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2019年06月の記事は以下のとおりです。

クスノキ祭 ⑰

  • 2019/06/09 17:47

 結局、眠ることは出来た。
 けれど、いつもより一時間早く起きることもあってか、家に帰っての自由時間はほぼ存在しなかった。仕方ないと言えばそれまでなのだけれど、しかしながら、どうしてここまで全力を突き通さねばならないのだろうか、という疑問も浮かんでしまうのもまた事実。実際問題、僕達宇宙研究部は一年目の新参者だ。新参者が活躍する場も与えられているのが、この文化祭――だと思えば良いのかもしれない。こんな部活動で活躍できる場所なんて、ほぼないに等しい訳だし。
 午前八時。校門を見る。すっかり赤やピンクの色紙で色とりどりに装飾された校門になってしまっている。これを見る機会も二日しかないんだな、と思うと少しだけ寂しい気分になる。
「あ、いっくん。おはよう」
 声がしたので、そちらを振り向く。
 そこにはあずさとアリスが立っていた。
「あずさ、それに、アリス……」
「どーしたの、いっくん? こんなところでぼーっとして、どうかしたの? 眠れなかった?」
「いや、何でもないけれど……。あずさ達は眠れたのかよ? 寝不足だったりしない?」
「私はばっちり六時間睡眠だから大丈夫だよ! いつもより二時間は眠っていないけれど、そこは昼寝でばっちりカバーするつもり!」
「……私も、大丈夫」
 何が大丈夫なんだ、おい。うとうとしているじゃねえか、早速陥落しそうなんですけれど!?
 とまあ、そんなことはおいといて。
 校門を潜って、話を続けていく僕達。
「ところで、今日のシフトはどうなっているの?」
「僕は午後から二時間入っているよ。後は暇だから色々巡ろうかなあとは思っているけれど」
「やりいっ。私達もその時間なんだよ。だから後は空き時間! とは言っても、メイド喫茶のビラ配りとかあるけれどね」
「ビラ? そんなもの作っていたのか?」
 いったいいつの間に。
「私も詳しいことは知らないんだけれどね。何でも、メイドにビラを配って貰った方が、受け取る方も受け取りやすいだろうって話らしいんだよっ。私は詳しい話は分からないけれど」
「……いったい、誰の入れ知恵だ?」
 大方、担任の徳重先生の入れ知恵なんだろうけれど。あの人、体格に比べて趣味が可愛らしいものばかりって最近知ったしなあ……。
「徳重先生だよ。確か、めーちゃんがそんなことを言っていた気がするから」
「めーちゃん?」
「……藤岡さんのこと」
 補足説明してくれたのはアリスだった。
 ああ、そういえば彼女の名前って、藤岡めぐみだったっけ。だからめーちゃんか。成程成程。
「あっ、でもこの渾名使っちゃ駄目だからね。女子には呼ばれても良いって言ってたけれど、男子にはお断りだって言っていたから。きっといっくんも同じ目に遭うと思うんだ」
 ……あの女、どんだけ男女差別意識が高いんだ?
 いいや、そんなことはどうだって良い。
 取り敢えず、クラスに向かって最後の準備に取りかからねば。そのためにわざわざクラス全員が一時間前に集合――という悪魔のスケジュール構成になっているのだから。
 そう思って、僕達はクラスへと急ぐのだった。

 

