そこでこの前聞いてしまった桜山先生と今池先生の話を思い出していた。
あずさとアリスのことを……意味しているのだろうか?
いやいや、一端の料理人がどうしてあずさとアリスの監視のことを知っているんだ? 全然納得いかない。もしかしたら、父はとんでもない任務に巻き込まれてしまっているのではないのか――?
僕は、恐ろしくなった。
僕は、怖くなった。
僕は――怯えてしまった。
父が何をしているのか知らないまま、ずっとここまでやって来てしまっていたからだ。
父の仕事を一切知らないまま、ここまでやって来てしまっていることだ。
僕は、真実を知りたくなった。
僕は、全てを知りたくなった。
だから――僕は母の居る部屋へと大急ぎで向かうことにするのだった。