孤島の名探偵 ⑦
- 2019/05/26 09:20
最初に疑うべしは、第一発見者。
それが推理物のセオリーとなっている。
「金山さん、先ずは貴方から話を聞かせてください。貴方が見つけた時の状態と、今の状態は一致していますか?」
「あ、ああ。一致している。背中からナイフを突き立てられている状態だ。そして辺りは既に血の海だった。……それ以上でも、それ以下でもない」
もしその証言が嘘ならば、全てが否定されることとなる。
「嘘ではありませんね?」
「嘘を吐くつもりはない」
ならば、それに従おうと思った。
ならば、それが正しいと誓った。
ならば、それが有り得ると願った。
「ならば、それが正しいのでしょうね」
僕は言った。
いわば、名探偵シャーロックホームズの如く。
いわば、名探偵エルキュールポアロの如く。
いわば、名探偵明智小五郎の如く。
それが明晰な回答かどうかは分からない。
それが正確な回答かどうかは分からない。
それが確立した回答かどうかは分からない。
けれども。
僕の中では、それが正しいと思っていた。
ならば、それが正しいと認識しているのだというのであれば。
それが、正しいと思わせているのであれば。
「僕は、信じますよ。貴方の言葉を」
「……そう言って貰えると、大変助かる」
金山さんはほっとした表情を浮かべて、僕に感謝の気持ちを伝える。
しかしながら、唯一の手がかりを失った気分だ。
第一発見者が疑うべき存在でなくなったというのであれば、全員のアリバイを聞かなくてはならない。
僕を含む、全員の。
※
僕の部屋。
そこが簡易の取調室となった。
「先ずは、貴方のアリバイを聞かせて貰えますか?」
「……僕のアリバイ、ねえ」
第一被疑者、部長。正式名称、野並シンジ。
「僕は、蔵書室で本を読んでいたよ。コナン・ドイルの『緋色の研究』。名前ぐらいは聞いたことがあるんじゃないか?」
「……シャーロックホームズの初登場作品でしたね。あまりにも偶然が良すぎるチョイスだとは思いますけれど」
「そうかい?」
「ちなみにその時間は?」
「午後九時ぐらいじゃないかな。君たちと別れて直ぐのことだよ」
「それじゃ、死亡推定時刻とは乖離がありますね。……とは言っても、素人目に見た死亡推定時刻ですけれど。桜山さんが死んだのは、血の量からして恐らく今朝方。では、その時間に部長はいったい何をしていたのですか?」
「カメラ談義をしていたよ。池下と一緒に」
「それは何処で?」
「僕の部屋で、だよ。それを証明出来るのは、池下くんだけだと思うけれどね」
「ならば、池下さんに聞けばそのアリバイを証明出来るということですね?」
「まあ、そういうことになるかな」
「ちなみにカメラ談義をしていたという時間は?」
「午後十一時ぐらいから朝方までだったと思うよ。朝になったから、お互い少しは仮眠程度に眠っておこうという話をしていたところだったのは覚えている」
「それが正しいなら、二人のアリバイは証明出来ますね……。それじゃ、一先ず、部長は退場してください」
「良いのかい?」
「これ以上、聞く必要がありませんから」
「それじゃ、僕から質問させてくれないかな?」
「何でしょう?」
「どうして、君が探偵役に徹しているんだい?」
「……それは、何故でしょうね。『神のみぞ知る』と言ったところじゃないですか? 主人公の特権かもしれませんけれど」
そう言って、部長は納得したかのように頷くと、そのまま外へ出て行った。