クスノキ祭 ⑯

  • 2019/06/09 16:38

 九月二十三日。
「今日は新聞が終わるまで帰さないからな!」
「それってどうなんですか、何かやばい法律に引っかかったりしませんか……?」
「まあまあ……。遅くなったら私が家まで送ってあげるから」
 という訳で。
 未だ完成していない『宇宙研究部新聞』の最後の追い込みに取りかかっていた。
 黒板には、最早普通の精神ではないメンバーの寄せ書きが書かれている。
 誰かが書いた『Tme waits for no one.』の文字列――それがかなり秀逸になっている現状。
「時は誰も待ってくれない、か……。言い得て妙だな」
「何か言ったか、いっくん?」
「何も言っていません! 急いで原稿を終わらせます!」
「よしよし。とはいえ僕も未だ全然原稿が終わっていないのだがね……。やれやれ、これだったら金山の仕事を手伝うんじゃなかった」
「元はといえば、あなたの仕事なのだから手伝う以前の問題ではなくて? それと、私はもう書き上げているのだからさっさと帰らせてくれても良い気がするんだけれど!」
 金山さんはあれから一週間でコラムを一本書き上げてきた。
 聞けば文章の類いは書くのは難しくないと思っているらしい。何だよ、それ。チートかよ。
「……書き上げても帰ることが出来ると思っていたのか、金山。お前には校正という仕事とレイアウト担当という仕事が残っている訳だが?」
「そんなの、後でやって来た人間がやれば済む話でしょうが! 私はさっさと終わらせているの! だったら早く帰しなさいよーっ!!」
「帰してやるからちょっとは待っていろ。こっちだって今忙しいんだから……さっ!」
 原稿を書きながら話が出来るなんて何と羨ましい。
 こちとら言語能力をフルにそちらに回さないと全然文章が出来上がらないというのに。
「いっくーん? 未だ出来上がらないのー?」
「何を見て言っているんだい? これを見てもなお、出来上がっていると言えるのかな?」
「それってただの言い訳じゃないのー。それより、早く書き上げちゃってよ。私、もう出来上がったんだけれど」
「馬鹿な……! 進捗は僕と同じだったはず……! タイムマシーンでも使ったのか?」
「そんな馬鹿なこと考えている暇があったら、ほら、手を動かす!」
 お前が話を振ってきたんじゃないか。
 そんなことを言いたかったけれど、流石にこれ以上言語能力を使っていると、文章に支障が出る――そう思って僕は必死に原稿を書き進めるのだった。

   ※

 実際に新聞が完成したのは、それから数時間後。
 正確には、九月二十四日に少し入ってしまったぐらいだろうか。
 僕は――まさかここまで時間がかかるとは思わなかった、と思いながら新聞部にある印刷機の横でうつらうつらと眠りそうになっているのだった。

   ※

 そして、九月二十四日。
 この中学校の文化祭であり、地元からも数多くの人々がやってくる一大エンターテイメント。
 クスノキ祭が、幕を開ける。

 

クスノキ祭 ⑮

  • 2019/06/09 16:07

「池下さんは部長と合同でコラムを書いているんでしたよね」
 この間あったことは、お互いノータッチで進んでいく。
 池下さんは読んでいた本に栞を挟んで閉じると、
「そうだね」
 とだけ短く告げた。
「どんな内容になっているのか、見せて貰うことって出来ますか?」
「何故だい? 何故俺がそんなことをしなくちゃいけない」
「原稿が進まないんですよ。お願いします」
「そう言われてもなあ……。うん、分かった。見せてやろう。但し、内容のコピペは厳禁だぞ」
 それぐらい承知していますよ。
 僕はそんなことを言って、池下さんから原稿を受け取って、椅子に腰掛けた。
 池下さんが書いた内容はかなりしっかりとした内容のコラムだった。コラムの内容を総評すると、瑞浪基地に飛来するUFOについて――ということだった。僕のコラムの内容と被る心配もあったけれど、僕はUFOの事件そのものを書いたものになっているので、そこは問題なし。もしそこで被っていたらどちらかが手を引くか、そのまま原稿を提出するかのいずれかになってしまうところだった。
 池下さんの書いた文は、かなり明瞭ではっきりとした文章だった。物言いがしっかりしている、と言えば良いんだろうか。いずれにせよ、その考えが正しいのかどうかは分からない。僕はあまり小説を読まない人間だからな。読むと言っても、せいぜい流し読みが精一杯なところがある。あと時間つぶしに読んでいる節が多いし。
「……どうだったかな、俺の文章は」
 気づけば、池下さんは立ち上がってこちらに向かってきていた。
 これは何か感想を言わなくちゃいけない状況だろうか――なんてことを思いながら、
「良い文章だったと思いますよ。非の打ち所のない、と言えば良いんでしょうか」
 僕は精一杯のお世辞を言ったつもりでいた。
 池下さんはそれを聞くと、原稿を奪い取るように手に取って、
「そりゃ、どうも」
 とだけ言って、また元の席に戻っていった。
「……いっくん、池下さんに何か悪いことでもしたの?」
 あずさがそう言ってくるが、そんな問題ではない。
 そんな問題では、ないんだ。

