ブラックボックス ⑦
- 2019/06/18 06:39
「結果、どうなったと思う? いいや、言わずとも分かるだろうよ、今のいっくんなら。彼女に齎されたことが、何であるか」
「……記憶の『復活』」
「そういうこと」
「彼女達にヒヤリングをしたが、やはりあの『日常』は彼女達にとって救いになっていたようだ」
言ったのは、兵長と呼ばれた老齢の男性。
「……つまり、僕がぶち壊さなかったら、永遠に彼女達は平穏に暮らせた、ということですか」
或いは、もっと別の未来が待っていたのかもしれない。
「いいや、それは有り得ないね」
しかし、それをぶち壊してきたのは池下さんだった。
「何故か、って顔をしているね、いっくん。だって当然だろ? 彼女達は、アメリカと日本が共同開発した超未来型兵器『ブラックボックス』唯一無二の搭乗員という人材だ。その人材を二人も流出させたとなったら、日本のメンツが保たれない。それこそ、今度は米軍から全員拠出するなんて言われかねない」
ははあ、つまり。
僕は日本のメンツという『くだらないもの』のために、利用されたということか?
「……くだらないですね」
「何だと?」
「くだらない、って言っているんですよ。貴方達が考えていることが」
刹那、身体が吹っ飛んだ。
床に叩き付けられた。
誰かに――言わずもがな池下さんだということ――殴られたのは、最早完全に分かりきっていたことだった。
「池下……! 貴様、何をしているのか分かっているのか」
「兵長がやらないなら俺がやっていましたよ。どちらにせよ、殴りたかった気持ちはあったでしょう」
「それは……」
あったのか。
だろうな。こんなぴーちくぱーちく言う人間なんて五月蠅くて鬱陶しいはずだ。
「……それに、いっくんは少し言い過ぎだ。この国のことをくだらないと言ったのと同じことだ」
「それの何が間違いなんですか?」
起こされると思いきや、そのまま腕を放された。
僕の身体は再びコンクリートの床に叩き付けられる。
「ごほっ、ごほっ。流石に言ってからやってくださいよ……」
「言ったらやって良いのか……。それはさておき、お前は少しこの国に無関心過ぎる」
それがこの国の若者だろうが。
この国の未来なんてどうだって良い。自分の未来さえ平穏で良ければ、後はどうだって良い。
それが未来であり、それが基礎であり、それが平和である。
「……仕方ないことだろう、池下。この世界を変えるためには、やはり起こすしかないのだ」
「起こすって、何を?」
今度は腕を伸ばしてくれなかったので、自分で立ち上がり、椅子を組み立てて、そのまま座り込む。
「決まり切っている。……戦争だ」
「……この国は戦争を起こせないはずですが?」
「知っているよ、当然だろう? だから、この国には戦争を起こさせない。『北』に戦争を勃発させて貰う。それぐらい分かりきった話だろう?」
ああ、もう。
この人達には常識という言葉は存在しないのか。
存在しないんだろうな、うん。
「それって、僕達の平和は守られるんですか」
「自衛隊がこの身をもって、戦争を国土には持ち込まないことを約束しよう」
いや、約束しよう、って。
それは向こうには関係のない話なのでは。
「何と言えば良いのかな……。確かに『北』とアメリカ、我が国はその中立的位置に立っている。無論、立場的にはアメリカの味方をしている訳なのだがね。だから、『北』と戦争を始めた場合、一番先に狙われるのはこの国だ」
ほら、見たことか。
やっぱり約束なんて出来ないじゃないか。
「だが……そのための『ブラックボックス』だ、と言えば?」
「……どういうことですか?」
「『ブラックボックス』は周囲の物理法則を書き替えることが出来る。それはつまり、、敵勢力の攻撃を『零にする』ことも出来るのではないか?」
物理法則を書き替えるって、そんな漠然なこと出来るのかよ。
さっきも言っていたけれど、やっぱり、そんなこと信じられない。
「信じられないですよ、そんなこと。何でそんなことが出来るんですか。全然理解できません」
「理解しなくても良い。それが世界のためならば」
狂っている。
確信した。この人間どもは狂っている。
「彼に『実験映像』を見せてあげれば解決するのではないですか?」
そう進言したのは、池下さんだった。