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逃避行のはじまり ⑩

  • 2019/06/13 06:46

 横浜駅から離れない、という台詞は何だったのか。
 気づけば、乗り換えに乗り換えを重ねて、僕達はある場所に到着していた。
 横浜中華街。
 横浜市に広がるチャイナタウンで、約二百平方メートルの面積に五百近い店舗が広がっており、東アジア最大の中華街と呼ばれている。
「わーっ、わーっ! いっくん、いっくん! 肉まんだよ、肉まん! 美味しそう! 食べて良い? 食べて良い?」
「別に良いけれど……。駅から離れない、って話は何だったのか……」
「だって、横浜に来たらやっぱり中華街は外せないでしょう! 私も来たことなかったし。いっくんだって来たことはなかったでしょう?」
 いや、確かになかったけれど。
 でもわざわざやって来る必要はなかったんじゃないか、って思えてしまう。
「一応言っておくけれど、ここに来た理由は……?」
「勿論! いっくんのおばあちゃんに挨拶するためのお菓子を買いに来たのよ! 何を買いに来たのかは秘密ということで」
「秘密、ねえ……」
「秘密にしておくと何かと面白いでしょう? 大丈夫、何があるかはリサーチ済だから!」
 ということはいつかはここにやって来たいという思いが強かった、ということか。
 調査済、ってことはそういう面があったっていうことだよな。
 何というか、分かりきっている話に見えるけれど、それはどうだって良い話だ。僕にとって、何とか逃げ切れればそれで良い。……いつまで逃げれば良いのか? という話になってしまうのだけれど、それは分からない。答えが見えてこない旅になるのだろう。そして、中学生である僕達には資金源がない。お小遣いで逃げ切れるには限界がある、ということだ。そしてその限界は――僕達が定めることが出来る、ということである。
「ねえねえ、あれ食べてみたい」
 アリスが裾を引っ張って、僕に何かを見せてくる。
 何だと思ったら――ごま団子だった。
「良いよ、別に。……お金はあるんだろうね?」
「ある、ある。幾らか貰ってきた」
 そう言ってアリスは財布から一万円を出してきた。……わお、ブルジョワ。
 アリスについていって、ごま団子を一緒に購入することになった。それぞれお金を支払って、食べ歩きをする。食べ歩きってマナーがなってない、と言われるかもしれないけれど、でも、悪くない食べ方だと思う。
 僕はそんなことを思いながら、待っていたあずさにごま団子の入った袋を手渡す。
「わわっ、アリスずるいよ! 私だって食べ歩きしたいものがあったのに! ……って、何これ?」
「お前も食べたいだろ。だから買ってきた」
「ありがとっ! こういう心遣いが出来るのがいっくんの良いところだよね」
 ……そうだろうか?
 僕はそう考えながら、話を続ける。
「ところで、あずさ。何か買うものは決まっているのかな?」
 僕は特に買うものは決めていなかったのだけれど。
「ああ、それならもう決めてあるよ!」
 そう言ってあずさが指さした先にあったのは――月餅だった。
 月餅。
 月のように丸く、平べったいお餅のような形をしたお菓子である。中には餡子が入っており、とっても美味しい、らしい。らしい、というのはあくまであずさから聞いた話だからそれを知ることがない、ということであるためだった。
「月餅、か。聞いたことはあるよ。美味しいんだってね」
「良いでしょう、良いでしょう? だから私はこれにしようって決めていたんだよ、前から!」
 前から、っていつからだよ。
 僕は突っ込みたかったけれど、それ以上言わないでおいた。
 あんまり強く言うと、何だか彼女が可哀想な気がしたからだ。
 だから僕はそれに従って、月餅を買うことにしたのだった。
「あ、でも、その前に肉まんね! 食べ歩きするなら肉まんでしょう!」
 ……それ、何処のルールだよ。
 僕はそう呟きながら、ごま団子を口の中に放り込んだ。……いやはや、口の中が熱い。

 

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