   ※

 九月も二十日を過ぎると、各々クラスも準備を整えてきている。段ボールで作ったお手製のメニュー表や、検便の準備など手間がかかっているのだ。
 ちなみに僕も検便を出す羽目になってしまった。理由は単純明快。メイド喫茶でジュースを出すことが決まったためである。パックのジュースではなく、パックから紙コップに出していくスタイルに決まったそうなのだ。だから、紙コップに注ぐ役目を担う男子には検便をして貰う必要がある――ということらしい。
 何というか、してやられた、気分である。
「……いっくんも、勿論、検便して貰うからね?」
 藤岡さんにそう言われたときは、逃げ場がないと思ってしまった。
 いや、会議に参加しなかった僕が悪かったのだけれど。
 それ以上は何も言えなかったし、何も言わなかった。それが一番だと思ったからである。

 

クスノキ祭 ⑭

  • 2019/06/09 15:13

 そういえば他のメンバーは何を書いているんだろうか。
 少し興味が湧いたので、休憩がてら全員の原稿を見てみることにした。
 あずさの原稿は……エッセイ? UFOというよりは宇宙研究部で起きたことを書き連ねているように見えるけれど――。
「ちょっと、いっくん! 人の原稿勝手に見ないでよ」
 止められてしまった。
 そうなってはもう何も出来ることがない。
 僕は次の原稿に移動した。
 次の原稿は――アリスか。アリスは、漫画を描いているようだった。
 UFOとやって来た宇宙人についての漫画のようだった。読み進めてみることにする。一コマ目、UFOが空がやって来た。総理大臣を模した人間が「UFOだ!」とそれを指さして言っている。まあ、それだけを見ればただの冒頭の一コマだ。寧ろ模範的な一コマと言っても良いだろう。二コマ目、UFOは着陸し、そこから宇宙人が降りてくる。宇宙人は「この星は我々が頂いた」と言い出す。これもまたありがちな展開だ。そこからどう落ちに持って行くつもりなのだろうか? 三コマ目、様々な兵器を総動員して戦っている絵。正直、ここに一番力が入っているような気がする。他のコマが手抜きであるとは言わない。けれど、このコマに関する力が何処か強いような気がするのだ。さて、残り一コマ、この物語はどう終結するのだろうか――? 四コマ目、そこにあったのは白だった。何もない白だった。その白には堂々とした何かがあるように見えて、何もない世界を表現しているように見えて、何もいない空間を表現しているように見えて、結局は何が何だか分からない世界観だった。その一コマで全てをぶち壊されたかのような、そんな感覚だった。いったい全体、アリスは何を書きたかったのだろうか? 僕はそう思って、その原稿を指さして、呟いた。
「アリス。この原稿、どう落ちをつけるつもりなんだ?」
「……さあ?」
「さあ、ってお前……」
 それ、全世界の漫画家を敵に回した発言だぞ。それでも良いのか?
 でもまあ、アリスはそこまで深く考えていないのかもしれない。それがアリスなりの考えなのかも。
 ……思えば、アリスは戦争について詳しいんだったな。詳しいというよりかは、事実を知っていると言えば良いだろうか。
 となると、やっぱりこれは今後の戦争を思わせた何かなのだろうか。
 今後の戦争において――未来を予見した何かなのだろうか。
 分からない。その答えを、今は導くことが出来ない。
 けれど、僕は。
 二人を――どうしても守りたかった。
 どうして二人をこんな平和な空間から抜け出させる必要があるんだ、と思った。
 彼女達にも平穏を共有する権利はあるはずだ、と思った。
 だから、だから、だから――。
「……いっくん、どうしたの?」
 あずさの言葉を聞いて、我に返る。
「ん、い、いや、何でもないよ」
 その表情を――池下さんがじっと眺めていることに、僕は直ぐに気づくのだった。

 

