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ブラックボックス ③

  • 2019/06/17 18:47

「日本列島は何処か分かるかね?」
 馬鹿にしているのかこの人は、と思いながらもきちんと回答しないとどうなるか分かったものではなかった。だからきちんと答えた。
「ここ、です」
 ちょうどスライドの中心に位置する特徴的な彎曲した列島。それはどう見ても日本列島だった。
「では、我が国と同盟を結んでいる国は? 有名なもので構わない。いや、寧ろそれを望んでいるのだがね」
「……アメリカ、ですか」
「その通りだ」
 兵長と呼ばれた老齢の男性はそう答えた。
 だってその答えを望んでいたんじゃないか。
 僕がどう答えようとも、その方向に持っていくつもりだったんじゃないのか?
「アメリカは、とある連合の結託を恐れている。そして、その結託は遂になされてしまった。それを、例えばこう呼ぶことにしよう。……『北』と」
 北。
 単なる方位の意味ではない、別の意味の言葉。
 そしてその言葉の意味を、なんとなくだが、僕は誰かから聞いたことがあるような気がする。
 誰だっただろう。残念ながら思い出すことが出来ない。
「……『北』についての説明をした方が良いかね?」
「……どうせ断ったところで、説明をするのでしょう?」
「その通りだ。……『北』というのは、一つの国を指す名称ではない。どちらかといえば、連盟、連合、同盟という意味を指せば良いだろうか。ロシアに中国、それに様々な国が絡んでいる……。アメリカと手を組むことが出来ず、最終的に手をかけることになってしまった最後の血の花園。それが『北』だ」
 北。
 社会で習ったことはあるけれど、まさかそんなことになっているなんて。
 知らなかった、というのは――どちらかといえば、逃げることになるのだろうか。
 何というか、ずるいということになってしまうんだろうか。
 分からない。
 分からない。
 ……分からない。
「『北』というのは、どういう意味か分かっているかね? 我々日本はずっと昔から『北』の脅威に晒されてきた。かつては『アイヌ』と呼ばれ、そして今は北海道となっている。『北』もいずれは、我が同盟の傘下に下ることだろう」
「……戦勝国についたことが、成功と言えるんですか?」
 アメリカは、二度の世界大戦で勝った戦勝国だ。
 対して日本は一勝一敗の国。確かに力は持っているが、他の国と比べれば戦争をしようという気にはならない。
 だが。
「……戦争を続けるということは、大変だということだ。平和ということは、訪れることのない未来ということだ。分かるかね? この国が平和である代わりに、他の国が戦争状態に鳴り続けている。この世界は平穏で満ちている。秤とも言えば良いかな。ちょうど良く出来ているのさ、この世界は」
「そんな、そんな世界が……!」
「しかし、それが真実なのだよ、いっくん」
 ドアを開けて入ってきたのは――池下さんだった。
「池下――さん」
「今は、副兵長と呼ばれているよ。ちなみに君が良くしていた、桜山先生は、桜山兵長代理。全てこの基地の人間だった、って訳さ」
「……最初から僕は駒だった、って訳ですか。はは」
 軽く笑いながらも、笑えない状況であることに僕は気づかされる。
「笑えない状況であるということは自覚して、言っているね?」
「……はい、そうです」
 僕はそう言わざるを得なかった。
 僕はそうせざるを得なかった。
 僕は――僕はどうしたかった?
「……笑えない状況であるということは、分かりきっていることだと思うのだけれど、まあ、良い話にはならないだろうね。君が思っている以上に事態は深刻だよ。だが、君がやってくれたことは充分過ぎることだった訳になるのだけれど」
「……どういうことだ?」
「簡単なことだよ。君は彼女の記憶を『解放』した。自ら封印したあの記憶を、取り戻させてくれた。それだけで君は立派な行動をしてくれた、と言えるんだよ」
「解放……、封印? どういうことだ?」
「先ず、彼女の経緯について話した方が良いですね。構いませんね? 兵長」
「ああ、問題ないとも」
 そう言った後、池下さんはパソコンの操作を開始する。
 スライドショーをいったん中断し、デスクトップにある別のファイル――今度はPDFだ――を開く。
 PDFの名前には、こう書かれていた。

 ――ブラックボックス搭乗員の精神状態についての報告書

 

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