生徒会選挙 ⑨
- 2019/05/24 14:46
「いっくん、お待たせ! オレンジジュースと……キットカットは売ってなかったから、ブラックサンダーに勝手に変えておいたよ!」
「なんで勝手にブラックサンダーに変えてしまうんだ。そこは一度帰ってきて変更の有無を問うとかすれば良かったものを」
「えー。だって、別にどっちだって良いでしょう? 別に、ブラックサンダーでもキットカットでも」
「……それ、お互いのファンに喧嘩売っているけれど、それでも良いのか?」
「?」
ああ、もう、あずさはこんなことどうでも良いと思っているのかもしれない。
仕方ないので、二百円を支払って、オレンジジュースのペットボトルとブラックサンダーを受け取る。
「……ところで、最近部長がやって来ていないような気がするけれど?」
「ああ、それ? だったら、多分、演説の資料集めでもしているんじゃないかなあ」
「資料集め?」
演説にそんなもの、必要だろうか。
「だって、演説と言えば、大変な資料集めでしょう? それに、私、聞いたもん。演説をするためには、相手を必ずや打ち負かさなくてはならない。そのためにも、大量の演説資料を手に入れておいて、大量の原稿を書き上げておいて、何パターンもの原稿を用意しておく必要がある、って」
「そんなことがあるのか……」
「だから、気にしない方が良いよ。選挙が終われば、またいつもの部活動に戻るって。UFOの探索もまた始まるだろうし……」
「ねえ」
そこで。
今までずっと沈黙を貫いていたアリスが声を上げた。
僕はあまりの驚きで声を上げそうになったが、それをすんでのところで留めておいた。
アリスは話を続ける。
「UFOの探索って、具体的には何をするの?」
「えーと、UFOの探索は、具体的には、遠くから見下ろすことかな」
説明するんかい。
しかも、この前やったことじゃないか。
「……遠くから見下ろす?」
「この辺りに自衛隊の基地があるのは、有名過ぎることだと思うけれど」
あずさはホワイトボードの前に立つと、丸と線で何かを描き始めた。
感じからして、江ノ島と、この近辺の地形だろうか。
そして、江ノ島と思われる丸の傍に、四角形を描く。
「これが、自衛隊の基地、瑞浪基地だね。瑞浪基地には宇宙部隊が設立されているって噂もある。現に、自衛隊には宇宙部隊は存在している訳だしね。そうして、その宇宙部隊は、UFOと接触をしているんじゃないか、って噂もあるのよ」
「それで、UFOを目撃しよう、って話なの?」
「部長達の目論見はさらに上を行くようだけれどね」
「?」
「聞いて驚くんじゃないわよ。何でも……、UFOの正体を突き止めようとしているのよ、部長達、いいえ、この宇宙研究部は!」
「…………何ですって?」
いや、驚くな、とは言ったが。
まったく驚かないのは流石に想定外過ぎる。
それも、やっぱりもしかして彼女がUFOと関係のある人物だからなのだろうか?
「……分かっていないようだから、噛み砕いて説明するけれど」
それでもあずさの説明は続いていく。
普通、そこで心が折れそうなものだけれど。
「UFOの意味を、先ず貴方は理解しているかしら?」
「……知っている。未確認飛行物体、略してUFO」
「そう。そのUFOの存在が、どれ程珍しいか貴方は分かっているかしら?」
「とどのつまり、宇宙人が乗り込んでいるかもしれない、ということ」
「そういうこと。UFOには宇宙人が乗り込んでいるかもしれない。ということは、UFOは宇宙人と切っても切れない関係性があるということでもある」
歩きながら、あずさはさらに話を続ける。
ここからどうやって話を盛り上げていくつもりなのだろうか? 僕には分からない。
「とどのつまり! この宇宙研究部がやるべきことは国家機密に触れることを意味しているのよ!!」
………………。
あー、待てよ、おい。
まさかの打ち切り的ダイナミック展開で幕を下ろしやがったぞ、こいつ。
アリスはどんな表情を浮かべているんだ――僕はそう思ってアリスの方を見た。
アリスは、無表情を貫いていた。
「……何というか、彼女にはうまく嵌まらなかったようね」
「うまく嵌まらなかったって何だ? 今の説明で嵌まるような考えがあったのか?」
「五月蠅いよね、時折。いっくんって」
「何だよ、その言葉!」
わいわいがやがや、と。
それから二人の会話になってしまい、アリスは置いてけぼりを食らってしまうのだが、それに気づくのは、それから一時間後のことであった。
アリスが唐突に立ち上がったのだ。
僕とあずさは急な出来事で目線をそちらに送ってしまったのだが、アリスが一言、こう呟いた。
「帰る」
そう言って。
鞄を持って、スマートフォンを仕舞って、アリスはさっさと部室を出て行ってしまった。
「……何か悪いことでも言ったかな?」
「知らない。それとも、放っておいたことが原因だったり?」
それは有り得るかもしれない。
いずれにせよ、彼女にはいつか謝らなくてはならない、なんてことを思いながら、僕は再び『銀河ヒッチハイク・ガイド』の読了目指して読み進めていくのだった。