クスノキ祭 ⑬

  • 2019/06/09 13:35

「諸君、原稿の進捗はどうかね!?」
 久しぶりの部活動。部長は開口一番、僕達に向かってそう言い放った。
「そんなこと言われても、というのが正直なところですけれど」
 僕は言い放った。実際の所、未だ原稿は半分も書き上がっていない。納期まではあと一週間近く――いや、正確には二週間あまり――残されているのにもかかわらず、だ。五月蠅い、僕は後からブーストがかかるタイプの人間なんだ。別に締め切りまでに書き上げれば何の問題もない訳であって、それ以上の意味はないはずだ。それ以上の意味など、関係ないはずだ。
「とは言ってもだねえ。新聞部との兼ね合いもあるし、出来る限り誤字脱字はなくしておきたいところだし、印刷のかすれとかあったら困るし……。だから出来ることならもちっと早くして貰いたいものなんだよねえ」
「そんなこと言って、部長は出来ているんですか、原稿」
「全然!」
 いや、そんな笑顔で言われても……。
「実際問題、どれくらいの人間が書き上げているのか、というのが気になってな! いや、悪い話でもないだろう。それが難しい話になっている訳でもあるまいて。……だがな、しかしながら、実際難しい話になっているなら早めに相談して欲しい。何せ紙幅は有り余っているのだ。本来ならば、金山、お前にも参加して欲しいところだが……」
「言ったでしょう!? 私は、部活動よりも生徒会の仕事が忙しいって! 何処かの誰かさんが仕事をすっぽかさない限り、私は仕事が二倍になって降り積もってきているんだって! だから誰かが仕事をやってくれれば良いんだけれどねえ……?」
「……分かった。僕が仕事をやろう」
「お?」
 金山さんはまさかそんな展開に発展するとは思っていなかったのか、首を傾げてしまっていた。
「どうした、金山? 僕がわざわざ仕事をやってやろうと言うのだ。だったらお前も余裕が生まれるだろう? そしたら、こちらの原稿も手伝うことが出来る。違うか?」
「それは、違わないけれど……」
「決まりだ。諸君、僕は今日から生徒会の仕事も手伝う。だから、金山に原稿を書かせる。これで紙幅はちょうど良い塩梅になるだろう。もし何かあったら生徒会室へ足を運ぶように。それじゃ、行くぞ、金山」
「あ、あ、ちょっと。手を引っ張るなーっ!」
 そう言って。
 半ば強引な形で、部長と金山さんは部室を出て行ってしまった。
「良いんですか?」
 深々と溜息を吐く池下さんを見て、僕は言った。
「良い訳ないだろ。それってつまり俺に全ての原稿を任せるって言っているようなもんだぞ。……まあ、そうなるんじゃないかな、って思ってはいたけれどな。実際問題、スペースが有り余っていたのは事実だ。誰かの原稿を増分して何とかしようか、なんてことも考えていたぐらいだ。或いは文字の大きさをでかくして、そうすればスペースが埋まるだろうなんてことも考えていた。だが、それじゃ、内容のスカスカぶりが目立っちまう。だったら誰か、最悪ゲストライターでも呼んで紙面を埋めるしかない、という結論に至っていたところだった訳だが……。まあ、あれで良いなら良いんじゃないか?」
 良いのか。
 それで良いのか。
 僕はそんなことを思いながら――原稿を書き進めていく。
 残りのページ数を確認しながら、僕もまた深々と溜息を吐くのだった。

 

クスノキ祭 ⑫

  • 2019/06/09 13:13

 何も出来なかった。
 ずるい存在と言われても仕方なかった。
 ひどい存在と言われても仕方なかった。
 だから、僕は――せめて。

   ※

「高畑さん可愛いー!」
 そう言って頬ずりをするのは、藤岡さんだった。
 藤岡さんは可愛いものが好きな性格だったようで、どうやらそれがアリスになってしまったようだった。アリスはメイド服を着ているがそれが随分とお気に召しているようで、すっかりメイド服の虜になっているようだった。しかし、実際メイド服を着たことのない女子は多かったはずだし、どういう価値観でメイド服を着こなすのかということについて、やっぱり考えたいという思いも出てくるのかもしれない。もしかしたら、出てこないのかもしれないけれど。
「……藤岡さん、それぐらいにしてあげたら? アリスが嫌がっているように見えるけれど」
「何処が?」
 アリスはずっと無表情を貫き通している。
 いや、少しは表情に出せよ……。
「ほら! あんまり気にしていないようだし、別に問題ないんじゃない? 可愛い、可愛いよ、高畑さんー!」
 頬ずりをずっと続けている藤岡さん。
 アリスはずっとぼうっとした表情でこちらを見つめている。何だ、止めて貰いたいのか。止めて貰いたくないのか。はっきりしろ。
「……ちょっと、藤岡さん。メニューの考案はどうなったの?」
 そこで手助けが入った。
 正体はあずさだった。
 あずさが声をかけてくれたことで、藤岡さんは頬ずりをするのを止めて、こちらを向いてくれた。
「……あら? メニューなら男子が考えていると思っていたけれど」
「そう思っていたんでしょう? けれど、男子は料理の経験なんて皆無だからみんなちんぷんかんぷんになっているわよ。……やっぱりまとめ役には女子が居ないと」
「それで、私が?」
「だって、藤岡さん料理得意でしょう?」
「……そう言われると照れちゃうなあ」
 おい、否定しろよ。
 藤岡さんは漸くアリスから手を離すと、黒板の前でああだこうだ言っている男子達の方へと向かっていった。
「ほら、いっくんもやらないと」
「やらないと……って何が?」
「決まっているでしょう。料理のチョイスだよ。それぐらい決めておかないと後で変なこと言われても知らないんだからね。例えばフォアグラのソテーを作りますとか言い出したら料理にかかる費用をどう捻出するつもりなの?」
「学校でフォアグラのソテーなんて出せると思っているのか、お前は……!」
「冗談、冗談! でも、話に参加しないと後々ちょっかいを出す権利は失うよ? だったら、今のうちに存分にちょっかいを出しておいた方が良いんじゃない? って話だよ」
「ちょっかいを出す必要があるかどうか、って話だろ、実際には……」
「え? そういうもの?」
「そういうものだよ」
 僕とあずさは会話をしている。
 黒板の前では、藤岡さんがリーダーとなって料理を決めている。
 少しずつ、クスノキ祭が近づいてくるのを――実感せざるを得ないのだった。

 

クスノキ祭 ⑪

  • 2019/06/08 20:16

 僕は、何も言えなかった。
 言い出すことが出来なかった。
 いつか、離れる日が来ることは分かっていた。そして、それが徐々に近づいてきているということも分かっていた。
 けれど、それから逃げていた。
 けれど、それから逃げたかった。
 僕は、それが嫌だった。
 僕は、それが出来なかった。
「……いっくん?」
「……あずさ?」
 立ち尽くしていると、あずさが声をかけてきた。
 未だメイド服を着ているところを見ると、どうやらクラスのメイド喫茶談義は続いているようだった。
「いっくん、どうしたの? とても青ざめた表情を浮かべているようだけれど」
「……あずさ。いや、何でもないよ。何でも、ない」
「ほんとう?」
「…………ああ」
 嘘を吐いてしまった。
 嘘を吐くしかなかった。
 嘘を吐くしか、道がなかった。
「あずさ」
「何?」
「……もし、僕と一緒に逃げようと言ったらどうする?」
「何、突然」
 彼女は笑いながら、僕に語りかける。
 彼女には――記憶がないのだろうか。
 確か、今池先生と桜山先生がそんなことを言っていたような気がする。
 でも、彼女の記憶が戻ってしまうのは――僕にとって悪いことだと思っていた。
「いや、ちょっと気になって」
「ちょっと気になって、ってどういうことよ。私だって気になるんだけれど。いったい全体、どうしてその話になった訳?」
「……えーと、UFOに連れ去られてしまったら大変だな、と思って」
「何、それ。馬鹿じゃないの」
 そう言って。
 あずさは走り去っていった。
 僕はキットカットの入った袋を持ったまま、その場に立ち尽くしてしまうのだった。
「早く来なよ、いっくん」
 あずさは笑って、語りかける。
 僕だけ、全てを知っている。
 僕だけ、自由に出来る。
 僕だけ、彼女を自由に出来る。
 あずさとアリスを、助けることが出来る。
 夏が終わってしまう前に。
 文化祭が終わってしまったら――彼女達は居なくなってしまう。
 それだけは避けておきたい。
 それだけは避けてしまいたい。
 それだけは何とかしておきたい。
 僕は、僕は、僕は――。

 

クスノキ祭 ⑩

  • 2019/06/08 18:14

 相変わらず、と言われても。随分と長く付き合っているような感覚に陥っているように見えているけれど、実は僅か数ヶ月での出来事なんだよな。だから全然長い付き合いをした、ってつもりがない訳だし、それをどう考えようったって、結局は何も見つからない話になる訳であって――。
「で? 『似合う』って、具体的には何処が似合う?」
「何だろうねえ……。そんなことを言われても困るんだけれど……」
 かといって。
 じろじろと人の身体を見る訳にもいかないし。
「……やっぱり、胸がないとメイド服って似合うものなのかな?」
 ……殴られた。
 正直に言ったつもりだったのに。

   ※

 正直に言うことが間違っているんだよ、と藤岡さんに言われてしまったので以後気をつけることにする、と言って僕は謝罪した。二人は直ぐに納得してくれたのだが、しかしながら、購買で何か甘いものを一つ購入してくるように、と言われてしまい、僕はそれに従うしかないのだった。メイドが主人(主人と言って良いのか?)に逆らうとは何ということだろうか。まったくもって理解できない。
 それにしても、あずさとアリスのメイド服は悪くなかった。無論、他のメンバーのメイド服も充分だった。けれど、あずさとアリスはそれについて群を抜いていたと思う。もっとも、二人はあまり気にしていなかったようだけれど。高嶺の花、とはあのことを言うのだろうか、なんてことを思いながら僕は購買に向かって歩いていた。
「よう、いっくん。こんなところで何しているんだ? 俺みたいに油でも売っているのか?」
 ……池下さんだった。
 池下さんが購買に居たのだった。別に居ることは悪くない。しかしながら、池下さんのクラスは確かお化け屋敷(余談だが、部長と池下さんは同じクラスである)だったはずなので、その準備に取りかからないといけないような気がしたのだけれど――。
「俺には絵心がないんだよ、絵心が。だからお化け役を担った訳だけれど……。お化け役なんて準備必要ないだろ? 特に持ち運ぶものだってない訳だし。まあ、家から黒いローブぐらいは持ってくるかもしれないけれど」
 黒いローブなんて家にそうあるものだろうか。
 僕はそんなことを思いながら、うんうんと話を聞いていた。
 キットカットを三つ(僕の分も含めて)購入すると、池下さんは待ち構えていた。
 池下さんは、まあ歩いて話でもしようや、と言わんばかりの態度を取っていた。
 仕方がないので、それに従うことにする。二年と一年の教室はそう離れている訳でもない。だから遭遇することもそう容易いことじゃないんだけれど、だからといって話をすることが多いって訳でもない。まあ、こういう機会がなければ話なんてしないだろうな、ってぐらいだと思う。
「……ところで、部活動も最近はとんとご無沙汰だな。原稿は進んでいるか?」
「……いまいちです」
「だろうな。進んでいたら、さっさと出していると思うし」
「そう思うのが普通でしょうね……。池下さんは完成したんですか?」
「俺はぼちぼち。後は写真担当の野並が何とか見つけてくれればお終い、って寸法よ」
 部長は文章を書かないのか。
 そんなことを考えていたら、教室棟に到着した。
 玄関に入る前に、池下さんに声をかけられた。
「なあ、いっくん」
「何ですか、急に改まって」
「……お前はあずさとアリス、どちらを守りたい?」
 唐突だった。
 風も止まって、空気も止まったような感覚に陥った。僕と池下さん以外の時間が止まってしまったような、そんな感覚だった。
 池下さんは話を続ける。
「なあ、いっくん。お前はどっちを選ぶつもりだ?」
「……そんなことを言われても」
「いっくん。俺は自衛隊の関係者だ」
 唐突に。
 カミングアウトされた。
「いっくん。言ってやろうか。もう時間は少ない。あの二人に『日常』はもう残されていないんだよ。強いて言うならば、今回の文化祭をもって決着を着けることになるだろうな」
「決着を、着けるって」
 僕は震える声で質問した。
 答えなんて、とっくに分かりきっていることなのだろうけれど。
「戦争だ」
 池下さんは、そう言い放った。
 短い言葉だった。だが、それゆえにダメージは大きかった。
「戦争が起きるとどうなるか分かるか? 今お前達に起きている平穏も全て無駄になっちまうんだ。分かりきっている話だろう? 何十年も前に起きた戦争が、もう一度この国で起きようとしている。今度は、宇宙を舞台にして」
「宇宙を……舞台にして?」
「それは今度説明してやろう。もし機会があるのなら、な」
 池下さんは教室棟に入って、告げる。
「いいか、いっくん。もう一度言ってやる。二人に残された日常はあと僅かしか残されていない。その日常をどう過ごすかは、あいつらにかかっているんだ。この平穏をどう守っていくか、この平穏をどう過ごしていくか……。何せ戦争では、死んでしまうかもしれないんだからな。誰も彼も、全員」
 池下さんは、言葉で僕を責め立てる。
「いいか、いっくん」
 繰り返すように、そのフレーズを口にする。
「世界は、終わりを迎えようとしている。そしてその日常を噛み締めている人間が多いこともまた事実だ。そうして、世界が終わっていくのを待ち構えている。しかしながら、大半の人間はそれを知り得ていない。世界が終わるというのに、それを知らないんだ。まったく、おかしな話だろう? だが、それが事実。それが運命。それが真実だ。世界がどうなろうったって、知ったこっちゃないと思っているなら、そのままでも構わないが、」
 池下さんは、そこで一息。
「いっくんがどう思っているのかは――いっくん自身が決めることだな」
 そう言って、池下さんは教室棟に入っていった。
 僕はただその場で、立ち尽くすことしか出来なかった。

 

クスノキ祭 ⑨

  • 2019/06/08 17:13

 週明けから、クラスの出し物の活動は本格的になってきた。とは言っても、そんな大々的に出来ることは多くない。メニューをどうするだとか、メイド服をどう着こなすだとか、そういう話ぐらいになってしまうのが普通だった。え? メイド服が何だって? メイド服の話は、今はどうだって良いじゃないか。取り敢えず、話としてはあんまり進んでいないというのが実情。僕にとってみれば、原稿が進むからどうでも良いのだけれど。
「ちょっと、いっくん、何でも良いけれど、少しはクラスの出し物を手伝ったらどうかな?」
 言ったのはあずさだった。ちなみにあずさは、今メイド服を身に纏っている。……というか、クラスの女子全員がメイド服を身に纏っているのだ。別の空き教室で着替えてきたみんなが続々とやって来た、と言えば良いだろうか。何というか、どうしてこのタイミングで着替えてくるのかさっぱり分からない。
 あずさのメイド服は、はっきり言って似合っていた。似合っていたけれど、別に今話をする必要はなくない? と思うぐらいだった。
「……別に良いだろ、メニューを決めることぐらい他の人間だって出来ることだ。僕がいちいち首を突っ込む話じゃない」
「でも、そうしたら後で首を突っ込む権利を失っちゃうよ?」
「僕はそういうの気にしないの。……あずさの方こそ、部活動に注力していると、後で変なシフト組まされるかもしれないよ?」
「私のシフトはもう組み込まれたから大丈夫! 部活動は新聞配るだけだから、特に問題ないしね!」
 それもそうか。
 寧ろ完成させるまでが問題、と言えるところだろう。
「……原稿は完成したの?」
「全然!」
 全然、って。
 そんな肯定されても困るんだけれど。
「あと二週間切っているんだけれど、出来るの? 僕は未だ全然だけれど」
「それ、つまり私と同じってことよね? なら、全然自慢出来る段階にないと思うのだけれど」
「でも僕よりはマシだろ。あずさは何を書くのか知らないけれど、僕は未だテーマすら明確に決まっちゃいないんだからさ」
「そういえばアリスはどういうテーマのものを書くつもりなの?」
 そういえば。
 確かに聞いたことがなかった。
 いや、正確に言えば聞いたことはあったけれど、そのときは……何て答えていたっけ?
「私は、未だ」
 つまり、三人とも出来上がっちゃいないってことか。
 この様子でクラスの出し物に全力を注ぐ訳にもいかない。やっぱりある程度力を抜いて部活動の方に力を注がなくては……。
「おや、何をしているのですか。いっくん」
 そう言ってきたのは、栄くんだった。
「栄くん、いったいどうして……」
 メイド服なんて着ているんだ?
 僕の言おうとした言葉を読み取ったのか、栄くんは話を続けた。
「いや、僕が着たくて着ている訳じゃないんだけれどね? クラスの女性陣が是非とも着て欲しい、って言ってくるから。着ないと気が済まないと思ったんだよ。だから一度着ておかないと困った訳であって。決して僕が着たいと思った訳では……」
「分かった、分かった。言わずとも分かるよ」
「それ、分かっていない口ぶりだよね……?」
 おや、分かってらっしゃったか。
 てっきり僕は分かっていないと思っていたのだけれど。
「……で? メイド服なんだけれど」
 アリスとあずさが僕の方にずい、と近づいてきた。
「ん? 何かあったっけ?」
「似合う? 似合わない?」
「……ああ、そういうこと?」
 似合うか似合わないかと言われたら、似合うの一択でしかない訳であって。
「似合うよ、それがどうかした?」
「その適当ぶりは相変わらずね……」
 

クスノキ祭 ⑧

  • 2019/06/08 15:44

 結局、その日父に会うことは叶わなかった。理由は単純明快。父が忙しくて帰られなかったからだ。帰ることを許されなかった、と言えば良いのかもしれないけれど、しかしながら、僕にとっては『聞きたかったこと』が聞けなかったので少し残念に思う。僕にとっての考え方が、僕にとっての理論として、間違っていないと言える証明となるのだろう。それがどうなるのかは、僕には分からなくなってしまうのだけれど。しかして、僕は考える。今聞くべき話題なのだろうか、と。今僕が聞くべき話題で合っているのか、と。もしかしたら両親を敵に回してしまうのではないか、と。そう思ってしまうからこそ、僕は今その場に立ち尽くしていたのかもしれない。それが何処まで正しいことなのかは分からないけれど。
「父さんが帰ってこなくて残念だけれど、でも、仕方ないよね。仕事が忙しいって言うんだから」
「うん……そうだね」
「仕事が忙しいって言うんだから、仕方ないわよね?」
「……え?」
 何で今繰り返したんだろう。
 まるで僕の気持ちを読み取っているかのような、そんな感覚に陥らせるものだった。
「そう。仕方ないのよ。……ほんとうは母さんも会いたかったけれど」
「そうか。……でも、仕方ないよね。仕事が忙しいって言うんだったら」
 ほんとうに仕事が忙しいのかどうかは分からない。
 それは本人の言葉を信じるほかないのだ。
「そう! 仕事が忙しいって言う父さんのことはなしにして、今日はぱーっとご飯を食べることにしましょう」
 ぱーっと、って。
 何か臨時収入でもあったのか、なんて思えてしまうぐらいの言い方だけれど。
「……何かあったの?」
「え? 何かあったと思ったの?」
「……いや、何でもないけれど」
「……いっちゃん、たまに変なことを言うね」
「言われたくない人に言われて、ちょっと傷心気味だよ」
「……それは悪いことを言ってしまったね」
 悪いこと、だったのだろうか? 僕には分からない。というか答えが見えてこない。父が瑞浪基地の秘密を知っていると分かっていて、それをどうやって聞き出せば良いのだろうか? 全然答えは見えてこない。ならば、無視してしまうのも一興じゃないだろうか。そこには何もなかった――そう思ってしまうのも一興なのではないだろうか。
 一興、という言葉を使いすぎてほんとうに正しい意味で使えているかどうか定かではないけれど。

 

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